第65話 オロチの野望を打ち砕け!

 酒場を後にしたわしらは楓に案内され、大江戸の西に広がる樹海をひた進んだ。

 夜霧は視界を奪い、湿り気を帯びた空気が森のにおいを強く濃くする。

 常人では方向感覚を失いそうな森の中でも、さすがは忍といったところか。楓は迷わずその現場まで連れて行ってくれた。


「これが地下への階段か」


 聞いていた通り、長方形に抜けた穴から地下へ続く階段が覗き見えた。

 それを眺め、わしは腕を組みう~んと唸る。


「どうしたんだおっさん? 腹でも痛いのか?」

「だから一泊してから来ればよかったんですわ」

「大丈夫? いま治すから」


 側へ駆け寄ってきたクロエに「いや、」と首を振り、わしは首筋を掻いた。


「腹が痛いわけではなくてな。なぜ魔物たちはこう洞窟なんかを好むのだろうと思ってだな。暗がりばかりでいささか飽きてきたぞ」

「なんだよ、そんなことか。つうか洞窟ばっかってわけでもないだろ」

「そうですわ。塔も砂漠も海もありましたし」

「……まあ確かに、言われてみればそうだが」


 酒呑童子から続いたため、そう思うだけだろうか。

 それにしても、陰気な場所が連続すると気も滅入るというもの。

 いまはそれどころではないことくらい、分かってはいるのだが。


「とにかく急ごうぜ、オロチが何かやらかす前に倒さねえと」

「うむ、そうだな」

「オジサン、中まで調べたわけじゃないから、どんな罠があるかも分かんないし。気をつけてね」


 先頭に立ち階段を下りようとしたところ、楓から身を案ずる言葉が投げかけられた。

「心配するでない、お前さんたちはなにがなんでも守ってみせるからな!」楓だけでなく皆に向かってそう宣言する。

 このパーティーでのわしの立ち位置にして、最優先でやらねばならぬことだ。それをしかと胸に刻む。

 皆からの頷きによる答えを得、そしてわしらは階段を下りた。


 地下は真っ暗で、まったく光源がなかった。そのため、ソフィアが取り出してくれた携帯松明を手に通路を進んでいく。

 道幅は割と広く、わしが三人両手を繋いで広がった程度はあった。

 さらに注目すべきはその壁面だ。通路はなにか巨大なモノが這ったように、壁面がうねりながら奥へ奥へと続いていた。そう、まるで巨大な蛇が這っていったかのように。

 道中、何匹もの蛇を倒しながら、わしらは道なりに進む。

 すると突然、広い空間へと出たのだ。

 以前酒呑童子と戦った広場ほどはないが、それでもけっこうな広さがある。

 奥には松明が二つ離れて置かれており、近づいてみると、間にはまた地下へと続く階段が。

 しかし。地下から洩れてくるのだろう明かりは、俄かに赤い色をしていた。

 それになんだか空気が熱いような……


「……まさか、この下に行くのか?」

「まあ、行かなきゃオロチと戦えないしな」

「勇者様、もしかしてビビってます?」

「いや、決してそんなことはないが……、明らかに熱を感じるのだが?」


 階段を覗き込んで分かる熱風。暖炉にくべた火を扇いだ吹き返しのように熱い。

 間違いなく何かが燃えている。


「大丈夫だよ、わたしが炎のレジストかけてあげるから」

「燃えたらアタシに任せてよ! 水遁で火消ししたげるからさっ」


 不安な顔をしていたのだろう。クロエと楓はそんなわしを安心させようと、ポンと肩を叩いて笑った。

 いかんな。わし勇者なのに、励まされてばかりで。不安が伝播したら士気にも関わるだろうに……。

 わしは頭を振って弱気な虫を振り払った。


「すまん、わしがこんなんじゃ駄目だな。しっかりせねば」

「安心しろって。なにかあったらあたしらがフォローしてやるからさ」


 心強い仲間の言葉に、わしは完全に勇者の心を取り戻した!

