第149話 魔王城地下四階

 地下、四階。

 三階へ下りる時に感じた、『雑魚の強さがただ増しただけの不穏な空気』とはまるで異次元の悪寒が肌を這った。いや、異次元は言い過ぎたな。だが、てんでレベルが違い過ぎる、明らかに今までの雑魚の気配ではない。わしの天パもよくゴワついておる。

 それと同時に確信した、このフロアにはボスがいるのだと。

 階段の途中からライアは言葉少なになり、ベルファールに至っては魔剣を気にするどころか、その魔剣自体が憤るように炎をボフボフと噴き上げている。

 地下四階へ下りると、二人は揃って気配のする方へと厳しく目を眇めた。

 愛い顔が台無しだなんて言葉もかけられないくらいに、ピリッと空気が張り詰めている。

 松明が奥へと導く視線の先。ただただ一直線に伸びる通路には、十字路になっているところが二カ所確認できる。奥の方の様子はここからでは視認できないが、強い気配は間違いなく最奥から感じられた。


「わしの勘違いならすまんが……お前さんたちが揃って気にしているということは、つまりそういうことなのか? あの時たしかに倒したはずだが」

「だと思うけど、似て異なってる感覚なんだよな。別人とも言い切れない感じっつうかさ、上手く言えねえけど。ベルファールはどう見る?」

「行けば自ずと解ることだが。気配もヤツと酷似している上、クリムゾンラウヘルがこれほど反応を示すということは関係なくはないだろう」

「とにかく、ここは進んでみるしかないようですね」


 ソフィアに頷きつつ、油断せずに先を行くことに。

 まず最初の十字路を東西と眺めてみると、奥まで見通せる長い通路の奥に、どちらも扉が設えられているのが確認できた。二つ目の十字路もまた同じだ。

 一先ずは奥の様子を確認すべくさらに進んでいくと――なにやら四分割された装飾枠に四属性の紋章が刻まれた扉が道を塞いでいた。

 押しても叩いてもビクともしないということで、あの十字路の先の扉に仕掛けがあるのだろうと察する。


「今回は順番とか関係なさそうだね」

「んじゃ片っ端から調べていこうよ」


 うむと頷き、手前の十字路まで戻ったわしらは向かって右、つまりは西側の通路を行く。

 しばらく歩いてみて気づいたことだが、通路には魔物が出ないらしい。ボスの気に中てられて臆しているのだろうか。楽で良いとは思うが、少々寂しいものだな。

 通路の突き当りまでやってくると、頑丈そうな鉄扉がわしらを迎える。扉に刻まれた紋章は『火』だ。

 しかしこの扉にも取っ手らしきものが見当たらず、押してみても動かなかった。

 試しに赤色の結晶を出すと、扉全体が淡く輝きだし独りでに開かれる。


「……なるほど、そういう仕掛け扉か」


 わしは呟きながら中へ入る。なんとはなしに入ったものの、目の前に広がる光景に目を瞠ると同時、感じた熱波とうだるような暑さに足は急に止まった。


「うわっ。おいおっさん、いきなり止まるなよ」

「わわっ、あまり押すでない! わしが死んでしまう!」

「どういうことですか?」


 ライアにぶつかられ危うく前方にダイブしかけたがなんとか踏みとどまる。

 後続のソフィアが覗き込み、部屋の様子を確認したのだろう。「あっ」という声を漏らし、軽く息を呑んだ。


「これは、またすごい溶岩の海だね……」

「真ん中に孤島あるけどさー、遠すぎだしさすがにコレはヤバくない?」


 クロエと楓もその光景を見、そろって嘆息する。

 そう、火の部屋は、入口を入って数メートルの足場を残して、ほぼ溶岩の海だったのだ。楓が言った通り中央に陸の孤島があり、台座が一つ置かれている。おそらくは赤の結晶を嵌めるのだろうが……。


「クロエよ、浮遊魔法は使えるか?」

「ううん、試しにいまさっき使ってみたけど、見事に掻き消えたよ」

「ここでも魔法は使えねえのか……ってことは他の部屋当たってみるしかねえようだな」

「なら次は水の部屋を見てみましょう」


 というわけで、来た道を戻りそのまま直進する。

 東の部屋は『水』の紋章が刻まれた扉だ。開けて中に入ると、今度は水浸しの地面の中央に台座があり、その周囲は広範囲に渡って巨大な岩盤を嵌め込んだような石床になっていた。


