第141話 魔王城外苑

 魔王城の遠望もそこそこに。

 上の世界の魔王城とは比べ物にならない広さを持つ庭を見渡して、わしはそこいらから感じられる魔物の気配に注意を向けた。

 焦げたように煤けた倒木、枯れた灌木、抉れた地面。地中と空中のあちらこちらから怪しさを感じる。

 ピリッとしたプレッシャーを与えてくるほどには強いモノたちだ。


「やはりいるな、どことは言えんがすごい数が……」

「大ボスの根城だからな、さすがにすんなりとは通らせてくれねえだろ」

「ここまで来てなんの歓迎もなしでは、逆に肩透かしもいいところです」

「肩慣らしにはちょうどいい運動になるかもね。わたしはあんまり肩使わないけど」

「おっ? クロエちゃんが珍しく冗談言ってる? でもまぁ、邪魔するなら蹴散らすだけだし、経験値稼ぎにはいいかもねー」


 それは一理あると皆が頷いたところで、空から「ギャーギャー、ガァーガァー」と騒がしい鳴き声が聞こえてきた。

 見上げれば、黒い霧に浮かび上がる八つのシルエット。少しして地上に降りてきたのは、黒々とした硬い外殻をもつフェルクガーゴイル四体と、カラスの頭をした黒い翼の鳥人間コルスガァプ四体だった。

 ガーゴイルは以前にも見たことがあるが、ここまで真っ黒ではなかった気がする。鳥人間は初見だな……たぶん。

 しかしどちらも、いかにも筋トレしてます感を醸す筋骨隆々とした体つきだ。

 魔物どもはギャーだのガーだのと叫びながら威嚇してきては、いまにも攻撃してきそうな挙動を挑発的に繰り返す。

 その様子はまるで、攻撃することを躊躇しているかにも見えた。


「なんだこやつらは?」

「目の前に突っ立って進路妨害してんだから、そりゃ敵だろ」

「ならば倒すか」


 各々武器を取り構えると、魔物も覚悟を決めたようで。鼓舞するような声を張り上げながら突進してきた。

 翼を持っているせいか素早さは大したものだ。わし一人ならば手こずるくらいには動きが速い。だがわしらはパーティーだ。こやつらみたいな烏合の衆ではない。

 まずライアと楓が素早く翼を斬り落とすと、硬いガーゴイルをクロエが焼き払い、ソフィアが鳥人間を次々殴り倒した。

 ここまでクロエの下級魔法以外は通常攻撃。

 まだ敷地の序盤だから魔物が強くないのか、それともわしらが強くなりすぎたのか……といってもわし、いま何もしとらんが……。

 あっさりと片付けてしまった女子たちはそのまま奥へと進んでいく。地中を突き破っては現れる腐乱した魔物を出てくる前に叩いたり、物陰から飛び出してきたスケルトンを反射的に潰したりしながら歩く背中が頼もしい。

