第73話 ゴロツキガンマン ブッチャー

 北オーファルダム西部南東。

 南に下れば南オーファルダムも程近い一帯に、広大な荒野が敷かれている。それはもうボロボロの絨毯のように。

 乾いた風に砂塵が巻き上げられ、岩肌剥き出しの大地へ吹きつける様に、わしはふと緑を取り戻す前のイルヴァータを思い出した。

 砂漠というほど風化しているわけではないが。申し訳程度に緑があるだけで、ほぼ土色しかない一帯に想起せざるを得ない。

 すると自然に思い出されるのは、リーフィアとレニアだろう。

 葉っぱビキニとかいうエロい衣装に興奮したのは記憶に新しいが。最近は目まぐるしく忙しかったため、ほとんど忘れていた。時折思い返して妄想してやらねばな! 離れていても変わらぬ愛を注いでいるのだぞ、と。

 妄想の中、今にもビキニをひん剝こうと手を伸ばしかけたその時。


「――立地的に見ても、たぶんあの町だね」


 小高い丘の上から方々見渡していた楓が、ジェニーから受け取った地図を手に呟いた。

 わしらも上り、その方向を見てみる。すると、荒れ果てた大地にポツンと一つ、小さな町があったのだ。

 起伏に富んだ丘を下り再び埃っぽい平地をひた歩き、そして町の入口へとやってきた。

 大通りを挟むようにズラッと並んだ二階建ての木造建築。

 入り組むほど分岐はしていないものの割と町の面積は広く、中には三階建ての役場らしき建物やブティックらしき看板も見える。が、目立っているのは酒場が多い。

 軒先に置かれた大きな酒樽。通りに散乱する割れた空き瓶。残された馬の繋がれていない馬車を見ると、見捨てられた町という印象を抱く。

 なによりもまず感じたのは静か、だ。人の営みがあるようには思えん。

 吹き抜ける風、さらさらと流れる土埃。酒場のスイングドアがキィキィと奇怪に鳴る。

 いわゆるゴーストタウン、人の気配も感じられなかった。

 本当にいるのか疑問に思い、皆に訊ねようと振り向くと、


「……いるな」

「ええ」

「息殺してるね」

「二十くらいかなー?」


 鋭い眼光を飛ばす女子たちが、そんなことを口々に言った。


「いるのか? わしには気配すら感じられんが」

「まあおっさんには無理だろ」


 ライアにきっぱりとそう切り捨てられ、悔しくなってムキになる。


「む、わしにだってやろうと思えば出来るぞ? そうだな、…………うむ、二十くらいだな?」

「それはさっき楓が言ったからでしょう?」


 間髪入れずソフィアから正鵠を射た指摘が飛んできた。

 やはりバレたか。しれっと言ったつもりだったのだが。

 頬を掻きながら明後日の方を向き、なんとかして体裁を繕う。

 すると、「あはは!」と軽快に笑いながら、楓がポンと肩を叩いてきた。


「ま、鈍そうなオジサンにはまだ早いかもねー」

「ふーむ、勇者になってけっこう経つが、そうなのだろうか。……マイサンは敏感なのだがな、すぐ起っきしちゃう!」

「聞いてないよ?」


 ヒヤリとした視線に振り返ると、クロエのジトッとした紫瞳がこちらを向いていた。

 ジト目も様になる王女! 実に愛いなー。

 頬をわずかに染める可愛らしい顔を眺め、思わずニマニマしていたら、


「ほら、バカやってないでさっさと行くぞ」

「行くって、狙われているかもしれんのに通りを突っ切るのか?」

「こちらを窺っている者たちは恐らく雑魚ですわ。問題ありません」

「こういったところの連中は、ボスが指示しねえ限りは勝手に襲ってこないから心配すんな」


 言うなり躊躇うことなく歩いていくライアとソフィア。そしてその後ろを付いて行くクロエと楓に続き、わしも大通りを歩く。


「ボスというのはブッチャーだろうが、どこにいるのだろうな」

