第142話 魔王城一階

 魔王城の重厚な鉄扉を押し開けて中へ入ると、円形のエントランスがわしらを出迎えた。

 上の世界とは違い奥に階段はなく、東西へ回廊が続いている。

 一定間隔で蝋燭が灯されているがそれでも薄暗く、東側に至っては時折床付近でなにかが光り動いていた。


「眼前に大階段がないとは……これはやはり奥の方か?」

「かもしれねえな。とにかくマップが欲しいところだが……」


 ふとライアが廊下の動く光を注視したので、皆もその光に目を向けた。

 うろちょろと動く光は明らかに挙動がおかしい。まるで歩いているような動線だ。


「あれは怪しいわね……行ってみましょう」


 正体を確かめるためにも、わしらは東の廊下を行く。

 先頭を歩くわし。徐々に動く光との距離が近づいていくと――突然、光は駆け出すようにして廊下の角を折れ北の方へ行ってしまった。素早さがとてつもなく、光が残像の尾を引いている。

 その姿は一瞬しか捉えられなかったが。書見台のようなものが頭になっている、燭台を持った背の低い魔物のようだった。


「あっ、行っちゃったね。それにしても動き、速くないかな?」

「たしかに速かったねー。でもなるほどなるほど、つまりはこのアタシと追いかけっこがしたいってことかな?」

「追いかけるのはよいが、一人では危険ではないか?」

「大丈夫だってー、オジサンは心配性だなぁ。忍者には『隠密』ってスキルがあってさ、魔物に気取られることなく移動できるんだよ――さっきの魔物には効果薄いみたいだけどねー」


 パーティー随一の素早さを誇る楓が、準備運動で体を解しながら言う。

 忍装束から伸びる健康的な太ももについ目がいってしまったが、ここは緊張感を持たねばな。あわや尻たぶが覗けるかもというギリギリではあったが、ラストダンジョンというやつなのだから気を引き締めねば。……しかしエッティだ。

 やはり視線を外せなかったわしを余所に、楓が背中越しに告げた。


「んじゃアタシ追いかけに行ってくるからさ、一周回った時に処理ヨロシクねー。道すがら邪魔そうな魔物がいたらついでに倒しとくよ、どうせまた湧くんだろうけど――」


 そうして床を蹴り、物凄い速さで楓は走っていった。

 ……なるほどな。近づくと逃げる魔物も、回廊であれば一周回って同じ場所まで戻ってくるかもしれん。とすればだ、待ち伏せていればあやつを倒せる確率が上がるということだ。

 そうと決まればと、わしらはエントランスで楓を待つことにした。

 それからおよそ六分。

 西の廊下から明かりがこちらへ向かってやってくる。楓の姿も確認できた。

 わしらは取り逃がさないようにと武器を構え、まずはわしが斬りかかる。上手いこと足を踏み変えながら回転した魔物にひらりと躱された。

 続いてライアが刀で薙ぎ払う。しかしこれも床を転げるようにして回避した魔物、だったが、体勢を整え再び走り出そうとした瞬間――

 ソフィアが思いっきり蹴り抜き、魔物をエントランスの壁に叩きつけた。

 書見台の頭が粉々に砕け散り、魔物は消滅する。と、なにかがひらひらと床へ舞い落ちた。

 クロエがそれを拾い上げる。


「あ、城のマップが落ちたよ。魔王城は地上四階みたいだね」

「どれどれ――」


 わしに続いて女子たちもマップに目を落とす。

 四階建てだが、大して複雑な構造ではない。魔王城なのだからもっとこう仕掛けがありそうだと思っていたのだが。

 なんてことを考えていると、楓が「ん?」と首を傾げる。


「楓、どうかしたのか?」

「うーん……。なんかこの部屋の間取りだけビミョーに違う気がするんだけど」


 話を聞くと、さきほど魔物を追いかけている途中、書見台にことあるごとに部屋へ逃げ込まれたそうだ。一階の部屋数は全部で四部屋。

 その内の一つが、このマップの間取りとは形が違っているらしい。


「模様替えでもしたんじゃねえのか?」

「魔王が? そんな手の込んだことをするかしら?」

「一部屋だけっていうのが引っかかるよね。楓ちゃん、途中で上への階段って見つけた?」

「うん、階段ならちょうどこのエントランスの向こうにでっかいのがあったよ。けっこう距離あるけど、特に扉とかなくて普通に上に行けそーなやつ」

「ということはますます以て不思議だな。とりあえず探索してみるか」


 まずは楓の通ったルートで見て回ることにし、東の廊下を再び歩く。

 角を左に折れ、道なりに進む。ひたすら直進し、また角を左に二つ折れるまではただの廊下だ。

 そこから少し行くと、廊下の途中に東へ通路が伸びていた。通路へ入ると向かい合わせに部屋が一つずつ。

 どちらも入り、マップと相違ないことを確認する。

 T字路まで戻り廊下を南へ、そして今度は右へ折れる。しばらくし右手に見えたのは、黒いガーゴイルの石像がずらりと九体並ぶ部屋だった。その奥には大階段が見える。一先ず階段は後回しにして、わしらは道なりに進む。

