第103話 岬の廃墟――不死のデスタルク

 長いようで短い夜が明けた。

 床で寝ていたせいか、じゃっかん痛む体を煩いながらも身支度を整え、朝食を頂いた後にわしらは外へ出る。

 草原に吹く爽やかな風に、ふと何もない休日なのではないかという錯覚に陥った。まあ、旅をしなければ毎日が休日みたいなものだが……。

 心配そうな顔で見送りに出てきたオルフィナの両親に、「大丈夫だ、わしらがちゃんと守る」と安心させ、そして出立を告げて、吟遊詩人オルフィナを伴いわしらは岬へと向かう。

 ダグハースの北、というより、オルフィナの家からさらに東に行くと、やがて岬を背にする高い門壁が見えてきた。

 囲う壁の範囲から、かなりの敷地と見受けられるが……。

 どこが正門かとしばらく壁伝いに歩いていくと、歓迎するかのように解放されていた鉄門を見つける。すんなりと入ることが出来たのだが、皆が中へ入った瞬間にガァアアン! と勢いよく門が閉まり閉じ込められてしまったのだ。


「ま、こんなことだろうと思ったけどよ」

「どの道倒すのだから別に問題はないわね」


 ライアとソフィアの言葉にそれもそうだと頷き、改めて敷地に目をやる。

 廃墟になっている洋館自体は大きくない。館へは真っすぐ伸びる石畳の通路があり、真ん中辺りにローブ姿の不気味な石像が一つ。

 なによりも特筆すべきはその他の部分だ。通路以外地面がむき出しの庭には、夥しい数の十字の墓が無造作に突き立てられている。ざっと数えただけでも数えきれないほどだ。おそらく二百、いや三百は優に超えているだろう。


