第78話 黄色のオーブを手に入れるために

 ロスバラス衛兵詰所の地下牢から解放され、息抜きを――とはならず、その足で真っ直ぐに向かったのは冒険者ギルドだった。

 お馴染みの青看板の下をくぐり二階建ての屋内へ入ると、案の定人で溢れ返っていた。

 足の踏み場もないというほどではないにせよ、明らかに冒険者風情の若者や労働者たちの姿が多く見られる。

 大きな街だし、それなりに仕事も多くギルドへ寄せられるのだ。

 ともすれば、歴戦の勇士であるわしらは引く手数多だろう。そう気軽く考え、張り紙がされているコルクボードを見に行ったのだが……。

 掲示板を一通り見終え、同じく隣で呆然と立ち尽くすライアが呟いた。


「――Aランクの依頼どころか、魔物討伐任務すらないってのはどういうわけだ?」


 そうなのだ。

 普通の町には普通にあるであろう討伐任務、それすらこの街にはなかった。

 しかもこんな大きな街のくせに、掲示板に張られている依頼は全部で二十しかない。そのどれもに共通して言えるのは、店の清掃やゴミ収集、看板の塗装に公園の草むしりなど報酬額が低いものばかり。

 これはどうしたものかと顎に手を添え眺めていると、ギルド所員が掲示板へ新たに紙を数枚貼りだした。

 それぞれを目にしたライアが隣で「却下だな」と呟くのを耳にした、ちょうどその時。

 受付へ依頼が少ないことを訊ねに行っていたソフィアとクロエが戻ってきた。


「受付嬢はなんと?」

「たぶん想像している通りですわ」

「冒険者も多いから、人気の高い報酬の多い依頼は出した途端になくなっちゃうんだって」

「やはりそうなのか。警備や周辺の安全確保のために冒険者が必要なのは分かるが、なまじ多すぎるというのもこれまた問題だな」


 答えが想像通りであることに頷きつつ、わしの目線は新たに貼られた依頼書に向いていた。どうやら女子向けであろうその依頼書は計三枚。

 ライアは却下と言っていたが……内容をざっと流し見て、ついニヤニヤしてしまいそうになる。

 緩む頬を揉み解していたところ、急にライアが振り返ってきたので、わしは気取られぬよう慌てて真面目顔を作った。


「やっぱ多少でも遠出して、魔物狩って素材集めるしかねえか」

「まあ、この辺りは冒険者たちが張っているからな。それも致し方ないと思うが、」

「少なくとも、宿代くらいはどうにかしないといけませんし」

「二日は心配しなくてもいいが、この先のことも考えると多少の路銀は稼いでおかねばならんと思うがな、」

「結局のところ、それが一番早そうかな」

「小さなことからコツコツと、という言葉もあるにはあるが……、」


 でも、しかしといったニュアンスの返答ばかりを続けていると、「ん?」と皆から怪訝顔が返ってくる。


「さっきからなんだよ、おっさん。言いたいことがあるならはっきり言えよな」

「なにか不満なことでもあるんですか?」

「もしかして他に考えがあるとか?」


 クロエの言葉に皆の表情が一瞬期待に染まるも――。

「いや、」そう前置き、「路銀を稼がねばならんのはその通りなのだが。その前に、世界最大だというカジノを見に行ってみんか?」と提案してみたら、案の定の呆れ顔。


「はぁ、グランフィードの時を忘れたのか?」

「そうですわ。当たって帰ってくるならまだしも、あの時すってたじゃありませんか」

「一応当たったは当たったのだがな。クロエにあげたバニースーツは交換したものだし。その後は、まあ当たらなくなったが……」


 ほらみろ、と口々に責めてくる。

 女子に責められるというのも悪くないが。とにかく! ――わしはどうしてもまた見たいのだ! バニーちゃんたちを! 皆に止められて、出禁みたいな扱いになってしまっているからな。そもそも見る機会がない、わし悲しい。

 そんな想いを内に秘めつつ、気を取り直しなんとか皆を説得しにかかる。


「そうは言うがな。もしかしたら、カジノの景品に強い装備や便利道具が紛れ込んでいるかもしれんぞ? 世界最大なのだから、きっとそういうこともあるだろう、な?」

「それは確かにそうかもしれねえけどさ」


 このまま押し切れそうか? なんて思ったのも束の間、


「つまり、勇者様はウサギさんたちを見に行きたいわけですね」

「んな! 違うそれは違うぞ! あのポンポンの付いた尻を眺めたいなどとはスライムの頭くらいしか思っていない!」

「尻尾を出したね、勇者さん」


 勘の鋭いソフィアの言に、ついムキになって半肯定のような反論をしてしまった。「あっ」と気づいた時にはすでに遅し。

 ジトッとした軽蔑の眼差しで三方から睨め付けられる。

 言葉なく責められていることに居心地の悪さを感じ、つい目を逸らした先で――来て早々二階へ上がっていった楓が階段を下りてくるのが見えた。

 人懐っこい子犬のように駆けてくる楓を微笑ましく眺めていると、わしらの元へやってくるなり「他の人にも聞いてみたけど、やっぱり他に依頼はないみたい」と少し疲れた調子で言った。


