第97話 衣装選び

 一夜明け、身支度を整えた後にわしらは宿のロビーに集合した。

 一泊したため、あと二日と迫ったベストドレッサーコンテストで着用する服飾を、急ぎこれから買いに行くためだ。

 いまの装備品のまま出ても、おそらく勝ち目はないだろう。皆消耗しているし、わしなんか鎧のレリーフが溶けている。ライアに至っては鎧左肩部の獅子の顔が破損、ソフィアはところどころ服の生地が裂け、クロエと楓も多少の焦げ付きが見られる。

 評価されるとしたらマイナスだ。


「ここらで装備を一新する頃合いか?」

「まあそれが妥当だろうけど、果たして普通に着替えただけで優勝まで漕ぎつけられるか、それが問題だな」

「ライアにしてはまともな意見を言うのね」

「こういうことにはあまり興味なさそうな感じがしてたけど」

「ついに女子力に目覚めちゃったとか?」

「お前らあたしを何だと思ってんだ」


 わずかに渋面を作ったライアは、小さく息をついてから仕方なさそうに肩をすくめる。


「正直いって興味はないけどよ、船がかかってんだ。数いりゃ一人くらい当たるかもしれねえ、だから出る。それだけだ」

「それ下手な鉄砲がどうの言うやつでしょ? 言葉を返すようだけど、あなたも基準は超えてるんだから自信くらい持ったらどうなの?」

「勝負ごとに手を抜く気はねえけどよ、あたしみたいな男勝りでガサツな女が優勝できるわけないだろ? ソフィアこそらしくないこと言うなよな」


 激しい口論ではないが、どこにいてもこの二人はいがみ合う仲なのだな。

 仲良きことは美しきかな、とはなんの絵本で読んだのだったか。えっちなやつだったか? まあそれはさておき。

 ライアは性格こそそんな感じではあるが、見た目もちゃんと女の子なのにな。卑下するなんてもったいない。これはなんとしても分からせてやる必要があるな、会場に集まる全ての人々に。優勝とまではいかないまでも、高評価を得られればライアも気付くだろう。


「ところで、お前さんたちは着るもののイメージが固まっていたりするのか?」

「わたしはまだかな」

「アタシもまだかも?」

「同じく」

「右に同じですわ」

「時間がないというのになんとも悠長なことだな……」


 呆れた顔を向けると、女子たちから意外そうな表情が返ってくる。

 目をぱちくりと瞬かせ、ライアが口を開いた。


「そういうおっさんはもう決めてんのか?」

「もちろん! わしはタキシードなんかを着てみたりしようと思うぞ!」

「そのお腹周りではベルトは難しいでしょう。サスペンダーなら、なおさらマスコットが関の山ですわ」

「いや、愛嬌があると逆に評価されるかもしれん! 見た目にはいろいろあるだろう?」

「勇者さんはダンディさを見せつけるんじゃなかったの?」

「…………そこはダンディな可愛さに訂正しようと思う」

「なにその共生しなさそうな矛盾な取り合わせ。でもさ、オジサンはなに着ててもオジサンって感じだから別にいいかもねー」


 なんとなく木に登らされる気にならなくもないが……。

 要約するとつまり、わしはわしのままでなんにでもなれると、そういうことだな!

 と、物事を前向きに捉えたところで、話は個々のステータスの話になった。


「やっぱりこの中で一番ステータス的に有利そうなのは、王女のクロエちゃんかな?」

「たぶんそうなるわね。正真正銘の王女なんだし、総合的に見てもクロエが一番じゃないかしら?」

「ならばとりあえず、クロエを全面的に押し出していく形で考えた方がいいな」


 だからとてほかの女子を簡単に飾るわけでは決してないが。なんならわしのパーティーで上位五名を占めさせる、という手もなくはない。いけると思うのだ、皆愛い女子ばかりだからな。

