第102話 楓の自信
ヴァストール地方を方々巡り、オルフィナに鎮魂してもらうこと一日と少し。太陽の高さから、おそらく時刻は昼過ぎくらいだろうと思う。
彼女が気になったという場所はあまり多くはなかったため、さほど時間をかけずに済んだ。
森の前でモルトの主人と別れ、その先をオルフィナに案内を頼み、北西にある森を抜けるとまた広い平原に出た。
小さいが、コルベドへ向かう途中にも見た毒の沼がここにもあった。オルフィナの話では昔はなかったはずと言うが……。
なんなく迂回して回避しつつ、草原を行くと視線の先に一軒の家を見つける。
木造建築の古めかしい家屋だ。
「あれがオルフィナの家か?」
「ええ、私の実家。ずいぶん久しく感じるわね」
「勇者さん、家の前に立ってるの、ライアと楓ちゃんだよ」
「どうやらちゃんと守っていてくれたようですわね」
残してきた二人を皆で心配していたが、無事を確認できて一安心といったところだな。
ほっとしながらも油断なく、わしらは二人のもとへ急ぐ。
一日と少し振りに再会した二人の表情は、なにかやり遂げたような達成感に満ちていた。
「二人とも久しいな、大丈夫だったか?」
「誰の心配してんだよ、あたしらなら大丈夫に決まってるだろ。なっ?」
「そうそ、心配ご無用だよオジサン」
辺りに転がる回復ドリンクなどから、多少は消耗戦だったことが窺えるが。それでもなお二人にはまだまだ余裕が見える。
もしかしたらこの一日でずいぶんと成長できたのかもしれない。
「ところでオジサン、その後ろの女性がオルフィナさん?」
「うむ、吟遊詩人のオルフィナその人だ」
「そうか、無事に連れて来られたんだな」
「両親の護衛をしてくれてありがとう、礼を言うわ」
「それには及ばねえよ。当たり前のことをしただけだ。――おっと、自己紹介がまだだったな。あたしはライア、よろしくな」
「アタシは楓だよ、よろしくねー」
よろしくと軽い会釈で簡潔に挨拶を交わすと、「じゃあ私は両親に帰ったことを伝えに行くから、ごゆっくり」と告げてオルフィナは家へと入っていった。
相変わらず愛想のない女子だなとその背を見送ると、不意にちょんちょんと肩を突っつかれる。
そちらへ目を向けると、楓がなぜか腰に手を当て仁王立ち、ふんぞり返るように得意げな顔をしていたのだ。
「……楓、一体どうしたのだそのポーズは?」
「ふふん。オジサン、当ててみてっ」
「いや、当ててみてと言われてもだな……。新しい防御の型か何かか? しかし腕を広げていないのでは背に守れそうにないしな。というか守るのはわしの領分なのだが……」
「おっさん、楓の足元をよく見てみろ」
ライアの助言を受けて視線を下げてみる。
女子高生とやらの制服のスカートから伸びる太ももが実に健康的で、思わず撫で回してやりたい衝動に駆られるが――ぐっと我慢して感想だけを言うことにする。
「白くてすべすべもちもちで、実にうまそうな太ももだ!」
「ちげえよ」
「――いたい」
高速で頬にねじ込まれた刀の鞘。これも随分と久しぶりに感じるな。じゃっかん速度が増したように感じられたのは気のせいではないだろう。
しかし参ったぞ。太ももでなければなんだろうか。と目線を上へ下へとあちらこちらに向けていたところ、楓の膝の裏あたりからひょっこりと顔を覗かせる狐に気付いた。
「のわっ! 狐だとっ? あ、なるほど、森に帰れなくなった狐を保護したから、わしにどこぞをいい子いい子して欲しいと、そういうことだな!」
「それもちげえよ。ったく、おっさんよく見てみろ。狐が赤い盆を持ってるだろうが、見覚えないか?」
よく見ると盆の上には黒い巻物が一本乗せられていた。いや、絵本で見た恵方巻という食べ物である可能性もないこともないだろうが、この場合恐らく巻物で間違いないだろう。
とそこでふと思い出す。そういえば、楓が玉藻から装備一式を受け取った時にも似たような狐が現れたなと。
「ということは、楓になにかを渡すために現れたのか、その狐は?」
