第143話 魔王城二階
階段を上りきり二階の床を踏むと、そこは東西へ通路が伸びる小部屋になっていた。
目の前には、雲間から神々しい光が差し地上を照らす大きな油絵が飾られている。とても魔王の趣味だとは思えん、これまた至って普通な城の装いだ。
しかし。踊り場を挟んで三階へ行けるものと思っていたが、そこは認識が甘かったらしい。
「階段は別の場所か……」
「構造的には見なくもねえし、そこは別にいいんじゃねえのか? 面倒くさくはあるけどよ」
「それよりも、魔物の気配がほとんどないことを気にした方がいいのでは?」
「たしかに、大魔王の城なのに危機感足りてないよね」
「ヨユーかましてんじゃないの? 今ごろ玉座で正座してたりしてね」
「正座?」
頭上に『?』を浮かべながらわしが楓を見ると、信じられないとでも言いたげに目を瞠る。
「オジサン知らないの正座? ってか、パンツ泥棒した時地下牢でしてなかったっけ?」
「いや、正座自体は知っておるが。それよりもだな、余裕をかまして玉座で正座はせんだろう」
「あれ、正座じゃなかった? なんて言うんだっけこういう時」
「余裕をかましているのであれば胡坐とかではないか?」
「どっちにしても玉座でするものではありませんわね……」
「む、……たしかに。ではふんぞり返っているにしておこう」
楓と頷き合い、そういうことにしたところで小部屋を出る。
決戦間近だというのに随分和んでしまったが、それも魔物が出てこないのが悪い。緊張感が薄れる。まあ悪いことではないがな。
とりあえず西側の廊下に出てみると、またも蝋燭の明かりが等間隔で灯されている。
近くに部屋の扉を見つけたので中へ入ってみると、整理整頓の行き届いた大部屋だった。掃除がされているのか、目立つようなゴミもない。
「掃除する者でもいるのだろうか?」
「そういや一階の部屋も妙に小奇麗だったよな」
言われてみればそうだと不思議に思いながらも、なにかないかと皆で手分けをして部屋を物色する。
壁掛けの時計、絵画、高そうな壺、天蓋付きのベッド、サイドチェスト、クローゼット。怪しいところを片っ端から調べていると、黒檀の机の引き出しを漁っていたクロエが声を上げた。
「――あ、マップが入ってたよ、しかも三枚」
どうやら目ぼしいものはそれくらいなようだ。
クロエの元に集まり、構造を確認する。二階から四階までのマップのようで、二階は大部屋が二、小部屋が三ヵ所あるようだ。
ちなみに階段は南東の端、西側の通路の行き止まりにある。南廊下の途中に小部屋が二つ。残りの部屋は東側から出ないと行けないようになっている。
「マップを手に入れた以上、他になにかあるとも思えんが。どうする?」
「あたしはなにもない方に賭けるぜ」
「私は念のため確認した方がいいと思いますけど」
「わたしも同感かな」
「アタシは見なくていい方だね」
「ここまで2:2か。ベルファールはどうだ?」
「私はどっちでもいい」
とか言いつつ、腕を組み梃子でも動かなそうな雰囲気を醸している。
「意外と優柔不断なのだな……。ならばわしがソフィア、クロエと見てくる故、三人は階段で待っていてくれ」
「わかった。こっち側の小部屋は調べといてやるよ」
「んじゃ気を付けてねー」
「お前さんたちもな」
そうして二手に分かれた後、わしらは階段のある小部屋に戻って東側の通路へ行く。
西側と違い、東側はまず廊下の角を曲がってすぐにある小部屋が最初の部屋だ。瓢箪のように真ん中がくびれた長方形みたいな形をしている。
中には絵画や陶磁器、装飾過多な刀剣に甲冑などの美術品の数々が所狭しと保管されていたため、どうやら物置らしいことが窺える。
大して役に立ちそうにない物ばかりで流し見ていると、部屋の奥。サイドボードの真ん中に、何かを差し込むらしき穴を発見した。
「これは見るからに怪しいな……」
「ええ。ですが差し込めるような物なんて何も持っていないですし」
「とりあえず大部屋の方を見に行こうよ、そっちに何かあるかも?」
「よし、では行ってみるか」
ひとまず物置を出て、廊下の突き当たり近くにある扉から大部屋へ入った。
