第34話 女王の憂慮

 ロクサリウムへ戻ったわしらはギルドへ報告を済ませ、いまは街中を歩き宮殿に向かっていた。

 それというのも。

 手に入れた戦利品を受付に提示したところ、ロクサリウムにはいない新種であったこと、その倒し方の特異さを考慮され、Sランクの依頼として認定を受けた。

 そしてパーティーの総合的な達成度が評価され、従士として宮殿に赴くことを許可されたのだ。

「スゲー」「あんな弱そうなオヤジが従士? 信じられねえ」「人は見かけによらないって本当なのね」

 などといった冒険者や住人の声が、ギルドを後にするわしの背中に方々から投げかけられた。

 人を見かけで判断するなという良い見本だろう。


「まったく、わしを誰だと思っておるのだ、勇者だぞ」

「まあまあ、そうカリカリすんなって。勇者に見えないのは本当なんだからさ」

「従士になれるだけでも十二分にスゴイことのようですし、勇者らしからぬからといって自分を卑下することはないですわ」

「別に卑下はしとらんが……」


 むしろ勇者であることを誇ったのだが、そう捉えられなかったようだ。もしくはからかい半分か……。

 いずれにせよ、相変わらず二人も言うことに遠慮がないな。

 わしが勇者に見えないとは。

 あ、そうか。わしがあまりにもダンディだから勇者成分が霞んでいるのかもしれん! いいやそうに違いない!

 であるならば、勇者に見えなくとも仕方がないと諦めがつく。

 そう思うことにしたところで、ちょうど宮殿へ続く坂へ差し掛かった。

 顔を上げると、頂の真ん中で衛兵が一人仁王立っている。

 坂を上がりきると、衛兵は丁寧な礼をして言った。


「お待ちしておりました、勇者様」

「お前さんはあの時の」


 わしらに従士になるための条件を教えてくれた親切な衛兵だった。

 着用しているものは店には売っていない、かっちょいい上等品。自分のと比べて少しだけ惨めな気分になった。

 しかし今はそんな時と場合ではない。


「依頼をこなしてギルドの許可も得てきたぞ」


 わしらは揃って許可証を見せた。

 衛兵はそれを逐一確認し、首肯する。


「宮殿にもご活躍の報せは届いております、お疲れさまでした。こちらが従士の証、『ロクサリウム従士勲章』になります。お受け取り下さい」


 差し出された、金で縁取られた青い勲章を受け取る。中央には美しい花と、魔法国らしく杖の紋章が彫り込まれていた。


「ロクサリウムにいる間そちらを身に着けていただきますと、一般には解放されていない武具が購入出来たり、値段が割り引かれたりと様々な恩恵がありますので、ぜひ着けて頂ければと思います」

「一般開放されてないってことは、あんたが使ってるその上級装備も買えるのか?」

「ええ、少し値段は張りますが、買うことが出来ますよ」

「それはいいことを聞きましたわ」


 二人は嬉しそうな顔をしているが、わしは正直微妙だった。

 値が張るということは、それなりに高いということだ。ギルドから討伐報酬として30000G入ったが、三人で分けたため、わしの合計所持金は19000G。

 フレイムメイルすら買えん程度しかない。

 解放されても買えないのであれば何も変わらん。


「ところで、わしらは従士になったのだろう? ということは女王に謁見できるのか?」

「あ、そうでした。立ち話に興じている場合ではありませんね。宮殿で女王がお待ちです。どうぞお入りください」


 申し訳ないと頭を下げると、衛兵は門扉を開けるよう声を上げた。

 分厚い鉄製の門は、重そうな音を立てながら奥へ向かって両開く。

 わしらは衛兵に行ってくると告げると、「よろしくお願いします」と彼は深々と頭を下げた。


 門をくぐり庭へ入ると、青や紫の花々が美しく咲き誇っていた。穏やかな風に吹かれ、くすぐったそうに身を震わせる。

 女王の住まう処の庭であるが、決して豪勢ということはなく、むしろすっきりとしていて纏まりある景観をしていた。

 奥に見える女王の居館は、蒼炎にも似たブルーが鮮やかな洋館だった。大きさとしてはアルノームとどっこいくらいか? こちらの方が少し大きいか……?