「その通り! オジサンたちが戻ってくるまで待ってようと思って、中開かないようにしてたんだけどさ。遅かったから先にライアと見ちゃったんだけど、これなんだと思う?」
「巻――いや、恵方巻……、に見せかけて実は海苔巻きだな!」
「おしいっ!」
「いや、惜しくはないだろ。おっさん、こいつは皆伝の書だ」
「かいでん?」
「簡潔に言うと、上忍の免許ってところだな」
「じょうにん?」
えっへんと自慢気に胸を張る楓の顔を見、ライアの顔を見ると、「ああ」と確かな頷きで答えた。
「……って上忍っ!? ということは楓は、最上位のクラスになったということか?」
「そうだよー」
「いやしかし、普通はディーナ神殿でクラスチェンジするものなんじゃないのか?」
「まあ忍者はジパングの固有クラスだからな、あたしらとは違うんだろ。それにこいつは玉藻の使いみたいだし、師匠が皆伝の書を授けることになんの不思議もねえよ」
「そうだったのか。それはそうと、おめでとうだな楓。まさかお前さんが一番乗りとは」
「頑張ってたんだぜ、楓。もっと褒めてやれよ」
聞けば全部で12wave。第七波にはドラゴンゾンビ。その後は腕が三対のガイコツ剣士の亜種が無数に襲ってきたという。
数で押され気味で家の周囲を魔物に囲まれたこともあったそうだが、楓の忍術でなんとか防衛することに成功したそうだ。
そのことを「頑張ったな」と頭をなで褒めてやると、楓は満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
皆にも祝福されて、楓もどこか誇らしげだ。
「んじゃアタシ、ちょっくら着替えてくるね!」
言い終える間もなく踵を返し、楓はオルフィナの家へ入っていく。
しばらく待っていると、オルフィナと一緒に戻ってきた。
濃紺の帯で締められた雪原のように真っ白い忍装束からは、紫色の妖気が立ち上っている。しかし妖気ではあるが、楓を守りたいという玉藻の想いがこれ以上ないくらいに滲み出ていて、優しい温かさを感じさせた。
手甲と脚絆は黒で、生半可な武器では歯が立たなそうな重厚感を醸し出している。
そして手に提げていた妖刀『
思わず息をのんで魅入ってしまうほど様になっていた。
「こうして見ると、ずいぶんらしくなったな。上忍なのも頷けるぜ」
「ええ、本当に。さらにスピードを離されるとなると悔しい気もするけれど。いつかは追い付いてみせるわ」
「楓ちゃんかっこいい!」
「ありがとー。みんなのおかげだよ」
皆からの好評を得て、楓は満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべる。
その時、「こほん」とオルフィナが遠慮がちな咳ばらいをしてわしらの注目を集めた。
「楽しい雰囲気の中悪いんだけど……両親が今日は泊っていけって言ってたから、泊っていけば。岬に行くのは明日でもいいでしょう」
「うむ、それもそうだな。わしらも多少消耗しているし、やはり万全を期すべきだろう。すまんが世話になる」
「ええ。中でお昼の用意してるから一緒に食べましょう」
踵を返し、家の扉を開けたオルフィナは先に中へと入っていった。
「そういえばわたしたち、宿を出てからごはん食べてなかったね」
「モルトの主人に常備食はもらったけれど、言われてみればそうね」
「あたしらは夕飯も朝飯もご馳走になったけどな」
「うん。美味しかったから期待していいと思うよー」
花が咲くような女子たちの明るい会話に笑みをこぼし、わしも皆の背について歩いた。
どこかあか抜けたような楓の背中を見てふと思う。
この成長を玉藻にも見せてやりたいなと。きっと彼女も大いに喜んでくれるだろう。
それからわしらはパスタをご馳走になり、夕飯にはスタミナが付きそうなビーフシチューを頂いた。
夜が明けたら岬へ向けて出発だ。
頼もしい仲間たちと共に平和を築くため、四天王がどんな輩であれ必ずや打ち倒してくれる。
月明かりが差し込むリビング。床に寝転がされながら、夜空のお月様に一人そう誓ったのだった。
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