第86話 魔王城二階

 悪魔の顔の扉を抜けて狭く短い廊下を歩き、低い階段を上ってその先の扉をもう一つ開けると二階へ出た。ロビーは細長い長方形をしていて、目の前は少しも歩くことなく突き当りの壁だった。

 床には赤い絨毯が敷き詰められ、暗灰色に塗り固められた壁が廊下側から差し込む光に浮かび上がり、薄気味の悪い昏い空間を演出している。

 一階はただの石廊下で絨毯などはなかったから、少し豪華にはなったな。もしかしたら、階下は費用をケチったのかもしれない。

 弱そうな名前の魔王であったことを思い出し、情けないと鼻で笑って周囲を見渡した。

 ロビーには扉が見当たらないため、三階へ向かうための扉はここにはないのだろう。

 しかし先ほどから気になるのは角に飾られている甲冑だ。一階での出来事もあるため沈黙が不気味で、また動き出さないかと不安に思い、おっかなびっくり剣でコンコンと叩いてみる。が、特に反応もなく一安心。ただのオブジェのようだ。


「おっさん、先を急ぐぜ」


 ほっと安堵したわしの背にライアの声がかかる。見ると女子たちは既に廊下へ続く通路手前でわしを待っていた。小走りで駆け寄り、そしてわしらは階段の真反対の通路から廊下へ出たのだった。


 またしても東西に伸びる長い回廊。その幅は大人三人が両腕を伸ばして並んだくらいの広さがある。一階より幅広ということは、部屋数はそれほど多くないか、はたまた小部屋なのかといったところか。


「勇者様、どちらから回りますか?」

「そうだな、やはりここは左からが良いのではないか?」

「それは迷路の話だよ。それに誤った認識だって話したじゃない、勇者さん」

「分からんぞ? 二階はもしかしたら迷路になっとるのかもしれん。後で後悔しても遅いのだ」

「てか見た感じ、一階と同じただの回廊だと思うけど」

「楓までそんな……」


 女子二人に否定をされ、一人しょんぼり肩を落としていると「しょうがねえな」とため息交じり、仕方なさそうにライアが呟いた。


「じゃあ二手に分かれるか?」


 その言葉に、わしは脊髄反射で「ならん!」と強く断る。


「お前さんたちはわしの目の届く範囲にいるのだ! いざという時に守れんだろう?」

「おっさんに守られなきゃならねえような魔物と、まだ遭遇してもねえだろ」

「それはそうだが……」


 ぐうの音も出ない一言にやわいハートはひっかき傷を受け、わしはすねながらついと東側の廊下の先へ目をやった。

 するとすぐの部屋で、扉に窪みのようなものを認めたのだ。


「おっ? あの部屋、扉がなんだか怪しいぞ?」


 スタコラと駆け寄ると、ぞろぞろとわしに続いて皆が後ろをついてきた。


「子供じゃないんですから、そんなにはしゃがないで下さい」


 まるで自分が大人であるようなソフィアの物言いだ。まあ年齢的にも普通に大人ではあるが。

 しかし、やはりこういった仕掛けらしきものを見つけるとワクワクせざるを得んだろう。童心を忘れていないダンディな大人と言って欲しいものだ。

 そんなことを考えながらも扉に注目する。皆の視線も注がれた。

 すると、またしても正二十面体と思しき窪みが、扉の真ん中に穿たれていたのだ。


「あの黒い結晶、ずいぶんと活躍するね」

「さっすがクロエちゃん! 派手に爆発させただけのことはあるねー」

「でも今にして思えば、普通に壊しても手に入ったんじゃないかな……」


 それは一理ある、とは皆思っても口には出さなかった。

 あれはクロエの手柄、活躍のおかげだ。そういうことにしておいた方が気持ちがいい。現に、結界を張るために浮いていたあの黒い球体は、クロエにしか破壊できなかっただろうし。まあ思いやりの精神だな、実に心優しき女子たちだ。

