第151話 最終戦第二幕 ゼルード第二形態

 さらに凄みを増した雰囲気とは裏腹に、巨大甲冑から感じられる魔力にそこまでの脅威は感じない。

 今までよりも確かに強いとは思う。だがさほど変わらないようにも思うのだが……しかし、魔王の背後にある得体の知れない不気味な気配は、先ほどまでよりも強く感じるようになった。

 やはりまだなにかある、先の見えぬ不安にわずかながら剣が振れた。そんな時、ポンと背中を叩く者がいた。ベルファールだ。


「貴様は勇者だろう、ならば堂々としていろ。この先なにがあろうとその剣で振り切れ。私の技を斬った貴様なら出来るはずだ」

「……まさかお前さんにそんなことまで心配される日が来ようとはな」

「ふん、つまらんことで士気を下げられたくないだけだ」


 言葉通りつまらなそうに言ってベルファールは離れていく。その剣に今までにないほどの魔力を宿して。

 皆が皆、一定の距離を保ち離れたのを確認し、わしも剣にオーラを纏わせた。奴は硬い。常にブレイク状態の剣でなければ、おそらく通常攻撃のダメージは通らないだろう。

 仲間たちも当然それを解っている、故に闘気と魔力を高め気を張っている。ここから先は、消耗戦も覚悟の上だ。


「クク……貴様ら雑魚が群れたところで、彼我の戦力差を埋められなどはしない」

「そんなもんやってみなけりゃ分かんねえだろ」

「端から目に見えていることだ」

「ぬかせッ!」


 床を蹴ったライアは一気に間合いを詰め、すれ違いざま『灰燼斬禍』の紅い刃で甲冑の脚部を斬り付けた。赤い残影が閃き、それを追いかけるように灰と散らす黒炎が宙を走る。

 普通の魔物であれば真っ二つの後、灰燼と化す技であるが。獅子咆哮でさらに闘気を上乗せしているにも拘わらず、甲冑の脚部にキズ一つ付けられてはいなかった。


「――なっ?!」

「だから言っただろう、貴様らは余に勝つことなど出来んと」

「ふぅ……一度の攻撃を受けただけでもう油断とはな。その傲りが命取りになることを教えてやる」


 ベルファールが振りかぶった魔剣グリムレイヴに膨大な魔力が収束していく。一見すると禁術ヴォーパルアルカリスのようにも思えるが、いささか雰囲気が異なっているようだ。

「――消し飛べッ、ラウレーゼ・ヴォルグリフ!!」剣を振り下ろし魔力を解き放つ。その瞬間までは確かにヴォーパルアルカリスに酷似していた。

 しかし放たれた黒いオーラは幾筋にも分かれた後、それぞれが姿形を変えて計七匹の黒竜へと変化した。魔力の塊である竜たちは、咆哮が如くゴォオオオという風切り音と共に魔王へと突っ込んでいく。

 甲冑へ直撃するたびに爆裂するその一撃一撃の局所的破壊力は、クロエの最上級魔法の威力を遥かに凌駕している。

 おかげでクロエは魔力が外へと漏れないように最上級の魔法結界『デーヴァ・フィエルデ』と、わしも念のために盾の結界を張る羽目に。


「……ところでベルファールよ、まさかこの魔法は」

「言うまでもなく禁術だ。ゾーダレスヴェリオール、ヴォーパルアルカリス、そしてそれらを凌ぐ暗黒属性三大禁術最後の魔法が、」

「これというわけか」


 聞くと、元あった『レーゼヴァルフォール』という禁術に、自身が殺した魔竜族の長たちの力を掛け合わせて独自に昇華させた魔法だそうだ。

 そういえば、ベルファールはネクロマンサーとしての力も持っていたことを今さら思い出した。

 戦った時に使われていたらどうなっていたのか判らんが、おそらく魔剣レギスベリオンとの相性もあったのだろう。


「絶海の孤島ドラゴニルの時にもう一つ禁術があるようなことを言っていたけれど、これがそうだったのね」

「最上級の結界なのに今にも弾けそうなんて……すごい魔法だね」

「オジサンの結界もなかったらさ、アタシたち今ごろ全滅してんじゃない?」

「たしかにな。けどよ、これでヤツが無傷だったら正真正銘のバケモノだぜ」


 ……まさかそんなことはないだろう。

 皆そんな不安と不信とを隠さない面持ちで成り行きを見守る。最後の一匹が爆発の中へ突っ込みかけた、刹那――突如空間に走った閃きが爆炎と結界もろとも竜を切り裂いた。

 その手に携えた大剣は、大鎌とは違い魔力に因るものではない。


「どうやら、あやつは本物のバケモノのようだぞ」

「ククッ、学習しないムシケラどもだ。油断? 傲り? これは余裕と言うんだ」


 そう言って嗤う魔王の甲冑には、やはり傷一つない。

 暗黒属性の禁術ですらまともなダメージがない、ということはクロエが火属性の禁術を使っても効果はないだろう。

 早くも絶望が影を落としかけたが、それを振り切るように先のベルファールの言葉が脳裏を過った。

 わしが諦めてどうする。咄嗟に剣を逆手に持ち替え、わしはフルチャージしたワルドストラッシュを放つ!