 順繰り眺めていくと、ふと目が合ったクロエがどこか遠慮がちに切り出す。


「みんなはそれでいいの?」

「一番可能性があるやつが狙うのは定石だろ? まあこういう時こそ勇者が頑張るべきなんだろうけどな。おっさんじゃ逆立ちしたって勝てねえだろ」

「むっ、言ったな? 当日は渋くてナウいナイスガイになってやるから、いまに見ているのだぞっ」


 皆から「がんばれー」と適当な激励を受け、そしてわしらは町へと繰り出した。


 向かった先はブティックが建ち並ぶファッション街だ。

 外観的に、男女比としてはやや女性向けの店の方が多い。なかにはジパングでも見たコスプレなるものを扱う店も見受けられ、コーディネートの幅はまさしく無限大だろう。


「クロエはどういったものを着たいのだ?」

「そう言われても。こういうのってなかなか決められないよ」

「ならばいまこそ、わしがあげたバニースーツをだな――」

「却下」


 すげなく断られてしまった。わしはいつになったらあのバニーちゃんクロエにまた出会えるのだろうか。一目惚れしたといっても過言じゃないくらいの衝撃だったのに……。

 ひとまずクロエは後に回して、ほかの女子たちの服選びに向かう。


「ソフィアはどうだ? ブルマなんかで出てみんか?」

「一部のマニアしか喜ばなさそうですからやめておきますわ。それに私はもう決めましたので、探しに行ってきます」

「ちなみにそれは?」

「ボディスーツです」


 端的に告げて、ソフィアは人混みの中へ紛れて消えた。

 ボディスーツか。おそらくレザーだろうが、露出も少なそうだな。ソフィアのヒップラインは強調されるかもしれんが、全身を覆うのであれば太もものラインまでの魅力が半減だろうに。まあ、決めたことに文句は言えんが。


「楓はどうするのだ?」

「アタシかー、どうしよっかなー」

「この世界の人間にとっては忍装束は珍しいかもしれんから、それでも大丈夫だとは思うが」

「けどこれは焼けちゃってるし、上忍の装束はまだ着られないしさー――あっ」


 そこで、何かに気付いたように声を上げた。

「あれ! オジサン、アタシあれにするよ!」と通りを指さす先を目で追うと、建物の壁を背に談笑する若い女子たちの姿が。白のブラウスにブルーのリボン、青色のチェックのスカート、そして紺のジャケットを羽織っている。

 あの服は絵本で見たことがあったな、たしか女子高生と書いてあった。

 その話でもギャルだと言っていた気がするし、忍者だがギャルと名乗っている楓には打ってつけかもしれん。


「うむ、楓ならきっと着こなすだろうな」

「んじゃあちょっと聞いてくるねー。――ねえ~それどこで売ってるのーっ!」


 駆け出し、人見知りすることなく女子たちへ聞きに行く楓は、なんだか楽しそうだった。

 通りを行く人々からなにかしらのコンセプトを得るというのもありなのかもしれんな。わしはタキシードを着るが!


