第72話 フィッシャーマンズ・ドーンの出会い

 森の神殿からいったんファルムへ戻ったわしらは、そこから漁村に戻り海賊船でオーファルダム北部を目指した。

 西側を迂回し、オールドブルーを東に望みながら、船はやがてオーファルダム最大の港町フィッシャーマンズ・ドーンへ到着したのだ。


「ここはまたずいぶんとデカいな」

「オーファルダム大陸最大というだけあって、規模が違いますわね」

「ロクサリウムのアクオームが可愛く思える……」


 ソフィア、クロエもその大きさに目を瞬き、甲板から呆然と眺めている。

 それも致し方のないことだ。

 オールドブルーの時に思った『大きい』は、眼前の港を目にすると霞んでしまうほど、それくらい巨大な港湾なのだから。

 大型の帆船が何隻も係留しており、大型小型問わず漁船が港を埋め尽くしている。

 おかげで小舟で上陸せざるを得なかった。

 港の喧騒は潮騒とともに湧き立つようで。うるさいと思いはすれど、どこか安堵している自分がいる。

 魔物が蔓延るご時世でも、人の営みが確かに存在していることへの安心だろう。


「この町では特に何もなさそうだ」

「まあ、問題がないに越したことはないからな」


 ライアの言に「そうだな」と頷き返したところで――大通りの向こうの方に人溜まりが出来ていて、俄かに騒がしいことに気づいた。


「一体なんだろうか?」

「アタシ見てこようか?」

「ん、頼んでよいか?」

「任せといてっ」


 言うが早いか楓は駆け出し、人の往来を避けながら通りの向こう側へ消えた。

 しばらくして騒々しかった音が止み、ただの町の喧騒に戻る頃。

 人だかりが散り散りになっていくのを見、何かが収束したのだろうと思ったわしらも向かうことに。

 するとどういうわけか楓は、赤毛のショートボブがよく似合う女子の襟首を掴み困り顔で立っていた。

 襟首なぞを掴まれているにもかかわらず、赤毛の女子は頬を紅潮させ、嬉しそうにしきりに声をかけているようだ。


「楓よ、これはいったいどうなっとるんだ?」

「あ、オジサン! この子どうにかしてよ、テンションについてけないんだけど」

「オーウ!! ジパングガール、キュート! カワイイネー!」


 たじろぐ楓に構わず、カワイイ、キュート、ぺろぺろしたいなどと連呼する赤毛の少女。

 白いブラウスを前結びへそを出し、ひらひらのついた短い茶色のスカートと、同じく袖のないジャケットを着た珍しい服装。ブーツのかかとにはピザカッターみたいなギザギザが付いていて、なんだか変わっている。

 齢は二十くらいだろうと思うが……。

 わしはそのスタイルを眺めながらも、顎に手を添え真面目顔で答えた。


「いや、どうにかしてよいのならしたいがな。そのおぱーいなんか、ライアとヴァネッサに次ぐくらい大きいし……」


 ブラウスから覗く谷間は、いやまたなんとも素晴らしい渓谷! 大自然を見るよりもまずは女子の谷間だな!

 むふふと、ついそんなことを考えたのも束の間。

 わしは赤毛の娘の言葉を思い返し、しかと指摘するために声を上げる。


「というかお前さん、ぺろぺろするのはまずわしからだからな! わしより先に味見することは許さんぞっ?」

「どこに引っかかってんだよこの変態」

「……いたい」


 久しぶりに刀の鞘が頬を抉り込んできた。

 が、童子切の尺が長いため、以前よりかは距離を感じる……。まあ仕方のないことではあるが。

 鞘尻を頬からそっと下ろしたところで、赤毛の女子が不思議そうな顔でわしを見てきた。


「ところでアナタ誰?」

「名乗るならばまずは――まあいいか。わしは勇者だが、そういうお前さんは何者だ?」

「ワタシはジェニファー、通りすがりのただの通りすがりネー。ジェニーって呼んでいいよ」

「ジェニーか。ふむ、それはただの通りすがりだな」

「オジサン、騙されちゃダメだよ。ただの通りすがりが道具屋の主人と揉めるわけないし」

「道具屋?」


 そういえば人だかりが出来ていたな。騒動が起こっていた風にも見受けられたし。


「……なにかあったのか?」


 訊ねると、楓は仲裁に入った際に見聞きしたことを教えてくれた。

 聞くところによると、ジェニーは弾を買いに道具屋を訪れたらしいのだが、店の主人が彼女には売れないと断ったそうだ。それに怒ったジェニーが店主に喧嘩を吹っ掛け、野次馬が集まって騒動になっていたのが先の人溜まりらしい。


