第19話 犯人を捕まえろ!

 二人が聞き込みに出てから数時間が経ち、また夜になった。

 三日前の夜、わしは強盗に殴打され気を失った。あの時の記憶に脳が揺さぶられる。思い出したくもない失態だ。

 ふと窓の外へ目を向ける。コバルト色の空の下、グランフィードの街は今夜も賑わっている。

 すると扉の外から、ガシャガシャという音と足音が重なって聞こえてきた。

 帰ってきたかと目をやると、少しもしない内に開き戸が開く。


「おっさん、ただいま!」

「ただいま戻りました。勇者様、大人しくしていましたか?」


 二人が声を揃えるようにそう告げた。

 言葉を耳にし、なんだか胸の辺りにほわほわとした温かさを覚える。


「どうしたんだよ、ぼーっとして」

「まだ気分が優れませんか?」

「……いや。「ただいま」と言って帰ってきてくれるこの状況が新鮮でな」


 不思議な感じだ。嬉しいのだろうが、それは非常に不確かで朧げな感情だと思う。なにせ経験がないのだから。

 幼い頃に母を亡くし、二十で王となったが。それまで、先代である父も、そして母も外へ出て帰ってきた時に、「ただいま」と口にしたことがなかった。

 だからよく分からない。が、この胸の温もりは、嬉しいという感情に相違ないのだと感じ入る。

 実感を得ると途端に照れくさくなって、わしは話を変えることにした。


「それで、聞き込みでなにか収穫はあったか?」

「あ、そうそう。街中走り回って聞いてきたんだけどさ。それらしい情報を酒場で聞けたぜ」

「どうやら、住宅街の外れにスラムがあるらしいのですが、そこじゃないかと酒場の主人が話してました」

「ずいぶんと小声だったのが気になるけどな」

「きっと目を付けられたくない心理でも働いたんでしょ」


 案内図には載っていなかったが、グランフィードにはスラムがあるらしい。

 アルノームにはないが、大きな街では貧富の差があったりするらしく、犯罪が頻繁に起こるという話を大臣に聞かされたことがある。

 そうと聞けば納得もできる。金目の物を奪って生活を良くしようというのだろう。

 持たざる者の妬みと一言で切り捨てるのは簡単だが、それでも、持つ者には分からない苦労が持たない者にはあるのだということは忘れてはいけないだろう。

 しかし殺人まで犯すのは許せないことだ。


「人死にの件はどうだったのだ?」

「ああ、あれは捜査のため、むやみやたらに旅人を入れてややこしくしない為の嘘だったらしいが、強盗は本当だと門衛に裏とってきた」

「ついでに、もしよかったら見つけ出してほしいと頼まれましたわ」


 衛兵のくせに情けない、とソフィアが嘆く。

 殺しはしていないことはよかったが、それでも頭部を殴打されれば、一つ間違えば死んでしまう。いつか本当に殺人事件に発展しない内に、わしらがどうにかせねばなるまい。被害者として、わしは秘かに闘志を燃やしていた。


「まあグランフィード王から報酬も出るらしいからな。やらない手はないだろ」

「それに、怪我をさせた報いはきっちり受けさせるべきですし。私たちで成敗してやりましょう」


 ソフィアが木の長杖を強く握り込むと、ミシミシと柄が軋み、そして真ん中からへし折れてしまった。


「お前、使ってないとはいえ大事にしろよ」

「大丈夫。短杖にして取り回しやすくしただけだから」

「ものは言いようだな」


 それほど、わしを怪我させたことへの憤りを感じてくれているのだと思うと、不謹慎だが嬉しくなってくるな。もしや知らぬ内に好感度を稼いでおるのではないか?

 いや、いまはそれどころではないな。

 シーツを払いベッドを出、立ち上がる。


「よし、ならさっそくスラムとやらに向かうか!」

「おっさん、やる気になってくれんのはいいんだけどさ、それどうにかしろよ」


 なにやら頬をひくつかせ、ライアは“それ”と腰辺りを指差してきた。

 目線を下へ向ける。


「おうふ……」


 見れば、ステテコがテントを張っているではないか!