「……明らかに怪しすぎるな、あの地面は」

「火の部屋がアレでしたから、迂闊に近づくのは危険ですね」

「なら試してみよっか!」


 そう言って楓が取り出したのは、久しぶりに見た手裏剣だ。

 三枚ほどを石床に向けて投げつけると、水の抵抗を感じさせることなく見事に突き刺さる。――その時、地鳴りがしたかと思ったら、天井から勢いよくズドン! と岩が落ちてきた。余りの勢いにザバッと波が立つ。

 地面に嵌め込まれた岩と見事一致する大きさの岩石は、数秒後、何事もなかったように天井へと帰っていった。


「……普通に踏んでいたら今ごろ潰されていたというわけか……なんちゅう罠だ」

「ここも後回しの方がいいみたいだね。最初の十字路に行ってみよう」


 そしてわしらは最初の分岐へ。

 今度は東側から見ることにして奥へ進んでいくと、突き当たった扉には『風』の紋章が刻まれていた。

 中へ入ってみると、ところどころ空いた岩壁の穴から強烈な風が吹き込む謎の空間だった。突風をなんとなく目で辿っていくと、中央の台座への経路のようにも見える。

 地面が抜けているようなこともなく、仕掛けらしきものは風だけのようだが……。


「一先ずはもう一方を見に行ってみるか」


 いったん部屋を出、道を戻って直進する。西側は言うまでもなく最後の属性『土』の紋章だ。

 部屋へ入り、わしはまたも驚愕した。入口すぐの足場以外、岩壁も地面も頑丈そうな石筍が剣山のように覆っていたのだ。高さはほぼ天井まで。壁に至ってはどこからか吹き込む風によって壁際に流される仕掛けのようで、もちろん当たればダメージは免れない。

 ものは試しと石筍にワルドストラッシュを放ってみたが、やはりこういった仕掛けは破壊出来ないようだ。


「なんとも悪質な……」

「台座周りまで囲まれてるんじゃ近づけねえな。解除するならやっぱ風からか?」

「そうみたいね、戻るしかなさそうだわ」


 七面倒くさいが仕方ない。

 わしらはまた東側に戻って風の部屋へと入る。


「しかしあの風の勢いで壁まで流されたら、とんでもない速度でぶつかることになるな。して誰が行くのだ?」


 問うたわしに返事することなく、皆が皆目配せをよこしてきおった。とどのつまりは、わしが行けと言うことだ。


「わしか?」

「勇者さんならその盾あるし」

「だねー。それにオジサン丸いしさー、いい感じにダメージも和らぐんじゃない?」

「どんな理屈なのだそれは……。しかしまあ、わしが行くのが一番理にかなっているだろうな」


 なにせドワーフ王が鍛え上げた最強の盾、金剛魔盾セヴェルグだからな! その上で女神に祝福され真価を得たのだから、無傷で渡れることが約束されているようなものだ。

 わしは意気揚々と一番手前の穴の前まで歩いていく。


「では行ってくるぞ。お前さんたちはそこで待っておれ」


 気をつけてな、といった女子たちの声を背に、わしは思い切って風に飛び込んだ。と、「――どわぁあああああ!」思いのほか風の勢いが強く、あっという間に右端まで吹っ飛ばされる。挙句、壁に顔面を打ち付け、「ぶべっ」と潰れたカエルのような声を上げてしまった。


「おい大丈夫かよおっさん」

「……くぅううう、なんのこれしき……この程度の、痛みで泣くようなわしではないぞっ」

「いや勇者様は泣いてますよ、それに鼻血も出てますし……」

「これは感動で鼻がむせび泣いておるのだ、血ではない」

「結局泣いてんじゃん。てかオジサンさ、盾構えなきゃ」

「あまりに勢い付きすぎて構えられんかった……」

「わぁ……痛そう……待ってて、いま回復するから」

「かたじけないっ」


 クロエに回復魔法を飛ばしてもらい、見事に復活。鼻血も問題なく止まり、涙も引いた。しかし焦った、まさか盾を構える暇がないほどとは。

 だが今度は上手くやるぞ。最初から進行方向に向けておけば良いのだからな。

 今度こそ、と意気込み、左右に一つずつ空いていた壁の穴の右手側の風に飛び込む。左側は明らかに元の場所に戻されるだろうという判断だったのだが……。

 結果は逆だ。右手側が罠で、途中で強く風の噴き出す部分で方向が急に変わり、その後三度折れて最初の足場へと戻された。盾は構えられたため、壁に激突してもダメージはない。