 しかし何事もないかのような涼しさだな。まるで草でも分けるかのような感覚だ。


「オジサン、早く来ないと置いてくよー」

「わ、わしだって次からは活躍するからな! いまに見ておれよ!」

「そんなことをわざわざ宣言しなくても期待していますわ」

「む、そ、そうか?」


 思いもよらなかった言葉に少し気恥ずかしく頬を掻くと、わしの横をちょうどベルファールが通り過ぎていった。


「……ベルファール! なにも出来なかった者同士、次からは頑張ろうな!」

「黙れ燃すぞ」


 振り返ることもなく告げられた言葉に、わしの励ましは見事に燃やされ冷たい風に流されて消えた。

 頑張れに対し燃すぞと返してくるとは……これもツンデレというやつだろうか? 違うか? しかし女神の塔では明らかに照れていたしなぁ。

 まあこれも彼女なりの愛情表現だと思うことにして先を急ごう。


 淀む空気の中、現れる魔物を倒しながら進んでいく。

 わしはてっきり庭園から直通で城へと行けるものだと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。

 この庭はいわゆる箱庭で外壁に囲まれた中にあり、奥の門から外へ出ると丸裸の白い森が広がっていた。

 城との距離が近づくにつれ城を見上げるようになったことからも、魔王城はある程度の高台に在るということが解る。


「意外と距離がありそうだ」

「ここまで来たんだから、焦らず着実に進んでいこうよ。なにが待ち構えてるか分からないし」

「それもそうだな」


 クロエに頷き返して、警戒しながら森を進んでいく。

 薄暗い中にあっても、これだけ白い木々が並んでいると妙に明るく感じられるから不思議だな。

 しかし、枯れた白木がまるで骨のようだ。

 そんな感想を抱いたまさにその時、どこかからカキョキョ――と軋むような音が鳴った。

 周囲を注視すると、木だと思っていた物の枝が落ち、急に地面から頭が這い出て四足の獣の形に組み上がる。その数およそ三十余り、体長二メートル弱のオスロベティアという骨の魔物だ。


「けっこうな数が出てきたわね」

「動きもなかなかすばしっこいみたいだし、さっきの連中よりはまだ楽しめそうかなー」


 一番速いソフィアと楓がそれぞれ散開すると、それを追って骨の獣も移動した。

 たしかに見る限りでは動きが速い。骨の軋む音をさせながら動くのは耳障りで勘弁してほしいものだが。


「さて、あたしも場所移すか」


 ライアも離れた場所で戦うようで、わしらの元に残る魔物の何匹かを引き連れていった。三人がそれぞれ戦っている場所の周囲でも同じように魔物が生まれていることから、この森自体がこの魔物の巣なのかもしれないという示唆を得る。

 カキョ、という音に目を向けた先で、オスロベティアが鋭い牙をガキンガキンと打ち鳴らしていた。歯は金属のように硬いらしい。

 わしは剣と盾を構え戦闘に備える。

 と――、いきなり獣が飛びかかってきた!

 冷静に盾で押し戻すべく、タイミングを見計らいシールドバッシュ。しかし上手いこと体を丸め足で盾を蹴った獣は、そのまま後方へ飛びずさる。

 わしはその一瞬を逃さぬよう剣を振り下ろすも、盛大にスカった。

 バカにするようにカタカタと頭を振られ、その場でジャンプを繰り返す獣。


「ぐぬぬ、わしの素早さでは捉えきれんというわけか……ッ」


 それにつけてもわしをコケにしおって……許さんっ。

 咄嗟に剣を逆手に持ち替えオーラを纏わせたわしは、いまだ笑い転げるオスロベティアへ向けて腕を振り抜いた!

 松明を百本集めたような輝きを放つ剣閃が飛んでいくと、本物の白木を薙ぎ倒しながら魔物へと直撃した。

 ズガァァアアンと爆発を起こした直後、猛烈な爆風に巻き込まれた白木に擬態していたオスロベティアが、目覚めるようにして次々獣の姿を成す。

 いらん場所の魔物まで起こしてしまったっ。


「……まあ、どのみち倒さねばいかんからな。一網打尽にしてやろう」

「想定はしてなかったわけだね、勇者さん」

「いやそれは違うぞクロエ。わしだってたまには計算するのだ、頭を使ってな」


 わしはこめかみ辺りをトントンと軽く指で叩いた。

 すると呆れたようにため息をつきながらベルファールが言う。


「計算した挙句が面倒ごとか。かしこさ53なら仕方がないか」

「経験値の足しになると思えば、無駄も無駄でなくなるぞ?」

「ものは言いようだ」

「まあまあ。ここで粗方片付けちゃえば移動も楽になるんだし。面倒もそう悪いことじゃないよ……時と場合によるけど」


 フォローかと思ったが、微妙に渋い顔を浮かべているクロエ。いまはその時ではなかったというわけか。


「しかしだな、巣ならば根こそぎ駆除をするものだ。昔城の地下に沸いたアリンコを退治する時、親がそんなことを言っていたからな。これもその要領だぞ、たぶん」


 自信なさげなわしの言葉に肩をすくめたベルファールは、沸いた魔物を倒しに一人東へと歩いていく。

 ややあって、紫の光が発生したので目を向けると、闇の炎が豪風とともに吹き荒れ、東側一帯を焼き尽くした。

 ベルファールは相変わらず、つまらなそうな顔をして戻ってくる。


「なんだ、まだ終わってなかったのか」

「いまやろうとしていたのだ。……いまに見ておれよ、あっと言わせてやるからな」


 わしは文句を垂れながら剣気をチャージする。方々に散る仲間たちがそれに気づくと、射線上の範囲から離れてくれた。楓に至ってはこちらに注意を引くように、閃光玉を進路上へ投げてくれる。お膳立てという奴だな。