 熱いなら熱いでいいだろう。もしかしたら皆薄着になるかもしれんしな! それはそれで楽しみなのだ。

「では、行くぞ!」皆に声をかけ、わしは一気に階段を下りた。


 そこは一面燃え散らかした空間だった。ドロッとした溶岩が幾筋も川のように流れ、ところどころ落ちる岩は延焼したのか火だるまになっている。

 まるで蒸し風呂のような状況に置かれ、否が応でも汗がダラダラと流れ落ちた。

 クロエは炎をレジストするヴェールを皆に撒き、それでも暑さは完全に遮断できなかったため、楓が水遁を使い皆を濡れ鼠にする。

 びちょびちょのライアにびちょびちょのソフィア、それにびちょびちょのクロエにびちょびちょの楓。

 普段であれば興奮し飛びつかんとするところだが。さすがにこの熱の中ではそういう思考にもなれない、そんな自分が情けない!

 水が渇くたびにびちょびちょになりながら、赤く煌々と明るい下層を溶岩に気をつけて進んで行くと――壁面が抉れ、その先が細い通路になっている場所を見つけた。

 どうやら奥へと続いているようだ。


「妖気を感じる。オジサン、オロチはこの向こうだよ」


 楓に大きく頷き返し、わしらは各々武器を携え通路へ入った。

 壁に手を付きながら一歩一歩着実に歩みを進めていく。すると、また拓けた空間に出た。今度は広い。酒呑童子の時よりも。だが変わらず地面が燃えている、暑い!

 ――そして視線の先。

 鬼の首塚の時と同様、奥には小さな社が建ち、その手前には髷頭に顔面白塗り、おちょぼ口の紅を塗った赤い眼の男が立っていた。


「お前がオロチか」

「如何にも、麿が焼餅としてジパングを治める国主、オロチでおじゃる」


 黒金の着物の袖を振りながらふざけた喋り方をする男は、ニタニタと笑いながらわしから視線を外した。


「おや、誰かと思えば其方でおじゃるか? やっぱり麿に抱かれに来たのでおじゃるな、ホホホホー」


 オロチの視線を目で追うと、楓に行き当たる。

 楓は非常に冷めた目でオロチを見返していた。


「さっきも言ったよね、冗談は顔だけにしろってさ。アンタほんとキモイよ」

「……また麿を愚弄したでおじゃるな、」


 笑っていたオロチはすっと目を眇めて睨みを利かせ、「せっかく命だけは助けてやろうと思ったのに残念でおじゃる」と背後に闇を従えながら呟いた。


「もう一度言うけどさ、アンタはこのオジサンに倒される運命なんだって。大人しく消えなよ」

「おじさん? 其方が言っていたおじさんとはそこの太い男のことでおじゃるか?」


 オロチはわしに視線を戻すと、「ホホホー!」と甲高く笑った。

 わしは不快感を前面に押し出した顔をして訊ねる。


「なにがおかしい?」

「貴様のような男に麿が負けているとは到底思えないでおじゃるからな。これなら麿にも勝機があると思ったら、愉快で笑いが込み上げたのでおじゃるよ、ホホホ!」


 人を『これ』呼ばわりとは失礼千万!

