第四章 イルヴァータ編

第38話 大海蛇シーサーペント

 初夏の潮風が心地よく肌を撫でる。

 ここは海賊船の甲板。背を預けるフォアマストの冷たさが心地よい。

 ざざーと波を裂きながら進む船は、いまはロクサリウムを西へ迂回するための航路をとっている。

 空は快晴。じつに海水浴日和な陽気だ、が。

 わしはちらりと視線を投げる。ライアもソフィアも、そしてクロエも装備をしっかりと着こんでいた。


「こんなに晴れ晴れとしとるのに、海上なのに。……なぜ脱がんのだ!」

「浮かれてんのはおっさんだけだぜ」

「巨大な魔物がいると聞かされたのに、そんな油断は出来ませんわ」


 一人ステテコ一丁になっている自分が恥ずかしくなってくるではないか。

 クロエなら押せばもしかして。そんなことを思いながら目を向けると、相変わらず冷たくない涼しい目をしてわしを流し見ていた。

 この娘。初めてカジノで会った時は見た目も相まってクールな印象だけを与えたが、実際に会話してみると第一印象とはずいぶんとかけ離れていたな。

 こういうのをギャップと言うのだったか? まあ、わしにとっては些末なことだ。王女は美しい、スタイル良い、可愛い、それが正義! 正義感も強いしな。


「無駄だと思うが聞いておく。クロエは――」

『脱がないから』


 おそらく前もって準備をしていたのだろう。さっと食い気味に取り出した紙にはそんなことが書かれていた。

 肩を落とし、わしは渋々鎧を着こむ。


「――なんだ、お前たちは脱がないのか?」


 鎧を身に着けたタイミングでちょうど聞こえた声に振り返ると、上半身ビキニ姿のヴァネッサがこちらへ歩いてきていた。

 操縦をどうするのか一瞬気になり船尾楼を見やると、一人舵輪を握る船員の姿が見えた。どうやら操舵をクルーに代わってもらったらしい。

 確認が取れたところで、わしは船尾楼からヴァネッサへ光速で視線を戻す。

 その豊満なおっぱいを包むのは、少々生地の少なめな黒いビキニだ。下乳が、下の乳がはみ出しておる! サイズが小さいのか横乳もむにっとはみ出し、歩くたびにふるふると揺れるオパーイ! ライアとのサンドイッチを妄想せざるを得ない真美しいきょぬーだった!

 こんがりと焼かれた小麦肌がエロスをさらに引き立たせ、もうこうなっては白い液でも掛けてやりたくなるくらいの悪戯心を芽生えさせる。

 見抜き、見抜き……、

 い、いかんいかん、興奮しすぎて目が痛い! 喉がからからになってきたぞ……


「お、なんだオヤジ船酔いでもしたか?」

「違う。おっさんはヴァネッサを見て興奮してんだよ」

「そんな恰好をしていては妄想の中で何をされるか分かりませんよ?」

「なんだ、そんなこと。別に減るもんじゃなし、見たければ見ればいい。妄想で済んでるならまだまともだろ?」


 お、おお! なんという寛容寛大さなのだ! 涙で前が見えんぞ!

 ガードの固い二人とは大違いだな。


「ヴァネッサよ、お前さんはなかなか見どころがある。いろんな意味でな。であるからして、いずれお前さんもわしのハーレムに加えてやるからな!」

「はは! まあ、楽しみにしてる」

「おおっ!」


 これはもしかしてもしかすると、この船旅中についにわしも童を捨てる時が来るのやもしれん! ヴァネッサなら初めての相手として申し分ないだろう。エロいし!

 ふ、ふふふ、こいつは楽しみだな……ふははははは!


「――あ」

『エッチな人なんですね』


 クロエから今度は冷めた目で紙を見せられた。

 これはいかん。いずれ親子ともどもと考えているのに、スケベを露見し過ぎるとそれも危うくなる。せっかく好感度を多少なりと上げたであろうに。こんなところで墓穴を掘るわけにはいかんな!

