第35話 家出娘の情報収集

 謁見の間を後にしたわしらは、フラムアズールの中庭で小休止をさせてもらっていた。

 テーブルに腰かけそよぐ草花に目をやりながらも、想うはあの魔法使いの女子。

 星々のごとく煌く銀髪に、涼しげな紫の瞳。息を呑むほど美しいと思った、あの日の姿が鮮明に思い出される。


「まさかあいつが王女だったとはな、驚きだぜ」

「人は見かけによらないって言いたいの?」

「いや、あれはそんな言葉を使うこと自体失礼な感じすらあるな」

「確かに、どことなく気高い印象は受けたけど……孤高って感じのね」


 二人も、わしらを何度か助けてくれたあの魔法使いが、女王の娘だと思ってなかったようだ。そりゃあ王女が侍女侍従を付けず、一人で旅をしているなんてこと普通じゃ考えられないだろうし。

 もしわしに娘がいたのなら、絶対に許可しない。

 まあ、その理由が家出とあれば、わしに止められるかどうか分からんがな。こっそり城を出られたらそれこそ気づかないだろう。

 わしは女王から渡された、少し色褪せている写真に目を落とした。

 青いドレスに身を包み、後ろから母親に抱きつかれている状態で映るその表情には笑みが浮かんでいる。どことなく幼さの残る顔立ちから、何年か前のものだと分かる。写真を見る限り、以前は仲が良かったようだ。

 この笑みからは、クールな印象を与えたあの娘御は想像しにくいな。

 だが、覚悟をもって彼女も家を飛び出したのだと、いまなら分かる気がするのだ。


「そういえばおっさんさ、あの魔法使いを偶然見かけたって言ってたよな?」

「そんなこと言ってましたね。たしかグランフィード辺りで」


 二人に尋ねられ、「信じられんだろうが」とわしは口火を切った。


「その、グランフィードのカジノでな、あの娘御を見たのだ。……言っておくが、わしはなにもしとらんぞ?」

「そんな心配してねえよ。だいたい、おっさんに何かされたんなら、わざわざ助けたりしないだろ」


 ほっ、よかった。わしがただの変態ではないと理解してくれているようだ。

 まあライアが言ったことも最もだと思う。

 ……いや、なにかされていたとしても場面が場面だったからな、助けてくれると嬉しいが。現になにもなくても助けてくれたことを鑑みるに、なにかされていたとしても助けてくれただろうとは思う。


「それにしても王女がカジノでバニーとは。そんなにお金に困っていたのでしょうか?」

「けっこう給料はいいみたいだしな。それに一人旅はなにかと入用だから、分からないでもないぜ」

「ずいぶんと含蓄のある言葉だけど、経験でもあるの?」

「ね、ねえよ!」

「ムキになるところが怪しいわね」


 ライアの黒歴史。むにむに屋で働いていたこと。

 仲間内でも知られるのは恥ずかしいだろうから、わしは慮って助け舟を出すことにした。


「お前さんたちが過去にどこで何をしていたとしても、わしは愛しておるぞ!」

「……まるでフォローになってねえ」

「なるほどね。まあ、私は気にしないけど」


 あれ? ソフィアが何か得心をしている。

 ライアの落胆具合から察すると、どうやらわしの舟は泥船だったようだ。

 そういえば、と思い出すことがあり、ついでにソフィアへ尋ねた。


「わしも聞きたいことがあるのだが。以前あの女子がゴーレムを溶かしてくれた時、ソフィアは何に気づいたのだ?」


 ピクリと一瞬硬直し、ソフィアは顎に手を添え思案する。

 なにか迷っているような表情に、聞いてはいけないことだったかと反省した。

 すると「確かなことは言えませんが、」と前置きして言った。


「あの子、声を失っているんじゃないかと感じたので」

「声を?」

「たしかに、なにか一言あってもいいような場面でも、あいつは終始無言だったな」

「それはわしみたくシャイなだけかもしれんだろ」

「その面の皮の厚さでよく言うぜ。つうか魔物をどうにかしたいって家出して、カジノで路銀稼ぐような奴がシャイなもんかよ」


 たしかに。あのエロいバニースーツを、涼しい顔して着こなすところからはそう思えないが。


「しかし、仕事するにも会話は必要だろう。そもそもどうやって斡旋所に話しを通したのだ?」

「そんなもん筆談でも出来るだろ。それにあの容姿だ。カジノ側が二つ返事で了承した可能性が高い」


 なるほどな。それは一理ある。

 わしがオーナーなら間違いなく即採用だ。ずっと眺めていたいからな。時々おしりや太ももなんかをお触りしちゃったりなんかして!