「なかなか難儀だな……」

「なるほどそういうことねー」

「楓よ、なにか解ったのか?」

「あの穴から出る風の強さ聞き分けてたんだけど、たぶん三回の移動で行けそうかなって」

「お前さんの耳はすごいな」

「まあ忍者だし」


 ということで、さっそく楓に指示を頼み移動を再開する。

 足場からまた東の壁際へ移動した後、今度はちゃんと左手側の風に飛び込む。すると入口の足場へ戻る手前で右へ折れ、今度は東側から吹く風によって西側の壁まで飛ばされた。


「次はどの穴からの風に入ればよいのだ?」

「オジサンが東向いた時に左手の方にある穴だよ」

「よしきた」


 言われた通り左手側の穴から吹く風に入る。また東の壁際まで飛ばされるかと思いきや、また途中で右に折れ、なぜか安全地帯のような地面で止まる。

 周囲を見渡してみると、安全地帯の枠外にある壁の穴は四つ。楓の言う通りならば次で最後のはずだ。

 わしは楓を見た。


「最後は、オジサンが北向いた時に右手側から流れてる風ねー。そのまま足踏み出せば大丈夫」


 言われた通りの風に飛び込むと、そこから四度折れ曲がったことで真ん中の台座のある安全地帯にようやく到達できた。

 ここも風がない、不思議だ。

 とまあそんなことを気にしていても時間の無駄だな。わしは緑の結晶を台座に嵌め込む。すると、吹き荒れていた風がピタリと止んだ。

 同時に、バガーン! といった大きな物音が遠くで響き渡る。どこかで何かが壊れたようだ。


「たぶん土の部屋じゃねえか? 行ってみようぜ」


 わしらは足早に道を戻り、土の部屋を開ける。そこには石筍が見事に砕け散り、辺り一面に散らばっている光景が広がっていた。

 おかげで中央まで難なく移動することが出来、無事に黄色の結晶を台座へ置けた。すると今度は地鳴りがし、それはしばらくしてから収まった。


「順当なら次は水ですね、行きましょう」


 二つ目の十字路を右へ折れ、水の部屋の扉を開けた。

 辺り一面に池のように広がっていた水はすべてなくなり、天井から降ってきたあの岩が今度は地面に嵌っているようだ。おそらく最初に地面にあったものが地中に引っ込み、水を引かせ、天井の岩が地面を塞いだのだろうな。

 ここも問題なく中央の台座へ青の結晶を置くことが出来た。

 次は何が起こるのかと思っていると――、最後の溶岩部屋からジュウジュウと肉を焼くような音が聞こえてくる。

 水の次が火ということは、なんとなく想像がつく。

 急ぎ火の部屋まで戻り確認すると、どこからか流れ出た水が溶岩を冷やし、ゴツゴツした黒い地面と化していたのだ。

 煙る部屋の中。ぼんやりと浮かぶ台座まで歩いて行き、最後の赤色の結晶を嵌め込んだ。

 おそらくこれであの扉が開くはずと、わしらは急いで最奥の扉まで戻る。

 四分割された装飾枠に刻まれた紋章が各属性色に輝き、開けられるその時を待っているようだった。


「念のため結界晶石を使い、ここで休んでおくか? 未使用だから三回分あるはずだが」

「わりと消耗してるしな、そうした方がよさそうだ」

「万全は期すべきだね」


 仲間たちからの賛成を得、結界晶石を地面に置いた。

 石から天井へ向かって伸びた光が、まるで傘のように開きやがてヴェールのように半球状のドームを形成する。

 全快するのにさほど時間もかからず、いったん役目を終えた石は静かに結界を閉じた。

 わしは扉に手を添えて、「――では、行くか」呟きながら押し開ける。



 中は広い大部屋になっていた。

 かがり火以外特に飾り気のない空間は、全体的に暗い印象だ。その主だった理由としては、全体が炎で燻されたような黒い岩肌だろう。しかし驚くほど滑らかで、ところどころがまるで黒曜石のように艶めいている。