 わしは一つ咳払いをして基点を作り、話を別角度へ逸らすことにした。


「ところで、海の魔物というのはどんな奴だ?」

「大海蛇、シーサーペント。文字通りのデカい蛇さ」

「そんなに大きいのか?」

「見た奴の話によると、体長は目算で最低でも五〇メートル以上」


 最低で五〇。……そんなものに襲われたら旅客船や漁船はひとたまりもないだろう。出くわさないことを祈りたいが。しかし、誰かがやらねばずっとその蛇は野放しということになる。それではなんの解決にもならん。

 誰にも出来ないのなら、わしらがどうにかしなければな。


「ヴァネッサよ、その蛇というのはどこに出るか分かるか?」


 尋ねると、女海賊は待ってましたと言わんばかりに笑う。


「そう言うと思って、念のために出そうな航路を通ってる。どこを回遊してるか知らないが、運がよければ遭遇するだろう」


 それは運がいいのか悪いのか分からんが、運よく出会うことを願おう。

 海賊船はロクサリウムを西から迂回し、地図で言う黒塗りの大地との間の海峡を東に進む。

 甲板から方々眺めて蛇を探していると――前方の海面がにわかにさざ波を立て始めた。


「オヤジ! 出たぞ、シーサーペントだ!」


 ヴァネッサはコートを羽織り、メインマストの頂上へ。ライア、ソフィア、クロエは船首甲板へ上がった。わしも遅れて上がると、さざ波立つ海面に青い大きな蛇の頭が浮かび上がってくる。

 頭の幅だけで二メートル以上はありそうだ。


「で、デカいな!」

「おっさん、構えろッ」


 わしは鋼の盾とラヴァブレードを構える。

 本当は盾も欲しかったのだが、金が足らず断念したのだ。泣く泣く二人からのプレゼントを使う。

 と、蛇は頭をわずかに後ろへ引くと、次の瞬間勢いよくこちらへ突き出しながら口を開けた。吐き出された鉄砲みたく飛んでくる水をわしは盾で防ぐ!

 その衝撃はゴーレムの岩投げほどの威力だった。

 これならわしにも耐えられそうだ。

 囮として役目もあるだろう、そう思った矢先。

 ソフィアの杖の振りに合わせて蛇は潜水し、姿をくらました。ブリザードは虚しく水面に吹きつけ、やがて消えた。


「外しましたわ」

「くそっ! どこ行きやがった!」


 雷切を抜き身で下げるライアが吐き捨てる。

 出現場所によっては後手に回らざるを得なくなるため、出来れば早いとこさざ波を見つけなければ。

 わしらはみんなで周囲を探した。

 その時、


「――ライア、蛇は左舷から出るぞ!」


 船の上方から切迫した声が降ってきた。

 メインマストに上っていたヴァネッサだ。船の左側を指さしている。

 左の舷縁へ急いで移動すると、遠くさざ波立つ海面から蛇が再び姿を見せる。しかし遠く物理では届かない。

 けれどライアは舷縁に足をかけ垂直方向に高く飛び上がると、雷切を思いっきり振り下ろした。


「くらえ、タケミカヅチ!」


 空を切った刀は、別に物理的な効果を狙ったものではない。

 その現象は瞬く間に起こった。

 パリパリといった音がしたかと思うと、刹那的に天で閃光が迸り、次の瞬間には太い光の束が蛇に落ちた。

「キシャーーーー」奇声を発しうねりながら悶える蛇。


「水棲だけあって、やっぱ雷は苦手か。クロエは雷撃魔法持ってるだろ?」


 ライアに問われたクロエは静かに首肯した。

 そうして一歩踏み出す。おもむろに腕を天に掲げると、黄色に発光する魔法陣が足元に描かれた。

 おそらく詠唱中なのだろう。魔法陣から淡い光が立ち上り、その光量を徐々に増してゆく。

 すると痛みに悶えてた蛇が目を真っ赤に充血させ、なにやら怒り心頭を露わにしていた。

 大きく首を引き戻したのを見咎めたわしは、咄嗟にクロエの前に立ち盾を構えた。


「クロエはやらせん! わしにかかってこい!」


 炎剣を振りかざして挑発すると、蛇と目が合った。

 どうせ攻撃が届かないなら、わしはわしの役目を全うするだけ。そう、女子を守る役目をな!