 それに会話の中で聞き捨てならない言葉を発していたな。楓が抱かれに来ただのと。


「――ええい、その聞き苦しい笑いをいますぐやめんか! お前なぞにくれてやる美女はこの世界に一人もいないのだ! すべてわしが囲う故、諦めるのだなキモオロチ!」

「キモ、オロチ……麿をそのように呼ぶ者を生かして返すわけにはいかんでおじゃる」


 言うなり、オロチの体から黒い霧のようなものが噴き出した。

 その体を完全に覆いつくし、さらに霧は範囲を広げていく。同時に、ビリビリと肌で感じる力の高まり。妖気というやつだろう。


「どうやらわし、あやつを完全に怒らせてしまったようだ」

「気にすんなおっさん。結局は戦わなきゃならねえ相手だし、ちゃっちゃと終わらせようぜ」

「どの道避けて通れない道なら、叩き潰して通るまでです」

「オロチを倒せばジパングに平和が戻るって思うと、俄然やる気が出てくるね」


 各々武器を構えたところで、オロチの周辺を取り巻いていた黒い霧が逆巻いては一気に吹き飛んだ。

 そこから現れたモノに目を瞠る。体長およそ百メートルはありそうな大蛇だったのだ。


「あれが焼餅の正体か。見るからに気持ちの悪い蛇だな」

「ああ、まだ酒呑童子の方がマシだぜ。うねんなよな気色悪い」


 素直な感想をライアと一緒に吐露すると、オロチは「ホホホ」と笑った。


「酒呑童子でおじゃるか。最初からあのような鬼に頼らず自分でやっていればよかったのでおじゃる。力が戻ったら麿を蹴落とすつもりだったようでおじゃるが、ざまあないでおじゃるな。復活させてやった恩も忘れるからこうなるのでおじゃるよ」


 酒呑童子はそんなことを考えていたのか。たしかに何者の配下にもならないような気概は感じられたが……。

 というか今の言葉から察するに、やはりオロチも何かしら企てているようだな。


「一つ聞かせてもらうが、お前は何を企んでいるのだ?」

「どうせ貴様はここで死ぬでおじゃるからな。冥途の土産に聞かせてやるでおじゃる、」焼餅は大きく首をもたげ、「――麿はこのジパング全土に天変地異を発生させ、それを合図に妖怪どもに人間を襲わせる算段なのでおじゃるよ。地震に噴火、雷に台風。壊滅的な被害を被った国をじっくりと攻め落として支配下に置いた後、女をかき集めてまた楽しい城暮らしに興じるつもりでおじゃる。……もちろん、そこの女含めて、な」


 自慢げにその構想を語るオロチ。

 グバッと大きく口を開けると、


「だから貴様は邪魔なのでおじゃる! ここで殺してやるでおじゃるよ」


 そう言い捨てて、いきなり襲いかかってきた!

 皆一様に瞬時に散開していく中、一人出遅れていると――中空からライアの叫ぶ声がした。


「おっさん、飛べっ!」

「飛べって言われても、わしそんなに跳躍力ない――のわっ?!」


 一人逃げ遅れたわし目がけて、蛇の頭が突っ込んできた!

 咄嗟に構えた盾を激しく押され、わしは燃える地面を滑っていく。その軌跡に炎が追随し、焼けていない地面までをも焦がしていく。


「さすがにデカいだけあって、こやつ重いぞ」

「おっさんタンクだろ、丁度いいじゃねえ、か!」


 スラッと宙で童子切を抜いたライアは、落下速度を上乗せした斬撃を蛇の胴部に叩き込む。

 オロチは身をグネグネとうねらせると、斬り付けてきた刀を上手い具合に避けた。

 刃は空振りに終わり、地面を大きく抉り込む。

「ちっ、デカいだけのくせに」と舌打ちするライアを横目に、次に攻撃を繰り出したのはソフィアだった。


「鬼よりも的が大きいから当てるのは楽そうね。誰かさんはミスったけど」

「うるせえ、無駄口叩いてないでオロチを叩けよ」

「言われなくてもそうするわ!」


 地面を強く蹴ったソフィア。腕を大きく振りかぶると、限界まで引き絞った拳を蛇の横っ腹に叩き付けた!