 そんな黒と橙赤の世界に、ただぽつねんと佇んでいる鎧がいた。

 深青色の甲冑は見たことのある形状をし、蒼い炎に包まれた長剣を下げてこちらをただ見据えている。


「やはりというか案の定というか……そもそもあれはイグニスベインか?」

「鎧は一緒みたいだが色が違うしな。剣もぜんぜん形が違えし……」

「けど、イグニスベインよりも強いことは間違いなさそうね」

「うん、魔力量も数段上に感じるよ」

「ま、アタシらも相当成長してるし、あの火柱使われても今度は対処出来そうだけどねー」


 たしかにそれは言えている。炎帝よりもこやつが強かろうが、わしらも強くなっているからそこの問題はなさそうだが……。

 そんなことよりも気になることが一つ。

 部屋に入ってからというもの、ボフンボフンとより激しく炎を噴き上げるクリムゾンラウヘル。ベルファールは騎士鎧を見、その得物も似たような反応を示しているのを認め呟いた。


「互いに呼び合い、共振する、か……。フッ、なるほど……」軽々と大剣を構え、グッと姿勢を低くしたベルファール。ニッと不敵に笑むと「――よこせ、貴様の剣を……ッ」強く地を蹴り一気に魔物との距離を詰めて斬りかかった。

 騎士鎧は咄嗟に剣を振り上げ大剣を易々と受け止める。刃が接触した瞬間、蒼と赤の炎が弾け飛び爆風を起こす。

 剣戟の度にそんな状態なため、こちらは迂闊に飛び込めもしない。

 それにしても、なびく銀髪が綺麗だなー。見惚れている場合ではないが。


「しかしあの剣をよこせとはどういう意味なのだろうな?」

「さあな、二刀流にでもしたいんじゃねえのか?」


 どこかつまらなさそうにライア。見れば刀を抜き焦れるように闘気を纏った。

 まあ、別人ではあろうが因縁の相手ではあるからな、その気持ち解らなくもないが。

 結局痺れを切らしたのか、ライアはその場で跳躍し「――ベルファール、避けろッ!」刀を振り上げながら注意を促し、彼女が退避すると同時に奥義・刃雨大瀑を放つ。

 絶技を撃たなかったのは小手調べのつもりなのだろう。炎帝はこれで倒せたわけだが……。

 しかし騎士鎧には効果が薄いらしい。幾百の闘気の刃に襲われているにも関わらず、巧みな剣さばきで平然と薙ぎ払い続けていた。たしかにダメージは入っているはずだが、目に見えるほどのものは負わせられていない。

 へえ、と感心しながら着地したライアの元へ、ベルファールは無言で近づいていき告げた。


「邪魔をするな」

「別にしてねえよ、つうかなんで一人で戦ってんだよ」

「私にはこの手でヤツを屠らなければならない理由があるからだ」

「――二人とも、来るわよ!」


 口論する二人に気を取られていて気づかなかった。ソフィアの声に慌てて目を向けた先で、騎士鎧がイグニスベインが使っていたクロスバーンを放ったことに。

 十字型の蒼炎が迫りくる。二人は舌打ちしながら散開し、残されたわしは盾で防御結界を張って凌いだ。この程度の火力ならばまったく問題はない。

 その隙に、クロエはレジスト魔法『エレメンタル・ディグレース』を唱える。

 騎士鎧はまるで礼を欠いたとでもいうように、胸の前で剣を立ててから再び構えに入った。

「騎士道のつもりか、ガラクタのくせに生意気な――」そう吐き捨てるベルファールの背にわしは訊ねる。


「さきほど、ベルファールの手で倒さなければならない理由があると言っていたが、どういう意味なのだ?」

「……ヤツが持っている魔剣とこの魔炎剣は、同一のものだ」

「同一? たしかに火炎を噴く点では一致していると思うが」

「同一ってより、そいつはハイエルフが作ったみたいな兄弟剣じゃねえのか?」


 ライアが問うと、ベルファールは「いや、」と小さく首を振る。


「聖剣ヴェルティーユ、魔剣レギスベリオンとはわけが違う。打ち合ってみて解った、あれは正真正銘クリムゾンラウヘルだ。理由は定かじゃないが、何らかの要因で二つに分かれた。その抜け殻をイグニスベインが扱いやすいように作り変え形骸化したのがこの魔炎剣だろう」

