第20話 ホルンの町

 グランフィード城を後にし、ふと青い宝玉のことを思い出したわしらは、出戻る形で城へ舞い戻った。

 捨て台詞を残して立ち去ったのに、すぐにまた王と顔を合わせることへ気まずさを覚えたが、こればかりは仕方ない。

 王に宝玉のことを尋ねると、「世界には似たような球が六つ存在する、らしい」と非常にアバウトな答えが返ってきた。

 はっきりしないことを言及すると、「ロクサリウム大陸にもそのような話がある、そこで聞くがいい」と半ば投げやりにも聞こえる言葉で会話を打ち切られた。


 わしらはグランフィードの街を出て、街道を北へ向かう。


「――もしかしてわし、あの王に嫌われとるのか?」

「好かれたいのですか?」


 ソフィアの言に、そんなわけはないと、わしは首を横に振る。

 ただ、勇者をぞんざいに扱わないでほしいなと思っただけで。

 それに男に好かれるぐらいなら、その分をぜひ女子に回してほしいものだ。切実にな。


「去り際にあんなこと言ってたんだから、それはないだろ」


 ライアが言うあんなこととは。

 玉座の間を出ようとしていたわしらに掛けられた言葉のことだ。

『スラムの件は私も見て見ぬふりをしていた。これからはなるべく平等を心掛けた国政を行おう』と、王は誓うようにそう口にした。


「まあ、これであの者たちが少しでも生きやすくなるのなら、なんでもよいが」


 50000Gのほとんどをスラムの人々に与えたことがバレたのだろうな。

 しかしあれは報酬としてわしが受け取ったものだ。どう使おうがわしの勝手だろう。それに、そのことが響いて改心したのなら、わしの行いも報われるというものだ。


「そういえば、王が言っていたロクサリウムという大陸が、次の目的地か?」

「ああ、そうだぜ」

「以前ソフィアが言っていたな。祠の先は魔法の国だと」


 ライアからソフィアに視線を転じると、どこか心ここにあらずといった風にぼーっとしていた。


「どうしたのだ?」

「え? あ、いえ、……なんでもありませんわ」


 どうにも様子がおかしい。

 まさか、かっちょいいわしに惚れてしまっているのでは? 勇者らしくなってきたと、ライアにも言われたばかりだしな。いや、好きになってしまうのも当然と言える。自然の摂理だ。

 ニコニコしながらソフィアに寄り、その肩を抱こうとしたところで――肩と手の間に無粋な黒い棒が差し込まれた。ライアの刀の鞘だ。


「なぜ邪魔をするのだ?」

「おっさんに惚れる女が、そうそういると思うなよ?」

「なぜバレとる」

「ニヤニヤしてんだろ」

「ニヤニヤじゃない、ニコニコしていたのだ」


 このやり取りもずいぶん久しく感じる。

 それほどまで、わしは妄想を自重しているということだな。やはりわし、勇者だ。

「どうだか」そう言って肩をすくめたライアは、ソフィアに向き直る。


「つうか、なにボヤボヤしてんだ? お前らしくもない。ロクサリウムの魔物は強いんだぞ。魁がそんなんじゃ、おっさんが心配だろ」

「ふん、わしだって全身鋼で固めているのだ。そう簡単にはやられはせん」

「ロクサリウムは魔法を使ってくる敵が多いんだ。あんたそれ着てまた一段とのろくなってるだろ」


 決して間違っていない物言いに、ぐうの音も出ない。一段と、という部分が少々気になるが。

 腹が出ている分、それだけ加工した時の重量も増してしまうのだ。故に、移動速度含めもろもろ動きにくくなっている現状。

 防御力はたしかに上がってはいるが、避けるという動作は厳しいだろう。盾での防御を徹底的に頑張らねばなるまい。


「…………あの」

「うん?」


 喉奥で唸りながら頭を垂れていると、ソフィアがどこか申し訳なさそうに口を開いた。


「もう、祠に向かうのかしら?」

「まあ次の町に行っても特になにもないしな、祠までは半日も歩けば着くんだ。急いだ方がよくないか?」

「もしかして、ソフィアはどこかへ寄りたいのではないか?」


 尋ねると、微かに顎を引いてそうだと表す。

 急いだ方がいいというのは分かるが、いつも旅路で世話になっているしな。

 頼みを聞いてやるのはやぶさかではない。


「それで、どこへ行きたいのだ?」

「……ホルンの町へ」

「ホルン?」

「さっき言った次の町だよ」

「ほう、中継の町か。なら問題ないではないか」

「おっさんがそう言うんなら。まあそれに、そこで聖水買っとけば万が一夜になってもとりあえずは安心できるか。なんなら泊まってもいいしな」


 ライアの同意を得たところで、ソフィアが珍しく頭を下げて礼を言った。

 そういったことに慣れていないのか、やはりライアはどこか照れくさそうに明後日の方向を見やる。

 その姿にニヤニヤしそうになったが、また小突かれては敵わん。

 わしは歪みそうになる口元を必死で堪え、そうして一路ホルンの町へ。


 二股に分かれた街道を左へ折れ、道なりに行くこと一時間。

 周囲を雑木林で囲まれた小さな町が見えてきた。

 入口には背の低い木の門が設けられ、そこにはグランフィードの衛兵が一人立っている。


「旅人よ、よく来た。ここはホルンの町だ。ゆっくりしていくがいい」


 衛兵はそう言って門を開け、わしらを普通に通した。

 もう少し問答があるかもと思って身構えたが、すんなり通ることが出来た。どうやら杞憂だったようだ。

 町全体は木組みの家屋ばかりだが、町だけあり、ヤーゴやコリンに比べると比較的二階建てが多いように見える。

 喧噪もなく町人の穏やかな日常が流れており、ここはずいぶんと平和なのだな。なんてことを思いながら町中を進んでいると、


「あれま、ソフィアちゃんかい?」


 民家の花壇で花の世話をしていた白髪の老婆が、突然声をかけてきた。

 名前を呼ぶということは知り合いだろうか?