「ところでライアは決まったか?」

「あたしは鎧でいいよ、考えるのも面倒くせえし」


 言って踵を返したライアの腕を咄嗟に掴んで制止する。


「なんだよ、離せよおっさん」

「いいや離さん。お前さんには前々から言おうと思っていたのだが……」

「な、なんだよ」

「ライアは可愛いぞ! 刀を振るう姿は凛々しいが可愛いぞ! だれが何と言おうとそれは変わらん事実だ、だからもっと自信を持つのだ――むぐっ」


 突然口を手でふさがれて迫られる。アップにも余裕で耐えられるほど愛い顔がすぐ目の前に。


「バカじゃねえのか、こんな往来のど真ん中で恥ずかしいこと言ってんじゃねえッ! 叩っ斬んぞっ?!」


 恥ずかしいと口にするだけあって、ライアの顔はリンゴのように真っ赤だった。

 恥じらいがあるというだけで、十二分に女の子らしいではないか。恥じらいのない女であったならば、年甲斐もなくこれほど胸がときめくこともないだろう。


「しかしわしはだな思うのだ――」

「黙れ手がくすぐったいんだよ喋んな」


 では手をどければいいのに……。難しい年頃なのだな。

 だが黙れと言われたからと引き下がるわけにはいかん。わしは喋らない代わりに目で訴えた。まん丸に目を見開いてキラキラとさせ、かわいらしい顔をしてみる。

 すると「かわい子ぶんな気持ち悪い」とじゃっかん引き気味な顔をして、ライアは手を離し息をつく。


「はぁ……わかったよ、鎧はダメだって言うなら道着袴でいいだろ。楓が求めに行ったあんな服が売ってるなら、それくらいあっても不思議じゃないはずだし」

「ならん。お前さんはフリフリの可愛らしい服を着るのだ」

「なんでだよっ」

「単純にわしが見てみたいからに決まっとるだろうっ」

「断る! いいから罰として探すの手伝え」

「わ、待て! なんの罰だ――」


 ライアに腕を引かれて、クロエも伴って店を回る。入る店入る店でクロエも悩みはするが、なかなかこれと決まらない。意外と優柔不断なところがあるのかもしれん。

 そんな折、珍しい服を取り揃えているという店に立ち寄った時だった。外観的に廃れている感が否めないが、中は意外と小綺麗だ。

「おや、いらっしゃい。――っ?!」挨拶をした店主がライアを見て、一瞬固まった。


「どうした、あたしの顔になにかついてるか?」

「ああ、いや。二年だか三年くらい前に見た女性に雰囲気が似ていたもので驚いたんだ」

「あたしに?」

「ああ。でもま、他人の空似なんてたまに聞くから気にすることでもない。それよりも、なにかお探しかな?」

「ここに道着袴は売ってるかい?」


 その言葉に、またも店主の動きが固まった。今度は目まで瞠っている。


「驚いた。あの人と同じことを訊くんだな」

「あの人?」

「名前は、なんといったかな……たしかアケがなんとかって――」

「まさか朱火かっ!?」

「ああ、それだそれ。アケビと名乗っていたよ。知り合いかい?」

「あ、朱火が、生きてる……?」


 朱火といえば、孤児となったライアを育てた親でもあり姉でもあり、そして剣の師でもある女性だ。ネウロガンドの大穴から落ちたと聞かされた時は、さすがに生きてはいないだろうと諦めていた朱火が生きていたとは。これは思わぬ事実。

 呆然としていたライアだったが、ハッとするとカウンター越しに店主へと詰め寄る。


「それでおやじ、朱火は行先についてなにか言ってたか?」

「行先か……。そういえば、東に向かうと言っていた気がする」

「東……」


 噛み締めるようにつぶやいたライアの横顔は、期待や不安がない交ぜになったような複雑な表情だった。


「ライアよ、朱火を追うためにもコンテストで必ず優勝しなければな」

「ああ」

「なんだ、あんたたちコンテストの出場者だったのか。道着袴だったね。これも何かの縁だ、欲しいなら負けておくよ」

「…………」


 サービスしてくれるという店主の言葉に、ライアは口を噤んで黙り込んでいる。

 逡巡したのち、顔を上げたライアは小さく首を横に振った。


「やっぱ道着袴はやめとくよ。朱火が求めたものを買うとか、なんか真似してるみたいで嫌だからな」

「そうか。だったらあんたに似合いそうなのがある。ちょっと待っててくれ」


 店主は裏の倉庫らしき部屋へ入っていくと、いくつかの商品を手にして戻ってくる。

「これなんてどうだい?」と差し出された服を受け取って広げるライア。どうやらセーターのようだが……。


「おいなんだこれ、背中がバカみたいに開いてんぞ。未完成なんじゃないのか?」

「それは背中開きセーターだよ。開いてることで完成形さ」

「いや開ける意味ッ!」

「セクシーだろ?」言って店主がニコーっと笑う。

「こら店主よ、ライアをいやらしい目で見るんじゃない。というかそれ、明らかにライアが来たら横乳の横乳が横乳で危うい感じではないか!」

「だからセクシーだろ? ちなみにノーブラだ」

「なにっ!? それは、うむ、たしかに。なかなかいいセンスをしている」

「意気投合すんな!」


 畳んで脇へ避けたライアは、次にハンガーへ手を伸ばす。持ち上げたそれは片方の肩部分に生地のない、膝丈のさらりとしたワンピースだった。

 それを見てライアがほっと安堵の息を漏らす。


「おっ、今度は比較的かなりマシだぜ」

「あんたは背が高いし、すらっとしたのが似合いそうだ。腰ベルトを少し高めに巻いてエレガントな雰囲気に着こなせるだろう」

「あたしがエレガント? そんな馬鹿な」

「素材はいいんだから自信を持つといい」

「店主よ、これで上位に食い込めるのか?」

「優勝を狙うのなら今一つだろうね。さっきの方がセクシーに振っている分わかりやすいし、総合値的にも上位に食い込む可能性は高いだろうけど。着たくないものを着て出ても本人は納得しないだろう?」


 それはそうだろうな。わしらがとやかく言うよりかは、やはり自分で決めた方がいいし、ライアにも決めてもらいたい。それで自信につながってくれれば尚いい。

 あわよくば、選んだ服が女性らしいものであればなと、心の中で願うばかりだ。


「まあ、これならあんまり抵抗なく着られそうかな……」

「おっ、ライアよ、それにするのか?」

「ああ。着たことないからちょっと恥ずかしいけど、仕方ねえ。背に腹は代えられねえからな」


 これでクロエ以外はみんな決まったな。

 そういえばクロエはどうしたのかと思い、会計を済ませるライアから視線を転ずる。近くにいるものと思っていたクロエの姿が見当たらない。

 わしは店内を歩き探してみた。六列ある長いハンガーラックを一列ずつ覗き、壁際までやってくる。すると奥の方で一人、マネキンに着せられた商品を眺めるクロエの姿を見つけた。


