第139話 三聖と『真』の称号と

 回廊を抜けて広間へ出たわしらは、女神ルナリアが待つ玉座の前へ並んだ。

 最初に来た時とは違う緊張感に思わず身震いする。いや、緊張感とは異にする感覚だ……高揚感と言った方が正しいかもしれん。

 ついに三人が最上位のクラスになるのだからな。その瞬間に立ち会えることは素直に喜ばしいし誇りにも思う。

 わしらをざっと見渡したルナリアは、満足いくような顔をして深々と頷いた。


「皆さん憑き物が落ちたように清々しい顔をしていますね。ハレの日に似つかわしい実によい表情です」

「お前さんのおかげで自信がついたというのも大きいだろうな」

「それに関しては謙遜などしませんが。というか、あなたはいつ見ても変わりないですね」


 キョトンと目を丸くする女神に、わしは唇を歪めて不満顔を露わにする。


「ルナリアはわしのことが嫌いなのか? もう少しくらい褒めてくれてもバチは当たらんぞ?」

「バチを与える立場なのでその発言に意味などありませんよ。それと私は別段嫌っているというわけではないです、ただからかっているだけで」

「それはそれでタチが悪いな……」


 肩を落としたわしを余所に、ルナリアはライアに目を向けた。


「ではまずは剣聖から始めましょう。ライアはこちらへ」


 一つ頷いて前へ進み出たライアの背を、わしらは静かに見守る。

 しかしふと、わしは先の言葉に光明を得た気がし、「ん?」とルナリアの顔を覗き見た。

 嫌ってはいない。たしかにそう言っていたはずだ。ということは、わしにも希望があるやもしれん! 双子女神を我がワルド城へ囲う――いや招待する望みがなっ!

