第148話 魔王城地下三階

 地下二階から三階への階段を下りている途中から、すでに不穏な空気を感じていた。雑魚のレベルが一段と上がっていそうな気配だ。

 しかし幸いと言っていいのかどうか、おそらく三階にはフロアを守っているモノはいない。そもそも二階のアレはなんちゃって感が強いがな……。

 勇者となってから久しいが、レブルゼーレ辺りからこっち、離れていても強い者の気配は肌で直に感じられるようになってきた。

 目の前にいなくとも肌がぞわりと粟立つ感じだ。

 それが感じられないとなると、フロアボスとやらの存在はないと断言してもよいだろう。後ろを付いてくる女子たちも、どことなく退屈そうな空気を醸している。

 そんな気を少しでも紛らわせるため、ついわしも階段を下りる足が急いた。

 やがて長い階段が終わり、開けた場所へ出る。


「特になにもない広場のようだな」

「オジサン、奥に横穴があるみたいだよ」


 薄ぼんやりとした松明の明かりの方を楓が指さす。言う通り暗い口を開ける横穴が先へと続いていた。


「このフロアは楽に突破できるといいけどな」

「二階があれだったから、望み薄だと思うけれど」

「その前に、魔物を倒さないとね――」


 いざ進もうとした矢先に現れる雑魚ども。やはりバリエーションが増えている。

 二階でも見た大型悪魔のディアブロウは赤熱する槍を携えた青い体をしており、ディリアルと名を変えていた。

 火炎に包まれた馬を駆るのは、監獄島ゼイレムでも見たローストという火だるまの骸骨だ。この場合、名前はホスロームというらしい。かなり強さも増している。

 他には武装した巨大なアリにトゲトゲのワーム。頭の悪そうなオークにオーガは重装備を鎧い、ゴブリンやホブゴブリンを引き連れ小隊となって襲い来る。

 今まではMPの消費量を抑えるために中級までの技や魔法でもよかったが、それでは倒すのに多少の時間を要するようになってきたため、上級技を組み込みながらの戦闘となる。


 ライアが鋭い氷の結晶を無数に舞わせ攻撃する「雪華驟雨」で敵を切り裂くと、ソフィアは小隊に突っ込み、即座に両手に集めた闘気を地面に叩きつけ「レイジングスレイブ」の気の刃で敵を刻む。武闘会の時は大きな刃が一周していただけであったが、威力を増し三重の刃が半径四メートルに渡って花のように広がった。

 またクロエが広範囲に激しい雷撃の嵐を発生させる「レヴィンゲルダ」を唱えると、楓はすかさず「雷遁、麒麟閃葬」の印を結んだ。宙に発生させた雷が、徐々に馬のような獣を形作っていく。全身が雷で出来た幻獣は、クロエの魔法の中をものともせずに駆けずり回り、逆に力を利用する形で難を逃れた魔物どもを追い立て、触れたモノを次々に即死させていった。

 ベルファールは相変わらずの無表情で、魔炎剣クリムゾンラウヘルに火炎を纏わせた剣技で斬り苛んだ後、得意の魔法で滅却する。

 しかし「サディスティックメルギス」は久しぶりに見たな。以前使われた時よりも小さな竜が成長している気がするが……喰い荒らされた魔物が可哀そうになるくらいのこれまたエグい魔法だ。


 そうして綺麗さっぱり片付いたところで、わしらは横道へと入った。

 ……ん、わし? わしはなにもしとらんよ。剣気をチャージして放つ前に終わってしまったからな。

 こう見えて素早さは低いものでな、あらかじめ準備していればたまに先制したりも出来るが――いや、それも仲間たちが譲ってくれればの話か。

 なんだ、結局たまたまではないか。いい気になっていた過去の自分が恥ずかしい。

 とまあ、そんな頼りになる女子たちの力も借りつつ、だ。

 通路を奥の方へ歩いていくと、東西に長い空間へ出る。西の方は壁故、進むべきは東の方だ。雑魚を散らしながら十数分。

 するとまた北へと続く横道が現れる。


「なんとも単純な洞窟だな、やる気があるのかないのか」

「油断してっとまた面倒くせえ仕掛けに出くわすぜ」

「とにかく、奥へ進んでみましょう」


 ソフィアに促され、わしを先頭にさらに進んでいく。

 やがて通路の奥が何も見通せない真っ暗闇の空間に行き当たった。声の反響具合からすると、結構な広さがあるらしい。気になる点と言えば、わりと近場からビュオォォオオという風の音が聞こえるくらいだ。

