第104話 ラグジェイルの地へ向けて
四天王の一人である不死のデスタルクを倒した後、わしらはオルフィナを家まで送り届けた。
その足で桟橋に係留してある船へ向かうつもりだったのだが。
雲行きが怪しくなってきたため、一先ずはオルフィナの家で様子を見ることにした。さすがに操船技術に乏しいわしらが、時化る海を航海するのは難しいと判断したからだ。
出航を見送る形となり、結局二日間オルフィナの家で滞在することになった。
三日目の朝。
雨はすっかりと止み、空は雲一つない清々しい晴天の青さが際立っていた。
身支度を整えた後、わしらは見送りに出てくれたオルフィナとその両親を前に並び立つ。
「長いこと世話になったな。食事までご馳走になってしまって」
「いえ、こちらこそ四天王を倒していただいて感謝の言葉しかないですよ。あなた達のような人がいてくれてよかった!」
「魔物はまだいますけど、竪琴を狙いにうちに来るアンデッドが消えてくれただけでもありがたいです」
オルフィナの両親は揃って喜び、感謝と安堵に顔を綻ばせた。
その表情にあたたかい気持ちになり、わしも自然と笑みがこぼれる。
端に立つオルフィナに目を向けると、竪琴を抱えて涼しげな眼差しでこちらを見ていた。
「あなた達には感謝してるわ。両親を守ってくれたこと、この竪琴を届けてくれたこと、それに魔物を倒してくれたことも」
「そこまで大げさなことをしたつもりはないが。それを出来る者がやることをやったまでのことだからな」
「それでもよ。……本当にありがとう」
オルフィナにしては珍しく、素っ気ない態度ではない心のこもった礼だった。
付き合いは短いが、この出会いが少なからず彼女を変えるきっかけになったのだとしたら、それは喜ばしいことだな。
「ところで、お前さんはこれからどうするのだ?」
「この地の鎮魂は当分必要なさそうだから、急いでいてまともに出来なかったコルベドへ戻ろうと思ってるわ」
「そうか、わしらとは逆か。寂しくなるな」
なかなか見ない美人との旅も、ここでしまいかと肩を落とした時――「あの……」とクロエがどこか言いにくそうに口を開いた。
「オルフィナさん。もし迷惑じゃなかったら、もう少しわたしたちの旅に同行してくれませんか?」
「別に迷惑だなんて思わないけど、なぜ?」
「以前、どこかの町が滅ぼされたって話を聞いて……。安否が不明だってことしか分からないんだけど、そこの王女様のドレスを預かってるから返しに行きたくて。それに、滅んだ町の人たちの魂が苦しんでいるのなら、鎮めてあげてほしいなって思って……」
「滅んだ町……、そういえば聞いたことがあるわ。北東のラグジェイル地方、そこのグランベル領にあるエイルローグ城が陥落したって話。なんでも私が耳にした噂だと、四天王の仕業だとかなんとか」
その言葉を聞き、『四天王ッ!?』と誰ともなく驚愕の声を上げた。
二人目を倒して早々、三人目の存在を意識させられるとは思いもしなかったろう。
グランベル領ということは、そこには国があった。ダグハースで王女の話を聞いた時からそんな気はしていたが、魔物の軍勢により落城した。王女の安否は不明、だがおそらく四天王はそこに居座っているだろう。我が物顔で、わしらを待ち構えているに違いない。
「次の相手は一国を滅ぼすくらいの実力者ってことか、相手にとって不足はねえな」
「ええ、デスタルクは正直雑魚処理に追われていたから、倒した実感があまりないのよね。その点次の相手は手強そう。不足は困るけど過ぎる方なら燃えるわね」
好戦的な笑みを浮かべる二人の横で、楓がどこか気忙しそうに眉根を寄せてクロエを見ていた。
「どしたのクロエちゃん?」
「……どんな状況なのかは分からないけど、滅ぼした城で胡坐をかいていると思うと許せなくて」
グランベルの王女の無事を諦めてはいないだろうが、グッと奥歯を噛み締めるその表情からは、こちらが痛々しく思うほどの悔しさがにじみ出ていた。
クロエもロクサリウムの王女だ。だからこそ、身の上を同じくする者として強く思うところがあるのだろう。
拳を握り肩を震わすクロエの背中にそっと手を添えて、楓はやわらかな口調で言った。
「王女様の無事、信じていようよ。そんで、アタシたちがきっちりケジメつけてその四天王をぶっ飛ばすッ。なーに心配はないよ! 楓ちゃんと愉快な仲間たちがいれば、やって出来ないことなんて何もないかんねー」
「待て、誰が愉快な仲間たちだよ。あたしは愉快な奴でもなんでもねえぞ」
「からかい甲斐のある、という点ではある意味十二分すぎるほど愉快だわ」
「そいつは性格の悪いお前だけの感想だろうがっ!」
仲間内の明るい軽口の言い合いに、クロエもふっと吹き出すようにして笑った。