 花々に癒しを得、頭の中で大きさを比べながらも、宮殿へと続く石畳をしばらく進む。

 そうして宮殿の門までやってきた。

 呼び鈴もなにもないため、毎度のごとく声を上げようとしたその時。扉の上に彫られた花々のレリーフの一部が青白く光り、次いで勝手に扉が開いた。

 見たこともない技術に驚きながらも、わしらは宮殿に足を踏み入れた。


 半円状のエントランスには衛兵が二人立っており、内一人に「勇者様ご一行ですね、こちらへどうぞ」と案内される。

 館の内装すべてが青と白を基調として統一されており、ところどころ置かれている調度品も必ず青色は入っているという徹底ぶりだ。

 一階の長い回廊を歩いて気づいたことだが、この屋敷には中庭がある。

 敷き詰められた芝の上にはテーブルや椅子が設えてあり、おそらく女王がここでお茶なんかを嗜むのだろう。花々に囲まれた優雅なひと時だ。


 そうして中庭を迂回して円形の第二エントランスまでやってきて、やはり――とわしは考えを改めた。

 あきらかにアルノーム城よりも広い。奥行からして違う。そもそも、アルノーム城に中庭などなかった。

 ちょっとした敗北感に圧し掛かられ、また肩が下がりそうになっていたところ、


「この階段を上がって真っ直ぐに行き当たった扉が、女王のおわす謁見の間です」


 と、衛兵は案内を終える旨を告げ、自分の持ち場へと戻っていった。

 さすがにそれだけ教えてもらえれば迷子にはならんだろう。

 わしらは青い絨毯の上を歩き、最奥へ。

 すると、ひと際豪華な彫刻を施された青い扉が迎えた。わしは両の手で押し、真ん中から割るようにして扉を開けた。


 やはり謁見の間も青と白だった。

 幾本もの支柱が立ち並び、まるでどこぞの神殿かと見紛うような内装をしている。

 そしてわしの目は一番奥。遠目だがブルーの玉座を明確鮮明に捉えた。そこに座しているのが、ロクサリウムの女王だろう。

 目鼻立ちの整った尊顔、そして金髪に青眼。青紫のドレスに身を包んだ、話に聞いた通りの美人だった。それにまだ若い。きっとわしより年下だろう。

 少しだけわくわくしながら玉座の前までやってくると、その人はひじ掛けに肘をつき、「はぁ……」と頬杖をつきながらため息をもらした。


「女王よ、あんまりため息ばかりつくと幸せが逃げると聞いたぞ」

「はぁ…………」

「どうやら聞こえてないみたいだぜ?」

「相当思い悩んでいるようですわね」

「これはぜひとも、わしらが何とかしてやらねばならんな!」


 憂うアンニュイな姿も非常に絵にはなるが、わしは笑っているところも見てみたいと思った。それくらいにはそそられる美しさがある。

 年若い娘にはない魅力というか……。まあ、若い女子の方が好きではあるが、いくつかは知らんが女王も十二分にわしのハーレムに入れたくなる逸材だ!

 思わずニヤニヤ――いや、ニコニコして見ていたら、不意に女王と目が合った。


「うん? なんです、あなたたちは」

「見ての通り勇者だ」


 わしは威風堂々として胸を張る。わしの男らしさに中てられて、きっとお股を濡らすに違いない!