内装等々、西側とほぼ変わらないがただ一つ違う点が。こちらには金色の甲冑が部屋の真ん中に安置されていたのだ。
剣を胸元で立てて構える騎士然とした在りようで、いかにもこれ見よがしで怪しい。
「これは動くタイプだと予想するが、お前さんたちはどう思う?」
「私も同感ですわ。動かれる前に叩くのが手っ取り早くていいかと思いますけど」
「それだと魔物も立つ瀬がなさそうな気がするけど……。せっかくジッと待ってるんだし、動いてからでも遅くないと思うよ」
「クロエは思い遣りの精神に溢れているな。あのような魔物にも優しいとは」
「まだ動くと決まっているわけではないとはいえ。クロエはいい子ね」
「なんかバカにされてる気がするんだけど……」
「違う違う、これは感心だ。ならばこそ、わしがさっそくあやつを動かしに行ってこようと思うぞ」
剣を抜き、わしは意気揚々として鎧へ近づく。
そして、少し見上げる形で声をかけた。
「ほれ、クロエの温情に免じて近づいてやったんだ。早いところ動いたらどうだ?」
しかし返事がない。屍ではないと思うが、返事はなかった。
予想が外れたのかと、首を傾げながら仲間に振り返ろうとした矢先――カシャッという音とともに剣が振り上げられる気配を感じたわしは、咄嗟に盾で身を守る。
直後振り下ろされた剣を盾で弾くと、その衝撃で魔物の剣は木っ端微塵に砕け散った。
「わはは! やはりか木偶人形め。しかし残念だったな、世界最高硬度の最強の盾の前では、そのようなナマクラで歯が立つわけがないのだ! ――どりゃっ!」
わしはせめてもの情けと、最強の剣アールヴェルクを振るい金ぴか鎧を一撃のもとに両断した。まるでバターでも割くような滑らかさが気持ち良い。
魔物は光の粒子となって消え、後には金塊と、歯車のようなヘッドのついた細長い棒状の鍵らしきものが残された。
「これって、あの物置のサイドボードに差し込むやつじゃない?」
「たぶん間違いなさそうね。戻りましょう」
大部屋を出たわしらは手前の小部屋へと戻る。
道中、わしはマップを眺めながら一人考えていた。これだけ広いのにずいぶんと無駄な使い方をしているなと。
西側の大部屋、小部屋二つを順路で結ぶと足の長いL字型の上に並んでいる。東は廊下の角を折れ小部屋、そして真下に大部屋がありI字型をしている。
そのため、階段のある小部屋の南のスペースが大きく空白なのだ。いわゆるデッドスペースというやつだろう。
他人の趣味にとやかく言うつもりはないが、もったいない。
そうして小部屋へと戻ってきたわしらは、奥のサイドボード前へ。手に入れた鍵を穴へ差し込んでみたところ、中でカチャカチャと機械的な音が聞こえてきた。
それからしばらく待てども何も変わらず、試しに引き抜こうとしてみたが抜くことも叶わず。
「あれ、変化がないようだが?」
「勇者様、鍵なんですから捻らないと開くものも開きませんよ?」
「む、そうか、たしかにな。差し込んで終わりだと思っていた、すまんすまん」
ふははと笑ってごまかしながら鍵を捻る。と、ガコンと大きな歯車が噛み合わさり回るような音と鎖の音がし始めた。
そして部屋に飾られていた甲冑の後ろの壁が奥へ凹むと、天井へと釣り上げられていく。なんと隠し部屋へと繋がっていたのだ。
「こんなカラクリがあったとは……。疑問に思っていたのだ、さすがにデッドスペースが広すぎるとな」
「たしかに言われてみればそうですわね」
ソフィアが鎧を脇に除けながら同意を口にする。そして隠し部屋の中を覗くと「真っ暗だわ」とこちらを振り返った。
クロエが一つ頷いて、光源魔法のトーチライトを中へ放り込んだ。
わしを先頭に部屋の中へ入っていく。そこでわしは目を瞠った。
「なんという数だ……」
まだ入口付近しか照らされていないため全貌は不確かだが、黄金の甲冑がそこら中に置かれていたのだ。まるで戦闘訓練中だとでも言わんばかりに向かい合い、各々躍動感溢れるポーズをしている。武器も剣のみならず槍、斧、弓、ボウガンと様々だ。
「照らされている範囲だけでも、二十以上はいるな」
「クロエ、もっと照らせる?」
「まかせて。天井に大きなやつ投げるよ」
