第27話 魔法の都ロクサリウム
オルファムを発ち、わしらは街道を北上する。
小高い丘を越えて森を抜け、幅の広い大きな川を渡った。小舟で渡してもらったのだが、その途中、湖で怪魚に食われそうになったことを思い出し、少しだけ身の竦む思いをした。
そこからさらに半日。
遠目にロクサリウムの街を捉えてはいるが、まだそこまでは長いようだ。
道中の魔物はこの大陸に来た当初よりも強くなり、わしは防御一辺倒な戦闘を強いられていた。
「おっさん、魔法が飛んでくるぞ! 腰を落として受け止めろ!」
「分かっておる!」
ライア、ソフィアが左右に飛んで避ける。その間を割るようにして飛んできた火球を、わしは鋼の盾で受け止めた。目の前で熱と赤い光が弾ける。
言われた通りに腰をどっしりと落とし構えたことで、仰け反らされることはなかったが。爆ぜた炎が丸みに沿うように小型の盾の縁を流れ、わしの天パに着火した!
「あぁあ熱い! 燃えておる! わしの髪がぁあああ!」
「お任せください、勇者様!」
言うなり、ソフィアが目にも止まらぬ速度で手刀を繰り出す。
髪先を掠めたかと思った次の瞬間、はらりはらりとチリチリの髪の毛が舞い落ちる。頭部の森は見事鎮火された。
目線を下へ向けると、まるでチン毛のような髪の残骸が数十本。風に吹かれてどこか遠くへ流されていった。
それを見て、なぜか哀愁を感じた自分がいる。悩みの種だといってもわしの髪。切なさを覚えたのだろう。
「早いとこ失せやがれ!」
「こいつは私が倒すわ」
アンニュイなわしなど気にも留めず、女子らは戦闘に忙しい。
攻撃したのはほぼ同時だった。相変わらず競うように魔物をなぎ倒す二人。
杖を持った気持ちの悪いタコのような魔物は、足をビチビチとのた打ち回らせ、黒い炭を吐いて息絶えた。後にはタコ足が三本残された。
魔物が強くなってきているというのに、この二人にはあまり関係ないようだ。
「おっさん、いまのはどっちだ?」
「私ですわよね?」
最近、決まってどっちが先に倒したのかを聞かれることが多くなってきた。
ライアを選べばソフィアが立たず、その逆も然り。
……モテる勇者の辛いところだな。
「わしはお前さんたち二人を愛しておるぞ!」
「そんなことは聞いてないんだよ」
「世迷いごとなら寝言ででも言っててください」
ばっさりと切り捨てられる。わし、本気なのに……。
そうして決まりきった口論へと発展するのだ。
「お前はもう少し遠慮ってもんを知れよ」
「魚くさい脳筋女に言われたくはないわね」
「湖に落っこちたんだから仕方ないだろ! つうかロクサリウムで新しいの買うからいいんだよ!」
ピクリ。わしの耳がそのワードに過敏な反応を示す。
新しく買う。というのはとどのつまり、
「ライアよ。お前さん、新しいおパンツとか肌着を買うのか?」
「ああ? そうだ悪いか」
「いや! 悪くない! 断じて!」
興奮を抑えられずに鼻息荒く詰め寄る。
少し頬を引きつらせながら仰け反るライアを前にしても遠慮はない。
まるで流れ作業のように、当然のごとくわしはそれを口にした。
「わしも同行しても良いか?」
「はぁー? いいわけねえだろ、この変態がッ!」
顔を赤くしながら、刀の鞘尻で額をぐりぐりしてくるライア。
わしの妄想の中では、すでに目の前のライアの赤い鎧は取り払われ、黒い
スケスケの下着に身を包んでいる。零れ落ちんばかりの、両の手に収まりきらん巨乳が揺れている。布面積の少ないおパンツは、まるで隠す気がないように見える。
黒最高! ……いや、やはり白もいいな! 清楚な感じだし、何より濡れると透けるというのが大きい! ビチャビチャに、濡らしておきたい、白下着! わはは!
それに大臣から渡されたエッチな本に載っていたのだ。この世には、穴開きのパンツなんかもあるという事実が! ロマンか!? これはロマンだな! かき分けた向こうに桃源郷が……ッ!?
