第五章 ジパング編

第53話 津島港

 途中、羽を伸ばしに小さな港町に寄港し一泊した後、ジパングへの航路を進むことおよそ五日。

 ようやく海上に浮かぶ島国が見えてきた。


「長崎だと結局また船であっちに渡る羽目になるから、とりあえず尾張で下ろすよ」


 ヴァネッサはよくわからないことを言いながら船を繰り、東へ迂回すると尾張の津島港という所でわしらを下ろした。

 詳しく聞けば、長崎は貿易港らしいのだが、本土とは少しばかり距離が離れているため船でまた渡らなければいけないそうだ。だから二度手間を省くために、同じく港湾都市である津島までやってきたと、そういう話だった。

 地図ではくっついていると思っていたジパングは、島々からなる国だったのだ。


「まあ津島なら、京はわりと近いしな。大江戸だとまだ距離はあるが、長崎からよりは移動がかなり楽だぜ」

「京と大江戸……ジパングの二大都市ね。行ったことはないけれど、華やかな場所だって聞いてるわ」


 ライアの隣で地図を広げるソフィア。わしも目を落としてみると、ジパングには東西に二つ丸印が書かれていた。その大江戸と京というところが、都なのだろう。

 華やか。その言葉の響きだけで、アルノームとは比べ物にならないような雰囲気を想像してしまうな。地図で見ると小さな国なのに……。


「それはそうと……。ここは本当に港湾都市なのか?」


 わしは砂浜から町を眺めた。

 木造平屋建ての茅葺屋根がずらりと並ぶ、都市という割にはなんとも陳腐な様相を呈したところなのだ。疑問に思わない方がどうかしているだろう。


「まあ、以前は瓦の屋根だったりしたんだけどな。ずいぶんと雰囲気が変わっちまってる。貿易船どころか商船なんかも見当たらないし」

「これもリコルタでヴァネッサが聞いたという、国主の酷い政策によるシワ寄せなのかしら?」

「かもな」


 方々見渡してみるが、町人の姿すら見当たらない。

 見つかるのは放置された網や小さな漁船くらいだ。

 まるでロクサリウムの湖畔の町オルファムを思い出させるな。あの時は湖に魔物がいたから仕方なかったが……。

 ――と


「お?」


 あっちこっちに忙しなく視線をやる途中、わしの眼は防風林と思しき並木の影にちらついた女子らしき姿を捉えた。

 絵本でしか見たことがなかったが、あれは間違いない『着物』という衣服だ。


「第一女子発見っ!!」


 わしは高らかに歓喜の声を上げ、皆を置き去りにして走り出す。

「あ、おい待てよおっさん――」と背後で声が聞こえたが、ジパングの女子を楽しみにしていたこともあり、制止を聞いてやれるほど落ち着けるわけがなかった。

 すたこらと急ぎ駆け、防風林の奥を覗いた!


「いない! どこに行ったのだ?」


 言うほど早く走れたわけではないことは、すぐ後ろから呆れるようなため息が聞こえたことで理解はしていたが……。

 それにしても、どこにも姿が見当たらないとはどういうことだろうか?

 キョロキョロと辺りを見渡す。


「勇者様の見間違いじゃないんですか?」

「いや、たしかに茶色い髪の女子がいたはずなのだが……青っぽい着物もはっきりと見えたし」

「それとも木の枝が揺れたとかじゃないかな?」


 クロエの指摘に潮風に吹かれる枝葉を見てみるが、いいやそれは違うと首を横に振った。


「悶々とした海上生活してたから、幻覚でも見たんじゃないのか」

「……そう思うのなら、おぱーいくらい揉ませてくれてもいいだろうに。減るもんじゃないんだし」


 海上では珍しく鎧を脱いでいた日もあるライア。ペラペラの肌着の向こう側の薄いピンクを想像なんかしちゃったりして、大変だったのだ。湖でびちょびちょのライアを見ているため余計にな!

 悶々を通り越してムラムラしていたのは秘密だが。

 夜這いしようにも返り討ちが目に見えていたし……期待した間違いも起きはしなかった。


「ま、おっさんがこだわってる、『好感度』をすり減らしたいのならいいけどな。いくらかはきっと溜まってるだろうになー。またゼロか、それともマイナスになるかもしれないぜ?」


 好感度とおっぱいを天秤にかけろと? なんとも酷い選択肢だ。

 女子のおっぱいは揉みたい! それはもう極上なのだぞ! さんざんむにむに屋で揉み倒したが、決して飽きるということはなかったライアの乳!