 勇者の力は特別だ。どんな絵本でもそう描かれている。だからこそ、わしが活路を切り開く。そんな思いで撃ったものだったが、魔王の胴部に直撃した光刃はしばらく競り合いながらも、やはりあっけなく爆散した。


「わしの技でも意味を成さんのか……」


 勇者の力でも無傷ともなれば、諦念の二文字が朧げながら霞に浮かぶのも止む無しとなるだろう。

 だが仲間たちは皆諦めない。その手の武器を、拳を握りしめ、意志を強く持ち闘気と魔力を高めた。


「つうかよ、単発ずつでダメなら絶えずぶち込んでやればいいんじゃねえか?」

「私もそれには賛成だわ。大技をもってダメージを負わせ続ければ、いずれは綻ぶかもしれない」

「うん、試してみる価値はあるだろうね。わたしも多重詠唱を試してみるよ」

「消耗戦となることは端から想定済み。やらなきゃ殺られるくらいならば――やるまでだ」


 そう告げたベルファールと共に散開する仲間たち。

 わしも輝聖剣にフルチャージの気を纏わせた。やはり距離によって威力が多少減衰してしまうストラッシュよりも直接叩くブレイクだろう。接近戦による先の攻撃のような貫通ダメージは怖いが、そうも言っていられん。

 そうして勇み足で駆け出そうとした時だ。「――オジサン」とわしの背に小さく呟く声が聞こえた。

 仲間たちが魔王を取り囲み戦闘は始まっている。わしも早いとこ参戦したいのだが。そんなわずかな焦燥と共に振り返ると、仲間たちの戦闘を真剣な表情で眺めている楓の顔があった。


「……楓?」

「アタシさっきのオジサンの攻撃観察してたんだけどさ、」

「なにか気になることでもあったのか?」

「うん。攻撃が直撃する瞬間、魔力的ななにかが部分的に発生して、たしかに表面を覆ってたんだよね」

「……とどのつまり、なにか仕掛けがあってあの鎧を無敵たらしめていると、そう言いたいわけか?」


 訊ねると、楓はうんうんと頷いて続けた。

 まとめるとこうらしい。これまでの魔王を見ていれば、本人の力だけであの完全防御を実現している可能性は低そうであること。

 いままで見てきた結界や扉もどこかに仕掛けが施されていた。地上部分にはそれらしい仕掛けは見当たらないため、あるならば地下だろうと当たりをつけているということだそうだ。