「あ、――」つい妄想に耽っていたら、ライアが睨みを利かせてわしを見ていた。どうやらニヤニヤしていたらしい。

 わしは咳ばらいで体裁を繕う。


「だとしてもだ。声を失っているというのはどういうわけだ? 女王と喧嘩して出て行ったのなら、口喧嘩をしたのであろう?」

「これも噂程度でしか知らないのですが。海を渡った先にあるイルヴァ―タと呼ばれる大地に、人間の能力の一部を奪う魔物がいると聞いたことがあります」

「その魔物に声を奪われたってわけか」

「たぶんね」


 あの美しい女子の大切な声を奪うとはッ! 不届き千万なやつ! わしがぎったんぎったんの、けちょんけちょんにしてくれる!

 そうして親子ともどもに感謝され、揃ってわしのハーレムに――ッ!

 いや、妄想はほどほどにしておこう。


「では次の目的地は、海を渡った先の大地というわけだな?」

「まあそうなるが……」

「とりあえず、この街で情報収集をしてからにしましょう。もしかしたらカジノに

いるかもしれませんし」


 公に探し人が王女だと聞いて回ることは出来んが、ある程度容姿をぼかして尋ねるくらいならばいいだろう。

 それにカジノに行けるということは、バニーちゃんたちを拝むことが出来る!

 期待に鼻息を荒くしながらカジノへ向かったのだが、王女の姿は見えなかった。

 たしかにウサギちゃんたちは大変目の保養になったのだが、あの女子がいなければ意味がない。


「まあ、母親の目の届くところに家出したやつがいるわけないか。ロクサリウムにはいないかもしれないな」

「わしが見たのは夜だったからな。もう一度来てみるとしよう」

「バニーを見たいだけではないのですか?」

「失礼な。バニーたちも見とるが、ちゃんと娘御も探しておるぞ」


 仕方がないという風に肩をすくめる二人。

 夜にまた来る約束を取り付け、わしらは情報の集まる酒場へ向かう。

 案の定、そんな娘は見たことがないという話ばかりだった。

 酒場も後にし、途方もなく街を歩いていると。ふと、街角の花屋の前に見たことのある馬車が止まっていた。

 ボクシールの町で出会った行商だ。

 顔馴染みということもあり、挨拶がてら花屋に寄る。


「お前さん、ロクサリウムにも納品しとるのか。精が出るな」

「あ、これは勇者さん、お久しぶりですねー。あっ! 従士になったんですか?」


 花屋の店主と商談を負えたらしい男は目ざとく左胸の勲章を見つけると、驚きながらそんなことを聞いてきた。


「うむ。いまは人探しの任に就いていてな」

「人探し、ですか?」


 そうだ。行商で方々回っているのなら、もしかしたら何か知っているかもしれないな。ちと聞いてみるか。


「うむ。ボクシールでゴーレムを溶かした魔法使いがおっただろう。覚えておるか?」

「ええ、あれは凄かったですねー。初心者じゃないのは見れば分かりました」

「その娘御を探しているのだが。お前さんなにか知らんか?」


 男はしばし、うーんと唸ると、突然「あっ!」と思い出したように顔を上げた。


「そういえば、ここへ来る途中で見かけました。僕とすれ違ったんで、きっとアクオームに向かったんだと思います」

「アクオーム?」

「北の港町だよ。結局イルヴァータに向かうにはそこへ行かなきゃならねえからな」

「彼女の目的が同じであれば、その内また会えるかもしれませんね」


 期せずして、次の目的地が決定した。いや、これは必定というべきなのかな。

 情報をくれた行商に礼を言い、わしらはさっそく向かおうと足を踏み出すと――


「そういえば、いま船が出せないみたいなことを聞いたので、気を付けてくださいね」


 行商はそう言い置いて、わしらに別れを告げた。

 港町なのに船が出せないとはどういうことだろうか? 行ってみんことには分からんが。面倒なことでなければ良いが。


 ……王女の行方が分かったことにより、夜を待たずして街を出ることになったため、結局カジノへは行けなくなった。

 しかし王女に会えるため、そんなものは些末なことだ。

 捜索費用として宮殿から支給された150000Gで、わしらは解放された武具店にて装備を整え、そうしてロクサリウムから発った。

 余談だが、その武具店に入るために魔法の鍵を用いた。なかったら入れなかったため、鍵屋の男に感謝だな。

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