 宿屋で触った時なんか、再会に感動し興奮したことは鮮やかに思い出せる。

 しかし、ここで好感度を減らしてしまうと、わしの壮大な夢、野望にして希望のハーレムが遠のくかもしれん……。それはソフィアもクロエも、そしてヴァネッサにしてもそうだろう。そんなことはあってはならん、成し遂げるべき目標なのだから。

 ここはぐっと堪えるしかない、か。残念だが。


「あぁ……ジパングに風俗はあるのだろうか……」


 肩を落としつつ口にしてはみたものの、ハーレム城を築くためには金がいる。まだまだ中途なため、そんなことに使っているわけにはいかない現状……。装備のこともあるし。

 こんなことなら、賢者くらい経験しておくべきだったか。そうすれば心頭滅却も出来ただろうに。

 いつぞやの、『三十で童貞なら賢者になれる』と言っていた青年の言葉を思い出す。わしそれすら飛び越えて四十三で勇者だもんな。まあ、なってしまったのだから今さら仕方ないが。


「それで、これからどうするよ?」

「とりあえず町人がいるか探して、少し話でも聞いてみた方がよくないかしら?」

「そうだね。ジパングの現状がどうなってるのか把握しておく必要がありそうだし」

「まあ、お前さんたちがそう言うのならそうしようか」


 ため息を一つこぼし気持ちを切り替える。

 女子なら都にでもいけばすぐに会えるだろう。

 そうしてわしらは津島の町を散策した。

 結果、町人はほとんどいなかった。住んでいたのは老人ばかり。話を聞いてみると、「若い衆は都に行っちまっただよ」と同じことをぼやく耄碌した婆さんとか、「むちむちぷりんなおにゃの子! 触らせてくれい!」などと懇願してくるしつこい爺ばかり。

 もちろんお触りはわしが死守したが、咽び泣くその姿に、夢破れた時の自分を想像し血の気が引いてしまった。

 ……とにもかくにも好感度だ!

 いくらかはあるとライアは言っていた。地道に刻んでいけばいつか達するだろう。焦りは禁物だと自身に言い聞かせる。


「しかし、港湾都市ですらこの寂れようとは……。いくつあるかは分からんが、村や町も相当貧困に喘いでそうだな」

「碌な話は聞けなかったけど、とにかく以前はこんなんじゃなかったんだ。あたしがジパングにいた頃は賑わってた。それからそう時間も経ってないのにこの有様だ。やっぱり国主が変わったことに起因してるんだろうな」


 どこか悔しそうに言って東の方を睨みつけるライア。

 視線につられるように目を向けたクロエは、痛ましげな表情をして訊ねる。


「国主がいるのって、大江戸ってところ?」

「ああ。いまの国主は知らないが、以前の殿様は徳川餅持。さすがに会ったことはないけど、貧富の差を無くそうと努力していた立派な人だったそうだ。農村の連中もいい殿様だって言ってたのを聞いてたからな」

「下々の者たちにも好かれていたのね。現状を見る限りでは、以前の姿を想像できないくらい酷いけど」


 改めて一通り見渡すソフィアは、憐れむような眼差しを注いでいた。

 誰も彼もが平等に、か。確かに、この津島港を見た限り、国の頭がそのような政策をしていた過去があるとは思えない。新たに成り変わったその国主とやらが、こんなにも酷い惨状を生み出していると考えると、捨て置けん由々しき事案だ。


「してどうする? このままその大江戸とやらに乗り込むか? わしなら準備は万全だぞ、常にな」

「その意気や良し、ですけど。さすがに情報もなにもない状態で乗り込んでも、ただ騒ぎを大きくするだけですわ」

「そうだよ。まずは外堀から埋めていかなきゃ」

「むう、そうか」


 心意気を褒められたことは嬉しかったが、少しだけ勢いを削がれた気分だ。

 しかしその言にも一理ある。

 わしらは勇者一行とはいえ異邦人。いきなりそんな中枢に行ったら間違いなく目立つだろう。

 ここは慎重を期するべきか。


「ではとりあえず外堀とやらを埋めていくか。わしらはジパングについてはよく分からんから、ここはライアに任せようと思うが。次はどこへ行く?」


 訊ねると、腕を組み頭を悩ませていたライアは静かに口を開いた。


「私用で悪いんだけどさ。あたしの愛刀を打った鍛冶師ってのが京にいるんだ。それにここから近いってのもあるし、まずは西に向かわないか?」

「もう一つの都ね」

「ああ。でも、もともと京が先に出来てたから歴史はこっちの方が古いんだ」

「なら、なにか話が聞けるかもしれないね」


 地図で道のりを確認する女子たち。地図が読めないわしとしては、なんとも頼もしい限り。

 古い都、か……。さっきは華やかだと聞いていたのに、なぜか不安がこみ上げてくる。まさか土中に埋まっている、なんてことはないだろうな?

 もしくは削り出した石の都。そんなイメージが脳裏をよぎる。

 まあ、そんなことは可愛い女子がいるかどうかに比べたら些末なことではあるが。

 でもそうか。ライアの刀は京で作られたのか。

 以前から約束をしていたしな。それにまずは情報が必要だろう。

 わしは納得し頷いてみせた。


「では、京とやらにさっそく向かおうか」


 わしらはいったん船に戻り、留守番をするであろうヴァネッサに京に行くことを告げると、「うちらはしばらく回遊してるよ。物資の補給もあるしな。あっそうだ、オヤジこれ持ってけ」

 そう言われ、手刀ほどの長さの笛を渡された。

『海竜の爪笛』

 個々の海賊団その仲間内で使用される呼び笛だそうで、二つとして同じ音色がないらしい。この笛はヴァネッサの海賊団にのみ通じる音だから、用があれば海に向かって吹けと言われた。

 ありがたく頂戴し、港から離れていく海賊船を見送ってから、わしらは街道を西へ向けて歩いた。

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