「セオリー通りだとするなら、酒場だろ」


 との言葉に従い、わしらは町一番の酒場らしき入口に立った。

 軒先には身長ほどもある大きな酒樽が五つ置かれ、店舗自体もかなり大きい。

 見上げれば錆び付いた看板。女子のヌードらしき絵柄は穴だらけでほぼ原形を留めていない。以前銃撃戦でもあったのだろうか……。

 この中にボスがいる。わしは唾を嚥下し意を決して、風が吹くたびに鳴くスイングドアを先陣を切って押し入る。


「失礼するぞ!」


 薄暗い店内。まず鼻についたのは酒の臭いだ。

 明るいところからいきなり入ったため、少しだけ目が慣れるのに時間を要したが。慣れるにつれ見えてきたのは、十数台あるテーブル席に散乱する酒瓶。

 テーブル数の割には座る客の姿が五人と少なく、カードゲームに興じていていずれも人相は悪い。顔に傷があったり、眼帯をしていたり。見るからにアウトローだ。

 わしらを一斉に睨み付ける男たちのさらに奥で、ひと際大きな存在感を放つ人影が動いた。


「なんだてめえらは?」


 低い声音が店内に響く。

 男はふてぶてしくテーブルに足を投げ出し、目深に被った鍔の広い黒色帽子の下で怪訝顔を向けていた。

 わしは臆することなく一歩踏み出し、そして問う。


「お前がブッチャーか?」

「そうだが。そういうてめえは何者だ? 保安官には見えねえが」

「わしは勇者でこの者たちは仲間だ。ジェニーに依頼されてここへ来た」

「あのクソアマか。今度会ったらハチの巣にしてやろうと思っていたが、代わりを寄越すとは日和やがったな」


 ブッチャーは酒瓶を煽ると、「ブハァー」と大きく息を吐き出し肩を揺らして嘲笑った。

 ジェニーをクソ呼ばわりしたことも許せんが、あんな愛い女子をハチの巣などという発言が何よりも許せん!


「ジェニーを悪く言うことは許さんぞ。お前はここでわしらが倒す」

「鈍くさそうなデブがやる気じゃねえか。久しぶりに俺が直々に相手してやるのも悪かねえか。人様のシマに土足で踏み入った罪、命をもって償え」


 投げ出していた足をテーブルから下ろすと、ブッチャーはおもむろに椅子から立ち上がった。

 こちらへ歩いてくるその容姿を見て、わしは一瞬唖然としてしまう。

 丸く大きな顔、ずんぐりとした体形、伸び切ったシャツの下でぼよよんと震えるでっぷりとした腹、パツパツの短パンにずいぶんと短い脚。

 こう言ってはなんだが……


「なんだ、わしよりもデブではないか」


 思わず本音をこぼすと、ブッチャーの眼光がより鋭くなった。

 わしは反射的に目を逸らし、失言を誤魔化そうとするも――「表へ出な」ドスの効いた声音から、火に油を注いでしまったことを悟る。

 まあどの道戦うのだ、誤魔化す必要もなかったな。

 わしはため息を一つこぼし、肩を竦めながらも店を出る。

 すると、ボスの姿を確認したのだろう雑魚どもが、バルコニーや家の外へわらわらと出てきた。

 ざっと見るにブッチャーを除き、酒場にいた五人を含め総数二十五。楓の読みは当たっていたというわけだ。

 しかし、この数に方々から狙われたらどうしようもないな。無傷では済まんかもしれん。

 女子たちを守り切れるか心配していると――つばの広い帽子を押し下げ、十メートルほど先に立つブッチャーが睨め付けながら告げた。


「俺をデブ呼ばわりした罪も考慮して、てめえは死刑だ」

「まるで自分が法であるような言い草だな」

「ここじゃ俺が法だからな。なにか言い残すことはあるか?」

「ふん。言い残すことなどなにもない。お前たちを成敗してわしらは先を行く」


 そう断じると、ブッチャーはおもむろにホルスターから銃を抜き――銃口をわしに向けるとなにも言わずに発砲した!

