第144話 魔王城三階

 三階だ。

 今度は階段を上がってすぐに廊下へ出た。

 北へ伸びる通路は割とすぐ近くに扉があり、西は少し先で突き当たりになっている。マップで確認すると、北側の部屋は結構広く、その向こうにもう一つ幅の狭い部屋がある。西側に扉があり廊下に出るとその先、南北に部屋があるようだな。

 西側は突き当たりの廊下を右に折れ、さらに行き止まりの左の壁に扉がある。先には三つの部屋があり、ちょうど逆コの字型に突き抜けているようだ。

 上階へ行くには西側だが……。


「さて、どうするべきか」

「階段に通じてないとはいえ、何もないとは言い切れねえし。まずは近いとこに扉がある北側でいいんじゃないか?」

「私もライアに賛成です」

「右に同じく」

「アタシもアタシもー!」

「……」

「ふむ。ベルファールも賛成と言っておるようだし、北側から見に行くか」


 否定も肯定もしなかったが、皆に続いて歩き出した彼女の表情を見る限り、賛成だとの判断は間違いではなかったようだ。

 言葉少なではあるが、わりと意思疎通が出来ているようで少し嬉しかったり。

 わしも皆に続いて廊下を行く。

 設えられた木製の扉を開けて中へ入ると、そこはどうやら食堂のようだった。

 大きな四角いテーブルの上には綺麗なクロスが敷かれ、火の灯されていない燭台がいくつも置かれている。全部で八脚ある椅子はどれも豪華な装飾が施されており、下に敷かれた絨毯の高級感と相まって、ある意味場違いな違和感を覚える。


「毎回思うが小奇麗すぎるな……うーむ、大魔王らしからぬこと謎の如し」

「なんかそれ、風林火山っぽいね。オジサン知ってるんだ」

「そういえば昔、東方の国の絵本とやらを読んだ気がしてな。風林火山というのはなんとなく聞き覚えがあったのだ」


 しかし謎が謎を呼ぶなこれは。なぜこんなにも整っているのか……。

 ふと、二階での戦闘を思い出したわしは、なんとはなしに口を開く。


「気になる点と言えば。二階での戦闘の際、部屋が破損するようなことはなかったな。手を抜いたとはいえ、あれだけの攻撃だ。まったく無傷というのは気になる」

「言われてみればたしかに。上の世界の魔王城はちゃんと壊れていた気がしますし」

「なら試してみようよ」


 言いながらクロエが取り出したるは、懐かしのコメットブランチ。見た目はただの木の枝のような杖だが、振るう者のかしこさやら魔力によって小隕石の威力が変わるという、ロクサリウムの宝物庫にあった代物だ。威力はそこまで上げられないが、MP0で使用できるとあって、クロエもたまに用いていた。

 この枝を見ると、同じく宝物だったいまは無き我が愛剣ブランフェイムを思い出す。アールヴェルクを手にした今でも感謝の念は絶えんよ。

 クロエの枝振りと同時にどこからともなく出現した隕石が――隕石が?


「あれ、出ない……」

「ここでは使えないということか?」

「どういうわけかそうみたいだね。残念だけどまたの機会にかな」


 早々に諦めたクロエは杖を道具袋へしまい、手のひらに発生させた火球「フレイヴォルグ」をテーブルに向けて放つ。火の玉は瞬時に分裂すると無数の小火球となって着弾し、連鎖するようにして爆裂した。ちなみに最大火力だと禁術を除いて上から三番目の魔法だそうだ。

 しかしもくもくと上がる煙の向こうで、テーブルのシルエットはそっくり原型を留めたままだった。煙が晴れてもそれは変わらず、テーブルクロスも絨毯すらも焼けていない。


「なにがどうなっとる?」

「まあ考えても答えなんて出ねえだろ。さっさと先に進もうぜ、おっさん」

「ふーむ、不思議ではあるがそうした方が賢明か」


 謎は深まるがそうも言っていられないと、わしらは先へ進むことに。

 食堂の奥の扉を開けて中を覗くと、幅の狭い空間が調理場であることを知った。鍋やら調理器具やらが整理整頓された綺麗な厨房だ。軽く見てみたが特になにもないため他を回る。