 いったい何時から、股間がビバークしていたのか見当もつかん。

 誇らしげに胸を張り顔を上げると――目の前には、表情に陰を落としたソフィアが立っていた。その手には、先ほどへし折ったばかりの短杖二つ。


「勇者様、出る杭は、打たれるんですよッ!」


 頬を染めたクレリックのフルスイングが股間を直撃!

 わしは悶絶しながら蹲る。一物が萎れ落ち着くのに、五分を要した。

 ……決して、叩かれて喜んだから縮むのが遅くなったわけではないことは、断っておく。



 結局、強盗は昼間には現れないという話を聞き、夜を待つことになった。

 わしが襲われたのも夜だったから、それも当然といえるだろう。

 それにわし、装備品がないからステテコで出歩くことになる。そういった諸々の事情もあり、夜で本当によかったと思う。欲を言えば、季節が夏なら更によかったな……。

 ベッドシーツを拝借し体に巻き、コソコソと宿を出た。街中を大きく迂回し、住宅街へと入る。レンガ造りの家々が立ち並び、家族団らんの温かい光がカーテンの隙間から漏れていた。

 人目に付かぬようなるべく早く通り抜け、そうして――


「ここがスラムか……」


 一目見て分かる。貧困層の住処だと。明かりはところどころ蠟燭が灯るだけ。

 平屋の木造の家は腐食していたり壁が崩れていたりと、これでは風雨にさらされてしまうだろう。夜風を塗り替える異臭なども鼻を突き、不衛生なのは火を見るよりも明らかだ。

 それはもう酷い有様だった。

 強盗の犯人が夜に活動しているのなら、今日もどこかで獲物を狙い盗みに行く可能性が高い。

 わしらはスラムの一角で、フード付きの黒マントを待つことにした。

 それから一時間ばかりが過ぎた頃。


「いい加減、鼻がもげそうになってきたぞ」

「しっ! 誰か来ましたわ」


 ソフィアの声に息を殺す。

 ライアも少し離れた空き家の陰から、鋭い目つきで睨みを利かせていた。前後で挟み込んで逃げられなくするための位置取りだ。

 わしも物陰からそろりと通りを覗く。すると、真っ白い袋を提げる件の黒マントらしき人物が、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

 徐々に縮まる距離。高まる緊張。

 ライアの横を通り過ぎた瞬間――痺れを切らしたように飛び出す赤鎧。

 その足音に振り返る黒マント。


「そいつは誰を殴って手に入れたものだい?」

「――ッ!?」


 どうやらライアは待つのが得意ではないらしい。

 段取りが少し狂い、慌ててわしらも物陰から出る。


「あなたが強盗犯だということは分かっているのです」

「大人しく、わしから奪った物を返すのだ!」

「今なら骨折れるくらいの怪我で済むぜ?」


 黒マントは何も答えず、腰ベルトに下げたナイフを静かに抜いた。

 戦わねば取り返せないというのなら、やるまでだ! ……わしはなにも装備しておらんが。何としても取り返さねばならん!

 気合を入れたところで、横から手が伸びてきた。


「はい、勇者様。私の短杖を一つ差し上げますわ。素手よりはきっとマシでしょうから」


 まさかこのことを見越して折ってくれていたのか。ソフィアの心遣いに感謝しかない。

 すまぬ、と言って受け取り、わしは青眼に構えた。

 まず仕掛けてきたのは黒マントだ。

 逆手でナイフを持ち、恐らく一番弱そうなわし目がけて突っ込んでくる。

 それを予想していたのだろう。ソフィアが間に割り込み、身を屈めてナイフを持つ手を蹴り上げた。

 その烈しさのあまり、黒マントはナイフを取り落とす。

 隙をつき、背後からライアが抜刀し斬りかかったが。思いのほか身軽く、黒マントは大地を蹴って跳躍した。バック宙しながらわしの頭上を高く越していく。

 しかしその着地点を予測していたソフィアが先回りをし、「はぁッ!」背を向けていた黒マントの背中へ拳を強かに叩きつけた!