「こんにちは、おばあさん。膝の調子はどうですか?」

「ああ、ソフィアちゃんに治癒してもらった膝はほれ、この通り大丈夫」


 そう言うと老婆は、「よっこいせ」と立ち上がり、年に似合わず屈伸運動などしてみせた。

 クレリックの治癒魔法というのはそんなにもすごいのだろうか。

 わしのマイサンの元気がなくなった時は、ぜひお願いしたいものだ。……そんな心配、十に一つもしとらんが。


「新しい神父さんにもたまに見てもらっとるからね、大丈夫だよ」

「それはよかったです。お元気そうでなによりですわ」


 ソフィアは微笑を浮かべそう告げると、小さくお辞儀をして再び歩き出した。

 わしは出会った頃を思い出し尋ねる。


「もしかしてここは、以前お前さんが言っていた?」

「ええ。ジャルノスが神父さんを殺めた町です」


 町の奥に望む小さな教会の屋根を見て、どこか悲しげな顔をするソフィア。

 しかしすぐさま小さく頭を振ると、彼女は町を見渡した。


「いろんなことがありました。盗賊をしていた私には、この町のすべてが眩しくて。人々の笑顔も、日々の営みも。私には無縁のものばかりで。温かくて、優しくて……」


 うっすらと涙の浮かぶその眼差しに、どこか望郷にも似た想いを感じた。

 孤児院で育ち、盗賊首領に引き取られ、盗賊として日々過ごしてきたソフィア。わしには想像すら出来ない波乱の人生だったのだろう。

 養父の犯した殺人に心を痛め、神父の代わりとなって町の役に立とうとクレリックへ転身し、そして人々の温もりに初めて触れたのだ。

 その町へ戻ってきて、感傷に浸ってしまうのも無理はない。


 そんなソフィアの姿に気づいたほかの町人が、わらわらと集まって来た。


「ソフィアお姉ちゃん、帰ってきたんだ!」「ソフィアさん、その節はありがとうございました」「あんたのおかげで仕事ができるぜ、あの時はありがとな!」「ソフィアちゃんの顔を見て、わしも元気が出てきたわい」


 口々に礼を言う町人たち。最後はいささか気になる文言だったが、邪ではないことを願おう。

 それにしてもソフィアはこの町に、罪滅ぼし以上の行いをしたのだな。自分の罪ではないのに、立派な娘御だと思う。

 皆と会話を楽しむソフィアを微笑ましく見ていると、奥の方から青い法衣を着た人物が歩いてくるのが見えた。


「ソフィアさん」

「……神父様」

「あなたにお礼が言いたかった。前の神父に代わり、町人を看てくれてありがとうございました。あなたが助けた町人たちはみんな元気です。私がしっかりとその役目を引き継ぎますので、どうか心配なさらず旅を続けてください」

「ありがとうございます。きっと世界に平和を取り戻しますわ」


 どうやら、この町を発つ時、すでにその意思があったということが今にして分かった。

 少々腹黒いが、根は本当に優しい女子なのだな。

 一人感心していると、神父はこちらへ体を向け、


「そちらは勇者様とお見受けします。どうかソフィアさんを守ってあげてください」

「いや、ほぼわしが守られとるんだが……」

「えっ?」

「いや、もちろん危なくなったらわしは何時でも身代わりになるけどな!」


 なぜか情けなさを暴露してしまった。神父の前では懺悔したくなるものなのかもしれん。

 あまり心配をさせぬよう、わしはキリリと表情を整え言ってやる。


「安心せい、わしは決して女子を見捨てて逃げはしない。勇者であるからな。きっと魔王も倒して世界に平和をもたらす故、待っているがよい」


 人々の歓声がどっと沸き起こる。勇者一行を称える声だ。

 小さな子供も、若い夫婦も、老人も、そして神父も。皆がわしらを応援してくれている。その声はとても耳に心地よく響いた。

 アルノームにいて、「王様ーきゃー!」なんて言われてこともないしな。残念なことに。

 しばし沸き立つ声に浸っていると、「行きましょうか」とソフィアが先を促してきた。


「もうよいのか?」

「ええ、心残りはもうありません」


 決然と告げ、そうしてわしらはホルンの町を出た。

 わしらの姿が見えなくなるまで、町人たちは手を振ってくれていた。

 背中を押されているようで、とても頼もしく感じたな。


 もちろん、町を出る前に念のため聖水も購入した。夜になるとゴーストが湧くため、ないと退けられず困るからだ。ソフィアの神聖魔法は消耗が激しい。もし途中でMP切れたりなんかしたら全滅もあり得る。だからこその保険。

 道具屋の男に商品代はいらないと言われたが、そんなところで甘えるわけにはいかない。ありがたい申し出だがきっぱりと断り、ちゃんと代金を支払った。

 ……まあ、わしは所持金ないからな。二人に頼んだのだが。

 結局、情けない勇者を曝してしまい、「これからですよ!」なんて町人に励まされる始末。

 勇者となっておよそひと月。

 真の勇者になるためには、まだまだ時間がかかりそうだと思う次第であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る