「……なんだか不気味だな。いきなり死者が蘇っていまにも襲ってきそうな感じだ」

「オジサン怖がり過ぎだし。どうせ弱いんだからドンと構えてなよー」

「でも数は厄介そうだよ。それに四天王のお膝元、アンデッドも多少強さを増してるかもしれないし」

「問題ないわ。ここで鎮魂してやればいいから」


 言いながらオルフィナは竪琴を取り出した。

 またあの珠玉の響きが聴けるのかと、その瞬間を心待ちにしていると。彼女が弦を爪弾いても、以前のような広がりを感じさせることなく音色は虚空へ消えていった。


「音が響かない……どういうこと」

「とすると、ここの死者たちは鎮魂が出来んということか?」

「ええ。原因は分からないけど、この場所のなにかが音に干渉してる可能性があるわ」


 専門的なことはよく分からんが、その干渉とやらのせいであることは間違いなさそうだ。


「とにかく、館に行ってみようぜ。なにか分かるかもしれねえし」

「うむ、そうだな」


 頷き、邪魔くさい石像を迂回して通路を行く。そして崩れた玄関のドアを壊して中へ侵入した。

 館の中は薄暗かった。クロエに光源を生み出す魔法トーチライトを灯してもらい、床板やらが剥がれ壺やらが割れた荒れ放題な館を探索する。

 ざっと見て回ったところ、館は二階建てで部屋数は全部で二十。二階の部屋は主にゲストルームらしく、各部屋にベッドが置かれていた。

 魔物が出てくるものと身構えていたのだが、埃にライトの明かりが反射したモヤモヤくらいで何にも遭遇しなかった。本当に四天王がいるのかすら疑問だ。

 敵が出てきそうになかったため、念のため用心して二人ずつに分かれ、変わったものがないかを探すことにした。

 わしはライアと。ソフィアはクロエと。そして楓にはオルフィナを任せた。

 一番小回りが利いてかつ上忍にクラスチェンジした楓なら、護衛に最適だと判断したからだ。

 方々に散った皆を見届けた後、わしらも探索を始める。


「……しかし埃っぽいな。ライアは平気か?」

「まあこのくらいならな。砂漠の砂嵐よりはたぶんマシだろ。おっさん、少しの辛抱だから頑張ろうぜ」

「うむ、早いとこ終わらせるが良しだな」


 一階を重点的に探して回り、片っ端から怪しいものをひっくり返す。

 それこそ割れていない壺の中やら、タンスの中、割れた花瓶の破片に何か書かれていないかとか、絵画の裏まで隅々に。

 だが、数時間探してもなにも見つからず、……途方に暮れていたところ。

「――ちょっと来て!」とクロエの声が突然響いたのだ。声が聞こえたのは一階だったから、どうやら上は探し終えて降りてきたらしい。

 わしらも探していたが、見落としがあったのかもしれんな。

 そう思いながら駆け足で急ぐ。その場所は書斎のようだ。部屋の入口にはソフィアが立っていた。


「ソフィア、なにか見つけたのか?」

「ええ、クロエが書斎の机の下に階段を見つけて、中からおかしな球を発見しましたわ」

「玉……」

「おい、まさぐらなくていいからな?」

「わ、分かっておるよそんなこと」

「どうだか」


 ジトっとした目線が方々から刺さる。まるで針の筵ではないか。わしだってそこまで単純ではないのだぞ。やろうとしなかったかと聞かれれば、完全に否定はしかねるが……。


「勇者さん、これ」


 痛々しい視線から逃れるように、クロエの方に目を向ける。

 すると確かに、彼女の手の中に丸い形をした水晶玉のようなものがあったのだ。


「これは何に使うものなのだろうな?」

「未来を見通す占い用の球体だったりしてな」

「――それ、たぶん外の石像にはめる奴なんじゃない?」


 背後から聞こえたのは楓の声だ。

 オルフィナも無事についてきている。


「楓、どうしてそんなことが分かるのだ?」

「館に入る前にさ、いちおう確認しといたんだよね、なんか怪しかったから。そしたらさ、右手は杖持ってたけど、空いてた左手が何も持たずに上向いてたんだよ。なにか握ってるみたいに指も軽く曲げられてたし。だから、そこに置くのかなって思ってねー」


 なるほど、その予想は間違っていないかもしれんな。

 広い庭に墓だけしかなく、通路の真ん中にこれ見よがしに置かれていたローブ姿の石像は見るからに怪しい。その手の様子がおかしかったとなれば、試してみる価値は大いにあるだろう。

 そうと決まれば早い。「よし、では行ってみるか」そう告げて、わしらは一旦外へ出た。


 朝はたしかに晴れていたが、いつの間にか曇り空の様相を呈している。

 陽が少しかげり、光は頼りなげに地上を照らす。

 件の石像のもとへ行くと、先ほど楓が言っていた通り左手が上を向いた状態にあった。その指はなにかをホールドするように軽く曲げられている。

 球をはめることで何が起きるかわからない。

 皆が油断なく身構える中、わしはクロエから球を受け取り、石像の左手にそれを乗せた。

 すると、透明だった水晶玉は怪しく紫色に輝きだすと――突如として石像が爆散した。パラパラと破片が降ってきて石畳を叩く。

 石像があった場所に目を向けると、そこには魔法陣が描かれていた。それが黒く輝きだし、庭の十字が一斉に倒れ始めた瞬間に、ソレは魔法陣から飛び出すようにして現れた!


「ハハハハ! よく僕を見つけ出せたな。褒めてやらないこともないけど褒めてほしければ懇願しろ」


 影のオーラを纏う、石像とよく似た黒いローブの男、というか青年、いや少年か? 黒色の長髪が目元まで隠し年齢などは分からんが、身長は楓よりも少し高いくらいだ。髪からわずかに覗く瞳は赤色。

 石像と同じく右手に杖、左手には球体を携え、不遜な笑みを口元に刻んでいる。


「お前が四天王の一人か?」

「そうだ、僕は不死のデスタルク。四天王の中でも一番強いぞ? そんなことより、褒めてほしければ僕を褒めろ」

「なんだあいつ、褒める褒めないってガキかよ」

「ガキじゃない! 一番若いからってガキ扱いするな! こう見えても何百歳だ!」

「意外と年いってるのね。そんなことより、ムキになるところがガキっぽいのよ」


 ぐぬぬと唸るデスタルク。その様子はたしかに子供っぽいところがある。

 もしかしたら、あの石像は理想の姿なのかもしれない。


「ところで、一番強いってあのカルナベレスよりも?」

「当たり前だ。所詮あのババアは四天王の中でも最弱。面汚しに過ぎない」

「なるほどなるほどー。あんたの後に続く連中もそういう口上を垂れるわけだねー」

「最初で最後に決まってるだろ。大魔王様に褒めてもらうのはこの僕だけだ!」


 そう叫ぶと、デスタルクの魔力が目に見えて充実していく。

 四天王最強なのかは分からないが、少なくともカルナベレスにも劣ってはいないようだ。


「甦れ、下僕たちよッ!」


 少年が叫ぶと黒い光球が無数に飛び散り、つい先ほどまで墓標の刺さっていた地面の穴へ入り込む。瞬きしない内に土はウモウモと盛り上がり、黒曜石のように艶のある真っ黒いガイコツの群れが姿を現した。