 衝撃波が目に見えるほどの会心の一撃。

 直撃した黒マントはふっ飛ばされ、通りの奥の家へ頭から突っ込んだ。あまりの勢いにガラガラと家屋が崩壊する。

 白い砂埃を巻き上げる民家から、黒マントが起き上がってくることはなかった。


 わしらは警戒しながらも民家に近づく。どうやら人は住んでいないように見える。そのことにひと安心。

 視界が晴れてくる頃、地に倒れ伏す黒マントを見つけた。

 ぴくぴくと痙攣しているようだ。

 あれだけの一撃をもらったら、こうもなるか。


「手ごたえはなかったけど、とりあえず一件落着か?」

「そうね。縛り上げて衛兵に突き出しましょう――」


 男を縛り上げた後、わしらは衛兵詰所へ向かった。

 水をかけられ無理やり起こされての事情聴取。わしらは傍から聞いていたのだが。

 強盗理由はわしが予想した通りだ。金が欲しかった。

 しかし男はこうも言った。「スラムのみんなの為に、俺が稼がなきゃいけなかったんだ」と。

 スラムには衣食住に困る人間がたくさんいる。貧しい子供たちもいる。今日を生きることも精一杯の人々が大勢いる。

 だからと言って、男の強盗という罪を肯定することなど出来ない。罪は罪だ。他人に危害を加えることは許されない。

 だが、わしはこの話を聞いていて悲しくなった。そして、一つ決めたことがある。


 翌日。

 男に盗まれたわしの所有物を詰所へ受け取りに行った。

 残念ながらGはすっからかんになっていたが……バニースーツ一式は無事だった! もちろん王冠、それに剣と盾もな。なぜか革の鎧は無くなっていたが、まあいいだろう。

 わしらはその足で城へ向かった。報酬は王が直接渡すことになっていたからだ。

 しかし、城というのはどこも似ているのだな。まだ二カ所しか見ておらんが、ガワだけで大した造りではない。

 玉座の間を進み、わしは階段上の王を見上げた。


「勇者よ、この度は一連の強盗事件の犯人を捕まえてくれて感謝する。私から褒美を与えよう。50000Gだ、受け取るがよい」


 元王であるわしを玉座などという高い位置から見下ろしおって。

 不愉快だが袋を受け取らねば始まらない。重たい袋を引っ掴み、そして言ってやった。


「お前さん、王なら城下の人々にもっと目を配ってやったらどうだ?」


 捨て台詞のように言い置いて、わしらは城を後にした。

 わしがそれを言えた義理ではないが、少なくとも、アルノームにスラムという

貧困街は存在しない。


「でも本当にいいのか?」

「お前さんたちは怒っておるか?」

「いえ、勇者様がそう決めたのなら文句はありません」

「まあ、あたしもあの惨状はどうにかした方がいいと思うしな」

「ありがとう、理解してくれて」


 そうしてわしらはスラム街へ向かう。

 招集をかけ、何事かと出てきた民衆は二十五人。皆一様にみすぼらしい風貌をしている。髪はボサボサで、着ている衣も解れた布の服だ。

 わしは一人一人に1800Gずつ配り、告げた。


「このお金は昨夜捕まえた男の報酬として出たものだ。わしは5000Gもらえればそれでよい。だからあまりはお前さんたちにやる。これは大事に使うのだ。捕まった男のように、犯罪に走ってはならん――」


 人々は皆涙をこぼし喜んだ。

 こういった施し行為に賛否はあるだろうが、少し背中を押してやるくらいはいいだろう。このスラムがキレイな街の一部となり、人々が立ち直り笑顔で暮らせるようになるのなら……。

 わしはそう願わずにはいられなかった。

 スラムの人々の感謝の言葉を背に受けながら、わしらはスラムを出る。


「なんだよ、少しは勇者らしくなってきたじゃないか」

「自覚というものが芽生えたのかもしれんな」

「でもどうして5000Gなのですか?」

「それはな、鋼の鎧を買うためだ!」


 なるほど、とライアとソフィアは口をそろえて言った。

 革の鎧がなくなって、ちょうど良い機会だからな。

 そうして、わしは防具屋で鋼の鎧を購入した。加工代を考慮するのを忘れていて、結局二人に500Gを半分ずつ立て替えてもらうことになったのだった。


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