「抜け殻? ということはあの魔物が持っているのが本体なの?」


 ソフィアの言葉を「それは違う」と弱く否定しながらも、彼女は続けた。


「たしかにこちらにわずかな力を残して分かれ、メインとして残った方ではある。だがあの剣自体には本来持つ核になる魔力の部分がない」

「それなのに火炎を扱えてるのはどういうこと?」

「あの鎧の中身がその核になっているからだ」

「つまり、あの鎧と剣が一心同体みたいになっちゃってるってわけ?」

「そういうことだ」


 なんとも小難しい話に聞こえたのだが、楓の一言でなんとなく理解はした。そんなところで、騎士鎧が駆け出しこちらへと猛進してくる。思いのほか足が速い。

 今度は自分の番だと勇み飛び出したライアが刀で鋭く斬り付けた。それをなんなく長剣でさばき、体勢を崩したライアの背中を強く蹴り飛ばした騎士鎧。着地と同時に地を蹴った魔物が体を向けた先は、ベルファールだった。


「やはり片割れを求めるか……だが残念だな。貴様の願いは届かん――ヴォーパルアルカリスッ!!」


 大剣を振り下ろし、極大の魔力を放出する。MP消費量によって威力を調整できるらしい暗黒魔法の禁術の一つだ。

 魔炎剣の炎を纏わせなかったのは、相手が相手だからだろう。

 魔物は瞬時に剣を立て、蒼炎の火柱を上げて防御に入った。相殺しきれないのか、徐々に押され始める騎士鎧。大地を滑り、やがて吹っ飛ばされた魔物は魔力とともに壁に激突、大爆発に巻き込まれた。


「……やったか?」

「いや、まだだな」


 わしの問いかけをすぐさま否定するベルファール。しかしその表情に焦りは見えない。


「しかし、あの鎧がイグニスベインと瓜二つなのはどういうことなのだろうな? あやつには兄弟がいたのか?」

「私の推測でしかないが。イグニスベインが本来の魔剣を扱いきれず、どうにかしようとした時に剣が分かれ、同時にコピーが作られたと考えるのが妥当なところだろう。核のほぼ全てがあちらにあることを踏まえ、魔王がここの番犬にでも据え置いたといったところか」

「なるほどな。なんとなくまとめると、ベルファールはあの剣を奪って魔剣を本来の姿に戻した上で、あいつを叩き切って魔力も戻したいと、そういう算段なわけか」


 ベルファールの無言の頷きに、ため息を漏らしたのはライアだった。


「ったくよ、そうならそうと早く言えよ、無駄な口論するとこだったろ」

「手伝え」

「あ? 相変わらず偉そうだなお前」

「年齢的には敬って然るべきだろう」

「んなもん種族違うんだから無効だ無効、人間と妖精族一緒にすんな」

「分かった分かった、一先ずは言葉の矛を収めよ。いま矛先を向けるべきはあの魔物だ」


 互いに睨みを利かしていた視線を転じ、騎士鎧に目を向けた二人。

 先の攻撃で文字通り火をつけたのだろう。深青色の鎧は黒い炎に包まれ、兜の中から不気味な赤い目が覗いている。


「しゃーねえ……いまはあいつをどうにかしねえとな。んで、どうすんだよ?」

「この剣ではヤツの鎧を断つことは出来ない、そこはお前に任せる」

「つまり腕をぶった切ればいいんだな、任せろ」

「とにかく魔物の手から剣さえ奪えばいいってことね」

「わたしたちの連携、見せてあげようよ」

「サポートならお任せー」

「わしも頑張っちゃうからな!」


 というわけで散開した。が、やはり魔物はベルファールしか眼中にないようだ。

 下げていた剣に炎を集中させると、予備動作もなくいきなり斬り上げ斬り下ろしの二段攻撃で剣閃を飛ばし、自身は間髪入れずに突進する。

 一つ目の剣閃を左手に集束させた魔力で消し飛ばしたベルファールは、二つ目を斬り上げながら跳躍し「サディスティックメルギス」を唱えた。魔力によって生み出された無数の小さな竜たちは、騎士鎧目掛けて襲い掛かる。