「弾とは?」

「これに込める銃弾のこと」


 言いながら、ジェニーは腰に巻いていたベルトのホルスターから銀色の銃を取り出した。

 絵本で見たことがあったが、実際にあるとは知らなかった。

 でもまあ存在していたとしても不思議はないな。海賊船にも大砲が積まれているし、極端に小さくしたような物だろう。


「銃弾を買いに来たことは分かったが、なぜ揉めるのだ? 他の店を当たれば良いのではないか?」

「それが、ゴロツキガンマンたちがここ一帯を勝手に取り締まっちゃって。ここらじゃ銃弾はこの道具屋にしか卸されてないんだけど、ワタシどうやらお尋ね者みたいでネー」


 呆れるようにため息をつき、ジェニーはスカートのポケットから折りたたまれた紙を取り出して差し出してくる。

 それを受け取り広げてみると『WANTED!! ガンスリンガー ジェニファー』とデカデカと写真付きで指名手配されていた。


「お、お前さん、もしかして犯罪者か何かなのか?!」

「違う違うよ、その逆。ワタシこう見えて保安官やってるの」

「保安官?」

「治安維持のための役職ってところ」

「なるほど、衛兵みたいなものか」

「ちょっと違う気がするけど、まあ似たようなものかな」


 だからこんな紙が撒かれていても、ジェニーが捕まらないのだな。

 にしてもだ。ならばなぜ取り締まる側が必要としているのに銃弾を売ってくれないのだろうか?

 同じく疑問に思っていたのだろうソフィアが、横合いから訊ねた。


「保安官が求めてるのに、本人に売ってくれないのはどうしてなのかしら?」


 ジェニーは周囲を気にすると、小声でその理由を告げた。

 以前は複数店で銃弾を取り扱っていたのだが、ゴロツキ共のボスであるブッチャーという男が、ある日突然保安官に販売することを禁じたのだそうだ。

 基本、オーファルダムでは銃は保安官と衛兵にしか供給されない。

 道具屋も商売でやっている。客があっての生業なのだからと、そんなことに構うことなく、勝手な規制に反して販売する者が多くいた。しかし――


「販売した道具屋の店主が相次いで殺される事件が起きたの。それ以降、店を畳んだり銃弾を扱わなくなったりして。残るはこの一店舗だけなんだけど……」

「わが身可愛さで拒否してんのか」

「誰だって殺されたくはないもんね」


 ライアとクロエはどこか憐れむような眼差しで、日常の中で営まれている道具屋を見つめていた。


「おかげで仲間たちの銃弾も尽きてきて、治安維持もままならないんだよ」

「そういう割に、この町は至って平和そうだが?」

「ここは大きな港町だし、それに旅人なんかも多いから。目立った迷惑行為はしてないってだけ。でも裏じゃショバ代とか漁や店の売り上げの一部なんかを上納させてるからネ。西部の田舎なんて酷いものだよ」