 クロエが光源魔法をいくつか放り、空間を照らした。現状を把握し、わしは目を瞠る。


「地面が抜けておる……」


 道の両側は底なしの穴で、地続きの道の先には音の正体である風壁が。その手前には今まで見てきた物と同様の台座が置かれ、結晶型に窪んでいるのが見えた。

 見渡せば、離れた場所に台座が一つある陸の孤島が存在し、そこから細い道を渡った先には三つ目の台座が置かれた縦に長い島が……。その島の先には横穴が続いており、松明が灯されている。

 ちなみに、周囲の奈落はどこも底が見通せない。


「台座の位置的にも、仕掛けはこの空間だけで完結しそうだね」

「とりあえず、風壁の手前にある台座に結晶置いてみようよオジサン」

「うむ、そうしよう」


 わしは台座の元まで歩いていき、四元素の風の弱点である火、つまりは赤の結晶を置いてみた。と、風壁に火炎が混じり、突然ファイアウォールと化してしまった。


「熱い熱いっ! なんだこれは馬鹿もんいい加減にせんかっ」


 わしは慌てて赤の結晶を外す。ファイアウォールはもとの風の状態へと戻った。


「どうなっとるんだ、弱点ではないのか?」

「では風の結晶ならどうですか?」

「ふむ、ここは素直に嵌めてみるか」


 今度は緑の結晶を窪みに置いてみる。すると風の勢いが弱まり、奈落へ吸い込まれるようにして壁は消えていった。


「ややこしい仕掛けではあるが、単純で助かるな」


 結晶を回収しようとし、台座から外した瞬間――再び風の壁が湧き出すように現れて行く手を阻む。


「どうやらはめ込んだままじゃなきゃダメみたいだぜ」

「そのようだな……この結晶、まだ使い道がありそうな気がするのだが……」

「いまは先を行くしかないみたいだね」


 仕方がないとクロエに頷き返し、結晶を台座に戻してから先を急ぐ。

 地続きの道はその先で右へ折れ曲がり、しばらく歩くと途中で道が切れた。視線の先。二十数メートルほど離れた場所には、入口でも確認した台座のある島が……。


「……一応断っておくが、わしはこの距離をひとっ飛びなど出来んぞ?」

「そんなもん見れば判る、つうかあたしも無理に決まってんだろ」

「クロエのレビテーションなら浮いたまま移動できるんじゃない?」

「試してみようか――レビテーション!」


 クロエが浮遊魔法を唱えてみたのだが、わしらの体が浮くようなことはなかった。試しにと火炎魔法を放ってみたところ、魔方陣が描かれる前に消えてしまう。

 さっきまでは確かに使えていたのに不思議なものだ。


「たぶんこの空間内で魔法は使えないんだね。ちょっと厄介かな……楓ちゃんは?」

「試しに術もつかってみよっか? ――土遁・泥蛇流でいだりゅうっ」


 印を結んだ楓の足元から、うねうねした泥状の大蛇が向こう側へと伸びていく。

 がっしりと縁に噛み付いた泥蛇は硬化を始めた。どうやら足場も作れる術のようだ。

 これは良い、そう皆が感心した直後。固まりかけていた蛇はぐずぐずと崩れ去り、奈落へと落ちていった。


「術も無理みたいだねー……ま、この距離ならアイテム駆使すればなんとか飛べなくもないかな?」

「本当か楓? あんまり無理はしてくれるなよ? レビテーションが使えないのではおお落ちたら終わりなのだぞっ?」

「そんな焦んなくても、だいじょぶだってオジサン。アタシ忍者だし!」

「その自信をもってなくもないのであれば、心配もするだろうに……」


 ドンと胸を叩く楓はこの上なく自信に満ちている。信用してやるのも勇者としての務めだろうが、心配だなぁ大丈夫かなぁ。この奈落がどのくらいの深さなのか分からんから余計に不安だ。

