第131話 ザクスリードの町――武闘会エントリー
聖都エーデルクルスから、移動することおよそ一時間ほど。
見渡す限りの大草原の只中に、背の高い壁に囲まれたレンガ造りの町が見えてきた。武闘会が開かれるという、ザクスリードの町だ。
いままで下の世界を旅してきた中で、人間の住む町としては最も大きな町のように思う。
ここまでレブルゼーレの背に揺られてきたわけだが。ドラゴンの飛行能力があってこその移動時間だろう。もしも移動手段が馬だったり徒歩であったならば、もっと時間を要していたことは想像に難くない。
レブルゼーレに感謝せねばな。
町から少し離れた地面に着陸し、わしらを下ろしたレブルゼーレ。
わしがその顔を見上げ、礼を告げようと口を開きかけたところで――なぜか彼は頭を地面に伏せた。
「……? レブルゼーレよ、ここまで本当に世話になった。心から礼を言う、ありがとう」
「ああ」
「後のことはわしらがなんとかする故、お前さんはもう自由になってよいぞ」
「ああ」
そう返事したきり動かないレブルゼーレ。
しばし様子を窺ってみるも、やはり彼は微動だにすることはなかった。
わしは怪訝顔を浮かべて問う。
「……ん?? もしかしてまだ眠いのか?」
「そういうわけじゃない」
即答し、わずかに頭を持ち上げた黒竜は、しょぼしょぼする眼を頑張って開きながら言う。
「まあ、暇だからな。それに移動手段が必要だろ? 俺がその役を買ってやる。武闘会だかなんだかが終わるまで待っていてやるよ」
「ありがたい申し出だし、待つのはよいのだが……いつまでかかるか分からんぞ?」
「なら暇つぶしにでも、そこらの魔物でも狩って遊ぶから問題ない」
「暇をつぶしてでも暇だからわしらを待つのか?」
なんだか理にかなっているのか矛盾しておるのか、いまいちわからんな。
一人困惑していたところ、ちょんちょんと肩を突っつかれた。振り向くと、楓が内緒話でもするように耳元へ口を寄せてくる。
「レブルゼーレは寂しいんだよきっと。オジサン、わかってあげなよ」
「寂しい……このナリで? ――ああいや、見た目に寄らないことも多いのは実感としてあるが……」
竜を見やると、わしから目を逸らすように顔を背けていた。その視線が時折こちらを向いては、またどこかへ泳ぎ、「ふー」と気忙しそうなため息をこぼす。
……まあここは彼を慮って見なかったことにしてやろう。ドラゴンにもプライドはあるだろうからな。そんな気遣いも出来るくらいには、わしも思いやる心を持てるようになった。
「そういうことならば待っていてくれ。出来るだけ早く用事を済ませてくる」
「ああ。なら俺はしばらく散歩に出かける。頃合いを見計らって戻ってくるから心配するな」
「うむ、ではまた後で合流しよう」
しばしの別れを告げると、レブルゼーレは立ち上がりゆっくりと歩き出した。
どうやら本当に散歩する気らしい。……旅人や行商が驚かなければよいが。無理な話か。
のしんのしんと地面を揺らしながら去っていく背を見届けて、わしらは町の中へ。
高さはないが背の揃う赤レンガや茶色のレンガの町並みは、聖都からやってきた身としてはかなり都会に映る。
こういった町も久しく感じられるほど、濃密で充実した時間をあの場所で皆と過ごしていたのだと思うと、少しだけ感慨深くなった。
「どうしたおっさん、そんなとこで突っ立って」
「そうですわ。早く武闘会にエントリーしに行きましょう」
「む、そうだな。旅行しにきているわけではないのだった。では急ぐとするか」
歩き出した皆の背に、ついていこうと足を踏み出したところで。楓が思い出したように「あっ」と声を上げた。
「ねぇ。アタシ、寄りたいとこあるんだけど。ちょっといいかな?」
「楓ちゃん、なにか買い物?」
「うん。丸薬の材料買いたいなって思ってさ」
「そういや戦闘中にもかじってたな。あたしも一つ分けてもらったっけか」
「そういえば私ももらっていたわ。……でもそうね。闘技場の場所なんかを聞いてからでも遅くはないでしょうし。まずは道具屋へ向かいましょう」
逸る気持ちがあるからだろうか。いつもはわしに訊ねてくるのに、無視した上でソフィアが率先して仕切っている。そして、誰もわしに聞いてくれんとは……。
これがチームワークというヤツか? 変なところでも一体感があるな。……除け者にされているのは少々腑に落ちんが、まあ良いだろう。
そうして石畳の敷かれた道をしばらく歩いてやってきた道具屋。露店ではない屋内の店に足を踏み入れると、種類がかなり充実したアイテムの数々が出迎えた。