 ニヒルな笑みを浮かべていると――

 女王は頬杖を解いて、居座りを正す。しかしその表情はどこか怪訝で、片眉がわずかにひくついた。


「あなたが勇者? 伝説の? 寝言は寝てから言いなさい。そんなみっともない体をした勇者がどこの世界にいるのです?」

「なっ!? 女王のくせに失礼な女だな! 前言撤回だ! お前さんなんぞ、わしのハーレムに入れてやらんからな!」

「落ち着けよおっさん。それに妄想の中の前言を口に出すなよな、みっともない」

「恥の上塗りですから、落ち着いて下さい」


 二人の小脇に抱えられ、腕を組まされる形で宥められた。

 片や鎧でガッチガチなつまらん胸、片や小ぶりな胸で少ししかありがたみがない状況。戦闘のない時くらい脱げばいいのに、と思わんでもないが、いまはそれどころではない。


「女王、このおっさんが言ってることは本当だぜ。信じたくない気持ちは分からないでもないけど、とりあえず勇者なんだ。そこは認めてやってくれないか?」

「それに、私たちは従士勲章を得ています。あなたが任命したのではないですか?」


 言いながら二人は勲章を取り出したので、わしも慌てて道具袋を漁って引っ張り出す。

 女王は目で点を順になぞり、「ふむ、」と顎に手を添え首肯した。


「確かに私が任命した者で間違いないようですね。勇者だとはまだ信じられませんが、従士であることは認めましょう」


 どこへ行っても基本こんな感じだな、わし。勇者への道のりはまだまだ長いということか。……それを考えると、オルファムの町人たちは順応性が高かったのだな。


「それでは従士として聞くが、女王はわしらに何を頼みたいのだ?」


 従士としてなら良いということで、わしはさっそく本題を切り出した。

 女王はどこか諦めたように小さく息をつく。


「他言しないと誓えますか?」

「わしを信じてくれるのなら」

「…………分かりました。少なくともこの街に貢献してくれたのですから、従士としてあなた方を信じます」


 そして女王は事の次第を説明しだした。

 信頼の置ける者を求めたのは、一人娘である王女が宮殿を出て行ってしまったから、それを探してもらうためだと話す。

 その家出理由というのが、ロクサリウム最高の魔法使いである女王が、魔王や魔物の蔓延る世界の為に何もしないことに、嫌気がさしたからだという。

 恥ずかしい話が、いまじゃその娘の方が自分より強いと、女王は力なく項垂れた。


「にしても、ずいぶん正義感の強い娘なんだな」

「下手したら、私たちよりもみなぎってそうね」

「そんなことはないだろう。わしらもよくやってると思うがな」

「おっさんは爆発して大活躍だったしな」


 ……わしをぶん投げたのは二人だろうに。まあ、導火線に火を点けたのは自分自身だが、あの時はわけもわからずだったし。

 終わってみて納得は出来たし、結果倒せたのだからオーライだったが。


「蔦の塔の話は私も聞きました。新種の魔物だったとか。おそらく魔王の手下でしょう。こういった有事の際に私が出向きたいのは山々ですが、私には国を守るという使命があります。あの子も分かっているとは思うのですが、いかんせん静かに怒りや闘志を燃やすタイプで。何を考えているのか分からず、それでいつも喧嘩をしてしまうのです」

「ほう、娘御は静かな女子なのか」


 いまのパーティーにはいないタイプだな。

 それに、この女王の娘ならばさぞ美しいだろう。まるで瑞々しい彫刻かと見紛う造形美だからな。

 王女にも期待せざるを得ない!


「家出をした娘が心配なのです。だからどうか、あなた方に探してきてほしいのです」

「女王がそこまでお頼みするならば、わしとしてもやぶさかではない。というか、是が非でも見つけてこよう!」

「ありがとうございます。顔が分からないと困るでしょうから、写真を用意しました。少し古いですが、役に立つかと――」


 言いながら差し出してきた写真を受け取り、わしはどんな美少女が写っているのかと目を輝かせながら確認した。


「――――ッ!?」


 瞬間、目が飛び出るかと思うほどの衝撃を受けた。

 両脇から覗き込んできた二人も、「こいつは――」「あらあら」と驚きを隠せない様子だった。

 まさか、あの女子だったとは……。

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