 崖の縁に立ち、いざ! といまにも飛ぼうとしていた楓の背に、わしは慌てて声をかけた。


「ああ待て待て、飛ぶ前にこれを渡しておかねばならん」言いながら道具袋から黄色の結晶を取り出して楓に渡す。「くどいようだが、無理そうなら無茶だけはするんじゃないぞ」

「飛んだら最後だと思うんだけどなぁ……でもま、心配してくれてありがとね」


 パチリとウインクしつつ、縁から少しだけ距離を取った楓は助走をつけて強く地面を蹴った。さすがに高く遠くへ飛べている。が、このままでは明らかに飛距離が足らない。

 そんな不安を余所に。斜め後方の岩壁に向かって体を捩った際に見えた楓の横顔は、さして焦った様子もなく。

 なにをするのかと思って見守っていると、サッと札付きのクナイを六本取り出した楓が壁へ向かって素早くそれらを放つ。

 その勢いを利用しながら体を丸めた楓が回転しながら体を開くと、なにやら黒い布のようなものがバッと開いた。よく見れば布の端っこを手で挟み、足首の方はくくられているため幌のようになっている。

 それを見て理解した。刹那――岩壁に着弾した爆裂クナイが爆風を起こし、楓はその風を受けて島へ難なく着地する。


「古臭い時代の忍術だけど、ムササビはこんな時便利だなーって思うよ」

「さすが忍者、芸達者だな!」

「クナイ持たせてくれたお師匠にも感謝だねー」


 わしが起こした喝采の拍手が空間に響く。

 まんざらでもなさそうな顔をしながら、楓が黄色の結晶を台座へ置いた。すると奈落からせり上がってきた岩が、わしらがいる地面と楓のいる孤島を繋げる。ついでに細い道の両脇を土壁が覆った。

 簡単に渡り切って楓と合流すると、問題が一つ。

 細い道が続いているとは言ったが、ひと一人がようやく渡れる幅、恐らく三十センチあるかないかだったらしく。それが土壁で覆われた為、狭小な小道となってしまってわしには通り抜けられそうにない。……これはマズい。