楓はさっそく店の中を回り、丸薬の材料をポイポイとテンポよくカゴの中へと放り込んでいく。
その間、わしらは情報収集のために店員に話を聞くことにした。
カウンターへ向かうと、店員の女性がまるで値踏みでもするかのような目でわしらを見てくる。
「あんたたち、あんまり見ない顔だけど冒険者?」
「うむ、今日初めて来たばかりだ」
「だったら知らなくて当然か」
「なんの話だ?」
わしがそう問うた時、楓がちょうどレジへとやってきた。目当てのものを見つけられたのだろう、その表情は満足そうに緩んでいる。
レジに乗せられたカゴを覗いてみると、薬効の高そうな野草に実。何種類かの粉と、味付け用だろうかハチミツや黒糖なんかが入っていた。
「お会計おねがいしまーす」
「それは出来ないね」
にべもなく告げられた女性の言葉に、わしは数瞬反応に困る。
目を瞬くだけだったわしの代わりに切り出したのは楓だ。
「なんで?」
「この町出身でない冒険者は、武闘会で勝利を収めなければアイテムも買えないルールになっているからさ」
「けったいなルールだな。んなもん馬鹿正直に守るやついんのかよ」
「守らなければ出禁にされるだけだよ。締め出されたくなければ、我慢して出てみることだね。アイテム購入までなら一回戦だけでいいからさ」
購入条件を教えてくれた店員に、小首を傾げたソフィアがふと訊ねた。
「その口ぶりからすると、勝ち上がれば特典が増えていきそうな感じだけど」
「ご明察。一回戦は武具やアイテムの購入が可能になって、二回戦は買えるアイテムのグレードが上がる。三回戦を勝ち進めば地下にある歓楽街への入場が認められ、準決勝を勝てば全歓楽街施設へのフリーパスが与えられる」
「優勝者の特典は?」
クロエの問いかけに、わしらは固唾を飲んで店員の答えを待った。
皆を見渡してからニッと口角を上げた彼女は、おもむろに口を開く。
「決勝で前回覇者のチャンプを倒した優勝者には、チャンピオンベルトが授与される」
「……それだけなのか?」
「いや。あと賞金と、この町の一等地に建てられた住居が与えられるよ。いまのチャンプは魔物なんだけどね」
「魔物がチャンピオンなのか……」
そりゃあ魔物も出場できるという話は聞いていたから不思議はないが、しかし前回の覇者とはな。
主に素手でやり合う大会だとは聞いたけれども、これはなかなか手強そうだ。
「ちなみにチャンプは四大会前から出場してその座に居続けているよ」
「相手にとって不足はないってところかしらね」
そう呟いたソフィアの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
その横で、残念そうにジッとカゴを見つめていた楓が静かに口を開く。
「それで、結局これ買えないんだよね?」
「一回戦を勝ち進むまではね」
「はぁ……分かったよ。だったら早いとこエントリーしにいこオジサン」
「うむ、そうしよう」
「アタシ棚に戻してくるから、先に出て待ってて」
言うなり商品を棚に戻しにいく楓。
わしらは闘技場の場所と事情を教えてくれた店員に礼を言い、店を後にした。
そして少し遅れて出てきた楓とともに、町の東にあるコロシアムへと向かう。
円形の建物が空からも見えていたが、地上から間近に見てみるとその大きさに驚く。観客も五千人くらいは入りそうだ。
会場の外には人々のほか、主に亜人種の魔物の姿もちらほらと確認できた。
ちゃんとしたルールが敷かれているからだろう。居住区は別だと思うが、この町では人と魔物が上手いこと共存できているらしい。
おそらく武闘会も大きな一因となっていることだろう。ガス抜きにはちょうどよさそうだからな。
と、見物もそこそこに。
わしらはコロシアムへと足を踏み入れ、さっそく受付へと向かう。
階段に挟まれるようにして設けられている受付には、何人かの参加希望者が並んでいた。その最後尾、青黒い体をしたホブゴブリンの後ろに並ぶと、小馬鹿にするように半笑いながら魔物が振り返る。
「んだホブ? お前も参加するのかホブ?」
「わしはホブでもボブでもない、ワルドだ」
「名前なんて聞いてないホブ。だがお前みたいなのが出るんなら俺は楽勝ホブ」
「ゴブリンよりも多少知能が高いからといっても所詮は阿呆だな。ちなみに出るのはわしではないし、人間だからとそこらの一般人と並べて見ん方がよいぞ。お前さんなどいわゆるワンパンというやつだ」