 なんてことをニヤニヤ考えていたら、困惑気味に睨まれた。


「わはは、いやいやなんでもないから続けてくれ」


 慌て神妙な顔を繕って、今度こそ大人しく事を見守る。

 気を取り直すように「こほん」と可愛らしく咳払いをしつつも、ルナリアは何かを小さく呟きながらライアに手をかざした。

 すると突然、ライアの足元の床が輝いて淡い光の柱が立ち上る。

 真偽を見極めるような瞳でライアを見つめた女神は、おもむろに口を開いた。


「――汝に問う。汝、剣聖の力を正しきことのためだけに振るうことを誓うか」

「ああ、誓う」

「汝、剣聖の力を以て魔を滅し、世界に光をもたらさんことを誓うか」

「当たり前だ。あたしみたいなヤツをこれ以上出さないためにも、大魔王は絶対にぶっ倒す」

「……宣誓の言葉に偽りなし。ならば認めましょう、剣聖へのクラスチェンジを」


 どこからともなく荘厳な光が降ってきて、ライアの体を輝きが覆いつくす。

 ややあって光が収まると、大して変化を感じさせないライアがただ立ち尽くしていた。


「見た目には変化はないが……、ライアよ、どうだ?」

「……こいつはすげぇぜ、おっさん。力が漲ってきやがる」

「ステータスの大幅な向上が主ですが、MP消費減などいろいろ付加されているはずです。それは各々戦闘で確かめてみてください。次はソフィアですね、前へどうぞ」


 ライアと入れ替わり、今度はソフィアの番だ。

 女神が再び呟くと、同じように淡い光が足元から立ち上った。


「――汝に問う。汝、拳聖の力を正しきことのためだけに振るうことを誓うか」

「ええ、誓うわ」

「汝、拳聖の力を以て魔を滅し、世界に光をもたらさんことを誓うか」

「当然ね。そのためにここまで来たのよ。この仲間たちとならやれる、やってみせるわ」

「……宣誓の言葉に偽りなし。ならば認めましょう、拳聖へのクラスチェンジを」


 ライアの時と同様、輝きに包まれた直後、ソフィアは自身の変化を実感するように拳をグッグッと何度も握った。


「……たしかにライアの言う通りだわ。沸き立つような感覚があるわね」

「最後はクロエ、前へ」

「はい」


 こくりと頷き女神の前に立ったクロエ。

 佇むその背中から、わしは人知れず逞しさを感じていた。

 初めて会った時からそう思っていたが、……皆もそうだがいろいろな意味で強くなったな。


「――汝に問う。汝、賢聖の力を正しきことのためだけに振るうことを誓うか」

「はい、誓います」

「汝、賢聖の力を以て魔を滅し、世界に光をもたらさんことを誓うか」

「自分一人じゃここまで来られなかった。大切な仲間たちと、そして助けてくれたたくさんの人たち、平和を望むすべての人たちのために、必ず」

「……宣誓の言葉に偽りなし。ならば認めましょう、賢聖へのクラスチェンジを」


 輝きに包まれた後、クロエも自身に起きた変化に驚きを隠せないように「すごい……」と小さく呟いた。


「感動するのはまだ早いですよ」


 とのルナリアの言葉に、わしらに振り返りかけていた体を急に止めたクロエ。

 女神に向き直るその背中越しに、わしらもルナリアを見た。

 注目を一身に浴びるルナリアは、微かだがどこか躊躇いがちに眉根を寄せるも……やはりそうすることが良いと諦めるような息をついてから口を開く。


「ふぅ……クロエ、あなたを信じているからこそ、私から贈りたいモノがあります」

「改まって、どうしたんですか?」

「――あなたに禁術を、一つ伝授しましょう」


 その言葉に、クロエの息を呑む音が聞こえた。


「でも禁術は人間には扱えないって」

「扱えないのは神聖と暗黒属性の魔法全般とそれらの禁術の話です。地水火風雷氷光闇、これら八つの属性に関しては、高位の魔法使いならば扱えます。ただ、私が与えるのを禁じていただけで……」


 そう告げたルナリアは、忸怩たる思いを噛み砕くように奥歯を噛みしめた後、一つため息をついてから語った。


「私は過去、人間に禁術を教えたことがありました。いつからか始まった魔王との戦いのための戦力として選び抜いた、その時代最高の魔導師と呼ばれた男にです」


 その男は正義を成し悪を挫く、まさに絵本の中の主人公のような存在で民衆の尊敬を集めていたらしい。

 魔法使いとしての実力も申し分ないと判断したルナリアは、魔王との決戦に備えその男に禁術の書を与えた。

 しかしその男は死を恐れ、魔王を倒しに行こうとはしなかったそうだ。

 挙句の果て、禁術の研究に没頭し、その力の程を確かめようとした男は暴走して大都市を破壊してしまった。


「なまじ力を持った奴は、時としてその誘惑に負けて試してみたくなったりするからな。その気持ちは解らなくもねえけどさ」

「魔が差したんでしょうけど、そもそも力があっても勇気がないのなら戦力には成り得なかったわね」

「……私が教えたばかりに、数多の尊い命が犠牲となってしまった」


 懺悔に震える睫毛が後悔を如実に表している。彼女にとって辛い過去なのだろう。


「その都市って、どこにあったんですか?」

「この世界がいまの状態に構築される遥か以前の話です。だからこの世界であってこの世界ではない」


 言葉の意味を図りかねていたところ、ふと以前アルティアから聞いた話を思い出し、もしやと示唆を得た。

 たしかユグドラシル大陸が瘴気に包まれ死の大地になったのは、女神と魔王がそれぞれしか使えない禁呪を撃ち合った結果だという。

 そのドンパチが激しさを増したならば、世界が崩壊してもおかしくはないな。


「……その口振りからすると、何度か世界が滅んでいそうだ」

「ええ、あなたが言うように三度この世界は滅んでいます」

「意外と多かった……」

「でもなんでこの世界は滅んでないの? 三度あることは四度あってもおかしくないよね?」


 楓の疑問は最もだ。

 前回の戦いから何年経っているのか分からんが、禁呪でやり合って一つの大陸だけで終わる程度に留まっていることは不思議でしかない。


「それは……私たち女神と魔王が戦っても、互いに倒すことは出来ないと理解したからです」

「それはどういう意味なのだ?」

「相剋という言葉を知っていますか?」

「対立するものが互いに相手を潰そうとすることよね?」


 ソフィアの答えに女神は小さく頷いて話を続けた。


「光と闇はまさに相剋の関係にあります。しかし光があるからこそどこかに闇が生じ、闇があるからこそ光はより輝いて見えるもの。故に、この世界において光と闇を象徴する双方が互いに潰し合っていても、私たちは私たちの存在を消し合うことが出来ないというわけです。朝と夜が決まって交互に訪れるように」

「なるほどな。だから女神に絶対守護領域が具わってんのか。あのシールドは魔王ですら壊せないんだろ?」

「ええ。ですがそれを張ったままの状態では、私たちも魔王を倒せるほどの魔法を使用できない。使えたとしても魔王も同等の魔法を使用できる。だから封印を施すだけに留まったのです」