 ドスッと鈍い音を響かせた蛇の腹部はその衝撃から大きく凹む。

 わしのすぐそばにあったオロチの頭は苦悶の表情を浮かべると、ギロリと背後を睨みつけた。


 その視線の先には詠唱中のクロエの姿が。

 魔法は強力になればなるほど、詠唱に時間がかかる。故に、戦闘中無防備になりやすいのだ。

 これはいかんと、急いでブランフェイムを抜いてわしはオロチに声を荒げた。


「この不細工なキモマロ! お前の相手はこのわしだ!」


 これでわしに注意が向くだろう。そう思ったのは甘かった。

 挑発も空しく、蛇は大口を開けてクロエを狙う。瞬く間に口内は赤熱し、次の瞬間、口からは炎が吐き出されていた!


「くそ! ここからでは間に合わん! ――クロエ!」


 声をかけると、クロエは不敵に口元をゆがめた。


「大丈夫だよ、勇者さん。もう詠唱は終わってるから――」


 そう呟いた瞬間、クロエの手元に青白い魔法陣が出現した。

 周辺の空気の温度が一段下がり、ゾクリとした悪寒が背筋を走る。


「……アブソリュートゼロ」


 静かに告げると、爆発的に発生した冷気がクロエを中心に広がっていく。荒れ狂う風は小さな氷を伴い、周囲の空気を冷やしながら徐々にそれを成長させていく。

 オロチの放った火炎はまるで時の流れが遅くなったように停滞し、炎の勢いは殺されやがてぷすんと掻き消えた。

 初めは小さな氷塊だったアブソリュートゼロの氷は、あっという間に鋭利な凶器と化し、無数の巨大な刃となってオロチを刺し貫いた。


「痛いでおじゃる! イタイでおじゃるぅうううう!」


 オロチは喚き散らして苦悶を呈す。

 相当な痛みなのだろう。それは切り裂かれパックリと割れた胴部を見れば一目瞭然だ。鮮血を滴らせるどころか、骨まで見えてしまっている。

 なんというか、クロエの魔法がだんだんと凶悪じみていくな。別な意味でも背筋が凍る。

 と、のた打ち回るオロチに、「隙アリ!」と追撃に出る者がいた。

 赤い着物が跳躍する。空中で素早く印を結ぶと、


「雷遁、雷哮穿槍!」


 どこからともなく長大な雷の槍が現れ、楓はそれを手にした。

 間髪入れずに大きく振りかぶり、「――いっけぇえええ!」とそれを投擲する。

 閃光となって飛んだ槍は、一瞬で切り裂かれたオロチの胴部に追い打ちをかけて骨を砕いた!

 まさしく皮一枚で繋がった状態だ。


「貴様ら、許さんでおじゃる! 許さんでおじゃるよぉおおお!」


 激昂したオロチは、トカゲの尻尾切りのように自ら切断すると――ビュルンと体を振りあっという間に胴を再生させた!


「んなッ!?」

「おいおい、再生まで出来んのかよ、こいつ」

「けど、今までの半分になったわね」

「なんかズングリしてて、気持ち悪さに拍車がかかった気がするよ」

「ほんとほんと、やっぱキモいだけだったねー」


 女子たちは口々にオロチの見た目を貶す。

 確かに、この頭の大きさに胴の太さで今までの半分とは。少しみっともなく思えてくるが。

 なんだか手応えのない敵だ、と思ったのはわしが成長しているからなのだろうか……。いや、わしはまだなにもしとらんがな、ふとそんなことを思った。

 これならまだ酒呑童子の方が強かったと。


「しっかしこいつ、本当に妖怪たちの親玉なのか?」


 どうやら、そう思ったのはわしだけではないようだ。

 ライアに続き、皆口を揃えて弱いだの雑魚だのと罵り始めた。

 チラとオロチを横目にすると、驚愕するように口をあんぐりと開き、呆然としている。かなりショックを受けているようだった。

 と思ったのも束の間。

 ぷるぷると震え出したオロチは、目を真っ赤に充血させて怒り心頭を露わにする。


「もう女などどうでもいいでおじゃる! 貴様たちはここで麿の餌食にしてやるでおじゃるからな!」


 その時。べリベリッ、と音がした。

 オロチが首を下げると、その背に縦に大きく亀裂が入っているのが見えた。

 脱皮でもするのか? と頭上に疑問符を浮かべた時だ。それは起こった!