 足を止めることなく、迫る竜を次々に斬り捨てた魔物は地を蹴った。


「――多少セーブしたとはいえアレを消すか。片割れとはいえさすがは魔剣と言ったところだな」


 されど余裕の笑みを浮かべたベルファールは、空中で斬り付けてきた魔物の剣を受け止める。またも爆発とともに赤と蒼の炎が吹き荒れた。

 宙に炎の軌跡を描きながら互いに弾き飛ばされ、同時に地面へ着地する。


 再び駆け出そうとした魔物の機先を制し動いたソフィア。瞬時に拳へ螺旋の闘気を纏わせ、間合いを詰めて鎧の腹部へ「武王螺旋衝」を叩き込む。

 ガガガガッ! と強烈な音をさせながら一歩二歩と退かせるも、突如全身から噴き上がった黒炎がそれ以上のダメージを拒んだ。

 拳を振り抜くことなく、炎に巻かれる前に引いたソフィアは距離を取る。

 間隙を突くように飛び出したライアは端から腕を狙いに行く。刀身に気を纏わせ「氷雨寒月」を繰り出すも、目的を察してかことごとく捌かれていく。

 この技は対象に斬り付けられなければ無数の斬撃が生まれない、これでは腕を落とせない。ひたすら続いていた激しい剣戟は、弾かれた際に距離を取ったライアの「紫光黎明」により終わる。苛立つように放たれた極大のオーラは、しかし騎士鎧に到達する前に消し飛んだ。


「やっぱり使ってきやがったか……」


 長剣を地面に突き刺した魔物が、炎帝が使用していた「ブレイジングピラー」の火柱を無数に立ち上らせたからだ。

 蒼の中に燻ぶる黒。不気味なことこの上ない。


「とにかくあれは処理しないとマズそうだね」

「アタシたちで潰してこー」

「わしも手伝おう」


 とはいうものの、騎士鎧から意識を外すのはそれはそれでマズいだろう。

 火柱を上げたということは、炎帝の奥義を使用してくる可能性が高いということだからな。今までの戦闘を見ている限り、倒しては本末転倒とセーブして戦ってはいるが、それでも実力はそれなりに拮抗していそうだし。あの技をまともに受け止められるのはこの盾くらいだからな。

 クロエと楓が上位の魔法、術で柱を破壊している最中も、わしは適度にギガルデインを落としつつ意識は鎧に向けていた。

 イグニスベインの時とは違い、最上位のクラスになっているからか。容易くではないものの、わしらの攻撃で確実に火柱は本数を減らしていく。しかしあの時よりも数が多い、数えるのが億劫になるほどに。面倒と思いながらも次の柱にギガルデインを落とした。

 折しも騎士鎧は、それを阻むかのように猛火を剣に纏わせる。竜巻のように逆巻く蒼炎。膨大な魔力を剣に漲らせ、ゆっくりと振り上げた。

 魔剣そのものと言っていい存在から放たれるあの技の威力は如何ほどか、現状盾を試すにはこれ以上ない相手といえよう。

 熱波を避けるため、皆がわしの後ろまで退避する。


「――やはり例の技が来たな。アレはわしに任せよ、後のことはよろしく頼む」

「頼りにしてるからな、おっさん」

「ふん、仕方がないから今回は私も頼ってやる……」


 珍しくベルファールからも頼りにされた。皆を守るため、そして彼女の剣のため。最強の盾としてわしは脅威に立ちはだかろう。この先には、大魔王もいることだしな。

 静かに魔法障壁を展開したわしに向け、騎士鎧は無情にも剣を振り下ろした。

 とてつもない熱量の炎が火柱を巻き込みながら迫りくる。まるでそれらを取り込むようにに火勢と威力を増している気がし、間違いなく速度を上げながらわしらを飲み込んだ。

 半球状の障壁がうねる。耐え切れなさそうな気配はないが――突然、炎の向こうで「オォオオオオオオオッ!!」と雄叫びのようなものを上げた魔物。

 その時、もう一つ大きな魔力が発生するのを感じた。

 蒼い炎の向こう側、天井付近で肥大する禍々しい黒炎。


「あちゃー、アレはけっこうマズそうな感じ? どうオジサン?」

「どうかと聞かれても判らんが、恐らく大丈夫だと思うぞ。そんなことより、お前さんたちはあやつの剣をどうにか奪うことに集中するのだ。それに、わしの盾はまだまだこんなものではないようだしなっ」