 わしは咄嗟に身を屈め盾を構える。

 寸秒後に当たった銃弾を盾が弾き返し、跳弾した弾頭は民家の梁へ着弾した。


「わはは! 見たかブッチャー、アダマスの盾は超硬度の魔金属を使っているのだ! そんなへっぽこ銃の攻撃など無効に出来るのだぞ!」


 アダマスを労いぽんぽん叩きながら笑っていると、ブッチャーがスッと静かに手を上げた。

 それを合図に、二十五人の雑魚ガンマンたちが各々銃を構え――「やれ」スナップを利かせて手を振ったブッチャーの声に合わせ、四方八方から一斉に発砲してきおった!


「やっぱり! わしらをハチの巣にするつもりだったのだな!」


 どうするどうすると一人狼狽えているところに、「――土遁、四方陣狐面防壁!」と楓の声が響いた。

 彼女が手を地面に叩きつけた瞬間、わしらの周囲を取り囲むように五メートル四方高さ五メートルの土壁がズドンと出現したのだ。四枚共に狐面が彫られているのが中から窺える。

 おかげで銃声はすれども、弾がわしらに当たることは一切なかった。


「なんだあのふざけた壁は!?」外から逆に狼狽する男たちの声が聞こえる。

 なおも鳴りやまぬ銃声。

 わしは土壁を見渡しながら呟く。


「この壁、四枚も出せたのだな。しかしいつの間に……」

「雑魚の数からしてもこうなることは分かってたからねー。酒場に入ってから印を結んでおいたんだよ。オジサン一人じゃさすがに守りれないしさ。それに、アタシも壁出せるって言ったっしょ」