 わしはしずしずと道具袋から結晶を取り出して窪みに嵌める。すると扉が独りでに奥へ向かって開いた。

 中へ入ってみると、部屋の中央には井戸のような丸い物体がただ一つだけ置かれている。滾々と湧く水を湛えていて、なんだか魔王城には似つかわしくない清浄な空気に満ちていたのだ。


「まさかこんな部屋があるなんてな。こいつは泉か?」

「だと思うけど、精霊の泉くらい清冽な感じがするわね。ネウロガンドにあるものとは思えないわ」

「何か意味があるのかな……休憩所とか?」

「魔王がわざわざ作るとは思えないんだけど……とりあえず先急いでみる?」

「うむ、そうだな。まあ休憩所として使えそうだし、一先ずほかも見てみるか」


 というわけで部屋を出たわしらは、ほかの部屋を順に見て回った。

 東の廊下は角までに二つ部屋があり、左へ折れると長い廊下に点々と部屋が計五カ所。

 一階と同じく、それぞれの部屋には宝箱が置かれていた。東側の部屋にあったのは全部で七つ。内二つがミミックというふざけた仕掛けがされていたが。腰を抜かしたわしに代わり、女子たちが速攻で片付けてくれた。


「ったく、勇者だろ? あれくらいでビビってんなよな」

「し、仕方がなかろうっ。触れようとしてあんないきなり大口開けられたら誰だってビックリするだろうに」


 わしの反応こそが普通だと思う。というか女子たちは肝が据わり過ぎなのだ。

 みっともない姿をさらけ出すことになったミミックに対し、ぶつぶつと文句を垂れながらもまた角を左へ折れた。

 手に入れたアイテム、細剣一本と回復薬、苦い思い出のある薬草と万能薬を道具袋へしまい、ふと立ち止まる。

 奥の方までずっと続く廊下を目にし、どうやら二階はちゃんとした回廊として繋がっているのだと知れた。

 しばらく歩くと、ちょうど壁の真ん中に大きな半円型の扉がお目見えする。取ってはなく、片開きでも両開きでもない黒い金属の一枚扉だ。

 またしても窪みが見て取れたが、その形状が今までとは違っていた。

 扉の中央には剣、その鍔からわずかに離れた両脇には斜めに傾く短剣の平面的な窪み。その真下には二本の細剣がX字に交差している。


「この武器は……」


 今しがた手に入れた細剣を取り出し、試しに窪みへはめ込んでみる。するとピタリと一致した。


「ってことは、一階で手に入れた武器も嵌るんじゃないか?」

「たしか呪われてそうな不気味オーラを発する長剣と、半分に割れた短剣だったわね」


 言われた通り、道具袋からそれらを取り出して扉にはめ込むと、まるで初めからそこにあったように埋まった。


「ということは、短剣のもう片方と細剣が西の廊下側にあるってことだね」

「そうと分かれば早いよオジサン、行こっ!」


 促され、わしらは西の廊下へ急いで駆けた。

 西側も部屋数は全く同じ。七つの部屋にそれぞれ一つずつ宝箱があった。

 なんともイラつくことに、今度はミミックが三つときた。最初二つは驚き後ずさってしまったがため、出遅れてしまい手も出せなかったが。最後の一つは苛立ちが振り切れ、反射的に抜いたブランフェイムの一撃の元に葬り去ってやった。

 久しぶりに魔物を自分で倒し、経験値を獲得したわしは、なんと、一つ魔法を覚えたのだ!

 どうやら勇者の雷はクロエの魔法とは違い、雷でも光でもなく聖属性なようで。しかしMPの消費量なんかはワルドストラッシュに迫る勢いだからそこまで連発は出来ない。現状満タン状態でストラッシュを放てるのは四発、この魔法ではかろうじて五発になる。

 だが覚えはしたが名前がない。だからわしは命名してやったのだ――。


「その名も『ワルデイン』とな!」

「ダセェッ! つうかまた絵本からパクったのか」

「相変わらずバカの一つ覚えのような……呆れ返りますわ」

「なんか、もうなんかって感じだね……」

「サンダルトラッシュとかワロスブレイクよりもマシだと思うけど、アタシもさすがに引くかなー。まあオジサンらしいけどさ」


 最後にフォローも忘れんとは、楓は出来る子!

