第33話 蔦の塔の蛾
朝早くにロクサリウムの街を出、東に向かう。
新たな装備はまだ体に馴染んでいないが、自分が少しだけ強くなったような気にさせた。
わしが身に纏うのはフレイムタンとフレイムメイルだ。
剣の方は斬り付けた際に焔が吹き出し、鎧の方は攻撃を受けた瞬間に炎が全身を覆って火炎のダメージを軽減させる機能が付いている。上級の物になると半減だったり、中には完全に無効化出来るものもあるそうだ。
赤で固めた装備に、購入した時はライアとお揃いだなと思って少し嬉しくなったのだが。残念なことに、その女剣士は金と黄色基調のサンダーメイルなぞを装備していた。
「今まで赤だったから、なんか違和感しか感じねえ……」
「確かに、見慣れないわね」
「お前は大して色変わらないからいいよな」
言いながら、少し恨みがましい目をソフィアへ向けた。
ソフィアも装備を新調したのだが、購入したのがクレリック職用アイスローブだったため、元の青い法衣と色合いがさして変わらないのだ。
強いてあげるならば、淡い水色が指し色となっているくらいか。
「あなたも赤にすればよかったのに」
「おっさんとペアルックなんか出来るかよッ! 恥ずかしい!」
「わしは一向に構わんのだがな」
「あたしがかまうんだよ!」
照れているのかライアは頬を少し赤く染め、そんな反論をしてくる。
女子はそういうのを気にするのだろうか。別に恥ずかしがることでもないと思うのだが……。それとも、わしがおかしいのか?
そんな他愛のないやり取りで盛り上がりながら、わしらは道を歩く。
そうして、森を背にする村へ到着した。
二階建て民家くらいの高さがある見張り台がぐるりと囲み、壁の役割をしている。良質な木材を採る木こりの村ということで、部外者が乱獲等しないよう見張るために、多少の警備も必要なのだろう。
入口と思しき半円に空いた部分から中へ入ろうとした時だ。
「待て」
ライアに鎧の襟を掴まれて引き戻される。
「どうしたのだ?」
「なにか臭わないか……?」
「わしはこいておらんが」
「そういうことじゃねえよ。なんていうか埃っぽいっていうか、花粉みたいな臭いだ」
「たしかに、常ならないものが臭ってくるわね」
前々から思っていることだが、この二人の嗅覚はどうなっとるんだ。
わしにはさっぱり感じ取れないものを敏感に察知する。わしも場数を踏めばこうなれるのだろうか。
真っ先に危険を感じて仲間に知らせる勇者……いまはまだ憧れでしかないな。
「その臭いとやらが、この村で起こっている村人睡魔に襲われる事件と関係しているのだろうか?」
「そのダサい三面記事みたいなのはともかくとして。たぶん間違いないだろうな」
「村に足を踏み入れたら最後。恐らく、私たちも眠らされてしまうでしょうね。それが吸い込んだ量によるのか、浴びた時間なのか分かりませんが……」
中で村人も眠っているのなら、話を聞こうにも聞けないということだ。情報がなにも得られないというのは、依頼を遂行するにあたっては辛いところではある。
他になにか知っている者がいないかを探すため、わしらは村を大きく迂回して森へ入った。
幸いなことに、森の中にはその花粉やら埃やらは降り注いではいないらしい。臭いが森林そのもので一先ず安心だという。
「まあ、木こりってんだから、森の中に休憩小屋の一つも建ててるだろうしな」
そういうことだ。
もしかしたら、小屋に人が居るかもしれない。そんな少しの期待をもって森を進むと、案の定ボロい掘っ立て小屋が見えてきた。壁板は苔生し、屋根は簡素なトタンで錆が浮いている。
薪割用と思われる切り株の上には、今しがた置かれたように斧が刺さっていた。
わしは扉まで近づくと、「たのもー」と声をかけてみた。
すると中から、「だ、誰だ!?」と緊迫した男の声が返ってくる。
落ち着くよう宥め、ロクサリウムのギルドから依頼を受けてやってきた冒険者であることを告げると、男は扉を開けて話をしてくれた。