 ニシシと悪戯そうに笑う楓。

 ありがとうなとその頭を撫でてやると、「えへへ」とくすぐったそうに笑った。


「あの壁ぶち壊せ! 撃って撃って撃ちまくれ!」


 外からはブッチャーの激昂する声が銃声に交じって空しく響いてくる。

 無駄だというのに。この壁を破壊したいのなら、酒呑童子以上の力を持ってくるべきだな。

 そうほくそ笑みながらしばらく待っていると、急に銃声が鳴り止んだ。


「てめえら卑怯だぞ! そんなもん出しやがって! 正々堂々さっさと出てきやがれ!」

「その人数に発砲させた奴の言うセリフとは思えんな。わしらは痛くも痒くもないぞ。弾の無駄撃ち、ご苦労なことだ」

「…………ハ! そういうてめえらも俺たちを攻撃出来ねえだろうが!」

「むぅ、確かにな――」


 心底残念そうにわしが肯定してやると、「ガハハハハ」と馬鹿笑うブッチャー。

 ややあって。頃合いを計ったように、顔を見合わせたクロエと楓が声を発した。


「さーてと。耳障りな笑い声消し飛ばすために、そろそろ残念なお知らせといこうか、クロエちゃん」

「そうだね。魔法と術にはそんなこと関係ないって知らしめてあげなきゃ」


 二人とも壁の中からやる気だ。

 もちろんわしも端からそうなるだろうと思っていた。

 馬鹿みたいに笑うブッチャーの姿が見えんことは残念だが。相手を油断させるために一芝居打ったというわけだ。

 クロエが詠唱に入ろうとし、楓が印を結びかけたので、わしは慌てて声をかけた。


「お前さんたち、まさかと思うが火炎で焼き払おうとか考えてはいないだろうな?」


 建物は木造だ。燃えてしまっては人々の移住も出来ない。

 そんな不安から訊ねたのだが、二人に鼻で笑われてしまった。


「わたしは炎が一番得意だからそうしたいんだけど。さすがに木造の町中では使わないよ」

「オジサン心配し過ぎだし。そんなこと百も承知だって」

「そ、そうか、なら安心だな」


 ホッと胸を撫でおろす。

 そこで見てるよう言われたわしは、大人しく二人を見守ることにした。

 すると二人はわしの目の前で横並びに立ち、なにか示し合わせるように顔を見合わせた後――再び詠唱と印を結び始める。

 その背は華奢で小さいが、とても頼りになる背中に思えた。

 外では未だブッチャーその他諸々の馬鹿笑いが止まない。「あいつら馬鹿だ」「滑稽だ」「やつら烏骨鶏だ」などと意味の分からない誹りを口々に放っている。

 壁の中で青と緑(?)の魔法陣と、恐らく雷遁の印が結ばれていることも知らずに。


「準備できたよ、クロエちゃん!」

「OK、ならまずはわたしから――、トゥウェルラスティル!」


 クロエが魔法名を呟くと、手元に広がっていた魔法陣が大きくなりながら霧散した。

 次の瞬間空が途端に暗くなり、突風だろうか風の音が急に大きくなる。さらにそれに交じって、土壁を無数の粒が強烈に叩き出した。


「痛てえなんだこの雨! 石ころみてえに固てえぞ!」

「それに当たった瞬間弾けやがる! びしゃびしゃになるしなんて嫌がらせだ!」


 壁の外からはそんな苦情が嫌というほど聞こえてくる。

 どうやら固い雨粒と暴風の魔法らしい。


「んじゃ次はアタシねー。屋内退避される前にやっちゃわないと。それに、お師匠リスペクトの土遁壁をふざけた呼ばわりした罰は受けてもらわないとねー。――ってなわけで雷遁、爆雷閃迅!」


 術名を告げた刹那。

 空に閃光が迸り、瞬く間に雷鳴が轟いた。それも一度や二度ではなく、絶え間なくそれが続く。

 そんな最中。狐面防壁の効果時間が切れ、元の土塊へと還っていく過程で視界が現場を捉えた。

 無数の雷はまるで一塊の球体みたく一カ所に集まり、そこから無数に伸びる稲妻が誘導されるように、確実にガンマンたちを打ち付ける。逃げ惑うも意味を成さず、「ぎゃあー!」という悲鳴がいくつも聞こえてくる。

 もちろん、それはブッチャーも例外ではない。

 さっきまでの威勢が嘘のように、涙目で右往左往していた。


「……なんというか、お前さんたちえげつないな」

「この雷遁は水に濡れてる生物に対して追尾とかしちゃうからねー。クロエちゃんが意図汲んでくれて水使ってくれてよかったよ」

「楓ちゃんが結ぼうとしてた印の最初が、ジパングで見た雷遁の時と似てたから、雷なんだろうなって思って。水と風の複合魔法の暴風雨に変えてみたんだ」

「アタシたち、意外と相性いいのかもねー」

「ねっ!」


 二人手を取り合い、きゃっきゃとなんだか楽しそうだ。

 間にわしも挟んで欲しいものだが、傍から見ているというのもなかなか乙なものだな。

 雷球が収縮し雷撃が収まると、辺りには雑魚ガンマンたちの死屍累々……いや、息はあるようだ。ピクピクと痙攣しているだけで命に別状はない。

 肝心のブッチャーはどうしたかと思い、先ほどいた場所に目を向けると。

 雷撃で焼けた帽子を脱ぎ捨て、全身煤だらけで満身創痍ながらも、片膝を地面につき耐えていた。


「あの攻撃の中でよくまだ動けるな」

「これでも西部を牛耳るボスやってんだ、なめるんじゃねえぞ」

「男をぺろぺろする趣味はない」

「そういうことじゃねえだろ」

「――あふん」


 ライアの鞘が鎧の隙間を縫って脇腹を小突いてきた。少し痛こそばゆいパターンにわし歓喜!