「ふふっ、本当だね。みんなと一緒ならなんでも出来そう。わたしも王女様の無事を信じたいし、それに町の人たちの仇は必ず討つよ。もちろんみんなでね」
皆の視線がわしに集まる。意思のこもった眼差しに心を強く打たれた。
その想いに応えるべく一つ大きく頷いて、わしはオルフィナへ向き直る。
竪琴を強く抱きしめていた彼女は、わしが言葉を発する間もなくわずかに顎を引いた。
「口にしなくても分かっているわ、あなた達の想いは伝わった。それに、海はまだ渡ったことないから楽しみでもあるしね。コルベド近辺は言うほど重要じゃないし、あそこは後回しでもいいから」
「では、ついてきてくれるのか?」
「ええ、見聞を広めるのも吟遊詩人として必要だと思うから」
オルフィナはわしらの方まで歩いてくると、くるりと背を向け両親に正対する。
「そういうわけだから、父さん母さん。当分帰って来られなくなったわ」
「また旅に出るのか……また寂しくなるのか……また――」
「私たちのことは心配しないで、あなたの好きなようにやりなさい。あなただけの生き方を、自信を持って」
「ありがとう」
理解を示した母に礼を言い、顔を見合わせてオルフィナは小さく頷いた。
娘がまた旅に出ることを嘆く父親をよそに、母親はわしの元までやってくると手を取った。
「勇者様、そしてみなさん。どうかうちの娘をお守りください、よろしくお願いします」
「うむ、そのことなら心配無用だ。わしらが必ず守る故、案ずるでない」
そう言って安心させると、母親は「はい」と安堵したような吐息に乗せて返事し、そっと手を離す。すると懐に忍ばせていた地図を差し出してきた。受け取ってみると、どうやら北東地域のものらしい。
ありがとうと礼を言い、大事に道具袋へそれを仕舞った。
オルフィナはいまだぶつぶつと呟く父親を一瞥して仕方なさそうなため息をつくと、「じゃあ行ってきます」――ひと言告げて、両親に背を向け実家を後にしたのだ。
楓がやらかした毒沼を迂回し森を抜けて、わしらは桟橋に係留してある帆船まで戻った。
さっそく乗り込んで、ベストドレッサーコンテストでもらった操舵輪を、船尾楼甲板にむき出しの操舵台に取り付ける。
三本あるマストの帆は身軽なソフィアと楓が張ってくれ、錨はライアが巻き上げてくれた。
少ししょっぱい味のする潮風を受けてバサッと帆が孕んで、船が少しずつ進みだす。
面舵に切って桟橋から離れると、帆船は緩やかに沖へ出た。
ラグジェイル地方へは、まず北へ進路を取り、そしてヴァストールを大きく迂回して東へ向かう。
もらった地図を今までのとくっ付けてみると、途中、ヴァストールとラグジェイルの間、湾曲するように深く窪んだ入り江に大きな島があることが分かったが、とりあえずそこは後に回すことにした。
その旨を伝えるべく、わしは甲板に出ていた皆に声をかける。
「次の目的地はグランベル領にあるエイルローグ城だ。皆、異論はないな」
「ああ、それで構わないぜ」
「結構ですわ」
「ライアには少々我慢してもらわねばならんが……」
「気にすんな。せっかくオルフィナもついてきてくれたんだ。さっさと四天王倒して鎮魂してやろうぜ!」
笑い飛ばすような快活さに、こちらの申し訳なさも吹き飛ぶようだった。
気を遣わせないための彼女なりの気配りなのだろう。ライアにも逸る気持ちはあるというのに。やはりいい子!
「ありがとう、ライア」
「まあ朱火と会うまでの修行だと思えば、いい経験にもなるしな。クロエが気に病むことはねえよ」
ニッと笑ってクロエの肩をポンと叩く。
「なんだかんだで、やっぱ優しいじゃんね」
「うっせ、なんだかんだは余計だっつうの」
楓の呟きに小さく悪態をつき、ライアは舵を取るわしを見上げてきた。
その顔がほんの少しだけ赤いのは、照り付ける太陽に火照るからではないだろう。
「おっさん、頼むから座礁なんてしないでくれよ」
「任せておけ! わしだって何も船上で揺れるヴァネッサの小麦肌おぱーいばかりをガン見していたわけではないからな。見様見真似でも、なんとか皆をラグジェイルまで届けてみせるぞ!」
「最近鳴りを潜めていたかと思ったら……相変わらずスケベな勇者様ですね」
「なるほどね、そういう……」
ソフィアが冷ややかな視線を飛ばしてくる真横で、オルフィナになにかを納得されたみたいに頷かれた。
それが女子に興味を持つことは至極当然だろう、わしも男の子だし、という理解であって、マイナス面でないことを祈るばかりだな。
しかし、美人との旅は続くよこれからも。
この縁に感謝しつつ、来る三人目の四天王討伐を胸に誓い、わしは一人舵輪のグリップを握る手にグッと力を込めたのだった。
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