「あんぱんならそこの売店で売ってるホブ。予選前から食いしん坊な人間ホブ」
「あんぱんではないワンパンだ。まったく、話の通じんやつだな」
まあ、わしのことを珍しく悪く言わなかったことは褒めてやってもいいだろう。
しかしながら相手をするのも面倒くさいタイプだな。と思わず渋面を浮かべていると、背後からけらけらと笑う声が聞こえてきた。
「知ってるかおっさん? ケンカってのは程度が同じじゃないと成り立たないんだぜ」
「これは喧嘩じゃない諭してやっておるのだ、勇者のわしが直々に――って、なぜわしは魔物なんかと言い合いをしとるんだ……」
「勇者だホブ?」
わしがため息をついたその時、目の前のホブゴブリンがそう呟いた。
目を向けると、前に並ぶ参加希望者のほとんどがわしに振り返っている。
「勇者?」「あれが噂の勇者の一行か」「四天王を倒したとかいう?」「ていうか後ろにいるの獄黒のベルファールじゃないのか?」「なんで奴らと一緒に」
などなど、様々な言葉がひそめた声で聞こえてくる。
これは変に注目を集めてしまったか? まあソフィアならばここにいる連中を倒すのに十秒もかからんだろうが。
それから、変な空気を引き連れたまま並ぶこと十分。ついにわしらの受付の番になった。
「いらっしゃいませ、勇者の御一行様ですね」
「うむ、もはや隠すことに意味はないな」
「初めてのご参加ということで、ルールについてご説明をしても?」
「ある程度は知っているが、よろしく頼む」
わしが頷くと、受付の女性はルール説明を始めた。
ほとんど聞いた内容ばかりだったが、声が可愛いからついつい真剣に耳を傾けたくなってしまったのだ。ということは内緒にしておこう。
聞いたことのないものとしては。明朝、予選が行われ、その後すぐに本選が始まるということ。決勝は中一日休みを取って三日目に行うそうだ。予選の内容は、五つのブロックに分けられた参加者が一時に戦い、最後の四人になるまで戦うというもの。四人になった時点で本選出場者が決定する。つまりは計二十名で本選が行われる。対戦方法はトーナメント方式だそうだ。前回大会で三回戦以上に残ったことのある者が本選にいた場合シード扱いとなり、二回戦からの出場となる。
「あ、あと最も重要な注意点なんですけど。物理的な技は大丈夫ですが、魔法などはルール違反で失格となります、ご注意ください。相手を死に至らしめた場合も即失格です。その場合は二度と参加することも出来ませんので気をつけてくださいね」
「分かった、肝に銘じておこう」
「試合後は個人ごとに用意された控室で休むことも出来ます。上手く利用して体力回復に役立ててくださいね」
「うむ、了解した」
「それでは参加される方のお名前を、こちらのエントリーシートに記入してください」
わしが脇に避けると、ソフィアが用紙へと向かう。
さらさらと流れるように記名し終えると、受付の女性は内容を確認した。
「はい、これでソフィアさんの参加を受け付けました。ほかの方も参加されますか?」
わしらは顔を見合わせて、皆一様に首を横に振る。
「あたしはパスだ。素手で殴るとか向いてねえし」
「わたしは魔法使いだからそういうのはちょっと」
「アタシも出てみたいけど、やっぱやめとくよ。術なしでソフィアとガチで遣り合ったら、あんまし勝てる気しないからさー」
「わしもやめておこう。なんだか転ばされて終わりそうな気がするからな……」
「そう? 私は戦ってみたかったんだけど、本当に残念だわ」
転ばされた挙句転がされたりしたら目も当てられんし。
ソフィアはそんなことはしないと思うが、他の連中は分からんからな。
「それでは参加は一名ということで。明朝七時から予選が始まるので遅れないようにしてくださいね。あ、本選一回戦を勝たなければアイテム等は購入できませんが、お食事することや宿には泊まれますのでご安心ください」
「そうか。では今夜は町の宿に世話になることにしよう。明日にまた来る、ではな」
「明日の予選、頑張ってくださいね!」
手を振ってくれた受付の女性に手を振り返し、わしらはコロシアムを後にする。
来る明日の予選。そして本選。血沸き肉躍るような戦いの祭典に、ソフィアが出場するということ。
人知れず高揚している心は、やはり歩調にも表れるようで。
ぎこちないスキップを笑われ、またからかわれながら歩く、宿への愉快な往路となったのだ。
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