「見たことのない魔物だな、しかも墓の数だけ出てきたようだぞ」

「やっぱ一筋縄じゃいかなそうだな。あの時倒したやつらは小手調べだったってわけかよ」

「いいじゃない、叩き潰す楽しみが増えるんだし。この先のためにも経験値をここで稼いでおく、そう考えれば喜ばしいことだわ。いくら雑魚でもね」

「ソフィアは楽しそうだな」

「もちろんですわ。ドラゴンゾンビなんて楽しそうなものを相手にしていたなんて聞いたら悔しくて。ここで憂さ晴らしです」


 グローブを押し下げながら硬く拳を握る横顔はとても好戦的だ。


「ガイコツだからってただの雑魚だと思うなよ。我が不死軍団の精鋭たちを甘く見ない方がいい」

「こんなのアタシたちが燃やし尽くせばいいんじゃんね、クロエちゃん、やるよ!」

「わかった! ――ブラスイグニト!」


 クロエは向かって庭の左側へ、無数の魔法陣を何往復も爆発させその爆風で攻撃する炎属性の魔法を撃つ。

 楓は右側へ向け「火遁、紅蓮竜火砲!」を放った。

 初めて聞く術で、印を結んだ瞬間に赤い竜の大口のようなものが薄ぼんやりと現れた。紅蓮の名にふさわしい真っ赤な炎が口の辺りで揺らめくと、次の瞬間にそれが一気に解き放たれる。

 直線状に放射された火気の奔流に、螺旋を描く炎の渦が纏わりついてガイコツたちを飲み込む。

 地を焦がす劫火と多段的な爆発音。濛々と立ち込める煙が晴れる頃、その現場に皆が目を瞠った。

 吹き飛んで範囲内は掃除されて然るべき威力なはずだったのに、変わらず魔物どもはそこにいる。


「き、効いてないだと!?」

「あの熱量でもか、どうなってやがる……」

「いや、効いてたよ。アタシ崩れたの見てたから。でもすぐに復活した」

「ハハハ! だから言っただろう、ただのガイコツと思わない方がいいって。僕のアンデッドの精鋭たちだぞ、お前たちに負けるようなことは万に一つもない。死ぬまでこいつらと踊っていろ!」


 なんだこの生意気な小童は。ガイコツとレッツダンシングな趣味などわしにはない! わしはな、女子たちとベッドの上で踊るのが夢なのだ、こんなところで死んでたまるか!

 というわけで。

 すかさず剣を逆手に持ち替え、溜めなくノーモーションで、腕を振りぬく!


「――いきなりワルドストラーッシュ!!」

「うわぁああああ!」


 光の刃は高速で飛び、デスタルクの腹部に直撃する。そして大爆発。

 石畳に崩れ落ちた少年はぶすぶすと煙を上げて息絶えたようだ。


「これで終わったのか? いくらなんでも呆気なさすぎるだろ」

「四天王という割には弱すぎるわね」

「でも待って、ガイコツたちはまだ立ってるよ!」

「ってことは、アイツも死んでないってことだよね」

「……その通りだ雑魚人間ども。この程度で僕を倒せると思うなよ」


 ゆらりと立ち上がる少年はまるでダメージを受けている様子がない。

 静かに浮遊すると空中で制止した。


「わしのワルドストラッシュが……勇者の技だぞ、なぜ効いとらんのだ」

「お前は脳みそまで脂肪なのか? 僕は不死のデスタルクだと言っただろ。死なないんだよ、僕は――」


 そんなめちゃくちゃな相手にどう勝てと?