 内側から外へ向かって出てこようとする黒い影。

 メリメリと盛り上がりながら皮を破って出てきたのは、五つの頭を持つ魔物だ。しかも今までの蛇ではなく、今度は竜のような顔をして四肢を具えた姿で現れた。


「もう容赦も手加減もなしでおじゃる。麿を怒らせた罪は死をもって償うでおじゃ!」


 オロチのそれぞれの頭が一斉に咆哮を上げた。

 ビリビリと空気が振動し、それを直に肌で感じる。

 体から噴き出す黒い妖気は、今までの倍近い力の奔流が感じられた。

 それを見て、ライアは煩わしそうに嘆息する。


「ギャーギャーと騒がしいんだよ、静かにしてろ」

「しかしどうする? あやつ、ずいぶんと強くなったようだが……」


 皆に問うと、ソフィアはグローブを押し下げ拳を握りながら言った。


「それでも蹴散らすまでですわ」

「こっちも五人だし、大丈夫じゃないかな」


 クロエの言葉に、楓はテンション高めに一つ手を叩いた。


「ってことは、一人頭、一つずつ相手にすれば問題ないね!」

「頭だけに、な!」


 わしもそれに便乗すると、「おもしろいこと言ったつもりか」と冷めた口調でライアに切って捨てられる。

 無きにしも非ずだったが、さほど受けなくてわし悲し。


「作戦は決まったでおじゃるか? でも無駄なことでおじゃる。結局皆死ぬことになるでおじゃるからな!」


 再びオロチが咆哮を上げると、皆一様に戦闘モードへ移行した。

 前後左右に散らばると、「行くぜ!」と勢いのあるライアの声を合図に開戦する。


「まずは生意気そうな貴様からでおじゃ!」


 言うなり一番右の首が口を開けると、いきなり火炎放射を吹いた。

 その先にいたライアは、咄嗟に玉藻から貰った札を童子切に巻き付けると、炎を真正面から受けるため刀を青眼に構える。


「そのまま黒焦げになるでおじゃるよ!」

「甘いんだよ。なんの対策もなしに、あたしらがここへ来るとでも思ってんのか?」


 ライアを飲み込むはずだった炎は、ちょうど真ん中で半分に割れ斜め後方へと流れていく。

「なにい?!」と吃驚するオロチの右首。見開かれた目が捉えていたのは、地を蹴るライアの姿だろう。

 納刀し、一瞬で間合いを詰めたライアは、跳躍しながら再度抜刀した。


「刃閃、二の太刀――龍牙虎爪!」


 上空から頭を斬り付け、着地と同時にバク宙しながら斬り上げる。

 鋭い斬撃により右の頭は見事に割られ、首までをも真っ二つにした。

 ぐったりとして右側が沈黙する。


「その札は卑怯でおじゃる! 妖気を遮断されては麿に出来ることなど――ッ?!」

「あら、いいことを聞いたわ。つまり、この札さえあればあなたの攻撃の一切は無効に出来るというわけね。安心したら無駄に力が入りそうだわ」


 各首が狼狽える中。左の首に相対していたソフィアが笑った。

 しかし気を緩めるようなことはせず、拳を握り込み一気に駆け出す。

 ああ言ってはいたものの、素直に諦めることはしないようで。オロチの左首は今度は冷気の息を吐き出した。

 けれども、ソフィアはグローブに札を貼り付けているため妖気を物ともせずに突っ込む。


「さっさと寝なさいッ! バーストゲイルスマッシュ!」


 飛び、両の拳を無数に繰り出しながらソフィアは上へ上へと上がっていく。

 ベコベコと首を凹ませながら頭部まで来たところで、体を捩って鋭い右足を繰り出した。空気摩擦により発生した火炎を纏った足が頭に直撃すると、インパクトの瞬間に盛大な爆発を起こす。