「クロエ?」


 わしは近づき、並び立ち、そして一緒に眺める。

 その衣装は深みのある青色で、腿辺りから斜めに切られた左右非対称のドレスだ。ひだの部分の色が濃淡のあるグラデーションになっていて、似た切り口の白いアンダースカートが綺麗な形に裾を広げている。見る角度によってはキラキラと光って見え、まるで夜空を切り貼りしたような衣装だった。

 なんとなく、ロクサリウムのフラムアズール宮殿を思わせる。


「勇者さん、わたしこれにする」

「そうか。これならばたしかにクロエらしいな、お前さんによく似合うと思う」


 普段着ていても、魔法の詠唱で裾がなびく様子なんかはかっちょいいだろうな。それくらいおしゃれだ。

 二人して頷き合っていると、「――それを気に入るとは、なかなかお目が高い」そう店主が背後から声をかけてきた。


「というと?」

「それはこの町の有名デザイナーがデザインしたもので、北東地方のお姫様に献上するはずだったドレスなのさ。残念ながら魔王軍の侵攻で城が陥落したらしく、安否も定かじゃないからって、家族ぐるみの付き合いのあるうちが引き取ったのさ」

「そんな曰くが……」

「渡す前だし、別に血塗れになったわけじゃないから気にすることでもないだろう? それにあんたたちは噂に聞きし勇者の一行と見た」

「よく分かったな、その通りだ」

「船を求めているなんて好き者はそうそういないからね。あんたたちなら曰くがあっても跳ね退けられるさ」


 それを聞いて思うことがあるのか、クロエは噤んでいた口を静かに開く。


「そのお姫様は、このドレスを着たかったのかな」

「きっと待っていたと思う。デザインのイメージを送ってきたって聞いたから、かなり愛着はあっただろうね」

「まだどこかで、生きているのかな」

「それは分からない。陥落したって噂だけで、消息がどうなったのかは聞いてないから」

「いつか会えたら、渡してあげたいな……」


 クロエの瞳に光るものを見つけ、わしは何としてもこのドレスは手に入れねばと強く思った。


「これも負けてくれるのか?」

「こいつはちょっと厳しいが、少しくらいなら」

「ではわしの有り金を全部叩くからそれで売ってくれ」

「勇者さん、いいの?」

「なに、クロエの晴れ舞台だからな。わしがこれくらい買ってやろう」

「元値は200000Gだけど、負けて17ってところかな、大丈夫かい?」

「うむ、80000ちょっとしかないがなんとかなるだろう」

「いや足りないけどね」

「ちょっと待っとれ、いらんアイテムを店売りしてくる!」


 わしは急ぎ町の道具屋、先の行商の店モルトへ行きアイテムを売る。

 結局素材やらを投げ打っても30000Gにしかならず、情けなさに肩を落として戻った。


「ほれ、全部で110000Gだ」

「まいど。お嬢さんからのと合わせて170000G、たしかに受け取ったよ」


 わしが出ている間に残りを払っていてくれたのか。

 しかしそれにしても高いな。アールジェラの鎧よりも高いドレスとは。有名なデザイナー作というのはそれだけ価値があるものなのか。

 まあお姫様が着るために作られたのだから、安いはずがないのだが……。


「お買い上げありがとう。あんたたちのことを応援してるよ、頑張ってくれ」

「うむ、出来る限りのことをして勝とうと思うぞ」


 店主に別れを告げて店を出る。

 とそこで、まだ自分のタキシードを買っていないことに気付いた。金ももうない。さすがに女子たちに無心をするのもどうかと思うし。

 ……仕方ない、わしはこのままで出よう。

 人間中身も大事だろうしな。いや、ドレッサーコンテストで人間性が見られるのかという疑問はあるが……。

 いいや、弱気ではいかん。わしには秘密兵器、『男の身だしなみセット』もある! 当日までにピカピカになるべく、さっそく今晩からお肌を磨かねばな!

 思い思いの買い物を済ませた女子たちと合流し、宿への帰途へつく。

 どこか落ち着かない者、納得できないような顔をする者、満足げな顔をする者、大事そうに袋を抱える者。

 コンテスト当日に向かう気持ちは様々なようだ。

 それにつけても、実際に着た姿を見るのが今から楽しみだな。

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