第52話 東への船出

 ロクサリウムを発つ前に、フラムアズール宮殿の宝物庫へと向かったわしら。

 今までほとんど使うことのなかった魔法の鍵を用い、扉を開錠して中へ入ると、そこは思っていたよりも小さな部屋だった。

 そして中央に配置された背の低い台座に、見慣れた玉を見つける。色は紫。

 手に取ってみると、形大きさ共に間違いなく所持している宝玉と同じものだった。


「グランフィードの王が、ロクサリウムにも伝わっている旨を口にしていたが。まさかこんなところに四つ目があるとは思わなかったな」

「わたしも入るのは初めてだから、まさかこの国にこんなものがあったなんて知らなかったよ」


 驚いた顔をしてクロエは宝玉を見つめる。そして小部屋の隅々まで物珍しそうに眺め、「へぇ~」と感心した風に頷いた。

 しかしなるほど。だからエルフの里で宝玉を見せた時に、知らなそうな顔をしていたのだな。

 肝心な情報はリーフィアとレニアから聞けたから、なにも問題はない。


「これで残りはあと二つ、か。簡単に見つかってくれればいいんだけどな」

「ほかにありそうな所というと、ジパングから大洋を渡ったさらに東のオーファルダムくらいかしら?」

「ジパングは小さいしなー、さすがにない気がするぜ」


 頭の後ろで手を組み軽い口調でこぼすライア。

 地図を広げるソフィアとああでもないこうでもないと、宝玉の在り処を予想し始めた。


「お前さんたち、宝玉の予想もいいが、いまは目の前の宝箱の中身でも予想せぬか?」


 訊ねると、「そんなもん開ければすぐ分かんだろ」となんとも投げやりな言葉が返ってきた。ロクサリウムはしょんぼりさせられてばかりな記憶……。

 まあそうだな、と気を取り直し、わしは台座を囲むように四つ配置された宝箱を、一つずつ開けてみることにした。

 ちなみにこの宝箱も入口同様、魔法の鍵を必要とした。

 鍵を差し込むたびに箱が淡く輝く様子は、童心をくすぐるというか、なんだかわくわくさせられた。まるで絵本の主人公が、宝の山を見つけた時のような気持ちだ。


 そうして開けた四つの箱の中には、女王が言っていた通り武具が収められていた。親切なことに、蓋の裏に説明書きもされている。


 一つ目。『魔法剣ブランフェイム』

 白く透き通る両刃の片手剣。属性魔法を宿らせることが出来るようで、味方の放った単体魔法はもちろん、敵からのものも同じく単体魔法のみ受ける形で可能らしい。あまりにも高位な魔法や技はいずれも無理だから注意することと但し書きがされていた。一度宿したものは鞘に納めれば消えると書かれている。

 二つ目。『コメットブランチ』

 どこぞの樹の枝を切り取ってきたような自然体の杖。無数の小さな隕石を落とせるそうだ。小石程度のものから人の頭大くらいのものまで、個数は完全にランダム。故に威力もまばら。賢さのステータスに影響されるので、魔法職向けと一応書かれている。バカでも大きなものが降ってくることもあるから運に任せるのもアリ、と但し書き。

 三つ目。『アダマスの盾』

 超硬度を誇る魔金属で作られた、魔法ダメージを三分の一にカットする円盾。面積としては小さいが防御力は高く、さらに周囲に結界のような形で魔法のフィールドが張れるらしい。ただし過信は禁物と注意されている。

 四つ目。『王家の指輪』

 代々ロクサリウム王家に伝わる消費MPを半減させる指輪。青い炎と百合の花が模られた美しい指輪だ。王家の血を引く者にしかその効果は表れない。つまりクロエしか装着できないということだ。


 すべての確認を終えると、宝玉の在り処予想に勤しんでいた二人が、地べたに並べられた武具を見ながら言った。


「――この剣はとりあえずおっさんの装備だろ、んで杖はどっちだ? やっぱクロエか?」

「私はバトルマスターだから、もう杖は必要ないわ。けど、勇者様以外誰が使っても一定の効果があるのなら、誰が持っていてもいい気がするけど」

「そうだな。王家の指輪でクロエは消費MPが減るなら、杖に頼らなくてもいいような気もするし。いざって時のサブとしてあたしたちが持ってても――」

「ちょいと待たんかお前さんたち。さらっと流して話を進めるでない」


 聞き捨てならず話の腰を折ると、「なんだよ?」とまるで意味が分からないようなとぼけた顔をして見返してくる女子たち。


「わし以外って、暗にわしのことをバカだと言っているのか?」

「隠すことなく正直にそう言ってんだろ」

「ええ、可能な限り露出させたつもりでしたが」

「賢さに影響されるなら仕方ないよ」

「んなっ?!」


 隠されてないどころか、逆に曝け出していたとは……。それはそれでショックだな。

 というか、剣士職だってそこまで賢いクラスではないだろうに……。いや、わしよりもはるかに物を識っているとは思うが。

 それにしても、最近はクロエまでもが容赦なくなってきたな。ライアとソフィアに影響されているのではないか? 賑やかで楽しいは楽しいが……。


「まあでも、これは一度試しに使ってみる方がいいだろうな。誰が向いてるか」

「そうね。賢さならやっぱりクロエだろうけど、威力もどうなるか分からないし」

「なら、あと残ってるのは盾だね。やっぱり勇者さん?」

「だな、あたしらの盾だし」

「剣でもあるぞっ!?」


 汚名を返上するような心持で強く主張すると、女子たちは少しだけたじろいだ。いや、引いているのかもしれん。しかしわしは剣でもありたいのだ!