 蛇は大口を開けながら顔を突き出す。ひと際巨大な水鉄砲が吐き出された。

 マズイ。想像を超えていた。

 わしの小型円盾ではどうにも防ぎきれん。このままでは二人とも海に押し出されてしまう。


「おっさん! 教えたことを思い出せッ!」

「――っ!?」


 ライアの声にガツンと頭を殴られたような気がした。おかげで思い出す。

 わしはそれを実行するために、肘を軽く前へ伸ばして盾をわずかに斜めに構えた。

 水塊が盾にぶつかると腕がもげそうな衝撃! しかし水は弾けながら向けた右斜め後方へと流れていく。

 おかげでびしょびしょになってしまったが、クロエには被害はない。

 受け流し。真正面から直に受け止めるのではなく、相手の攻撃後の隙を作るために、あえて攻撃を流し威力を殺す技術。

 旅の合間にライアに訓練を受けていたことが、またも実戦で生かせた。

 感謝感激!


「わはは! どうだシーサーペントとやら。わしにお前の攻撃など当たらんわ!」


 気分よく大口を開けて笑っていたら、背後でバンッ! と何かが弾け飛ぶような音がした。なにかと思い振り返ると、一番前にあるフォアマストの下部が大きく抉れてしまっていた。その勢いのまま右舷の縁も一部破壊されている。


「あーッ! オヤジ、うちの大切な船になんてことしてくれてるんだよ!」

「あ、いや、これは不可抗力でな! 決してわざとではないのだ!」

「わざとだったら吊るしてあいつの餌にしてるところだ!」


 すまん、すまん! とヴァネッサに謝っていると、突然蛇の上空に暗雲が垂れ込め、巨大な雷が降り注いだ。それはライアが放ったタケミカヅチの五倍はありそうな光の束だ。

 轟音を鳴り響かせ数秒。

 雷が収まると、そこには炭のように黒焦げになったシーサーペントの姿があった。やがて光の粒子となって海蛇は消える。海面には、シーサーペントの皮が残された。


 ――ひと先ずの応急処置として、積んでいた酒樽や箱でフォアマストを補強した。なんとか折れることだけは免れたが、強風に煽られれば分からないという。

 まだ後ろ二本は無事だから、なんとかイルヴァータまでは着けるだろうという話だ。


「それにしても、すごい魔法だったな。あんなのは見たことないぜ」

「女王が自分よりも強いと言っていたのも納得ね。あれは上級雷撃魔法の一種ですよね?」


 クロエは小さく顎を引いた。


『わたしは他人より魔力が高いから普通の魔法でも威力が出る。だから見た人間に引かれるから、お母様からはあんまり使うなって言われてたけど。事がことだけに仕方ないよね』

「引くどころか頼もしく感じるけどな。な、おっさん」

「うむ。まさかあんな強い魔法も使えるとは。確かに心強い」


 逆に下手に手を出そうものなら、わし自身が危なくなるという危惧を抱いてしまうが……。いや、きっとクロエはそんなことはしない女子だな!

 わしのこと助けてくれてたし。


「それはそれとして。これで航路の魔物はいなくなったわけだな」

「おっさん、勘違いすんなよ。シーサーペントがいなくなったってだけで、魔物はいるからな」

「百科事典に、世界の海の魔物一覧が載ってますわ」


 聞き捨てることも出来ず、慌てて道具袋から事典を取り出す。

 目次を見ると、確かに題したページがあるようだ。そこまでめくると、数十種類の魔物が掲載されていた。

 まだまだ油断は出来ないという事実に、一人がっかりして肩を落とす。

 解放的な船旅にはならんというわけだ。……女子たちの肌着水着姿を見ることが出来んとは。

 唯一の救いはヴァネッサか。しばらく目の保養は彼女で事足りるが。

 ……やはり、三人の水着も見てみたいな!

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