 絶望が視界に暗幕を下ろそうとしたその時、「おっさん、構えろ!」との叱咤のようなライアの声に目が覚める思いがした。

 そうだ、まだ戦闘中なのだ。絶望まではまだ遠い。なにかあるはずなのだ、きっと。

「アンデッドたちよ、奴らを殺せ!」デスタルクの命令を受けた魔物が一斉に武器を取る。全員剣の二刀流なところも厭らしい。

 考えている暇などない、魔物は待ってはくれないのだから、戦わねば。

 迫りくる魔物を撃退する。

 ライアとソフィアは敵陣に突っ込み、刀と拳とでバッタバッタと薙ぎ倒す。


「こんなところで足踏みなんてしてられるかよ、あたしには会わなきゃならねえ奴がいるんだ。死なねえなら死ぬまで殺す、それだけだッ!」

「殺しまくればいつかは死ぬかもしれないし、ひたすら潰すことには同意だわ。ただ飽きそうだけど、ねッ」


 ライアは刃閃のオンパレード。いままで披露してきた一から六の太刀までをガイコツどもに次々叩き込む。

 競うようにソフィアも自身の技のすべてをもって魔物の群れへ見舞った。

 しかし、切り刻まれることも粉砕されることもなく、まるで関節が外れるようにして崩れたガイコツは、しばらくするとまた元通りに組み上がる。

 何度やっても同じだった。


「なんで倒れないのかな、やっぱり何か仕掛けが……だったら早く見つけないとこのままじゃ消耗戦に――」

「クロエちゃん、焦りは禁物だよ。アイツの思う壺だし。からくりが見つかるまで耐えて、アタシたちはなんとしてでも館にいるオルフィナさんを守らないとね」

「……そうだね、楓ちゃん。わたしちょっと頭を冷やすよ――ダイヤモンドダスト!」

「んじゃあアタシも便乗して――氷遁、零華霧氷!」


 庭一帯にひんやりとした冷気が満ちる。宙に無数の氷の結晶が生まれると、吹き荒れる風により猛吹雪を巻き起こした。結晶が着氷した地面からは次々に巨大な氷柱が突き上げ魔物を打ち上げる。

 そこに楓の氷遁によって発生した氷の結晶も混ざり、鋭い刃は幾千の小さな手裏剣のように舞い踊る。

 二人の合わせ技は次々とガイコツの群れを地面に沈めたが、しかし結果は同じだった。何事もなく復活する魔物の群れ。

 皆が雑魚処理に追われる中で、わしは一人、重い一撃を食らわせてやるため密かに力を溜めていた。

 魔神剣ネヴュラスへ限界まで収束させた光。腕を引き絞り、わしは今一度デスタルクを見上げ睨め付ける。


「デスタルクよ! 先ほどのはただのストラッシュだったが、今度のは違うぞ。限界まで溜めに溜めた最高の一撃だ!」

「おっと、こっちだこっち。そのへぼい技で倒せるものならやってみろトンテキ野郎」


 ちょ、調理済みだとッ! そんなことより、人を豚呼ばわりとは許しがたい謗りだ。多少口の悪い女神にも言われたことはないぞ。

 浮揚しながら庭の西側へ移動するデスタルクに体を向け、止まった瞬間を狙い撃つ。


「その身で受けよッ、フルパワーワルドストラーーッシュ!!」


 思いっきり腕を振りぬいて、光輝なる刃を解き放つ。極太の光の剣閃がデスタルク目掛けてものすごい速さで飛んでいく。

 デスタルクはそれを見て意味深にニヤリと笑い、わしの発した言葉通りまたその身で受けた。避けることもせず馬鹿正直に堂々と。

 撃たれた魔物の体が閃光に包まれて爆発する。これはいけたと思った、わしの勝ちだと。そう確信するほどの威力だった。

 しかし、


「ハハ! 馬鹿になにを言っても通じないか。さっきから言ってるだろう、僕は不死だと。頭が悪いのか?」

「これでも駄目なのか……」


 勇者の技がこんなところでもう通じないとは想像だにしなかった。

 しかし、わしが真っ先に諦めるわけにはいかない。皆はまだ戦っている、諦めるという言葉をどこかへ捨て去ったように。


 それから。ある程度の雑魚を処理し、復活するまでの刹那にデスタルクを攻撃すればダメージを与えられるのではないか。そんなクロエの提案により試してみたのだが、やはりデスタルクは何事もない平気な顔をして復活した。