聞けば森の中に突然、蔦で出来た塔が出現したというのだ。
頂からは時折、嘶くような声が聞こえてくるらしい。すると決まって細かい黄色の粉みたいなものが降ってきて、村の方へと流れていくのだそうだ。
二人が気づいた臭いの正体だろう。
話を聞いて、「もしかしたら」と呟いたのはクレリックだった。
「この事件、魔王の仕業かもしれませんわ」
「魔王がこんなところに来とるのか?」
「そうではなく、私たちの旅を邪魔するために魔物を送り込んだのかもしれません」
「そいつはあり得るな。たぶん魔泉の一件が悔しかったんだろ。それにここは魔法職用の武器の材料が採れるってんだから、村が機能しなくなると冒険者どころか国も困る。もちろん装備が必要なあたしらもな」
「しかし、わしらはもう既に武具を購入済みではないか」
しかも、杖が必要な者は一人もおらん。クレリックであるソフィアも、もとバトラーの経験から素手で殴ってばかりだし。いま手にしている杖は一応アイスロッドではあるが、道中も使ってはいなかったしな。
わしの最もな言に、二人は呆れたように肩をすくめた。
「魔泉でも分かっただろうが、たぶん魔王はバカなんだろ」
「私もそれには同感だわ。後手どころじゃなく手遅れなことしかしないのだから」
「だが、村人を放っておくわけにはいかんしな」
「そういうこった。なら、さくさく登ってさっさと退治してくるとするか」
木こりの男に礼を言い、踵を返して小屋を後にしようとしたところ、「待ってくれ!」と声をかけられた。
「どうしたのだ?」
「こいつを持って行ってくれ」
そういって渡されたのはマスクだった。
木を薄く削った型に小さな穴をいくつも開け呼吸出来るようになっており、肝心のフィルター部には主に葉っぱや綿などが重ねられていた。
「試作を何度かして、一応完成まで漕ぎつけたものだ。あの粉を使われて眠らされたら終わりだからな、使ってくれ」
「すまぬな、恩に着る」
そうしてわしらは男に教えられた道のりを歩き、森の真ん中辺りまでやってきた。
目の前には、植物が複雑に絡み合い上へ上へと延びる塔らしきものが聳えている。
わしらは顔を見合わせ覚悟を確かめ合い、そうして塔の中へと進入した。
塔の中も外見と違わず、全てが植物で出来ていた。
折り重なるようにして絡み合う蔓は、わしが踏んでも沈まないほどに頑丈だ。
螺旋階段のような坂をひたすら上り、途中昆虫型の魔物を斬り伏せまたは殴り飛ばしながら、天窓が開く頂上を目指す。
そうして男から貰ったマスクを着用し頂に出ると、そこは森の木々より少し高い場所だった。
空が近く感じる。吹き抜ける風が心地よい。
マスクがなければ、爽やかな森の匂いを肺一杯に吸い込んだだろうに。しかしそんな呑気なこともしていられない。
目の前に、わしら三人が両手を広げたほどの大きさがある翅を備えた、蛾が浮遊していたのだ。翅の表面には、黄色い粉のようなものが大量に付着している。
「なるほど。眠りの粉の正体は、こいつの鱗粉だったってわけか」
「このマスクがどれほど保つのか分からないから、早めに倒さないと」
ライアが紫電の太刀を抜き、ソフィアが拳を構える。
わしも慌てて、遅ればせながらもフレイムタンを抜いた!
『キィイイイエエエエエエエエエ!!』
蛾は嘶きと共に翅をばっさばっさと扇ぎ始め、鱗粉をまき散らしながら浮上する。
このまま上空に逃げられては手が出せない。
すると、ライアは抜いたばかりの刀を鞘に納め、なにやら抜刀の構えへ移行する。
「させるかよ! 紫電一閃ッ!!」
鯉口を切り一気に抜き放つと、鞘走った刃に稲妻が纏う。剣閃がそのまま伸びていくように稲妻が走り、上空の蛾の胴部をパックリと切り裂いた。
裂傷からは緑色の体液がドバドバと噴き出す。しかし致命傷ではないらしい。
再び奇怪な鳴き声を上げると、口から糸のようなものを吐き出した。
「おっさん、焼き切れ!」
「わしの出番か! 任された!」
これは嬉しい! わしにも役目が出来たのだ。フレイムタン様様だな!
