第101話 オルフィナの家防衛戦

 ダグハースで二手に分かれ、オルフィナの両親を護衛しつつ家へと向かったライアと楓。

 オルフィナの家は船着場からさらに北、森を抜けた先にある平原の中に建っている。牧歌的な木造建築で、古めかしい木肌がこの家の歴史を感じさせる。

 魔物が襲ってくるとしたら森を抜けてくるはずと考えた二人は、オルフィナの両親を家の中へ避難させ、襲撃に備え外で待機していた。


「あの程度の雑魚どもなら、あたしら二人で十分だな」

「そうだねー。わざわざオジサンの手を煩わせる必要はないよ」


 頭の後ろで手を組みいつも通りの軽快さで口にした楓を横目にし、ライアは少しだけ怪訝そうに眉根を寄せた。


「……楓、一つ聞いてもいいか?」

「答えないかもしんないけど、なにー?」

「どうしていの一番にこっちだって声を上げたんだ?」


 ライアの言葉にしばし固まり、組んでいた手を下ろした楓は小さく吐息をつく。

 その横顔は人知れずなにかを決意したことを滲ませるものだった。


「……アタシはさ、強くなりたいんだ」

「それは自分がパーティーで一番劣っているからとか、そんなつまらねえこと気にしてじゃないだろうな? 前にも言ったが、みんなお前に助けられてる。十分役に立ってるし、下手したらおっさんより仕事してるだろ」

「そう言ってくれることは嬉しいし、そう思ったことも本当だけどね……けどそれだけじゃないんだ。たしかにみんなの役に立ちたいって思いは強くあるけど、アタシはなにより期待してくれてるお師匠のためにも強くなりたい」

「玉藻のためにも?」


 うん、と静かに頷いた楓は一歩二歩と進んで空を見上げた。


「アタシのために作ってくれたあの装束に見合う力を身につけて、堂々と袖を通したいんだ。京に帰った時に、胸を張ってお師匠に会えるようにさ」

「だからこっちに残ったわけか。魔物に襲われるかもしれない状況を利用して、そこで経験値稼ぐって算段だったわけだ」

「別に計算したわけじゃないけどね。まあ、そんな考えもなきにしもあらず的な?」


 振り返り、けらけらと悪戯そうに楓が笑う。

 仕方ない奴だと言わんばかりに呆れ調子で肩をすくめたライアだったが、なにかの気配を察知しそちらへ鋭い目を向けた。

 同じく目をやる楓。二人の視線の先に、十数体の魔物の群れが森の方からこちらへ向かって歩いてきているのが確認できた。


「ようやくお出ましみたいだぜ、楓」

「来てくれなきゃ体が鈍っちゃうところだったけど、柔軟程度にはなりそだね」

「数は、……全部で十二体か。雑魚ばっかだが、楓、お前が片すか?」

「いいの?」

「そんな健気な話聞かされて協力しないほど薄情じゃねえし、それに師匠を見返してやりたい気持ちはあたしにも分かるからな。行って蹴散らしてこいよ」

「……ありがと、ライア――」


 礼を口にすると同時、楓は強く地を蹴った。

 草原の風を切って音もなく疾駆する姿はまさしく忍。ソフィアを超えるほどのスピードであっという間に距離を詰めると、忍刀の柄に手をかけ一気に抜き放つ。

 中央のガイコツ剣士を突進からの一突きで仕留めると、左右に開く動く屍を素早くスライディングしながら脚を斬り崩し、跳躍しながらクナイを無数に投擲。これを始末する。

 それに反応し見上げ弓を構えたガイコツ四体に向けて、素早く印を結び「土遁、地割撃」を唱える。

 ガイコツの足元の大地が大きく割れ、魔物は地割れに飲み込まれていく。割れた大地がバン! と勢いよく閉じると、吐き出されるように飛び出した髑髏だけを残して魔物は沈黙する。