 シンメトリーの構造ゆえ、そっくり反転させた道のりでまた二つの部屋へたどり着いた。

 楓が言っていた通り、内一部屋の構造が違っている。マップにはないはずの柱が壁際に設置されていたのだ。


「ほらね、違うでしょ?」

「本当だな。この柱はいったいなんだろうか?」


 わしらは怪しいものがないかを探す。備え付けの家具から寝具、壺から花瓶に絨毯の裏まで。しかし、この柱以外にこれといって怪しいものは見当たらなかった。

 柱付近の絨毯の敷かれていない石床を一人見つめていたクロエが、ぽつりと呟く。


「唯一気になる点と言えば、この床を引きずった跡みたいなのが気になるね」

「言われてみれば確かに。動いた形跡はあるようだ……」

「本当だな……また面倒くせえギミックか?」

「いずれにせよ、道中には特になにもなかったし、これは二階を探した方がよさそうね」

「そうだな。一階の探索はまた後にしよう」


 そういうことで落ち着き、わしらは一先ず上の階へ行くことにした。

 ガーゴイル像のある部屋までの途中、わしは疑問に思っていたことを呟く。


「しかしこの城へ入ってから、魔物という魔物に出くわさんな。あの書見台は逃げ回るだけだったし」

「アタシもさっきぜんぜん戦わなかったよ」

「けどさっきのガーゴイル像は動き出すかもしれねえから、おっさんは油断すんなよ」

「忠告する相手が間違っておるぞ。わしが油断をするというならば、その時は女子に誘惑でもされたのだろうな」


 魔物に油断など、真の勇者となった今となってはあり得ん話だ。

 そしてわしらは像のある部屋へ。

 向かい合うガーゴイルたちの真ん中を堂々と少し緊張しながら通ってみる。しかし動く気配はない。


「わはは! なんだ、ただの像ではないか。少しでも緊張したわしが馬鹿みたいだなっ」


 わしは剣でコンコンと像を叩いてみる。石にしてはかなり硬質な感じだ。

 だが魔物でないただの像など恐れるに足りんだろう。

 小突くのにも飽き、剣をしまって歩き出そうとしたその時――「ガァアアアア!」といきなり像が動き出しわしに鋭い爪を振り下ろしてきた!

「どわぁああああ!」と吃驚の声を上げながらも、咄嗟に盾で攻撃を防ぐ。ガイィイン! と硬い音が部屋に響き渡ると、残り八体のガーゴイルが動き始め、そしてわしらはエンカウントした。

 しかしよく見れば、庭園で戦ったモノと同一であるということに気づく。

 ……驚いたことに対し少なからず恥ずかしさがこみ上げてくるな。まあ多少は緊張していたし、いきなりだったしで致し方ない部分もあるだろう。決してビビったわけではないのだ!

 わしは向かってきた二体を相手取り、「どっせい!」とワルドブレイクで吹き飛ばす。

 ライアは五月雨の太刀で切り刻み、ソフィアは木っ端にする勢いで破砕した。

 クロエが魔法で氷漬けにすると、楓は舞うように斬り付けまとめて氷像を砕く。

 ベルファールは炎を纏わせた大剣で両断し、いとも簡単に焼却した。


「――この勢いのまま二階の探索へ向かおう」

「かっこつけてても格好つかねえよな、おっさん」

「あれはだな……そうだ、いきなり動き出したから驚いたのだ。誰だっていきなりあんな風に動き出されたら驚くだろう?」


 訊ねてみたがしかし、肯定も同意の言葉もそれらの首肯ですら返っては来なかった。わしは目をパチクリと瞬かせる。


「……わしだけ? そうなの?」

「さすがにあんな風にこれ見よがしに置かれていれば、警戒くらいはしますわ」

「警戒はしていたのだがな……」

「油断はよくないよ、勇者さん」

「はい、以後気を付けます」

「さすがに今回のはオジサンちょっとダサかったかもねー」

「楓にそう言われてしまうとはな。肝に銘じておこう」


 小さく息をつき、わしはそっとベルファールに視線を転じた。


「……こっちを見るな」


 ……だそうだ。

 先に階段を上がっていく女子たちの背について歩く。

 二階へ上がるまで、わしの頭は垂れたままだった。

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