 わしの想いに呼応するように、いつの間にやら盾の裏側に刻まれていた女神文字が輝きだした。

 女神の張った結界『エーデル=ジ・グレイル』にも似た多角形のプリズムが、内側から障壁を補強するように組み合わさっていく。

 おそらく祝福してもらった時に刻んでおいてくれたのだろう。なかなか粋な計らいをするものだ。女神に感謝しつつ、わしは宙で揺らめく黒炎を見上げた。

 ややあって、騎士鎧が剣をこちらへ向け炎を解き放つ。

 巨大な手を開くように広範囲に渡って降り注いだ黒炎は、蒼炎と交わり火力を増した。表の障壁は耐え切れず吹き飛ぶも、内側の結界はまるでビクともしていない。

 クロエのレジスト魔法と相まって、まさに完璧な防御と言えるだろう。

 やがて火の勢いが衰え、結界なしでも動けるだろう頃合いを見計らいわしは障壁を解除。

 騎士鎧が剣を構え跳躍したのを機に、再び散開した女子たち。


 ベルファールは先制で「シュタルフェルマルム」を放ち闇の奔流に魔物を巻き込む。火だるま状態の鎧は抵抗を見せるが押し負け吹き飛ばされはしたものの、腐食が起こることもなく再び立ち上がる。すかさず縫い留めようと「フェルゲルトギルティ」を放つも、魔力で形成された槍は魔剣でなぎ払われ消滅した。

 だがその一瞬の隙をついたライアが魔物の背後を取り、闘気を集中させた会心の一太刀を以て鎧のガントレット部分から右腕を斬り落とすことに成功したのだ。

 高く飛ばされた長剣を握る右前腕。

 このまま奪い取れば目的は達成される、皆そう思っていたはずだ。しかし突如として、切り離された前腕と上腕部分から黒炎が漏れ出し、互いに求め合うようにして伸びていく。


「往生際が悪いんだよッ!」


 再び獅子咆哮で高めた闘気を刀に集めると、刀身が血に塗れたような赤色へと変わった。「灰塵斬禍」返す刀で斬り上げ上腕から漏れる炎を散らすと、無数の斬撃が発生し絶えず漏れてくる炎を霧散させていく。

 たまらずといった具合に地を蹴ろうと腰を屈めた魔物の隙をつき、楓が素早く印を結ぶ。ライアはその場からすかさず退避。

 直後「――土遁、鬼嘆泥沼きたんでいしょう!」術名を唱えると、騎士鎧の足元にどす黒い沼が湧きブーツを沈ませていく。

 足を取られなかなか身動きの取れない鎧は沼の中でもがく。しかしそれ以上沈ませることが出来ず、「この術でもそんだけなのー」と楓は少し残念がっていた。

 ダメ押しと、クロエが極大の魔力を開放、最上級氷属性魔法「――グラセリュート・アルカルム」を唱えた。圧倒的な冷気の霧で魔物を取り巻き極寒の嵐に巻き込んだ後、範囲を瞬時に凍らせ氷の棺に閉じ込める。

 炎が内側から棺を溶かしていくが、足掻いてももう間に合わない。

 闘気を足に集めたソフィアが跳躍し、「ベルファール、受け取りなさいっ――」と柄を握る右手を強烈に蹴り抜くと、剣だけを残して前腕がきれいに吹き飛ぶ。凄まじく回転しながらベルファールの元まで飛んでいって、彼女は左手でそれをガシッと掴んだ。


「お前たちの協力に感謝する……」


 珍しく礼を述べた彼女の手元でさっそく変化が起きた。

 両手に携えた長剣と大剣が、それぞれ蒼い炎と赤い炎を上げながら彼女の手から離れていく。

 炎を噴き上げながら互いに引き合い焔を絡みつかせると、やがてぴったりと重なった。瞬間、ひと際激しく燃え上がり跡形もなく消え去ってしまう。


「魔剣が、消えただと? いったいどこへ行ったのだ?」


 わしが周囲を見渡していたところ、「ここだ」とベルファールが呟く。

 振り向いたその時、前方に腕を伸ばす彼女の手元になにやら紫炎が集まっていく。ひと際爆発的に炎が発生し姿を現したのは、黒い諸刃の剣身に血のように赤い線が浮かび上がる、少し長めの不気味な長剣だった。


「どうやら剣自体は私を所有者と認めたようだな」

「それがあのクリムゾンラウヘルなのか?」

「この形状とサイズが魔炎剣の本来の姿なんだろう。それに手にしてみて解った。この魔剣はイグニスベインの手には負えん。ヤツが形骸化した方を使っていたのも頷ける。だが――」