「楓は聞き込みをしてくれていたのか?」

「まねー。ギルドって初めて入ったし、二階がどんなか気になってさ。でも一階とほとんど変わらないんだね。ただの人混みだったし。んで、なにか情報が聞ければと思って聞いてみたんだけどさー、ろくな話聞けなかったよ、オジサンごめんね」

「なに、その気持ちだけで十分だ」


 うんうんとしみじみ頷き、楓のさらさらの茶髪を撫でてやる。

 くすぐったそうに首を竦め照れ笑いする楓を見ていて、ふと気づいた。


「もしかして、ギルドが初めてということは、カジノも見たことがないのではないか?」

「ないけど、それがどうかしたの?」


 キョトンと小首を傾げる楓。相変わらず可愛らしい。

 わしはその事実を確認し、ふふんと得意気に鼻を鳴らしながら振り返る。


「楓もこう言っていることだ。どうだ? 楓の後学のためにも、カジノへ連れて行ってやろうではないか」

「とかなんとか言って、結局のところ自分が行きたいだけだろ」

「まったく、仕方がないですわね」

「まあ見るだけならお金かからないし。そもそも持ってないけど――」


 との同意らしきものも得たことで。善は急げと、ギルドを出たわしらは歓楽街の奥にあるカジノへとやってきた。

 昼だというのにネオンが煌びやかに光り、馬鹿でかい建物を彩っている。

 見物もそこそこに入口を押し開けて中へ入ると、相変わらずの爆音で音楽が鳴り響いていた。

 驚くことに、一階のフロアはすべてスロットで埋め尽くされている。整然と並ぶ黒い筐体はどうやら空きがないようで。この街でのカジノの人気の高さを早速窺うことが出来た。

 階段を上がって二階には、いくつものルーレット台とポーカーやブラックジャックといったカードゲームの台がある。これもテーブルがすべて埋まるほどの人気ぶりだ。

 そして三階が最後の階。

 期待し赴くと、そこはただの遊戯ルームだった。ビリヤードという玉突きや好き勝手にカードゲームをするテーブルが設けられていて、ギャンブルに疲れた顔をした人々が多く見られた。

 さらにこの階に景品も置かれているようで。だだっ広いルームの最奥にカウンターと、キラキラと照明を反射する景品の数々が、透明ケースに収められているのが遠目にも確認できた。


「――ここまで来たんだ、どんな景品があるか見てやろうじゃねえか」


 最初こそ乗り気でなかった女子たちも、いまやノリノリである。

 わしはというと、三階に上がった途端になんだか気が削がれた。

 一、二階にはバニーちゃんたちがたくさんいたが、三階にはいないのだ。景品カウンターの女子も、ここのカジノはソフィアのようなスーツ姿だし……。ウサギさんの一匹二匹くらいいてもいいだろうに。

 そんな感情とは裏腹に、皆に引っ張られるようにして最奥へとやってきた。

 横に長いガラスケースに飾られた景品の数々を、各々見物して回る。

 景品はコップや食器などの生活用品から、武具やいわくつきのアイテムなど、EランクからSランクに分けられて飾られていた。

 バニーちゃんの肢体を眺めたかったわしも、渋々ケース内を眺めていると――


「おっ?」


 手のひらサイズの見慣れた球体が飾られていることに気づいたのだ。

 色は黄色。紫色の座布団みたいなものに置かれ、静かにそこに鎮座していた。


「おっさん、なにか見つけたのか?」

「うむ、皆これを見るのだ」


 指さすと、女子たちが一斉にケースを覗き込む。

 艶めく球面が鏡のように、愛い顔を四つ映し出した。


「これは、例の球ですか?」

「どうやらそのようだ」

「まさか本当にお宝があるなんて思わなかったよ」

「そうだろうそうだろう、やはり見に来て正解だったというわけだな」

「でもオジサン、これSランクの景品で500000コインって書いてあるけど」


 楓の一言に、ヒヤリと背筋が冷えた。それはきっとわしだけじゃないだろう。

 まさか――といった視線を一斉に受け、わしはそそくさと逃れるように一人カウンターへ向かう。


「いらっしゃいませ、ここでは溜めたコインをGに替えたり、景品と交換することが出来ます。交換しますか?」


 後ろ髪をまとめた愛らしい女子に接客されるも、わしの心はそれどころではないと焦り、いつものように喜べなかった。

 唾を飲み込み、ニコニコ笑顔を向ける受付嬢にわしは問うた。


「いや、ちょいと訊ねたいのだが。お嬢さんや、ここのカジノのレートを教えてもらえんか?」

「レートですか、1コイン1Gになりますが」


 耳元でチーンと鐘がならされたような気分だ。

 1コイン1Gということは……


「――おいおっさん?」


 背後から聞こえた冷ややかな声音に、背筋がビクリと震える。

 恐る恐る振り返ると、そこには腕を組み笑ってはいるが目が笑っていない女子たちが横並んでいた。


「つまりどういうことか説明してみろ」

「いやぁあのぉ、そのつまりだな。つまり、わしの保釈金さえなければ、皆のお金を出し合ってだな、そのまま交換して事なきを得たというか、まあ得られていないのだが……な?」