「なかなかに難儀な話だねー……」


 小難しい話ではあったが、なんとなくわしも理解できた。

 とどのつまりだ。結局自分たちでは倒せないから、倒せる者を使って倒そうという話なわけで。その倒せる者というのが、わしらなわけだ。

 聞く限りは他力本願な気がしないでもない。しかし、倒せないだが倒したいのならば、手段など選んでいる場合ではないだろう。

 それは魔王も然りだ。四天王なぞけったいな存在で各地を支配し、ルミナス嬢を幽閉し封印を弱めたりと、外堀を埋めるような姑息な手を使っていたのだからな。


「いまこの世界には聖樹ユグドラシルが存在し、二つの世界が上下にある状態です。人々もそれぞれの世界で生活を営み繁栄している。力を取り戻した私たちが争い、また世界を崩壊させるなんてことはなんとしても避けたい。今まで犠牲になってきた数多の命のためにも」


 そう言って女神は再度クロエに向き直る。

 見つめるその眼差しは、真剣でいて切実なものだった。


「クロエなら禁術を与えても過ちは犯さない、私はそう信じています。禁術を、どうか受け取ってほしい。そして、勝利のために役立ててもらいたいのです」

「ルナリア様……」


 寄せられる期待と信頼に感じ入るように呟いたクロエは、ややあってから静かに首肯した。


「わたしに扱いきれるか分かりませんけど、信じてもらえるのなら」

「ありがとう……。でも大丈夫、あなたはもう立派な賢聖、自信を持って――」


 微笑んだルナリアが、まるでカードをテーブルに広げるように宙で手を動かすと、扇状に八つの属性の色をした光の球が現れた。


「ルミナスがいないので、制約によりいま授けられる属性は一つだけですが。好きなものを選んでください」


 問われたクロエはしばし悩むように動きを止め、ややあってから遠慮がちに訊ねた。


「……あの、魔王に弱点ってあったりしますか?」

「特にはなかったはず。どの属性でもダメージは通ります。ただ、結界に属性を纏わせている間その属性に関しては無効にしてしまう。魔王もバカではないでしょうから、いつまでもその通りでいるかどうかは怪しいところですが……」

「あともう一つ。禁術の威力はどのくらいですか? 最上級魔法よりは強いと思うんですけど」

「威力に関しては前もって伝えておくべきですね。クロエが最上級魔法の応用として使用したヴォルクァズール・インフェルノ。現時点の魔力とMP総量からすると、最大まで威力を上げた状態のものと比較しても、およそ十倍ほどになります」


 そんなに……。と驚きを口にしたのはクロエだけではない。

 わしを始め仲間たちも驚愕している様子だ。


「使い方を誤れば甚大な被害をもたらす、それ故に禁じられている魔法というわけです。注意点としては、そのあまりの威力から味方をも巻き込んでしまうという欠点もあります。使用する際は被害を抑えるためにレジストはもちろん、勇者の魔法障壁も忘れずに」


 軽く顎を引いたクロエに続き、わしも真面目な顔をして頷いた。

 クロエはざっと属性の光を流し見て、初めから決めていたかのようにその属性の光に目を戻す。


「――やはりそれを選びますか?」

「はい。ロクサリウムの紋章も炎がモチーフなので、やっぱりわたしは火属性にします」

「わかりました。ではクロエに、深淵に眠る滅びの黒炎を喚び出す禁術『ブラドヴェルゴ・アバドーネス』を授けましょう」


 今度は広げたカードを集めるように手を動かすと、女神の手元には赤色の光球だけが残った。

 手の平にそれを乗せたまま、ルナリアが軽く息を吹きかける。球はクロエの胸元へ吸い込まれるようにして、そして消えた。


「っ!?」

「感じますか? 自身の内に生じた桁外れの言い知れぬ魔的衝動を。常人であればその誘惑に打ち勝てず力の行使に走ってしまう。ですが、いまのクロエならばその衝動に抗い制御しきれるはず。あなたに眠る天性の才能故になせる業です」