「上にないならば下、要するに潜って探すわけだな?」

「話が早くて助かるよ。その仕掛け必ず見つけ出すからさ、アタシに少しだけ時間をちょうだい」

「それは構わんが、お前さんがいないとなると怪しまれるぞ?」

「アタシ自身は離脱するけど、分身置いてくからたぶん怪しまれずに済むと思う――オジサン、みんなを頼んだよ」

「うむ、任せておけ。楓こそ気を付けるのだぞ」

「それならだいじょーぶ、お師匠譲りの気配遮断術あるからさ。んじゃ行ってくるよ――火遁、爆炎防陣!」


 術を唱えた瞬間、楓の周囲を囲うように爆裂しながら炎が立ち上った。そして隙間から漏れ出てくる白い煙。

 おそらく火遁は姿を隠すためのもので、煙は分け身の煙玉のせいだろう。

 炎と煙が掻き消えた後、そこに在ったのは楓だった。一瞬失敗したのかと心配になるほど楓本人にそっくりだ。

 しかし術も唱えず印を結んでいたり、かと思いきやクナイを取り出してはいきなり地面に向かってぶん投げたりと、本人に比べるとかなり頼りない性能なようで……。


「ん、待てよ……。この分身が倒されたら楓がいないことがバレてしまう。ということは、この分身も守らねばならんのか」


 なかなか骨が折れるな、皆から離れているから余計に……。いや、それでも楓が仕掛けを見つけるまで守り抜いてみせるぞ。分身とはいえ楓なのだからな。

 ブレイクを仕掛けるのは折を見て、ということにして、位置取りに気を付けつつわしもストラッシュへ切り替える。

 先に始めていた仲間たちの戦闘はすでに激化していた。大技を放つと決めた上でのものだ、魔王もそれに応じる故に免れないとはいえ。

 そんな魔王の鎧に集中する火力は想像を絶するものとなっている。

 わしが楓と話している隙にも最強技一歩手前をそれぞれが打ち込んでいたようだが、その仕込みも終わりだ。


「女神の試練を経てここに至りようやく完成されたこの技、全力で叩き込むッ――天武煉獄羅煌拳!!」


 試練の時とは違い前振りの乱打はない。あの時はあわよくば女神の絶対守護領域を破壊してやろうとして、邪魔な結界をまず取り除いたわけだが、今回は違う。

 端から鎧に対して最高の一撃を叩き込むためだけに集中している。

 羽衣のオーラを纏い一瞬で間合いを詰めたソフィアが拳を振りかぶった。

 あの時のオーラの具現化による分身は三人。しかし、今回は六人に増えている。

 それぞれが極大の『気』を握りしめ、同時に魔王へ叩き込んだ! 並大抵の魔物であれば塵すら残さずに消滅するだろう破壊力。

 爆裂の最中、分身だけを残し瞬時に離脱したソフィアの次に、間髪入れず技を繰り出したのはライアだ。


「反撃も防御の隙も与えてやらねぇ、てめえはさっさと沈みやがれッ――無刀流絶技・千刃瀑布!!」


 上空から刀を振り下ろすと同時に放たれたオーラがバラけ千の刃へと変化する。魔王の姿が見えなくなるほどの苛烈な猛攻は、ここまでの成長も手伝ってかさらに威力を増しているようだ。刃の幅も鋭さもえげつない、一刀一刀が必殺の一撃。

 ソフィアの攻撃と相まって魔王の様子が窺えないほどの大爆発の中――

 空間に赤青の焔、水色、白青、白、紫と五つの巨大な魔方陣を五芒星の形に浮かべたクロエが、それらを順に解き放った。


 最初の魔法は水属性「アーケロス・ヴィルトゥーラ」。超圧縮した大玉水弾が形成されると高速で射出される。爆発ごとふっとばす勢いでぶつかった衝撃は、攻城弾などまるで比べ物にならない破壊力だろうが、魔王の鎧が破損することはない。しかしぶつかり弾けた水は魔王を中心に再び集まり、巨大な水牢を形成した。二段構えの魔法らしく、そこからさらに圧縮し本来であれば圧殺されるそうなのだが、魔王の抵抗力の高さのせいか震えるだけで水牢の形に変化はなく……。


 かまわず続けて放った氷属性「グラセリュート・アルカルム」。魔王の周囲に極寒の凍気の嵐を発生させた後、範囲を凍らせ氷の棺に閉じ込めた。中は絶えず猛吹雪が渦巻いているため、すでに水牢ごとカチコチに凍り付いていることだろう。おそらくそれを狙った水と氷属性の連携なのだ。


 さらに続けざまに光属性「ソルガトゥス・アルドノヴァ」と闇属性「ノクセラス・ゼルヴェリア」をほぼ同時に放った。太陽と見紛うほどに眩耀する黄金の巨大灼熱光球が魔王を直撃する。氷の棺など瞬く間に破壊し尽くされ刹那的に消滅した。地上に堕ちた光は周囲に幾重もの魔方陣を発生させ、エネルギーを貯め込むように肥大していく。

 紫の魔方陣の周囲ではいくつもの大小の魔方陣が次々に生み出され、標的を定めるように規則正しく直列した。すると大元から夜闇のような魔力が発生し、形成された魔方陣を通った瞬間――それは漆黒の奔流へと変わる。速度を増しながら最終的に一番小さなものを抜ける頃には、収束された超速の魔力放射となっていた。

 避けることの出来ない速度で光の中へ突っ込むと、光球を突き破るように大花かはたまた大爪か、鋭い闇がブワッと大手を広げる。切っ先を魔王へ向け光球ごと刺し貫いた刹那――貯め込んでいたエネルギーを開放した「ソルガトゥス・アルドノヴァ」ごと大爆発を起こした。

 拮抗する魔力が反属性によりさらに反発し合い、魔王の周囲に想像を絶する力場が絶えず発生し続け爆発を繰り返す。これはいくら魔王の鎧が無敵だろうが貫通してダメージを与えていてもおかしくない破壊力だ。