 税以上の取り立てで、田舎ではすでに困窮しているそうだ。

 魔物ではなく今回は人間相手か。盗賊首領ジャルノスや強盗以来だが、どこにでもそういう輩はいるのだな。今度のはジャルノスよりも酷いぞ。

 ジェニーを見ると、本当に困り果てているといった風に憔悴しているようだった。

 女子のピンチに颯爽と現れ助ける正義のヒーロー。絵本でよく見た話だな。

 昔は憧れていたが、そのヒーローは今わしなのだ! どうにかしてやらねば。


「ジェニーよ。そのブッチャーとかいう男、わしらに任せてみんか?」

「アナタたちに? でもそういえばさっき勇者って――」

「そうなのだ! こう見えてわしら勇者一行でな。世界を旅し、こういったことを何かと解決してきた実績もある」


 どうだ? そう問うと、ジェニーは皆を順繰り眺め――そしてややあってから、確かな頷きを以て答えた。


「分かったわ。信頼できそうだし、アナタたちに頼むことにする。ニンジャガールもいるしネー。無事戻ってきたらぺろぺろさせてネ!」


 ジェニーは楓の手を両手で取ると、満面の笑みを浮かべた。


「いやなんでだしっ?!」

「カワイイものはぺろぺろするのが礼儀だって聞いたからネ」

「そんな礼儀ないよ! 勘違いだし!」

「そう?」


 そう! と断言されたジェニーは少し寂しそうに眉をひそめるも。「あ、そうだ」となにか思い出したように、スカートのポケットからもう一枚紙切れを取り出した。


「仲間から預かった、ブッチャーのアジトを記した地図。アナタに渡しておくネ――」


 そうして。

 ジェニーから地図を受け取ったわしらは、船の整備のために残っているヴァネッサの元へといったん戻った。


「――かくかくしかじかで、そういうことになったのだが……」


 少しだけ海鳴りの笛を取り戻すのが遅れることを告げると、「なんだそんなことか!」とヴァネッサは闊達に笑った。


「オヤジ、申し訳なさそうな顔するなって。こっちが心苦しくなる。それにうちが頼んでるんだしな! 気にしなくていい」

「そう言ってくれるとありがたい」

「困ってるヤツがいたら助ける、勇者ってそういうものだろ?」

「うむ、そうだな!」


 前向きな言葉に背を叩かれ、わしは快く笑い返した。

 こうして仲間との絆を深めていける。一人旅では決してあり得ないことだろう。

 やはりわしは、皆のことが好きだな!


「ところで、お前さんも一緒に来るか? ブッチャーを懲らしめたら次はどこか知らんが、オークを叩きに行くつもりなのだが」

「行きたいのは山々なんだが、うちはあんまり役に立てなさそうだしな。それに、みんなが笛を探してくれてるのに一人だけ何もしないってのも悪い。だからうちは、伝説に語られる岩礁がどこなのかを探しに行こうと思ってる。ジパングの時も実はそれで海に出てたんだけどさ」

「そうだったのか。まあお前さんがそうしたいのなら、わしは止めはせんよ。その方が効率的だとも思えるしな」


「ああ」と頷いたヴァネッサは、今度は皆へと体を向けた。


「そういうわけで、しばらくみんなとはお別れだ。笛とオヤジのこと、頼んだ」

「ま、おっさんもいくらか強くはなってきてるし、そこまで心配することねえとは思うけど。笛の件は任せろ」

「そうね、勇者様も盾としては役に立つ方だし。さっさとゴロツキ捻り潰して先を急ぐわ」

「大丈夫だよ。今度はわたしが援護するから、剣としてもちゃんと役に立てるよ。ヴァネッサこそ気をつけてね」

「オジサンだけじゃ心許なかったら、アタシも壁出せるし。ゴロツキ相手にそんな時間かけないから安心してていいよー」


 いつも思うが、なんとなく褒められている気がしないのは気のせいだろうか?

 まあ、それだけ世話の焼ける愛されキャラということなのかもしれんが。

 愛してくれるのならぜひベッドの上でもだな……、まあそれは置いておいて。


「――クロエに言われてしまったが。ヴァネッサよ、気をつけて行くのだぞ」

「ああ、オヤジたちもな!」


 手を振り、小舟に戻ろうと振り返ろうとし。そこでヴァネッサの視線がライアに注がれていることに気づいた。

 どこか優しげに見えた眼差しに、ライアはなにも言うことなく目を逸らし、ヴァネッサに背を向けて先に小舟へと降りていった。

 どうしたのか聞こうと口を開きかけた時――「おっさん、早くしろよ、置いてくぞー」と下から声が聞こえてきたため、結局なにも聞けずにわしも海賊船から飛び降りることに。

 飛び降りる間際のほんの一瞬。背後のヴァネッサが「大丈夫だ」と呟いた気がしたが……。それを確かめることはもう出来ない。


 港から離れていく海賊船を見送り、そしてわしらも町を出る。

 荒くれ以上のゴロツキどもを成敗するため、一路西部南東の荒野を目指すのだった。

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