わしは急ぎライアの前へ躍り出て、飛んできた糸を剣で横に凪ぐ。一瞬絡みつくかに見えた糸は、噴き上がった炎に飲まれ一瞬にして焼失した。
「さすがにあの高さでは飛べないわね。なら――」
ソフィアは珍しく杖を手に取ると、それを数十メートル上昇した蛾に目がけて振るった。
先端の青い宝石が煌き、その先で氷の塊が形作られる。そして弾丸のように射出された。
しかし蛾は上手いこと翻りながらそれを避ける。
蛾はさらに上昇し、お返しにと言わんばかりに強く翅を扇ぎ、大量の鱗粉をまき散らす。
「ちっ、ちょろちょろしやがって。あれじゃ届かねえじゃねえか」
「ロッドの氷も避けられるんじゃ、手の出しようもないわ」
「ど、どうするのだ? このままではマスクの効果が切れるのを待つだけだぞ!?」
「いま考えてんだ、おっさんは黙って――ん?」
狼狽えるわしを叱責しようとしたところで、ライアが何かに気づいた。その視線は、わしの剣と鎧を交互に見やっている。
「どうしたのだ?」
「いいこと思いついたぜ。おっさん、飛んでこい」
不敵に笑いながらわしの肩を叩くライア。
その意図に気づいたのか、ソフィアも「なるほど」と口にした。
「いや、二人で納得しとらんでわしにも分かるように説明を……。それにわし、飛べんし」
「悪い悪い、いま説明してやるよ。以前旅の途中で立ち寄った町のパン屋がさ、爆発事故で焼けたのを思い出したんだ」
「パン屋が爆発? 火薬入りパンでも作っていたのか?」
ことの次第を知らなければ当然とも言えるその質問に、「そうじゃない」と首を振った。
「パン屋は小麦粉を使うだろ? それを従業員がぶちまけちまったらしくてさ。その時たまたま主人が目玉焼き作ってたらしいんだ。その火が大気中に舞った粉に引火して、一気に伝播して燃焼、爆発したってわけだ」
俗に『粉塵爆発』と言われているらしい。
小麦だけでなく、粒子の細かい燃える物質なら起こり得る現象だそうだ。
「それで、その粉塵爆発とわしがどう関係しているのだ?」
「要するにだ、」
いきなりソフィアに担ぎ上げられ、そのソフィアはというと、ライアが地摺りに構えた刀の峰に足をかけた。
戸惑うわしになど構わずに――
「行くぜッ!」
第一波。まずライアが刀を大きく振り、わしごとソフィアを上空へ投げ飛ばしす。
「勇者様、私が合図をしたら、自身の鎧に剣を叩きつけてください」
それだけ伝えると、ソフィアはわしを蛾に向かってぶん投げる!
ものすごい速さで縮まる距離。鱗粉が四方八方に盛大に舞い散る中――
「いまです!」
「む、よく分からんがやれば良いのだな!」
わしは言われた通りに、買ったばかりの鎧に剣を叩きつけた。
するとフレイムタンの火炎から身を護るように鎧から炎が噴き出し、一気に全身を焔が包む。
瞬間、
鱗粉の一部が燃えると、それが伝播し刹那的に燃え広がり、爆発を起こした!
「のわぁああああああああっ!!」
耳を劈く爆音。赤やオレンジの光で目がチカチカする。思わず瞼を閉じて遮断した。
自分がいまどこにいるのかすら分からん状況の中、抗いきれぬ力でふっ飛ばされる。
ゆっくりと目を開けると真っ逆さまに落ちているのが分かった。樹が逆さまだったからだ。
このままでは塔の頂上に頭から落ちることになる。死んでしまう!
そう思った時、急に視界が反転し、世界が正位置に戻る。
「大丈夫ですか、勇者様」
気づけばソフィアがわしをお姫様抱っこし、優しく床に降ろしてくれた。
いつかソフィアをお姫様抱っこしてあげようと、強く心に誓った瞬間だった。
「そうだ、魔物はどうなったのだ?」
蛾がいた中空へ睨みを利かせる。
すると、全身ボロボロに焼け焦げた虫の残骸が、宙で静止しぶすぶすと燻っていた。
そして徐々に光の粒子となって消えていく。
なるほど、とわしは一人得心した。
フレイムメイルを着ているため、多少の爆発なら大事ないということからわしに白羽の矢が立ったのだ。しかし問題は、軽減されるというだけで、まったくダメージがないわけではないということか。
それでも被害は軽微だが……。
ひらひらと、上空から蛾の翅の一部が落ちてきた。証拠品として、しっかりと袋に収める。
なんとか無事に? わしらは目標の討伐に成功した。
これも男がくれたマスクあっての成果だ。
帰りに木こりの男へ礼を言い、村の無事を確認してから、わしらはロクサリウムの街へ戻った。
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