 そうしてダメ押しのように解放された五つ目「ヴォルクァズール・インフェルノ」。最上級火属性魔法のオルディリアス・イグニート、そして遺伝的に具わるロクサリウム王家の青い炎フラムアズールを掛け合わせて作られた、クロエオリジナルの応用魔法だ。

 光と闇属性の爆発ごと抑え込むように、青い火球に閉じ込めた魔王を中心に辺り一面を炎の海と化した後、逆巻く火炎が火球を持ち上げていく。その炎をさらに取り込むように肥大した刹那、一気に爆ぜ爆轟した。

 とてつもない衝撃波と轟音が玉座の間を震わせる。

 魔法結界を張る余裕のないクロエに代わり、わしが盾で皆を守っていたのだが――背後で「はぁ……はぁ……はぁ……」と珍しく肩で息をするクロエが。


「――賢聖になっても、さすがに最上級の五連詠唱はキツイね……」

「以前は二重詠唱が最高だったな。多重詠唱とは五つも使用可能なのか。しかも最後のやつはプラスαだろうに、その分MP消費量も馬鹿にならんだろう。クロエはいましばらく気息を整えておれ。あとはわしらに任せよ」


 そう口にしている間に、爆発収まらぬ中を転移で飛び出したベルファールが魔剣を振りかぶる。おそらくは先の魔法だろうが、今回は魔炎を纏わせたバージョンだ。


「ついでだ、禁術も重ねてやるから受け取れ――ラウレーゼ・ヴォルグリフ=イレ!!」


 先ほど同様、放たれた魔力が分かれ、今度は七匹の燃え盛る黒竜へと変化する。標的を過たず突っ込んでいく黒竜たちが爆裂するごとに、魔炎が咆哮するが如く猛る。

 折を見て、わしも輝聖剣アールヴェルクへギガルデインを落とし構えた。

 最後の七匹目が突撃するのを見計らい、「――これで終わらせてやるぞっ、くらえい、ギガルトラァァアアッシュ!!」それに合わせてフルチャージした技を放った。

 聖なる雷を纏った光の剣圧が、赤だの青だの黒だのの炎を切り裂いて鎧を直撃――刹那に爆発そして雷撃が四散する。


「ふははッ、わしらの連携にかかればこんなものだ、思い知ったか大魔王よ!」

「……………………」


 濛々と上がる煙の中、鎧のシルエットは動かずなにも発しない。わしの挑発に完全無視。これは死んだのかもしれんな。さすがにほぼ最強技を打ち込んだあの攻撃をまともに受けて倒れんようなら、バケモノすら通り越している。


「やったか?」

「まだ分からないわ……」


 仲間たちも油断なく身構えたまま、魔王の動きを注視する。

 と――、魔王のシルエットが大剣を持ち上げ横一文字に構えたかと思いきや、「……ガストブリンガー!」大した溜めもなくいきなり薙ぎ払った。

 魔力を伴った強烈な衝撃波が猛烈な勢いで迫りくる。わしは咄嗟に楓の分身を守るために結界を張るが、まともな防御姿勢を取る間もなく到達し、抵抗もむなしく仲間たちは等しく吹っ飛ばされる。 

 わしが先ほど受けた血反吐を吐くほどの身体的ダメージではなさそうだが、属性軽減のレジスト魔法が効いているにも関わらず低減させられてもいないらしい。

 ということはただの無属性技ということだ。

 見れば鎧も煤けているだけで傷などは一切見当たらない。


「くっ……あれだけの攻撃を受けても無傷だなんて……」

「チッ、鈍重なガラクタが……イラつくな」


 信じられないといった表情を浮かべるクロエと、ますます敵愾心を燃やし続けるベルファール。ライアとソフィアも悔しさを滲ませている。

 負ったダメージはクロエによって回復されたが、精神的な方はそうはいかない。皆あの鎧をどうにかしようと持てる力を叩き込んだ。しかし傷一つ負わせられていない現状に、多少堪えるものがあるのだろう。

 わしが守る分身の楓はというと、相変わらず時折クナイをぶん投げたり印の真似事をしているだけで……。

 ズン――と突然響いた音に目を向ける。魔王がこちらに向かって歩き始めていた。


「どうした、これでもう終いか? 粋がっていたわりに大したことがないな。余に仇なそうとしたところで所詮はムシケラか。もう少し楽しめるものと思っていたが、……このつまらん戦いにもそろそろ飽きた、幕引きにするか。余にはまたやらねばならんことがあるからな」