いままでは暗い洞窟や通路なんかを小さな明かりで照らしていたため、それが最大の大きさだと思っていたが。どうやら光の大きさは自在に変えられるらしい。
光量に目が眩むほど光球を成長させたクロエは、部屋の中央だろう天井目掛けてそれを投げた。
部屋全体に光が行き渡り、その全貌をわしらに知らしめる。
ところどころに建つ天井を支える太い柱。大理石の床の上、部屋中を所狭しと埋め尽くすように配置されていた金の甲冑は三百は下らないだろう。
部屋の奥には東側に折れ曲がる通路が続いているようだ。
「雑魚とはいえ、この数をいちいち相手にするのは面倒くさいな」
「私が囮で部屋の中を駆け回り、魔物を動かして通路側へ誘導します。そこでまとめて処理するというのは?」
「うん、わたしもそれが手っ取り早くていいと思う」
「じゃあクロエは勇者様と壁伝いに通路の方へ。動いたやつは適宜処理して」
「わかった」
わしらが頷くと、ソフィアはさっそく部屋を端から端へと移動し、魔物を引き付ける。
彼女がジグザグに動いている間に、わしとクロエは最短距離で移動。動き始めた端っこの魔物を処理しながら、たどり着いた通路の中ほどでソフィアを待つ。
地鳴りがするほどの魔物の行軍。背後からの攻撃を華麗に避けながら、移動速度を上げたソフィアが通路へと滑り込んだ。
ギラギラと光を反射しながらドドドドッと迫りくる目に優しくない鎧の魔物へ向けて、わしは先攻で「ワルドストラッシュ」を放つ。クロエは氷弾を無数に乱射する魔法「フロルヴァリス」、ソフィアは螺旋に渦巻く闘気を放出する「武王螺旋衝」を放った。
当然ながら魔物どもがこれらの攻撃に耐えられるはずもなく、次々に消滅していく。一切余すことなく倒しきった後には、大量の金塊が残る。
「――うははは! まさかこんなところでお金儲けが出来るとはなっ」
わしはうきうきで道具袋へ金塊を収めていく。テンションが高いのは訳あってのこと。夢のハーレム、ワルド城建設の資金に充てられるのだから、高揚しない方が嘘だろう。
……と、そこでふと「ちょっと待てよ」と思い至る。
これはつまり、パーティーで得たお金であるために山分けなのでは、と。
「……いや、まあそうだとしてもだ。カジノの元手くらいにはなるだろう」
城の建設にいくらかかるのか分からんが、少なくともグランフィード城くらいにはしたいな。アルノーム城では小さすぎる。好みの女子を集めてのハーレムなのだから、それは大きい方がいいだろうしな。風呂なんかも大きくしちゃったりなんかして! もちろんベッドもだぞ!!
いやはや妄想は止まらんがそろそろ止めておこう。ここは大魔王の城なのだから。
最後の金塊を収めてから通路を奥へと進んでいくと、行き止まりの壁にレバーが設置されていた。
レバーを下げてみると、先ほどと同様。壁が向こう側へと凹み天井へと釣り上げられていく。蝋燭の明かりが見えることから、廊下と繋がったようだ。
外へ出てみると――
「お、ようやく戻ってきやがったか」
「なんかすごい音してたけど、中でなにかやってたのー?」
ライアと楓がこちらへ駆け寄ってきた。
どうやら東と西の廊下はあの部屋で繋がっていたらしいな。しかも目の前には螺旋階段。わざわざ戻るという手間が省けて助かる。
わしは東側で起こった出来事を簡潔に説明した。
「――へえー、隠し部屋の中でそんなことがあったのか。けど結局雑魚なら数いても経験値的にありがたくはねえな」
「でもお金になるから、そこだけはよかったかもねー。あ、そうそう。アタシたちの方の部屋は何もなかったよ、って報告しとくね」
聞けばゲストルームみたいな部屋だったらしく、目立ったものは何もなかったそうだ。
「そうか、報告助かる。それと、金塊はすべて片付いたら皆で山分けだな」
なにに使おうかと楽しみにする女子たちの声を背に、そうしてわしらは階段を上る。戦闘らしい戦闘はいまのところなにもない。
なんというか、大魔王の城のくせにやる気なさすぎんか?
楽にたどり着けるならそれに越したことはないと思うが、果たして――。
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