 その時。

 そういえばと、デスタルクが一向に攻撃してこないことを疑問に思ったライアが怒気を込めて言った。


「てめえが攻撃してこねえのには理由でもあんのか? それとも高みの見物か?」

「それに答える義理はない。だがガイコツと戯れるお前たちの滑稽さは楽しんでいる。それに、僕が手を出さなくても消耗していずれは疲弊するだろ? その後でゆっくりと苛め抜いて殺してやるよ。でも安心していい、死体は丁寧に扱ってやるから。お前たちはいいアンデッドになりそうだしな、僕の近衛に取り立ててやるよ」

「趣味が悪いわね。気持ち悪すぎて吐きそうだわ」

「なんとでも言え。どうしたところでお前たちの敗北は必至だ。そのまま力尽きるがいいさ」


 言いながら見物を決め込むように高度を上げたデスタルク。

 ガイコツ一体の強さはそこまでの脅威ではない。だが数が数だ。恐らく三百は超えていると思われる。さすがに庭を埋め尽くすほどの魔物相手で、しかも倒してもすぐに復活するとなると、いくら歴戦の女子たちでも力を消耗してしまう。

 わしも既にストラッシュを二発撃っている。残りは三発とワルデイン一発分。全力のストラッシュで倒せん相手を、デインで倒せるとも思えん。

 そうして日が暮れかける時間まで無意味な消耗戦が続いた。

 ライアとソフィアはMPを使い切り、いまは技を使わずに斬り、殴っている。スタミナが切れてきたのか、薙いだところを波状攻撃され、避けられずに攻撃をもらう場面が何度も見られた。

 クロエと楓は館の入口を固めつつ、魔法と忍術で応戦していた。クロエは消費MPが三分の一になる王家の指輪を装備しているからか、まだ攻撃にも回復にもMPの余裕はありそうだが。

 楓の方は風遁で群れを押し戻したのを最後に、妖刀淡墨を提げ近接戦闘に切り替えた。

 斬撃の軌跡が薄い墨を散らしたような残像に見える。妖刀というくらいだ、魔物に特効でもあるのだろうと思ったが、やはりそれを以てしてもガイコツには効果がない。

 そんな折。庭の東側の群れに突っ込み剣舞で刻んでいた楓が一瞬、「ん?」と声を漏らすと、ガイコツの頭を足場に飛んで戻ってきた。


「どうしたのだ楓?」

「オジサン、このままだとヤバイよね」

「それはやばいだろうな、なにせ攻撃が全く通じんのだから。それより、なにか気付いたような声を上げていたが?」

「うん。さっき群れに突っ込んだ時さ、群れの奥、庭木の後ろに隠れてるガイコツを見つけたんだよ」

「というと、東側――」

「ダメ! アイツに気付かれるからっ」


 両手で顔を挟まれ、楓に無理やり正面に戻される。

 思いのほか彼女の顔が近く、戦闘中だというのにドキドキしてしまったではないか。唇を尖らせたらチューできそうな距離感だ。いやしかし、もっとムーディーなところでしたいものだなと思い止まり、熱くなった顔を誤魔化すようにして促す。


「そ、それで、わしにそれを教えるということは、なにか策があるのか?」

「話が早くて助かるよー。オジサン、少し賢くなった?」

「失礼な、わしは多少は賢いのだ。それで、わしはどうすればいい?」

「まだ確定事項じゃないからなんとも言えないけどさ。そのガイコツが怪しいんだよねー。もしかしたらこの戦闘を終わらせられるかもしんない」


 そう告げる楓の目は真剣だった。

 どの道このままでは皆力を使い果たし共倒れだ。なにか手があるのならそれにかけるしかないだろう。

 一つ頷き、「分かった、わしは何をすればいい?」問いかけると、楓は小声で作戦を伝えてきた。

 わしは早速、デスタルクの注意を引き付けるために残り二発になったストラッシュとデイン一発を準備する。

 まずはストラッシュだ。


「ふん、いよいよもってますます馬鹿。またそれか、馬鹿の一つ覚えみたいに同じ技を何度も」

「馬鹿馬鹿とうるさいのだ。お前にはちょいと地上に下りてもらうぞ――ワルドストラッシュ!」


 自分が不死であることに絶対の自信を持っているのだろう。また同じ技を飽きもせず同じように食らうデスタルク。

 爆発し地面に転げた隙に、楓は隠遁により気配を殺して移動する。クロエの範囲魔法を掻い潜りながら動く姿はまさに影だ。

 しばらくして復活したデスタルクは、先ほどまでわしの側にいた楓の姿がないことに気付いたか、


「ん? 女が一人消えた……どこに――」


 また浮揚し、キョロキョロと辺りを見渡すその横っ面目掛けて、二発目のストラッシュを放つ!