 このブランフェイムとやらなら、かっちょいい魔法剣士になれるはず! ラヴァブレードは火炎しか使えんが、ひと手間あるとはいえ、これなら多属性ということだろう。完璧ではないか!

 憧れの魔法剣士にわしはなる!


「さっそく剣なんて振りかざしてどうした?」

「うむ、ついにわしも魔法剣士になれると思ってな」

「勇者をやめるんですか?」

「兼業で頑張ろうと思う次第だ」

「中途半端が目に見えてるな」

「……そうだね」


 女子たちの呆れる視線が少々痛い。しかしわし挫けない!

 きっと立派な男になって、うはうはなハーレムを築いてみせるからな!


 それから。

 グリフォンの尾毛でリコルタ港へ急ぎ戻ったわしら。

 荷物を積み終えたヴァネッサから出航できる旨を聞き、皆で海賊船に乗り込んだ。


「しばらくこの大地ともお別れか。少し寂しい気もするな」


 わしは甲板からリコルタの港町を見下ろして呟く。

 海からの潮騒に流され、行き交う人々の喧騒がどこか遠くのことのように聞こえた。

 するとライアがポンと肩を叩いてくる。


「まあ仕方ないだろ、あたしらは旅してるんだからさ。目的はまだまだ先の話なんだぜ、いまからそんなことでどうする?」

「そうですわ。それに尾毛を使えばまたすぐに飛んで戻ってこられるのですから、そこまで感傷的になる必要はありません」


 確かに、ソフィアの言うことも最もだ。

 だが、ロクサリウム、イルヴァータと旅してきていろいろなことを経験した。それらを思い返してみると、なんというか……やはり感傷に浸ってしまう。

 尾毛を使えばすぐだと言っても、おいそれと戻って来られはしないだろう。

 ……だが、そうだな。寂しくなったら、またエルフの里に戻ってリーフィアとレニアをからかいに帰ってこよう。それに、わしのものであると定期的に宣言する必要があるだろう。先約はわしにあるのだとな!

 一人ぬふぬふ笑っていたら、ふいにシャンプーの良い香りが漂ってきた。

 匂いの元を目でたどると、


「次はジパングか、どんなところなんだろ」


 舷縁に体を預け、潮風になびく銀髪を押さえながらクロエが呟いた。

 実に絵になる。まるで有名画家の描いた絵画を切り取ったようだ。

 どうやらジパングには行ったことがないようだな。それはそうか、わしらと同じく港で足止めを食っていたのだから。

 見たことのない国に想いを馳せる一国の王女か。改めて考えると、一緒に旅をしているのが少し信じられないな。

 絵本の世界ではよくある話ではあるが。


「……そういえば。ずいぶんと食料なんかを調達していたが、ここからジパングまではどれくらいかかるのだ?」


 ふと疑問を口にすると、船尾楼から身を乗り出してヴァネッサが声をかけてきた。


「こっからだとまず運河を西に抜けて、ロクサリウムを南に下る。地図でいうところの黒塗りの大地ネウロガンドを大きく迂回して、航路を東に抜けようと思うから、早くてもそうだなー。途中港町で休息もしたいだろうし、立ち寄ったとしてもこの船なら十日くらいじゃないか?」

「十日、そんなにかかるのか?」

「なに言ってる、遅い船だと十五日以上かかるやつもあるんだ。うちの船は足が自慢だからね、そんじょそこらの船には出来ない芸当だよ」


 得意気に笑うたびに、ビキニに包まれたおぱーいがぷるぷると震える。

 揉み心地を想像し自然と手はわきわき――じゅるり、いかんよだれが……。

 しかし、……十日も海上で、女子たちと寝食を共にするのか……なにか、なにか……


「――間違いでも起きないものかなー!」

「おい、心の声がだだ漏れしてんぞ」

「はっ!? 紳士なわしとしたことが、これはいかんいかん」


 ぺしっと頭を叩いてみせると、「どこが紳士だよ変態め」と蔑視にも似たジト目を向けて悪態をついてくるライア。呆れるソフィアと、無言のまま少し頬を染めるクロエ。

 仲間たちとのいつものやり取りを見ていたヴァネッサは、腹を抱えて愉快気に笑った。

 まあ、皆とならなにも心配することはないな。逆に楽しみしかない!

 それに新しい武器も手に入ったのだ、勇者としてまた一歩前進したと言っていいだろう。

 シーサーペントが現れても、今度はわし一人でなんとかしてやるぞ!


「そろそろ行くぞ、出航だ!」


 威勢のいいヴァネッサの声に、船員である屈強な女子たちは皆「おおー!!」と声を上げて答える。

 バッ! とマストに帆が張られ、風を受けた海賊船はゆっくりと港を出た。

 わしは離れていくリコルタの町に背を向け、心の中でまた来ると別れを告げる。ダンディさはアピールできたと思う。願わくば、股を濡らした女子がわしを追いかけてきてくれんことを……。


「――ねえよ」ライアにばっさりと切り捨てられ、わしはがっくりと肩を落とした。

 でもわし、挫けない! 気を取り直すというスキルを身に着けたからな。

 次に目指すはジパングだ! 日出ずる国!

 かわいい女子との出会いを楽しみに、これからの海上生活を満喫しようと思う。

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