「ったく。でどうすんだ、あいつ?」

「そりゃあ成敗するに決まっているだろう」

「ならおっさんがやってくれ。あたしはパスだ」

「よいのか?」

「なんか気が向かねえからな」


 とのライアの呟きに、「私も遠慮しておきます」とソフィアも同調した。


「どうした二人とも、元気がないぞ」

「元気なら有り余ってますわ。ただ、あんな満身創痍な輩を殴ったところで爽快感は得られませんので」

「それにおっさんほぼ何もしてないだろ。経験値のためにも戦っといた方がいいんじゃないのか? そういうわけだから譲ってやるよ」


 なるほど、それは一理あるな。わしがしたことと言えば、ブッチャーの初撃を盾で防いだくらいだし?


「そういうことなら分かった」と一つ頷き、わしは一歩出ながらブランフェイムを抜いた。

 立ち止まり、そこで少し思案する。

 新技披露のチャンスではあるが……。さすがに人間相手にワロスブレイクは、手加減したとしても死なせてしまう恐れがある。それくらいの威力なのだ。

 ならばここは加減の利くストラッシュにしておくのが良し。

 わしは逆手に構えながらも、腕全体の力を抜いた。


「わしは勇者だ。お前がいかに悪党であろうとも人殺しなどせん。加減はしてやるが骨の一本二本は覚悟せい」

「その甘さがいつか命取りになるぞ」

「わはは、その時はその時だ! それにわし勇者だからな、死んでも生き返れるらしいし。……まあ無駄口はここまでだ。お前たちは後で縛って保安官に突き出す故、然るべき裁きを受けよ――ワルドストラッシュ!」


 腕を振り抜き放たれた光の刃は、ブッチャーの胴部に袈裟掛けで直撃した。

「ぐわあああ!」と痛ましい絶叫を上げ、ブッチャーは吹っ飛ばされた後そのまま気を失った。



 それからわしらは手分けをして、ガンマンたちを残らず縛り上げた。

 そして放ってあった馬車に詰め込んだ。

 町中を探したが結局馬が見当たらなかったため、フィッシャーマンズ・ドーンまでわしが引きずって帰る羽目になったことはここで語っておく。

 まさか勇者であるわしが馬車馬にされるとは思わなかったぞ……。


 日も暮れる頃。

 ようやくフィッシャーマンズ・ドーンに着くと、町の出入口で待っていてくれたジェニーが駆け寄ってきた。


「おかえりなさい! どうやら上手くいったみたいだネ!」

「うむ、見ての通りだ」


 赤毛のショートボブを揺らし、表情明るくわしらを労ってくれたジェニー。

 応援を呼ぶと続々と保安官らが集い、ガンマンたちをあっという間に連行していった。

 それを見届けるタイミングでジェニーが口を開く。


「本当にアリガトウ。アナタたちに頼んで本当によかった。これで西部は安全になるよ」

「なに、困っている者は放っておけんからな」

「出来ればお礼をしたいんだけど、あんまり凝ったことは出来ないの、ごめんネ」

「なに、その気持ちだけで十分だ。強いて頼むならば、世界が平和になった暁に、わしのハーレムにお前さんが加わってくれれば言うことはない」


「え?」ときょとん顔を返され、わしも思わず「え?」と返す。

 パチクリとした眼に見つめられ、なんだか急に照れくさくなった。


「いやいや、わはは! 冗談ではないのだが、まあおいおい、な!」

「……暁に、か。分からないけど、そうなったら面白そうだネ」


 お? これはもしかするかも?

 というかわし、なかなかモテているのではないか? ようやく勇者として箔がついてきたのかもしれん。大神官が伝えなかった隠し勇者特権なのかも?

 ぬふふ、これは期待してしまうなー!