「……ルナリア様。わたしを信じてくださり、ありがとうございます。必ず、みんなとともに魔王を倒してみせます」

「期待しています。――最後は勇者ですか」

「んぉ?」


 これで皆のクラスチェンジを終えられた安心感から油断していたところ、突然わしにも声がかかった。


「わしもなにかあるのか? それともいつか建造予定のワルド城への先約か?」

「バカなことを言っていないで早く来なさい」

「はい……」


 辛辣な口調につい真面目に返事してしまった。

 まあ、お堅い女子はそれはそれで攻略し甲斐があっていいものだと思うがな。

 何があるとも思えず仕方なしに女神の前へ行く。するとわしに手を差し出しながらルナリアが言った。


「勇者の証をここへ」


 わしは言われた通りに、道具袋から証を取り出して手の平に乗せた。

 ルナリアはしばし勇者の証に目を落とした後、今度はまんじりとわしの顔を見てくる。

 見つめられ続けて少し気恥ずかしくなり、わしは困り眉なんかを作ってみせた。

 と、「はぁ~~」と気の抜けるようなため息をつかれてしまう。


「何度見てもどう見ても、勇者とは思えない風貌ですね。装備の嘆きが聞こえてくるようです」

「わしには早く凱歌を歌いたがって勇んでいる声しか聞こえてこんがな」

「空耳ではないですか?」

「まあ嘘ではあるが。……ところでルナリアよ、その証をどうするつもりなのだ?」

「これですか? これはこうするのです――」


 そう言いながらルナリアは、勇者の証を持ったまま掌底でもくらわすように、わしの胸元にドンと強く押し付けてきた。

 手を離した時には彼女の手に証はなく……。

 一体どこへいったのかとよく見てみると、なんと神竜鎧エルファリスの丸く窪んでいた部分にピタリと嵌っているではないか!


「おお……勇者の証は本来ここに収まるはずの物だったのか」


 雨ざらしになるパン屋の表札になどされていて、それこそ嘆き悲しんでいたことだろう。

 一人驚くわしをよそに、ルナリアは静かに目を閉じて唱えた。


「――エル、エリシア、ノール、ファルス、ロートル、勇気ある者たちに女神の祝福を……」


 すると天井の方から荘厳な鐘楼の音が鳴り響き、同時に光が降り注いだ。

 それはわしだけでなく、女神文字が刻まれた装備を身に着ける者たちも同様。そして楓とベルファールにも同じことが起こっていた。


「装備の祝福と女神の加護を与えました。戦闘不能に陥るほどのダメージも、一度だけ耐え抜くことが出来ます」

「そいつはありがたい」

「勇者には『真』の称号も与えておきました。ついでに」

「ついでは余計だが、ありがとう。これでわしも堂々としていられる」


 各々祝福により輝きを増した装備を確認している最中、ルナリアは楓に歩み寄っていく。


「この中で楓だけ少し寂しいですね」

「別に気にしてないよー。こう見えてもアタシ上忍だしね!」

「ふふっ、あなたらしいです。まあこんなこともあろうかと思い、楓が寝ている間にジパングの玉藻と交信していたのですが」

「お師匠?」


 不思議そうに小首を傾げた楓に頷き返し、ルナリアはなにも言わずに床へ魔方陣を展開した。瞬時に光が弾けると、そこにはいくつかの道具類、そして一振りの刀が現れる。


「これは……?」

「楓が無事にここまで来られたことを伝えたところ、あなたに渡してほしいと言われ預かってきたものです。本当なら玉藻を連れてこられたらよかったのですが、ルミナスが囚われ魔王の力が邪魔をしている今、上の世界から人ひとりは転移させられない。ですがアイテムならば私でも辛うじて大丈夫だったので持ってきました」

「爆裂クナイに分け身の煙玉、風魔手裏剣に凶鬼の式札、これは九尾の丸薬? ……それにこの小太刀……」


 刃渡りおよそ40センチと、いま所持している妖刀・淡墨よりも短い刀を手にした楓は、目を瞠りながらまじまじと検めた。


「淡墨を持っていても扱いやすいようにと、玉藻が子分の狐たちと鍛えた小太刀だそうです。銘は『狐九重きつねここのえ』。玉藻の強力な妖気を纏う刀で、その柄巻きには彼女の九尾それぞれの毛が使われているそうですよ」

「どれどれ~」楓は柄巻きに鼻先を近づけると、すんと鼻を鳴らした。「あっ、ホントだ、ビミョーに獣臭いお師匠のにおいする! 尻尾のお手入れ手伝ってた時が懐かしいなー」