 その甲斐あってか、何事かと獣どもが集まってくる。


「まさに飛んで火にいるなんとやら。射線上の擬態しているやつらごと消し飛ばしてくれる――くらえい、ワルドストラァアアアアッシュ!!」


 ズオオオオ! と放たれたオーラが木々を破壊し、魔物を両断しながら飛んでいく。良い機会だからと、低チャージでの効果範囲を確かめる目的もあったので、溜めた気はおよそ二発分だ。効果範囲は幅およそ七メートル、長さは……よく分からんが結構吹き飛んでいるな。

 ところどころ切り株が目立つが、見事綺麗に道となった森。わしは得意げな顔をしてベルファールを見た。


「どうだ? わしだってやる時はやるのだ」

「道を作ったつもりなら整地が甘すぎる」


 彼女はそう言うなり、手のひらに発生させた黒炎を垂らすように地面へ落とした。すると、今しがた出来たばかりの道もどきをなぞる様に、炎がサアッと走っていく。

 切り株を燃やし地面を焦がした炎は、わしが伐採できなかったであろう奥の方の木々をも焼却した。

 後には焦げた臭いを漂わせる黒い煤の道が出来上がる。

 あっと言わせるどころか、わしの粗の後処理をされるとは……。

 クロエに無言でポンポンと背中を叩かれる。励まされては惨めなヤツみたいに見えるだろうが、格好悪いことに変わりない。

 まあ、わしの出番はこんな序盤ではないということだな。

 気を取り直して出来たばかりの道を行く。

 ベルファールの炎はやはり魔物ごと処理したようで、道を外れなければオスロベティアと遭遇することはなくなった。

 しばらく歩きやがて白木の森を抜けると、今度は墓地が広がっていた。簡素な木組みのものから石造りの大きなものまで。

 ここは魔物の共同墓地か、はたまたアンデッドの居住地か。

 どちらにせよ、明らかにヤツらが這い出てきそうな雰囲気だな。

 また面倒くさいことになりそうだと、億劫さを感じていたところ。


「アタシが魔物誘き出すからさ、クロエちゃんまとめて処理してくれる?」

「うん、任せて」


 楓がおもむろに複数本のクナイを取り出して、その場で高く跳躍する。墓地一帯にバラまくように投擲すると、地面に突き刺さった瞬間に爆発を起こした。玉藻から受け取った爆裂クナイだ。

 すると、墓を壊されたことに対して怒るように、次々と湧き出したアンデッド。

 馴染みのスケルトンにスケルトンマーダーを始め、骨だけとなったリザードマンにリザードロード。箱の中から身を乗り出しては腐葉土を食う小型の骸骨マッドミミック。リッチよりも身長の低いコリッチに、大型の腐乱した屍などなど。とにかく種類に富んだ魔物の群れが五十余りも現れた。

 クロエは構わず高速二重詠唱により、炎と風の魔方陣を同時に展開。

 まずは局地的に巨大な竜巻を起こす「ヴォルグテンペスト」を墓地中央に使用。続けざまに爆風とともに火炎を放出する「フラムフェルゴ」を唱え、竜巻に巻き込ませた。

 ゴォオオオという轟音とともに焔を伴った竜巻が吹き荒れ、魔物たちを墓地ごと燃やし尽くす。

 墓も綺麗さっぱりなくなり、文字通りの更地と化した。


「これは見事な連携だな」

「範囲潰すならやっぱ魔法が楽でいいよな」

「そうね、手間を考えるとその方が手軽だわ」


 物理ではこれだけの範囲を潰すのに多少時間もかかるからな。その点魔法は範囲が広く、クロエやベルファールならば火力も申し分ない。

 一瞬で戦闘を終わらせた後、わしらは墓地を抜けてしばらく林道のような砂利道を上る。

 道中現れる有翼の魔物たち、マスターゴブリンとかいうゴブリンの最上位種に、皮膚の弛みまくった気持ちの悪いゲールオーク。ひと際大きな図体をしたキングオーガなどを、ひたすら倒しながら坂道を登りきった。技の使用を強いられる程度には強い魔物たちだった。

 そうして拓けた視界の先で、遠目では分からなかった事実が判明する。


「……地続きではなかったのか」


 わしらの目線の先には魔王城が聳え立つ。しかし、わしらの立つ地面と城のある

場所までは、大地の裂け目で隔てられていたのだ。

 というより、四方を切り取られた崖の上に魔王城が建っている。その距離、目測でおよそ百メートル以上はあるだろうか?