 一歩、また踏み出した魔王が玉座の間を揺らす。

 皆諦めてなどいない。諦めたらそこで全てが終わってしまうのだから。だが突破口を見いだせない状況に、やはり焦燥の色を隠せない。

 相変わらず楓はクナイを放っている、五本目だ。魔王はそれに見向きもせずにまた一歩、歩を進める。

 虚しく床に刺さるクナイを一瞥し、楓を見たライアが当然ながら問うてきた。


「おいおっさん、楓のやつなに遊んでんだよ。さっきからクナイ投げてるだけじゃねえか、しかも外してやがるし……」


 いきなりあのポンコツ具合はどうしたと唖然とするライアに、わしは端的に返す。


「すまん、いまは詳しく話している余裕はないのだ。とにかく楓を信じ、時間を稼いでやってくれ」

「なにか考えがあるのですね。ならば深くは問いません、仲間を信じるのみ」

「勇者さん、わたしも楓ちゃん守るの手伝うね」

「うむ、助かる」


 どうやらクロエはアレが分身であることを察しているようだ。しかし他が気づかんとは、あの分身はそれほど外見のクオリティとやらが高いのだろうな。

 また印を結び始めた楓を見、歩いてくる魔王へ視線を戻したライア。納刀し、小さく息をつきながらも呟いた。


「なんか策があるんなら楓に賭けてみるしかねえか。今までも肝心な時には忍の力に頼ってきたわけだしな……。そうと決まりゃあ話は早え、第二幕二局目の開始だ!」


 ドンと床を蹴り距離を詰めるライア。再び散開する仲間たち。わしは場所を移動せず、クロエと共に分身の楓を守りながら後方支援に回る。


「クロエよ、魔法はお前さんに頼む」

「任せて、勇者さんは物理の方をお願いね」


 頷き返し、いつでも守れるよう準備しながらもギガルデインを剣に宿す。


「諦めの悪いヤツらだ、もう飽きたと言っただろう。何度立ち向かおうと同じことと何故理解せん」

「こっちはそのセリフに飽きてんだよ、何度も言わせんな――やってみなけりゃわからねえッ!」


 先ほど同様に脚部を払い抜ける。次の瞬間、無数の剣閃が発生しそれは他段攻撃となった。無刀流の初歩だという五月雨の太刀。久しぶりに見たが、当然これではダメージなど与えられない。しかし、MP消費がゼロで済むため、牽制という意味では燃費がいいと言えるだろう。

 駆け抜け床を滑り、踏ん張った右足を強く蹴り出して跳躍したライアが、今度は空中から刀で一気に斬り下ろした。

 下段から大剣を振り上げてそれを受け止めた魔王との間に、凄まじい衝撃が発生する。

 いくら力を込めようともそれ以上ビクともしないが、ライアが口元に浮かべた好戦的な笑みを魔王には消せはしない。


「……無駄な足掻きと知りながらまだ絶望に塗れぬか。ならば徹底的に苛むまで――ネグロニムザッパー!」


 黒い大剣から魔力が噴き出しライアの刀を弾き返す。空中へ飛ばされたライアへ両手持ちによる追撃が――。

 振り下ろされる大剣を刀で防ごうとするも、重みと速度に増して魔力の刃が共に放たれているため、一気に壁際まで追いやられる。

 負けじと闘気を高めて斬り払ったところ、刃が無数に分裂し再びライアを襲う。しかし彼女は冷静だ。「しゃらくせえッ――」咄嗟に床へ向けて「紫光黎明」のオーラを放ち、その爆風で魔王の技を消し飛ばした。

 が、着地した瞬間を狙うように、相殺しきれなかった魔刃が煙を切り裂きライアの左腕を斬り付ける。鎧が裂け、血が噴き出した。

 負傷したライアへの追い打ちを阻止すべく、跳躍し兜の側頭部を蹴り抜いたソフィア。肩部を足場に後方へ飛びバック宙しながら着地する。


「ウロチョロと目障りな。……まあいい、どの道貴様らは始末する。早いか遅いか、それだけだ」


 全身から魔力を噴き上げた魔王に合わせるように、ソフィアも闘気をその両拳へと集めた。


「先程は辛酸を舐めさせられた技だが、今度はそうはいかん。やれると思うのならばかかってこい」

「言われなくてもそうするわ――ッ」


 床を蹴り目にも止まらぬ速さで初撃を脚部へ叩き込む。足元を払うように剣を振る魔王の攻撃を股下を潜り抜けて避けると、背後を取ったソフィアが飛び、またも背中に「双撃・武王螺旋連衝」を叩き込んだ。