 場に残された魔物は五体。すべて腕が計四本あるガイコツ剣士の亜種。それぞれ剣や斧を携えていた。

 着地を決めた楓に向かって、それらが一斉に走り出す。


「アタシ一人だからって舐めないでほしいかなー――氷遁、烈氷刃!」


 印を結んだ瞬間に、楓の周囲を囲むように発生した無数の氷の刃。それらは標的を定めるように切っ先を魔物へ向けると、次の瞬間に一斉に発射された。

 鋭利な氷刃は骨を容易く解体し、あっという間に輪切りにする。これほどバラバラにされては復活も望めないだろう。

 襲撃をなんなく退けた楓はライアのもとへと戻った。


「楽勝だったな」

「あの程度じゃ物足りないけど、一人だったから経験値的にはおいしかったねー。でも次来たらライアの番だかんね」

「あたしもか?」

「ライアもお師匠に会わなきゃいけないんでしょ? それで勝つつもりなんだよね? だったら修行あるのみじゃん」

「……ま、それもそうだな。あの程度の修行で倒せるほど朱火は甘くはねえと思うけど、当たりを引くことを願うしかねえか――」


 それからやってきた第二波は数も種類も変化なく。「メンツが変わってねえじゃねえか、手抜きかよ!」と文句を口にしながらも、ライアは五秒とかからずに斬り伏せた。

 第三から第六と続く徐々に強さを増していく魔物の襲撃にも、二人は大して苦戦することなく防衛に成功する。

 そして夕暮れとなる時間帯。

 やってきた第七の襲撃者に、二人はついに目を瞠った。

 骨なのは基本的に変わらない。しかしその図体のデカさと腐肉の余った姿は異様だった。怪しい黒いオーラを身に纏う巨躯。

 削げ落ちた顔の肉、大きな口元から覗く鋭い牙。四肢は骨になってはいるものの、いまだその力強さは健在だと知らしめるようにしっかりと大地を踏みしめて歩いてくる。

 翼も半分以上は腐り落ち、羽ばたくことはもう出来ないだろう。だが飛べていた名残を惜しむように仰ぐその姿は、気高く誇り高いかつての姿を思い起こさせるものだった。


「あれって、ドラゴンってやつだよね?」

「ああ、まさかここにきてドラゴンゾンビが出てくるとはな。いや、不思議はない。クゥーエルがいるってことは、こっちの世界にはドラゴンが普通にいるってことだからな。幸いといっていいのか、まだ遭遇したことはねえけど」

「あれって強いの? 見た感じ強そうではあるけどさ……」

「飛べないだろうしかつての強さはないと思うが、毒のブレスには気を付けた方がいい。おっさんじゃねえけど、昔読んだ絵本からの知識で悪いが……」

「だったら毒はアタシに任せといて、風遁で吹っ飛ばすからさ」

「助かるよ、持つべきものはいい相棒だな」


 ニッと笑い合い、二人は小屋から距離を取るため草原の中ほどで布陣した。

 人のにおいに反応したのか、大地を揺らしながら歩いてくるドラゴンゾンビが鼻を鳴らし、踏み出す足の速度を一層速める。

 ライアは静かに童子切を抜き放ち、楓は牽制用の手裏剣を構えた。

 ボトボトと腐肉を落としながらも、『オォオオオオ!』と悲痛な鳴き声にも聞こえる咆哮をあげる魔物。開戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 両手に複数枚挟んだ手裏剣を一斉に投げ放った楓は、ライアを術に巻き込まない位置まで素早く移動。

 無数の手裏剣が魔物の体に命中すると、簡単に肉が削げ落ちた。

 無形のまま駆けるライア。それに標的を定めた魔物は骨の腕を大きく振りかぶる。鈍そうに見えてもさすがドラゴンといったところか、全盛期を想像すると脅威に思える腕振りでライアを襲う。

 冷静に見極めたライアは跳躍しドラゴンの右斜め後方を取った。空振りに終わった攻撃は大地を抉り、大量の砂埃を巻き上げる。

「もらった!」左の後脚へ一太刀浴びせようとしたところへ、「――ライア、後ろ!」と楓の注意を促す声が響く。

 ライアが振り返る間もなく、尾の一撃が背中へ強かに打ち付けられた。「がはっ!」と苦悶の声を漏らし地を転げるライア。そこへドラゴンゾンビの追撃が。斬りつけられそうになっていた左の後脚を、ライアを踏み砕かんと上げたのだ。