 と、いったん言葉を切ったベルファール。目を向けた先に、もうすこしで氷棺を破ろうとしている騎士鎧を見咎めた。

 内部で氷嵐が吹き荒れているにもかかわらず、まだあれだけ動けるのか。魔剣の核とはこれほどの力を有しているのだな。


「まだ完全体じゃない。ヤツを屠らねば真の黒炎を取り戻せない」


 呟き、剣身に魔力を集束させていく。絡みつく紫炎がソレを求め嗤うように揺らいでいる。やがて棺にヒビが入った。ベルファールは静かに跳躍する。

 氷棺を内部から砕き騎士鎧は姿を現すと、おもむろに頭上を見上げた。

 剣を振りかぶり、急降下しながら斬り下ろしたベルファールによって真っ二つに裂かれた鎧は、膨大な黒炎を吐き出しながらたちまちの内に爆発する。

 溢れ出した炎は体を求めるように魔剣へと集まり、紫炎に抱かれ取り込まれていく。そうしてすべてを吸収し終えると、紫だった炎の色が漆黒へと変わった。

 傍目にしても鼓動し息づいているのが見て取れる。

 が、真の魔炎剣を手にするベルファールは、どこか納得出来なさそうに少しだけ表情を曇らせた。


「……元に戻ったとはいえ、それでもレギスベリオンよりも劣るか……」

「しかし、お前さんからは以前のように触れたら切れるほどの負の感情は感じられん。アレはそう言った感情を糧に無限に魔力を生成し続ける魔剣だろう。いまのベルファールが使ったところで、空間断絶を起こさせるほどの威力は引き出せんと思うがな」

「捕虜などという窮屈な境遇への嘆きと怒りならある」

「ほう、ということはハイエルフたちへの憎悪はもうないということか?」

「うるさい、どうでもよくなっただけだ」


 つまらなそうにわしから視線を外し剣に目を落とす彼女。

 どうであれ、ハイエルフたちへの恨みが薄れているのなら良い傾向だ。

 だが一つ訂正しておかねばならんことがある。


「そうか、それならばそれでよい。だが勘違いしないでもらいたいのは、お前さんは捕虜ではなく、もう仲間だと思っておるぞ」

「っ……相変わらずくさいヤツだ、恥ずかしげもなく……恥を知れ」

「時として恥知らずにも言いたくなる時くらいはある、真剣にそう思っているからこそだ。だが、そうでなければ誰もお前さんに協力などしておらんと思うぞ」


 チラと皆の方へ目を向けたベルファールに、仲間たちは頷きを以て応えた。

「それならさっき礼はしただろ……仲間だとか――」プイッと顔を背けると、彼女は魔剣を炎と掻き消し一人階段の方へと歩いていった。

 不器用だが、彼女が礼を言うことがまず大きな変化だろうと思う。

 まあ、少しずつ心を開いてくれればいい。なにも焦ることではないしな。


 ベルファールの後を追い、わしらは地下五階への階段手前までやってくる。

 突然の言い知れぬ不安感に体が粟立つ感覚が襲う。今まで階段を下りる手前で感じたことはあまりなかった。気配が漏れ出て、背後で囁いているような悪寒につい身震いがする。


「この沈み込むようなプレッシャー、まさかと思うが地下五階なのか?」

「おっさんでも感じるんだ、そうなんだろ」

「わりと冷静だな、お前さんたち」

「そんなことはありませんよ、勇者様の反応が正常です」

「間近でもないのにこれだけ強いなんて……」

「でもアタシたちは一人じゃないよ。一人だったらこんなのぜったい無理そうだけどさ、みんないるしね」


 楓の一言に背を叩かれた。そうだ、思っていたことだろう。わしらは一人じゃないと。気配だけに気圧されて危うく忘却するところだった。

 それにだ。先の戦闘でまた経験値は得た。魔剣という存在との戦いはそれなりに成長の糧となった。誰もなにも言わんがおそらく皆そうだろう。

 ベルファールに至っては真の魔炎剣も得たのだ、頼もしさは百人力だ。

 そうだなと頷き、わしは気を引き締めた。ひしひしと感じるプレッシャーなど太鼓腹で跳ね除けて、背中越しに皆へ告げる。


「いよいよこの長いようで短かった旅の集大成だ。わしらならやれる、頼もしい仲間がいるからな。……では、行こう」


 そうして最後の階段を下りていく。

 相手がどれだけの脅威だろうが、必ずや遂げてみせる。世界の平和のために――。

 

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