 食堂の西側の大きな扉を開けると廊下へと出た。

 廊下の北側には豪奢な扉が見える。何かあるならそこだろうということで、一先ずは南にある部屋を探索することにした。

 こちらには扉はなく、柱が計八本等間隔に並んだ奥に一つ、宝箱がこれ見よがしに置かれている。


「これは非常に怪しいな……ミミックか?」

「だとしても、私たちなら大丈夫ですわ」

「オジサン開けてみてよ」

「わ、わしか?! しかしそうだな、真の勇者がビビってチビっていてはダメだろう。――よし、では開けるぞ」


 わしは唾を飲み込み、箱を一息に開けてみた。同時仰け反りながら盾を構えてみるが、脅かすような存在は何も出てこない。

 ほっと小さく息をつきながら宝箱を覗き込む。空かと思われたが、中には手のひら大の水晶玉のようなものが入っていた。


「なんだこれは? 占いでもしろということか?」

「残念だけど占星術師なんていないよ。もしかして、どこかに嵌め込むとかそういう類じゃないかな?」

「それは一理あるな。クロエの言うことはもっともかも知れんし、一応持っていくか――」


 謎の水晶玉を道具袋へしまい、今度は北の豪奢な扉の方へ。

 金やら銀で装飾を施されたレリーフが見事な黒い扉を押し開ける。すると、恐らくは王の寝室と思しき大部屋の中に、居た。二体の魔物が。

 一体は白銀の甲冑を着た、杖を持つ騎士? もう一体は、ローブに身を包む剣を持った魔道士? のようだ。

 なんだかちぐはぐな気がするが、どうやら二体は喧嘩中らしい。

 互いに武器を構え、斬りかかったり殴りかかったりしている。実力は拮抗しているようで、なかなか勝敗が決まらない。


「なあ、これいつまで続くんだ?」

「さあ、当人たちに聞いてみないことには……水を差すのも野暮でしょうし」

「でも魔物同士が喧嘩してるのって、あんまり見ないから面白いね」

「妖怪のは見たことあるけど、アタシも魔物は初めて見たかも? 少し観戦でもする?」


 との楓の提案により、しばらく遠巻きに眺めていた。

 剣で攻撃する魔道士の斬撃は攻撃力の低さから騎士の鎧に弾かれ、杖を振るう騎士の殴打は魔道士のローブを掠めるだけでなかなか当たらない。

 攻防がとても地味で、ザクスリードの闘技場での試合を見ていたためか、ひどく退屈な喧嘩に思えた。

 あくびの出るそんなつまらん試合に変化が訪れたのは、五分ほど経った頃だ。

 魔道士の剣が騎士兜の側頭部を大振りで打ち付けると、騎士はよろけてその場で膝を屈した。すかさず魔道士はふらつきながらも騎士を蹴り倒し、その胸元へ深々と剣を突き刺して止めを刺す。

「オォオオオオオオ!」と歓喜のような唸り声を上げると、そこでようやくわしらに気づいたのか――目深に被ったフードの奥から赤い目を光らせて、いきなり襲い掛かってくる。

 わしは初動が遅れてしまい攻撃することは出来なかったが。ライアとソフィアが息の合った同時攻撃で一撃のもと葬り去る。

 二体の魔物が消えた後には、剣と杖だけが残った。


「これも何かに使いそうだな――」


 これらも道具袋へ収め、寝室を物色しなにもないことを確認。その後、もと来た道を戻り西側の部屋に向かう。

 正方形、長方形、そしてまた正方形と、逆コの字型に抜けた部屋は美術館かと見紛うほど、絵画や彫刻、壺や工芸品が飾られた回廊となっていた。

 中にはレリーフが緻密に彫り込まれた鎧や、白金で出来た豪華すぎる鎧があり、近場に安置された剣を手にし突然襲い掛かってこないかと多少緊張はしたが。結局ここではなにも起こらず。

 ただ古今東西の芸術品を眺めるだけの鑑賞時間が過ぎた。

 なにごともなく逆コの字に配された最後の部屋に入ると、奥に廊下へ出るための扉を見つける。


「マップだといよいよ最後の廊下だが。こんなにも簡単で単純で順調でいいのだろうか?」

「大魔王の城だとは到底思えねえよな」

「楽にたどり着けるならそれに越したことはないとはいえ、少し不気味ですわね」

「まだ階段の部屋になにかあるかもしれないし、油断は出来ないよ」

「ちょー強い魔物が張ってたりしてね! ま、それならそれで準備運動になるし別にいいけど」

「どちらにせよ、その時はその時か……。とにかく行ってみるほかないな」


 部屋から出て、廊下を南へ。突き当りの左、方角的には東側の扉を開けて中へ入る。そこは少しばかり奥行きのある部屋で、真ん中辺りに泉と石像、そして最奥には上への階段が見えた。

 案の定というべきか、魔物が守っている様子もなくただの部屋だ。

 変わったものと言えば、いままではガーゴイルだった石像が精霊のような女性のものになっているくらいだ。泉に向けて四人の女性がかめで水を注ぐような構図となっている。

 それらを横目に通り過ぎ、わしらは階段の手前で立ち止まる。


「……実に平和な城だな、ここは。上の世界の魔王城の方が面倒くさかったぞ。……それはそれとして。ついに決戦なわけだが、お前さんたちに念のため、一応念のために訊くが、準備はよいか?」

「準備ねぇ……つうか、玉座の間にいない方に50000Gかけてもいいぜ」

「私もいない方に賭けようかしら」

「賭け事は抜きにしても、わたしもたぶんいないと思う」

「強力そうな気配、微塵も感じないもんねー」


 皆一様に、危機感も焦燥も不安も感じさせない口振りでそんなことを言う。

 わしは「ふむ」と頷いてから、反応は変わらないと思うがもう一人にも訊ねてみることにした。


「ベルファールはどうだ?」

「いないだろうな。もしいたとしたら、階下にいてもその気配は感じられるはずだ」

「思うところは皆同じか……それにしてもお前さん、城に入ってからやっとまともに会話をしたな。もっと混ざってきてもよいのだぞ?」

「訊かれたから答えただけだ。貴様たちと馴れ合うつもりはない」

「捕虜だという扱いはまだ変わらんが、わしは仲間だと思っておるぞ?」

「っ、知らんッ」


 わしの言葉を受け、ベルファールは軽く驚いたような顔を誤魔化すようにしてそっぽを向いた。

 わしとしては本心なのだがなぁ。しかし、いま受け取られなかったとしても、こうして言葉にして伝えていくことは大事だろうと思う。言わなければ伝わらないことの方が多いのだからな。

 いつか彼女が素直に心を開けるまで、わしは続けていこうと思うぞ!


「さて、いるかいないかはさておき。上がらなければ始まらんのも事実だ。手に入れたアイテムの使いどころも気になるしな。一応、警戒だけは怠らずに先へ進もう」


 そしてわしらは、玉座の間へと続く階段に足をかけたのだ――。

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