冒険なんてしてる場合じゃないかもしれん。
ふ、ふふふん! いかん、鼻血が出そうだ。こんなことでは、またスケベ呼ばわりされてしまう。
「またエロいこと考えてんのか」
「まったく、仕方のない勇者様ですね」
やはり顔に出てしまうようで。ダンディズムから滲み出るリビドーは隠しきれそうにない。
まあしかし、すぐに看破されてしまうのはご愛嬌というやつだろう。
「とにかく、さっさとロクサリウムに行くぞ! 魚臭いのは我慢ならないからな」
「わしは黒と白、どちらも買うことをオススメする」
「言ってろ。つうかおっさんも買う物あるだろ」
特にないと思うのだが。小首を傾げてそれは何だと尋ねると、「盾を見てみろ」と嘆息された。
わしは左腕にベルトで取り付けた円盾を見る。すると、鋼で出来た盾の表面が溶けて波打っていた。
「まさかさっきの魔法でか?!」
驚き尋ねると、無言の首肯が二つ返ってきた。
3000Gもしたのに、二人がくれたものなのに、もう使い物にならんとは!
しかしあれだな。ひとつ前の場所の最高装備が、次の土地ではてんで役に立たないということはいい勉強になった。
それに魔物からの戦利品はけっこう得られたのだし。これを売れば多少なりと金にはなるだろう。心配するほどのこともない。
「まあ、ロクサリウムで装備を一新すればいいな!」
「お金が足りれば、の話ですけどね」
「おっさんはすぐ無駄遣いしたがるからな」
「ムッ、無駄とは聞き捨てならんな。あれはロマンへの投資だぞ」
「あんたの場合は変わらないっての」
にべもなく言い捨てる。
わしのロマンをゴミあくたのように言いおって。これはぜひともエッチな下着を買わせて……。おぉ、というか、わしがプレゼントすれば良い話ではないか!
そうだな、好感度というものを上げなければ、ハーレムまではほど遠いだろうし。
わしの夢のためにも、頑張らねば。
ロクサリウムに体を向け、足を踏み出したところ――ライアに鎧の首根っこを掴まれた。
「どうしたのだ? もしかして、スケスケおパンツを穿いてくれる気になったか!」
「違えよ。それ」
そういってライアは地面を指さす。そこには、先ほど倒した魔物のタコ足が。
「それがどうしたのだ?」
「おっさんが持ってくんだよ」
「なぜにわしが……」
「臭いものに蓋をする役目だろ?」
「そんな責務を負わされた覚えはないがな」
「勇者様の役目の一つですわ」
勇者の仕事には雑用も含まれるのか……。世界の平和だけでなくそんな小さなものまで圧し掛かってくるとは。
やはり勇者というのは大変なのだな。
しかし、それもこれもハーレムのためだ。この程度の雑務で狼狽えてはいけない。
いまだ微かに蠢く生臭いタコ足をつまんで、わしは道具袋へ入れる。これも何かの役に立つかもしれないし、無駄にはならんだろう。
そうして、真っ直ぐにロクサリウムへ向かった。
大陸の都は、上に向かってカーブするような大きな壁に囲まれている。
案の定、門の外には衛兵らしき人間が立っていた。
しかしグランフィードやアルノームとは少し違う。羽根つきの帽子に軽鎧。そして手にする剣は炎や氷が刀身を包み込んでいたのだ。
おそらく魔法剣士なのだろう。
かっちょいいなー。わしもあんな格好をしてみたいものだ。
「ようこそロクサリウムへ。旅のお方ですね、歓迎いたします」
門衛はそれだけ言うと、すんなりとわしらを街へ通した。
通行証が必要だったグランフィードとの差に違和感を覚える。
「お前さんたち、本当にそれでいいのか?」
「と申しますと?」
「わしらが犯罪者かもしれんだろう」
「犯罪者なのですか?」
「そんなわけなかろう」
「ではいいじゃないですか。どうぞ」
半ば無理やり背を押される形で、わしらはロクサリウム入りを果たす。
納得いかず、二人に尋ねた。
「これはどういうことだ?」
「ロクサリウムは治安がいいんだよ。グランフィードみたいにスラムはないしな」
「それに、衛兵が優秀ですし。彼らの持つ魔法武器はみんな中級以上の魔法が込められたものですから。半端な犯罪者ごとき、それで一撃なのです」
なるほど。通りでボクシールの町に売っていた物より高そうに見えたわけだ。
治安がいいのなら、殴打されて気を失うということもないだろう。
その点は大いに安心できる街というわけだ。
赤茶けたレンガ造りの建物が視界いっぱいに広がる街中を進むと、噴水のある広場に出た。近くに設置された大きな案内板を仰ぎ見て、わしは一人口元をわずかに歪める。
ここにはあったのだ。カジノと、そして久しぶりの風俗が!
グランフィード以来となるため、自然昂揚してしまう。
しかし、決してそれを顔に出してはならない。気づかぬ振りして、ごく自然にやり過ごすのが吉だろう。
「……ったく、懲りねえおっさんだな」
「ええ、まったく……」
両隣から、二人の呆れる声が耳を挟んだ。
表情は消しているというのに。…………うむ、やはりわしは正直者なのだな。
この街ではなるべく上手くやろうと思う。
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