「アタシ先に行って結晶嵌めてくるよ。たぶん黄色だと思うし」

「む、それはありがたい」


 少し焦りながらも礼を言う。

 楓が台座から結晶を外すと、土壁と繋がっていた道が綺麗になくなった。

 ……そうか、嵌めたことで出来たのだとしたら、外せばなくなるのか。とすれば、またただの細い道なわけで。

 楓が容易く向こうの島へ渡ると、仲間たちも「お先に」と言って次々に渡っていく。

 わし一人を残して全員向こうに到達し、楓は三つ目の台座に結晶を嵌める。

 すると緑の結晶を嵌めた台座のある道と島が岩で繋がった。

 そういう仕掛けだったか……。と一人感心している場合ではない。


「おいオッサン、何やってんだよ。早く渡って来いって」

「いやしかしこの幅は……」

「足元は見ずに、少し先を見ていれば大丈夫ですよ」

「足元を見なければ不安だろうに」

「でも確認できるかどうか、そっちの方が心配だよね」

「クロエよ、少し気にしていることをズバリ切り込んでくるものではないぞ」

「三十センチくらいはあるし、オジサンでも大丈夫だって」

「万が一バランスを崩したら事だろう? わし勇者なのにこんなところで死にたくはないぞ?」

「女神の祝福を受けただろう」

「ん? そういえば……」


 女神の祝福は死に至るダメージも一度だけ耐えられるのだったか? だがこんなところでそれを使うのは避けたいだろう。上がって来られるかどうかも分からんのだし……。


「ったくしょうがねえな。ならおっさんはもと来た道戻ってそっちまで来いよ。楓、結晶戻しに行ってやってくれ」

「それがよさそうだねー」


 軽く呆れた口調で二人が言う。情けないが仕方ない。

 楓が戻ってくると再び結晶を嵌めた。土壁が細い道を囲い、また向こう側への道が復活する。

 三十センチか……女子たちなら余裕だろうな。だがしかしだな、……わし、お腹が邪魔でこんな幅通れんのだもの。

 改めて自身の体型に嘆く、四十三のメタボ。


「オジサンが渡ったら結晶外すからさ」

「うむ、かたじけない」


 ぺこりと頭を下げてから、わしは道を戻る。

 わしが渡り終えると、楓は結晶を外してサササッと戻っていった。

 というか、結晶は仲間に任せてわしと一緒に向こうへ行くという選択肢もあったはずなのだがな、悲し。

 だが、これで皆と合流できるのだ、顔を上げねばな。

 ということでサクサク入口付近まで戻ったわし。

 また三つ目の台座に結晶が置かれ、せり上がった岩の道を渡った先でようやく皆と合流できた。緑の結晶は言われるまでもなく回収済みだ。


「よし、多少時間を要したが、無事に突破が出来たな」

「おっさんが痩せてればもっと楽だったけどな」

「言葉もなく面目ござらん次第だ」

「さあ、先を急ぎましょう」


 そうして横穴を抜けると、今度は広い空洞へ出た。

 魔物の気配がそこかしこから感じられる。奥へ進むにつれて数と攻撃の苛烈さを増していく中、生き生きとした女子たちの姿が目に映った。

 ライアは「氷雨寒月」で大型の魔物を刻み、「紫光黎明」で離れた場所で固まる雑魚を吹き飛ばし、束になってかかってきた群れを「灰塵斬禍」で両断、その後焼却。

 ソフィアは近接型の敵との間合いを詰め、「ドラグーンフィスト」の重たい一撃のもと葬っていくと、背を向けて逃げようとした敵へ「夢幻塵光脚」の光刃で追い打ちをかけ、守りを固めようと集合する魔物の群れの頭上へ跳躍した後、上空から「デトロゲイルフォール」を叩きつけ吹っ飛ばす。

 クロエは高速二重詠唱により、天井付近に出現させたステンドグラスのような氷を割らせ下にいる魔物を殺傷する「ブリルステングラヘイル」と、爆風とともに広範囲の対象を巻き込む「フラムフェルゴ」を唱え焼き払う。

 楓は「水遁、蒼蛟」で水の大蛇を出現させると、敵を大量に飲み込ませた後、「雷遁、烈神轟雷」で蛇ごと討ち一網打尽にする。

 ベルファールは面倒くさいとでも言いたげに、端から火力を抑えた暗黒魔法の禁術の一つ「ヴォーパルアルカリス」で高魔力を放出し消滅させていく。時折剣を気にする素振りがあったが、なにも問題はなさそうだ。

 わしも皆に続き、迫りくる魔物の攻撃を盾で凌ぎつつ反撃、隙あらばワルドブレイク、離れた敵にはストラッシュ、またギガルデインを放ち処理をしていった。


 そうしてようやく、何度も曲がりくねる空洞を抜けた先に扉を見つけたのだ。

 やはり扉を守る敵はいない、残念だが仕方がない。

 しかし魔物の大群を相手にしたせいか、得られた経験は大きい。それぞれが手応えを感じられるほの成果はあったようだ。


「ここまで逆に怖いくらい順調だったわけだが、ずいぶんと潜ってきたよな」

「次は地下四階。さすがにこのままでは終わらないでしょうね」

「魔物の強さもここまで増してくると、いよいよ結界晶石使いたくなってくる頃かな」

「だねー。さすがに上級技の連発は消耗が激しいよ」

「だが、わしらは先へ進むしかない」


 皆の顔がわしを向き、そして力強く頷いた。

 その頷きに答えわしも首肯した後、大きな金属の扉を開いた。目の前には地下へと続く階段が。

 いやに暗く見えるそれを目にし、嫌な予感に背筋が粟立ちかけるも――仲間に促され、わしは一歩を踏み出した。

 ベルファールが言葉少なだったことが少々気になるが。たまに魔剣を見ていたことと何か関係があるのだろうか……。

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