「させないよ! 土遁、狐面防壁!」楓が地面に手を叩きつけると、ライアの四方を囲むように土壁が一気に突き上げた。魔物はそれに持ち上げられ、ジタバタともがいている。


「大丈夫っ?」

「ああ、助かったぜ、――ゴホッ!」


 その時、むせ込んだライアが吐血した。

 口の端に付着した血をガントレットで乱暴に拭う。


「くそ、油断した。ゾンビになっても、十二分に力だけは馬鹿みたいに残ってるって、そういうことかよ」

「これ、お師匠の薬棚から持ってきた丸薬だよ、かじって」

「悪いな、薬草程度じゃ回復しそうにねえ」


 楓から差し出されたものを口に放り込み、少し硬さのある丸薬をかじる。カリっと音がすると同時に、ライアの体に赤色のオーラが纏わりついた。


「こいつは……?」

「体力の回復と同時に、一時的に力を上げる効能があるんだって。副作用は効果時間が切れるとHPが半減しちゃうみたいだけど……」

「だったら、それまでに片付けねえとな。――ん?」


 パラパラと降ってきた破片を気にし見上げると、土壁が少しづつ侵食されて崩れていくのが見えた。

 二人は距離を取って態勢を整える。

 やがて土壁が崩落し、魔物が着地と同時に咆哮を上げた直後――その口の中に緑色をした薄煙のようなものが溜り始めた。


「楓、来るぞ! 毒のブレスだ」

「オッケー任せといて――」


 楓はいつ吐き出されてもいいように素早く印を結ぶ。

 地団太を踏みしめて大口を開けると『グォオオオオ!』という痛ましい叫びとともに、ドラゴンゾンビがブレスを解き放った。

「風遁、爆風隔壁!」魔物のブレスが広がりを見せる前に、楓の忍術は完成された。ぐるりと周辺一帯を風の帯が囲い、ドーム状の内部に魔物だけを閉じ込めた。

 毒の息は風の障壁に阻まれて外に漏れることはなく、渦巻く風により上空へ流されては対流し、魔物自身へと降り注ぐ。


「吹き飛ばすんじゃなかったのか?」

「いやー、よく考えたらさ、土壁を侵食するくらい危ない奴が吐く毒息でしょ? 吹き飛ばして拡散でもさせたら危ないかなーって思って。要するに、自然保護だよ」

「ま、その判断は間違いじゃなかったと思うが……」


 風の隔壁が収まるころ。再び見えた魔物の体はさらに腐敗が進んでいた。が、それだけではなく、風で覆った内側一帯が毒の沼と化してしまっていたのだ。


「あれでも自然保護なのか?」

「……人間誰しも失敗することはあるって、お師匠が言ってた」

「玉藻は妖怪だろ」

「……ほ、ほらほら! 今度はライアの番だよっ。あの腐敗臭がしそうな肉はアタシの冥遁でなんとかするから、今度こそ強烈なの叩きこんできてよね!」

「ま、いいか。それに、やられたまんまで終わっちまうのは癪だからな。楓、援護は頼んだぜ」

「任せといて!」


 魔物へ鋭く睨みを利かせ、ライアは再び刀を握り締めた。

 駆け出した彼女に合わせるように、楓は冥遁、餓鬼霊障の印を結ぶ。ドラゴンゾンビの周囲に現れた怨霊の首が、腐肉に群がりガツガツと旺盛に食らいつく。

 すると先ほどまでは元気のあった魔物の様子に変化が見られた。

 餓鬼どもが肉を食らい尽くした直後、前足から倒れるように姿勢を崩したのだ。

 その隙を逃すライアではなかった。


「亀の時はいまいちだったが、今度こそ全力で直に叩き込んでやる。――いくぜ、斬鉄剣!」


 空高く跳躍し、大上段に構えた刀を落下の速度に乗せて一気に振り下ろす。

 空気を焼くほどの斬撃は、ドラゴンゾンビの頭から尾の先までを一撃で半分に割り開いた。

「オォ、オ……」とまるで苦しみから解放されたかのように声を漏らして、魔物は静かに毒沼へ身を沈めていく。

 ボコボコと泡立ちながら溶けていく様を見て、「もう苦しまなくていいんだぜ」とライアは静かに呟いた。


 まだ魔物が来るかもしれないと警戒した二人は、MPの回復に努めるためオルフィナの家の前で再び休息をとる。

 楓は町で買ってきたお菓子をつまみ、ライアは半分になったHPを回復するためのドリンクで喉を潤す。


「そういえばさ、アタシも一つ聞いていい?」


 ビスケットを手に取った楓が、突然思い出したようにつぶやいた。

 空になった瓶を脇に置いてライアは吐息をつく。


「ふぅ。答えないかもしれねえけど、それでいいならな」

「どうしてライアはこっちに残ったの?」

「ん? なんだそのことか。それなら理由は単純だ。お前がどこか生き急いでる気がしたから、ほっとけなかったってだけのことさ」

「意外と優しいとこあるんだね」

「意外は余計だ。まああたしにも身に覚えがあるからな。おかげで当時の愛刀をたかが盗賊ごときに奪われちまって……。だからお前に似たようなドジ踏ませるわけにはいかないって思ったんだよ」

「へぇ~、そんなことがあったんだね。それも意外かも」

「それ“は”意外だろ?」


 ひくつきながら無理やり笑顔を作って迫ると、楓は無言で二度三度と首を縦に振った。

 分かればいいんだという風に確かに頷いて、ライアは森の方へ目を向ける。


「しっかし、おっさんたちはいつ戻ってくるんだろうな。ちゃんとオルフィナを連れて来られるのか?」

「それなら心配ないんじゃないかな。ソフィアとクロエちゃんも付いてるしねー」

「まあそれもそうか。おっさん一人じゃ怪しいが、あの二人が一緒なら大丈夫そうだな」


 二人して笑い合い、西の空を見上げた。

 夕空が群青に侵食され、もうじき夜になる。いまが逢魔が時。

 徹夜覚悟で警護にあたるため、二人はいま一度気を引き締め直すために武具の手入れを始めたのだった。

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