 その時を懐古するように柄巻きに頬を当てて、楓はそっと瞼を閉じた。玉藻の深い愛情に感じ入っているようだ。


「それとその小太刀には特殊な力があるようです。楓、試しに放り投げてみてください」

「え? さすがに貰ったばっかで投げ捨てちゃマズくない?」

「私も聞いただけですので真偽は定かではないですが、本当ならば戻ってくるはず」

「ホントかなー、お師匠たま~にテキトーだからなぁ……」


 とぼやきつつも、楓は鞘から狐九重を抜き――「ほいっ、お狐ちゃん行っといでっ!」と躊躇なく塔の外へとぶん投げる。実に思い切りがいいな……。

 投げられた刀は回転しながら放物線を描き、塔の外へと落ちていった。かに思われたが、どういうわけか淡い紫の妖気を発しながら楓の手元まで戻ってきた。


「なんで……??」

「玉藻の話によれば、その忍装束に織り込まれた彼女の妖気と反応するから、とのことでした」

「へぇー、それは便利だね! お師匠の毛だしで、まさに守り刀って感じ」

「これならば取り落としても安心だな」

「ま、落とさないけどねぇー」


 そう言って笑った楓はなんの憂いも感じさせない、いつもの元気な楓だった。

 柄巻きに頬を寄せた時はホームシックにでもなってしまわないだろうか、なんてことが一瞬過ったが、なんの心配もいらないようだな。

 和やかな空気の中で、女神ルナリアは改めてわしらに向き直る。


「正直、勇者がワルドとなった当初は、あなたたちがここまで来られるとは想像もしていなかった。ですが、人々を助け魔物に立ち向かうその勇気と優しさを見ていて、考えを改めました。ルミナスは正しい選択をしたのだと」


 女神からの嬉しい言葉を受け、わしらは自信に満ちた顔で彼女を見返す。

 しかし、わずかに表情を翳らせたルナリアは憂慮を口にする。


「……そのルミナスが囚われたことで封印が弱まった大魔王ゼルードは、確実にいまの私よりも力を取り戻していることでしょう。けれど、ここまでの間に魔物を生み出したりして力を使ってきているため、完全に戻るにはまだ時間が必要なはず。それでも彼の力は計り知れないほどに強力なものです。……あなたたちを死地に向かわせなければならないことを心苦しく思っています。ですが、いま一度お願いしたい。この世界を、どうか救ってほしい」


 懇願のように紡がれた言葉はしかとこの耳で、心で聞き届けた。


「そんなことはいまさらお願いされんでも承知しているぞ。そうでなければ、みんなしてこんなところまで来たりはせん。死ぬ覚悟とは微妙に違うが、そうなるかもしれんことも覚悟の上だ。わしらは死んでも生き返れるらしいが、さすがに死にたくはないから死ぬ気で戦って死ぬ気で倒してみせるぞ。お前さんがくれた力と皆の想い、そしてこの仲間たちと共にな」


 顔を見合わせた女子らは頷き合う。皆心は一つだ。

 ここまでの長い旅の中で築き上げてきた絆と想いを一つに、ただ一つ掲げた目的を成し遂げるために。


「……ありがとう」


 そう呟いた女神の目尻にキラリと光るものが見えた。

 彼女にも相当な想いと覚悟があるのだろう。


「ルミナス嬢のことも心配するでないぞ、必ず助け出すゆえ」

「妹のことを頼みます」


 珍しく頭を下げた後、ルナリアは目尻を拭いながらまた魔方陣を床に展開した。

 収束した光が弾け飛ぶと、いくつかの小瓶が現れる。中身は赤い液体で、パッと見は果実酒かトマトジュースのようだ。


「この瓶は?」

「聖樹が実を付ける頃にこっそり拝借してきた、ユグドラシルの果実から抽出した回復ドリンクです。飲めばMPが全回復します。ただ、一人一本しか用意できませんでした」

「それだけありゃ十分だ、頭使って戦うさ」

「一人不安な人がいるけれど……」


 ライアとソフィアの目がわしを向く。


「……ん? それはわしのことか?」

「ほかにいないでしょ、勇者さん」

「なにせ、かしこさ53だからねー」

「失敬な。ゴミ呼ばわりされるがそこまで馬鹿ではない。わしも考えて戦うぞ、MPの消費量も減ったらしいしな!」


 ワルドストラッシュもギガルデインも、今まで以上に撃てる喜び。フルチャージはさすがに四連発出来んが、別にわし一人で戦うわけではないからな。

 頼もしい仲間がいる。たぶんベルファールも戦ってくれるんじゃなかろうか? いや、そう期待しよう。一緒に加護を受けたわけだしな。

 と思い彼女の方へ目を向けると、相変わらず愛想のない表情をしていた。

 ……まあ大丈夫だろう。

 そうして各々ユグドラシルの回復薬を道具袋へ納め、女神の前へ並ぶ。


「では、わしらはそろそろ行くとする。いろいろと世話になったな、女神ルナリアよ」

「私はここから祈ることしか出来ませんが。あなたたちの無事を心より願っています」

「うむ、信じて待っていてくれ」

「……いってらっしゃい」


 女神に背を押されるように言葉を受けて、わしらは広間を後にする。

 回廊の先、バルコニーで待つクゥーエルの元へ近づくたび、ついに決戦も間近という緊張に背筋が粟立った。

 決意と覚悟は確かなものだ。それらを強く固めるように床をしっかりと踏みしめて、わしは女神ルミナスの待つ島へと意識を向けたのだ――。

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