 だがやはり先ほどとは違い、凄まじい連撃にもかかわらず吹っ飛ばすことも膝を屈させることも出来ない。

 煩うように体を反転させ、遠心力に乗せた横薙ぎを繰り出した魔王。その大剣をソフィアが足蹴にした刹那、怪しいオーラの揺らぎが剣を覆い瞬く間に爆風を発した。

 ソフィアはぶすぶすと煙を上げながら飛ばされ床を転げる。

 魔王は止めを刺すように大剣へ力を集中させると、「――ベベルレオディウス!」一気に床へ突き立てた。すると魔王を中心に幾重にも連なるバケモノの巨大牙みたいな魔力が床から突出し、物凄い速さで多重円状に広がってゆく。

 クロエは素早く魔法結界「デーヴァ・フィエルデ」を唱え、楓の守りを固めた。

 魔王の魔法がライアとソフィアに到達する前にどうにかせねばと、わしは用意していたギガルトラッシュを、腕が千切れんばかりの勢いで放つ。

 牙状の魔力は剣圧と雷撃を前にへし折れ消滅していくが、ソフィアの手前には魔王がいる。案の定、魔王の大剣によって切り裂かれたギガルトラッシュは真っ二つに割れ、ソフィアに向かう爪だけ破壊し切れない。

「マズい!」わしがそう声を上げた時、ソフィアの周囲に歪が生じ、黒い羽根で装飾されたベルファールのドレスの腕が伸びた。そのまま襟首を掴み引きずり込むようにして連れ去ると、一瞬でわしらの元へ帰ってくる。


「すまん、助かったぞベルファール」

「ふぅ、技を使うなら位置関係くらい考えてから撃て」

「し、仕方あるまい。あのスピードで迫っておったんだ、移動してから撃ったのでは間に合わん」

「それ以前に、あらかじめ右にズレるなり位置取りをちゃんとしろ。多少移動したところで女一人守るのに支障はないだろう」


 うーむ……わしはなぜ最終戦にもなって叱られとるんだろう。まあ、正鵠を射ている指摘なため、ぐうの音も出ず「はい……」と頭を垂れる始末なのだが。

 しかしベルファールにもちゃんと仲間意識があるのか、頼まれずとも守りに入ってくれたことがなんだか嬉しい。共に旅をした時間は短いが、絆の強さは過ごした時間の長さだけでは測れないのだと改めて実感する。

 クロエに回復魔法を飛ばしてもらっていたライアも戻り、ひとまずは無事なことに安堵した。


「しかしよおっさん、さすがにこのままじゃジリ貧だぜ」

「ダメージを負わせられているならまだしも、何をしても無効ならこちらだけが無駄に消耗させられていくだけですわ」

「消耗戦は覚悟してたし、楓ちゃんが戻るまでの辛抱とはいえ、キツイね」

「戻る? なに言ってんだよクロエ。楓ならそこにいるじゃねえか」


 そう言って楓に目を向けたライアに釣られ視線を移す。分身の楓がちょうどクナイを二本取り出したところだ。

 弧を描くように高く遠投した一本目に素早く二本目をぶつけて、なぜか強く弾いた。弾かれたクナイは玉座の奥の方へと飛んで行く。

 それに対しても、魔王は興味なさそうに鼻であしらった。


「フッ、遊びはもう満足したか?」


 そう言って、兜から覗く黄金の目を怪しく輝かせた魔王が魔力を高めた。陽炎のように揺らぐオーラの向こうに、やはり不気味な力の存在をわずかに映しかけて――


「ここまで辿り着けたことだけは褒めてやろう。多少の退屈凌ぎにはなった。だが、女神の仕向けた人間とて所詮はこの程度。貴様らに世界など救えはしない。その任を授けた女神と己の運命を呪い、絶望の裡に身を焦がしながら死ね――」


 大剣を上段に構えた魔王の魔力が一気に膨れ上がる。今までのものよりかなり強烈な技が来るだろう。

 わしは皆を守る盾として一人前へ出る。クロエのレジストと女神から授かった結界ならばどうにかなるはずだ。しかしその先は――

 そう案じた時だ。突如、背後で爆裂しながら火柱が立ち上る。

 あまりにも急で、「どわぁああああああ!」とつい吃驚の声をあげてしまった。次いで聞こえたボフンと弾ける音、そして漏れ出る煙。火柱が収まるとそこにいたのは、分身ではない本物の楓だった。