 煙が晴れると、オロチの左首は半分を残して吹き飛んでいた。


「こ、このままでは麿が死んでしまうでおじゃる!」

「いまさら後悔しても遅いよ。謝っても許さないから」


 峻烈な眼差しで睨んでいたクロエ。

 それを見て、オロチは身震いするように首を震わせる。


「――シューティングレイ!」


 魔法名と同時に刹那的に表れた魔法陣は白く輝いていた。

 次の瞬間、天井付近がパアッと光り、無数の光弾が右中の頭目がけて一斉に降ってくる。

 まるで以前グランフィードの魔泉で見た、ソフィアのホーリーサンシャインのようだが、威力はケタ違いのようで。

 バスバスと音を立てながら直撃する弾は、オロチの頭部を吹き飛ばしながら地面まで穿った。

 首も根元まで消え、右前脚を大きく損傷したオロチはバランスを崩して倒れる。


「麿は、こんなところで死ぬわけにはいかんのでおじゃる!」

「往生際の悪い。アンタはここで死ぬんだって言ったよね? ジパングの平和のためにもお師匠の平穏のためにも、早く消えなよオロチ!」


 楓が叫び、手早く印を結ぶ。

 残り二本となった首同士顔を突き合わせ、これはマズいといった風に表情を歪めたオロチ。


「火遁、桜花炎舞!」


 そんな中で発動された楓の忍術。

 左中にあるオロチの首周辺に、花びらにも似た焔が突如出現し無数に舞い踊る。それらは首筋に吸い寄せられるようにしてびっしりと付着すると――瞬間的に閃光を発して炸裂した。

 複数回の爆発に見舞われた首は、巨大な獣に食い散らかされたような見るも無残な姿となった。


「残るはわしか……」


 真正面で相対するは、真ん中の首。

 オロチは恐れを抱いているような目をして周囲を見ていた。

 いままであったはずの首が一切なくなってしまったのだ。心細くなるのも仕方ないだろう。

 だからといって手加減などせぬ。玉藻と楓に約束したからな。ジパングを救うと。それが勇者の使命なれば!

 わしは札を全部巻き付けたブランフェイムを構えた。


「最後は貴様でおじゃるか。その札がある以上、麿の技のすべては意味をなさないでおじゃるな」

「なにか言い残すことはあるか?」

「なにもないでおじゃる。麿が八俣であったならば、貴様らに負けはしなかったでおじゃろうな。最後が貴様のような小汚い男とは、麿も焼が回ったでおじゃる」


 悪口に反応は示さず、わしは剣を逆手に持ち後ろに回して構えた。

 すると、オロチは最後の執念を燃やすように咆哮すると、長い首を伸ばしてわしに牙を向いた。

 わしは静かに大地を蹴る。のしんのしんと駆け腹を揺らしながら走る。オロチとの距離が縮まっていく。

 最後っ屁なのだろう。オロチは急に猛火を吐いてきた!

 わしは逆手のままそれを剣で振り払い、眼前に迫ったオロチ目がけて、再び構え直したブランフェイムを振るう!


「うぉおおおおお、ワルドブレイクッ!!」


 剣はオロチの眉間を割ると、そこから閃光が迸り――瞬時に爆散した。残った胴部も光の粒子となって、完全にオロチは消滅する。


「終わったな」

「ええ、ようやくね」

「これでジパングも平和になるよ、楓ちゃん」


 皆で楓の元に集まる。

 楓はしばし呆然としていたが、ややあってハッとすると「うん」と小さく頷いた。

 その目には、薄っすらと涙が滲んでいるような気がした。


「さあ、皆で大江戸に戻るぞ。凱旋だ!」


 頷きをもって答える女子たちとともに、わしは洞窟を後にした――。

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