「な? じゃないですわ。ギルドの依頼も少ないというのに、500000Gとかどうするおつもりです?」

「いや、それは最もな意見なのだが……」

「勇者さんは軽はずみな行動を控えるべきだと思う」

「うむ、うむ、それは反省すべきことだろう……」


 皆の叱責がこれほど堪えることもそうないだろう。知らず頭は垂れていき、お辞儀する形をとった。


「まあまあ、オジサンも反省してるみたいだしさ。みんなその辺で勘弁してあげたら」


 楓の慰めが嬉しくもあり、自身の情けなさを痛感させられる。

 いや、おパンツを持って行こうとしたのは悪かったと思うが、良かれと思ってだな――、まあそれは置いておいて。

 朝から怒られてばかりで身の置き場もなく感じていると、「――あたし、お師匠になんか良いものないか戻って聞いてみるよ」と楓が口にしたのが聞こえた。


「楓よ、京に戻るのか?」

「うん、そろそろ帰ってあげないと、お師匠の体に障るといけないしねー。あと、ジパングにもいろいろお金になりそうなものあるみたいだし、お師匠ならなにか持ってそうだしさ。明日にでも持ってくるよ」


 ギルドの依頼は安い報酬ばかり。

 近辺の魔物を倒して素材を店売り――ソフィアはなんだか裏技でもありそうなことを言っていたが――したとしても大した額にはならない。

 とすれば、玉藻に力添えをしてもらった方がいいこともあるかもしれん。

 もちろん、わしらはわしらでやらねばならんがな。

 そういうことならと一つ頷き、わしは告げる。


「分かった。そちらを期待してばかりはおれんが、玉藻に助力を乞おう。わしらもなにかしらやるつもりだ」

「うん分かった! んじゃあアタシ帰るね。明日には戻ってくるからさ」

「うむ、玉藻によろしくな」


 楓は手を振ると、急ぎ駆け出し階段を下りていった。

 きっと今ごろ、わしがまとめて渡しておいたグリフォンの尾毛で京に帰っていることだろう。


「さて、あたしらもこうしちゃいられねえ。さっそく魔物倒しに行くか――」



 そうして、ロスバラスから少しばかり離れた草原へ移動した。

 角を幾本も生やした巨大イノシシや、極彩色の巨鳥、陸だというのにタコがいたり、以前ロクサリウムで見かけたゴーレムの鋼バージョンと、なかなかバラエティーに富んでいる。

 それらを難なく打ち倒し、とっぷりと日が暮れるまでわしらは魔物を狩り続けた。

 街へ戻り、集めた素材をソフィアに手渡し道具屋で売ってもらうと、その額なんと40000Gにもなった。わしらが売ったところで17000Gほどにしかならん素材が、まさかこんなに高値で売れるとは……。

 売るところは見せられないからと、その実状は知ることが出来なかったが。

 訊ねたところ、「盗賊の目利きというスキルと、裏ルートに流す道具屋を見抜いただけですわ」と簡単に答えてくれた。

 元盗賊なだけあって、そういうことにも長けているのだな。

 改めて頼もしく思うと同時、少しばかり羨ましくなった。


 それから。

 わしらは明日に備えるため、眠らない街の夜景を楽しみながら宿へ戻った。


「――さて、まだ宝玉まではぜんぜん足りねえけど、とりあえず宿の心配はなくなったな」

「楓が持ち帰ってくる物にもよるけれど、延長は明日でもよさそうね」

「ただGを稼ぐために魔物を倒すとか、イルヴァータ以来でなんだか楽しかった」


 ロビーの丸テーブルを囲み座談に花を咲かせる女子たち。

 それをどこか遠くのことのように聞きながら、わしはうつらうつらと舟をこいでいた。牢に入れられていた精神的気疲れと、魔物退治による肉体疲労のせいだ。

 ……決して年のせいではないことは断っておく。


「あ、おいおっさん、眠いなら部屋に戻れよ。明日もあるんだから、無理すんな」

「勇者様もこんなだし、今夜はそろそろ解散にしましょう」

「うん、それがいいと思う」


 眠気眼を擦りながら皆を見やると、椅子から立ち上がり「おやすみ」と言い置いてそれぞれの部屋へと戻って行った。

「おやすみ」その言葉の余韻に浸りながらも、わしはあることを思い出しふと半覚醒する。


「――そうだ、わしはギルドに用があったのだ……」


 体は起きているが頭は寝ぼけている。

 そんな夢遊病のようにふらふらとした足取りながらも、昼間に見かけた依頼を求め、わしの足は確かにギルドへと向かったのだった。

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