「ただいまーみんな」そんなのん気な声が皆の注目を集める。


「ただいまだ? 今までそこにいたろ」

「あれ、ライアはさっきまでのアタシが分身だって気づかなかったの?」

「お前分身なんて出来たのか? あ、分け身の煙玉かっ!」

「わたしはなんとなく、そうじゃないかなって思ってたけど」

「さすがクロエちゃんっ」

「……まあ、私も気づいていたわ」

「嘘つけ! いまのわずかなタメは絶対わかってなかったろ!」

「うるさいわね、いまはそんなことはどうでもいいのよ。それで、楓はなにをしていたの?」

「それがさ――ってちょっと待って! 出てきていきなりクライマックス感半端ないんだけどッ!?」現状を把握した楓が焦った顔をして、あちゃーと首筋を掻いた。「これは詳しく説明してる暇はないねー。クロエちゃん……」


 小声で名を呼び手招きする楓に、クロエは耳をそばだてる。


「あいつにバレないようになんとなくで見て。アタシが床に刺しといたクナイ、見える」

「……うん、でもあれがどうしたの?」

「あの位置の床下に六芒星に配された真っ黒い球の仕掛けがあってね。たぶんそれが魔王の鎧を無敵にしてるカラクリなんだと思うんだ」

「見つけたんだ? お手柄だよ楓ちゃん」

「けど玉座の向こうの仕掛けはややこしい位置にあってさ。それは正確な場所が解ってるアタシがどうにかするから、他の仕掛け全部任せていい?」

「わかった、強烈なの唱えるよ」

「ってなわけでオジサン、あいつの攻撃なんとか防いでね!」


 頼りにしてるからね、楓の眼差しがそう物語っている。わしはそれに「うむ!」と大きく頷いて答えた。


「あとの三人は仕掛け壊した後のこと、よろしくっ」

「今まで探りを入れてたわけか……やっぱ頼りになるな忍者ってやつはよ」

「本当ね。でも安心して、今まで無力化されてきた苛立ち全てを叩き込むから」

「憂さを晴らす時がようやく来たな。あのガラクタ、木っ端微塵にしてくれる」


 クロエが土色の巨大魔方陣を展開し詠唱に入ると、楓も印を結ぶ。

 ライア、ソフィア、ベルファールは闘気と魔力を爆発的に高めた。

 わしも勇者の盾を発動し結界を張る。


「なんの相談か知らんが、いまさら何をどうしようとその定めからは逃れられん。等しく死を与えてやろう――ネクス・ゼノスプリード!!」


 魔王が大剣を振り下ろすとともに大魔力を解き放つ。爆風を伴う紫黒の奔流が、唸り声を上げるように押し寄せ結界を飲み込んだ。

 大丈夫と過信していたが。魔力が過ぎるごとに、まるで鋭い爪が切り付けるが如く結界表面を裂創が走っていく。ガリガリバリッと削られる音が絶えずし続け、多角形のプリズムが徐々に薄くなっていくのが目視でも解る。


「わ、わしの結界がこのままではもたん……、二人ともまだかっ?!」

「アタシはオッケーだよ、クロエちゃんは?」

「わたしも大丈夫、やろう楓ちゃん!」

「そんじゃー一緒にいくよ! ――土遁、古竜哭大地爆衝こりゅうこくだいちばくしょう!!」

「――グランマグル・ヴァルガンズテラ!!」


 二人同時に唱えたものは揃って土属性だ。

 微かに地面が揺れたと思った、数瞬の後――下から強烈に突き上げるような地震が起こる。下手したら城が地下ごと崩壊するのではという大地震だ。

 二重詠唱で「レビテーション」を使ってくれたためわしらが感じた揺れはごくわずかな時間だったが、地に足を付けている魔王は違うようだ。

 さすがに二人の術と魔法の重ね掛けの振動は凄まじいらしく、「小癪なッ」と唾棄しよろめきながらも剣を床に刺して耐える。

 ――と同時に気づいたようだ、自身の鎧に起きる変化に、そして二人の技の意味に。


「ッ……まさかこれは……」

「いまさら気づいても遅いってーのぉ。あんたの鎧のカラクリ、アタシらが壊したかんねー。でも悔しいなぁ、本当ならめちゃくちゃ地面隆起してド派手に吹っ飛ばす術なのにさー」