 頭が吹き飛んだが、やはり少しすると元通り。

 楓が移動した東側へ目を向けると、木の裏から出てきた少しくすんだ色の黒いガイコツと対峙していた。


「あ、あの女ッ! 待て、そいつは違う!」

「その慌てぶり。やはりあのガイコツに秘密があったのか」

「くそっ! なんでバレたんだ。ていうかやめろぉおお!」

「行かせはせん! ワルデイン!」


 天から降ってきた雷霆が激しくデスタルクを打ち付ける。

 ぶすぶすと煙を上げながら地面に落ちたのを見て、「楓、いまだ!」と叫ぶと、「オッケー、オジサン!」と返ってきた。

 楓は妖刀淡墨を静かに抜いて、ガイコツの首を一太刀で刎ねる。回転しながら落下する頭蓋骨を斬り下ろし両断すると、大量の血液が零れ落ちた。

 どうやら奴の心臓がそこに隠してあったようだ。

 復活したばかりのデスタルクは、隠しておいたガイコツが倒されたのを見て絶望をその表情に張り付ける。


「くそっ! 四天王最強の僕が、こんなところで、死ぬなんて……」

「木を隠すには森ではあるが、あからさまに隠しすぎたのが仇になったな。お前が西に移動したのはわしらの注意を向けるためだったのだろうが、仲間は他にもいるのだ。楓は忍だからそういうことに敏感なのだよ、たぶん」

「策士策に溺れるというやつか。……大魔王様に、褒めてもらいたかった、な……」


 ぐずぐずと皮膚が爛れやがて骨へと変わり、ガラガラと崩れ落ちるようにしてデスタルクは最期を迎えた。後には水色の結晶が残された。

 庭を埋め尽くしていたガイコツたちも、使役者の後を追うようにして、物言わぬただの屍と変わる。


 クロエ以外、初めてMPを使い切るような消耗戦だった。

 石畳の通路に腰を下ろし、疲労感からか誰ともなくため息をこぼす。


「こんな戦いは初めてだったな。まさかMPがすっからかんになるとは……」

「ああまったくだ、先日の戦いが可愛く思えてくるほどだぜ」

「でも、そんな作戦があったのなら、なぜ私たちに教えてくれなかったのですか?」

「そうだよ。近くにいたのにわたしにも内緒なんて」

「まあ集まって作戦会議してると怪しまれるかもしれなかったしさ、ガイコツの相手もあったし。それに教えたらみんなそっち見るかもしんないじゃん? 現にオジサン見ようとしてたしさ。みんなの視線を一時に正すことはできないけど、オジサンだけなら大丈夫かなーって思って」

「とどのつまり、初めての共同作業というやつだな!」

「そうなるね」


 そう言って笑う楓を見てテンションが上がる。消費したMPも全回復するのではないかと錯覚するが、実際にはそんなことはなかった。


「……戦闘は終わったの?」


 聞こえた声に振り返ると、オルフィナが扉の陰からこちらを覗いていた。

 赤い瞳がこれまた怪しく、一瞬お化けかと思ってビックリしたが、その美貌は紛うことなく本人だ。


「うむ。四天王も魔物の群れももう動かんよ。オルフィナ、鎮魂の竪琴をまた試してみてくれんか?」

「そういうことなら、分かったわ」


 少し警戒しながらも館から出てきて、オルフィナは再び竪琴を取り出した。

 子をあやすように優しく抱き、そして弦を爪弾く。

 来た時は音が広がりをみせることなく消えていたが、今回は違った。踊る音符が見えるような美しい旋律が静寂に響き渡ったのだ。

 心がどこか懐かしさを覚えるようなやわらかくて優しい音色に、なかなか表には出てこないオルフィナの人間性を感じさせた。


 岬の館がこの地方で最後の鎮魂場所。

 魂を鎮めた後、わしらは報告を兼ねてオルフィナの家へと戻ったのだ。

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