「さすがにこの距離は飛んでどうなるってもんじゃねえぞ」

「クゥーエルも帰してしまったし、打つ手がないわね」

「楓ちゃん、飛べない?」

「むりむり、さすがにアタシでもこれはムリだよ。てかベルファールって転移魔法使えるんだよね? ちょいちょいーって侵入できないワケ?」

「私は召集されたからと、こんなところには来ない」


 そういえば、転移は一度来たことがある場所にしか行けないんだったか。

 にしても忍である楓でもやはり無理ということは、ここまで来て詰んでしまったのか……。

 しかし諦められず周囲を見渡していると、崖の縁の地面になにか四角い台が置かれていることに気づく。

 わしは寄せられるように近づいた。確認してみると、黒い台座には多角形をした窪みが四つ存在している。


「見るからに怪しいが、なんだこれは?」


 そう口にしてから、なにかが脳裏を掠めていく。どこかで見たことがある形と大きさだ。

 どこでだったか……と、一人悩んでいると。「これって、四天王を倒した時に手に入れた結晶じゃない?」と発言したのはクロエだった。


「――それだっ!」


 わしは天啓を得た気になり、急いで道具袋から結晶を取り出す。

 灰塵のカルナベレスの土色の結晶、不死のデスタルクの水色の結晶、炎帝のイグニスベインの赤色の結晶を次々嵌め込んでいく。

 よし。そう頷き、しかしそういえばと同時に思い返したのは、獄黒のベルファールの結晶だ。

 道具袋を漁っても見つからないということは、手に入れてない。

 わしはジッと彼女の顔を無言で見つめ続けた。こっち見んなと言わんばかりに睨まれても構わず見つめていると、観念したのか「ふん」と鼻を鳴らしながら、ぶっきらぼうに緑色の結晶を差し出してくる。


「うむうむ、ありがとう」


 ニヤニヤしながら受け取ったわしは、残りの窪みに結晶を嵌めた。

 ――と、急に台座が輝きだし、地面が伸びるようにして断崖と陸の孤島を繋ぐ。

 役目を終えた結晶たちはひとりでに外れて地面を転がった。

 またなにかに使えるかもしれないからと、わしは再び道具袋へ納める。

 そこでふと、疑問に思ったことをベルファールに訊ねた。


「しかしベルファールよ。四天王なのに魔王城へ入ったことがないというのは驚きだな。一体どうやって四天王に選ばれたのだ?」

「ある日急に、魔族にしか通じない思念波で頭の中に話しかけられたんだ。魔剣レギスベリオンの在り処を教えてやるから四天王の一角を担えとな」

「なるほど。力を欲していたお前さんは、それに素直に従ったわけか」

「……結局、剣は私の手元から離れたが、いまとなってはこの剣も手に馴染む気がするからどうでもいいことだ」


 言いながらクリムゾンラウヘルを見下ろすベルファール。

 実に魔剣がよく似合う女子だな。素直にかっこいいと思う。

 そんな彼女のおかげで道も出来たことだし、ここは先を急ごう。


「……お前さんたち、いよいよ魔王城だな」

「ようやく本丸に潜入か」

「ここからは、より気を引き締めていくべきね」

「魔物も強くなるだろうから、気をつけて行こう」

「そうだねー、いままで通りとはいかないかも」


 皆一様にこの先々の心配をする。

 だが案ずることはない。皆がいればどれだけの困難が立ち塞がろうとも打ち破れる。それだけの絆をここまで育んできた。

 わしらはパーティー、決して一人ではないのだから。

 道の先に聳え立つ、真っ黒くおどろおどろしい魔王城を睨み、そしてわしらは坂を上る。

 いざ、決戦の地へ。

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