 とりあえず皆を落ち着け、そしてわしらは手に入れた残りの細剣と短剣の片割れを手に扉へ戻る。

 緊張しながらも窪みへ武器をはめ込むと、紫のオーラに包まれた剣が鈍く赤く輝き――バイン! となぜかすべての武器が弾かれるようにして外れてしまった。


「なして?」

「どうなってんだ、なにか間違ってんのか」

「窪みは同じ形だから、物は正しいと思うけど……」

「――あ、もしかしてさっきの泉が関係してるんじゃないかな?」

「クロエちゃん冴えてる! 絶対そうだよ、あの泉で呪いを解くんじゃない?」


 わしは「なるほど」と頷き少考する。

 確かにあの泉ならこの剣を清められそうだ。それほどの清浄な空間が泉によってもたらされていたのだから。

 というわけで善は急げと東廊下の一つ目の部屋へ戻った。

 水の揺れる音さえも聞こえてきそうな静けさの中、ただそこにある泉。

 呪われていそうな剣を手にして近づくと、突如として泉から光の粒子が舞い上がった。泉の上に剣をかざすと、それらの光は紫のオーラを食べるようにして侵食し消していく。

 やがて禍々しかった剣は、本来の白銀の輝きを取り戻したのだ。


「よし、戻ってみるか」


 再び黒い扉までやってきて、細剣、短剣、そして長剣の順で窪みへとまた嵌める。

 すると今度は長剣から眩い光が発生し、黒い扉を伝って短剣と細剣も共鳴するように輝き出した。それに共振したのかゴゴゴゴ――と扉が動き始め、金属の扉は重い音を廊下に響かせながら、徐々に上へとせり上がっていく。

 短い廊下を仄かに照らす奥へと続く蝋燭の明かりが、途中で上へと傾斜し上階へと誘っていた。


「無事に開いたな。これで次は三階か」

「めんどくせぇ仕掛けがあっただけで、この階はミミックだけかよ。拍子抜けだな」

「静かなのが逆に不気味ではあるけど、それには同感だわ。もう少しくらい魔物がいるものだと思っていたけれど」

「まあ消耗も少なくて済むし、わたしはありがたいけどね。たしかに退屈ではあるけど」

「体鈍らない程度にはもう少しくらい戦っておきたいよねー。それにレベルとか足りるのかな?」


 なんだか少しつまらなそうな雰囲気の女子たちに、わしは「なにか忘れてはおらんか?」と胸を張りながら告げた。

 なんのことか分からない、といった風に小首を傾げる女子たちの視線が集中する。


「わし、一つ魔法を覚えたのだぞ? これは魔物が出てくるよりもよっぽど素晴らしく、面白いことではないか。お前さんたち、なにをそんな退屈そうな顔をしとるんだ」

「その魔法を魔物にぶちかましてるところでも見られたのなら、退屈しなくても済んだのにな」

「威力の検証も出来たでしょうし。見られなくて残念ですわ」


 ライア、ソフィアの言葉にハッとし目を瞠った。

 そうではないか、せっかく覚えた魔法も魔物が出てこなくては試し撃ちも出来ん。初めて魔法を覚えたのに、名前まで決めたというのに、かっちょいいところを見せられんとは……ぐぬぬ。


「魔物よ! わしはここだ、とっとと出てこい!」


 やる気のない魔物たちを挑発してみるが、勇む声だけが空しく回廊を響き渡っていく。

 どうやらこの階には本当に魔物がいないらしい。つまらん。


「勇者さん、三階に期待しよう?」

「そうだよオジサン、まだ上があるんだしさ」


 肩を落とすわしを励ましてくれるクロエと楓。

 慰めはベッドの上で、というエッチな絵本をふと思い出した。いや、こんな場面で思い出すようなものではないのだが。

 ……そういえば、いつぞやもこんなことがあったな。ライアの時だったか?

 と、それはさておき。

 どうせ魔王とは戦うのだ。その時まで出し惜しむというのもいいかもしれん。

 そう気持ちを切り替えて、「では行くか!」わしらは三階へと続く階段を上ったのだった。

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