「そうだね、最後に爆発させるけどわたしも似たような感じ。やっぱりこの空間自体も相当頑丈に作られてるみたい。だけど自慢の鎧の無敵さも、もうお終いだよ」

「貴様ら……ッ」


 カラクリを暴かれてようやく焦りが見えた魔王だが、いまさら足掻いても無駄なこと――とは先ほどあやつが言ったセリフだったな……。

「掴まれ」と呟いたベルファールの肩に、ライアとソフィアが手を添えると転移で上空へ移動する。

 魔王の頭上ならばあやつの魔法の効果範囲外、考えたな。


「……私から行くわ――ライア、刀を貸してちょうだい」

「ん? ああ、そういうことか――ほらよ、行ってこい!」


 ライアは自身の刀の峰を足場として貸し、足をかけたソフィアを全力でぶん投げる。普通に落下するよりはその方が早い。

 一瞬で魔王の背後を取ったソフィアは、拳に集めた強大な気を握りつぶして振りかぶった。六体の分身が発生し魔王を取り囲む。


「今度こそ叩き潰すッ――天武煉獄羅煌拳!!」同時に拳を叩き込むと、今まで無傷だった鎧がベゴンと大きな音を立てて凹んだ。「――ライア!」

 名を叫び、爆裂の渦中にある分身を残して素早く退避したソフィアに代わって、すかさず攻撃に転じるライア。


「てめえは自分の力を過信しすぎなんだよ。あたしらを下等だと下に見過ぎた報いだな――無刀流絶技・千刃瀑布!!」地上に向けて放たれた闘気は千の刃と化し、降り注ぎ容易く鎧を傷つけそして裂いていく。しかし無敵ではなくなっても相当硬く、ここまでの攻撃でも完全に破壊されはしないようだ。「最後は頼んだぜ、ベルファール!」着地と同時にライアも離脱し殿に託す。


「余裕とのたまっていた過去の自分を貴様はいまどう見ている? どんな気分だ? そうなってしまえば最早ただのガラクタ同然。いい加減目障りだから消してやる――ラウレーゼ・ヴォルグリフ=イレ!!」魔剣から放たれた魔力が焔に包まれた七匹の竜に変化し、魔王へ向かって突っ込んでいく。

 ソフィア、ライアの技ごと大きく消し飛ばす禁術は、轟音を上げながら大爆発を起こした。ガランガランと辺りに散乱する鎧の残骸、破壊することに成功したようだ。

 そうして素早く二人を回収したベルファールがわしの元まで帰ってくる。


「素晴らしい連携だったな、見事と称賛を送ろう」

「まだ終わったわけじゃない、見ろ――」


 ベルファールに促され、燃え続ける爆炎に目を向ける。すると魔力の発散により炎を吹き飛ばし魔王が姿を現した。膝を屈した、血塗れの姿で……。


「鎧の仕掛けをよく見破ったな……ただのムシケラではないことだけは認めてやろう」

「いまさら強がったところでもう無敵の鎧はない。そしてお前はいまここで倒す――ギガルデインッ」


 わしは剣へ聖なる雷を纏わせた。それをなんの感情もなく見ていた魔王が「クックッ……」と肩を揺らして嗤う。


「なにが可笑しい?」

「フッ、未だ勝つ気でいることが滑稽なだけだ」


 ニヤリと笑い、そう呟いた時だ。散乱していた鎧の残骸が途端に弾け黒い煙と化すと、魔王の周囲へ集まり始めた。

 やがてそれらは魔王を取り囲み、卵のような形をした巨大な球体へと姿を変える。さらにあれだけ暴れてもまともに破壊すら出来なかった床から、イバラのような黒い鎖が突き破り卵に絡みついては固定した。


「なにをする気か知らんが、やらせん! ――ギガルトラッシュッ!!」


 しかし全力で放った技は、直撃寸前で結界に弾かれ爆散する。

 その後に続き、仲間たちも次々技と魔法を繰り出すも、やはり結果は同じだ。

 グッと奥歯を噛みしめ注視していた時、卵の様子に変化が生じた。

 妖しく輝きながら、まるで胎動するように脈打ち始めたのだ。同時に感じ始めた悪寒、魔王の背後にあった存在感。それが産声を上げようとしているのだろうか。


「なにが起きようとしているのだ……」

「おっさん、どうしようもねえんなら待っていても仕方ねぇ、いまの内に体勢整えようぜ」

「ここまでの戦いでかなり消耗しています、結界晶石で回復しましょう」

「さすがにこの状態じゃみんなまともに戦えないよ、いざって時に禁術も使えないし」

「あいつも休んでることだしさー、早いとこ済ませちゃおうよ」


 仲間たちに促され、それもそうだと頷き結界晶石を展開した。あと一回分は残っているが、さすがに戦闘中は使えないため恐らくこれが最後だろう。

 あとは女神からもらった回復薬等でどうにかするしかない。

 ドクンとさらに拍動する卵に強まる悪寒。いよいよ最終決戦その時が幕を開けようとしている。

 緊張の中飲み込んだ唾が、黒い卵の脈打つ音に消されていった。

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おお勇者よ、死んでしまうとは情けない……えっ、ならお前が行け? 黒猫時計 @kuroneko-clock

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