 下品にならない程度ににゅふにゅふしていると、ジェニーが問うてきた。


「みんな旅は急ぐの?」

「ん、そうだな。わしらはオーク共を退治するために北オーファルダムに来たのだ。あんまり悠長なことはしとれんかもな」

「オーク……」


 そう呟くと、ジェニーは表情を曇らせて俯く。

 どうしたのだ? と訊ねると、どこか悔しそうに唇を噛んだ。


「……オークは山脈を越えた東部の外れに、町を潰して砦を築いたんだけど。周辺にある村や町は全部壊滅してるそうなの。ワタシたちがどうにか出来ればよかったんだけど、オークの群れに限りある銃弾で対抗なんて出来るはずもない」


 ジェニーは忌々しげに歯ぎしりする。

 治安を守る立場として、どうにも出来ない自分にも苛立っているのだろう。その焦燥がよく伝わってくる。

 慰めようと肩に手を伸ばしかけたその時――

「その砦って、どこの外れの町だ……?」ライアの力ない声が聞こえた。


「小高い山の町、ウェラハイトだよ」

「――ッ!?」


 その名を聞いた瞬間、ライアは一人踵を返し町を出ていこうとした。

 わしは慌てて引き留める!


「ちょ、ちょっと待つのだ! ライアよ、どうした?」

「……おっさん、急ぐぞ。オークを潰すんだろ」

「それはそうだが、どうしたというのだ。急に様子がおかしくなって……あ、」


 そうか。その町に、ライアの過去が関係しているのか。


「もしかしてお前さん――」

「…………ああ、そのまさかだ。ウェラハイトはあたしの故郷だよ」


 空気が張りつめ、仲間たちの息を呑む音が聞こえた。

 町は熱気に満ちているのに、ここだけ冷え切って感じる。

 それだけ皆にとって衝撃的だったのだろう。

 気まずい沈黙が続くかに思われたが、早々にそんな空気を払拭してくれたのはジェニーだった。


「みんなが急ぐ理由はワタシなりに分かったよ。走るよりも足があった方が速いだろうし、ちょうど馬車もあるからワタシが馬用意してあげる。それで急いで!」


 あっという間に馬の手配を済ませたジェニーに、半ば押し込められる形で皆馬車に乗車する。

 そしてなぜか御者台に座らされ、わしが手綱を握らされた。馬の操縦などしたことがないというのに……。

 一瞬「なぜ?」と疑問符が浮かんだが、しかしいまはそれどころではない。

 ライアの故郷がオークに蹂躙されている。それを許しては勇者の名折れだろう。

力になると心に誓ったばかりなのだから。やれないこともやるしかないのだ!

 軽くジェニーから手ほどきを受け、それを頭に叩き込んだ。

 出来る限り早く東部にたどり着き、そして奴らを退治――いや退治など生温い。駆逐するのだと強い意思を固め、わしは手綱を握りしめた。


「途中の山脈は道の整備もそれなりにされてるけど、魔物が多いから気をつけてネ」

「大丈夫。魔物ならわたしが一掃するから心配いらないよ」

「なんならアタシも加勢するしね!」


 先ほどのブッチャー戦からこっち、クロエと楓の距離がグッと縮まっているな。

 連携も見事なものだったし、なんとも頼もしい限りだ。

 そんな二人に微笑みながらも、夜は暗いからとランタンを馬車に括りつけてくれたジェニー。


「何から何まですまんな、恩に着る」

「こういう時はお互い様だってママが言ってたからネ」

「そうか、ありがとうと言っておこう。が、さよならは言わんぞ? またいつか会うのだからな!」

「うん、みんなも気をつけてネ!」


 手を振るジェニーに手を振り返し、わしは手綱を振って馬の背パッドに軽く当ててやる。するとカッポカッポと蹄鉄を軽快に響かせ、馬は緩やかに発進した。

 急ぐぞ東部へ!

 教わった通り、試しに背パッドを鞭でぴしゃりと叩くと――馬は突然嘶き、ズドドドド! といきなり驀進する。

 振り落とされぬよう必死に御者台にしがみ付きながら、そして馬車馬は西部を東へと駆け抜けるのだった……。

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