第三章 ラグジェイル地方
第105話 港町ラゴス
嵐に見舞われることもなく、陸地を右手に見ながら船を進めることおよそ三日。
船に取りつく魔物どもを蹴散らしながら迂回ルートを通り、なんとか座礁することなくラグジェイル地方の東端、港町ラゴスへ到着した。
港に繋がれている船舶はどれも手入れをされず放置された有様だ。夕空に潮騒も寂しげに鳴いている。
空いていた場所に船を係留して下船すると、釣り人や物見をしていた人々から珍しそうな眼差しを向けられた。
魔物がはびこるご時世だ、商船でない帆船で海を渡ってくる者がいることにまさかと驚いているのだろう。
港から町へと続く階段を上って、通りに出たところでわしは皆に振り返る。
「急ぎの旅であることは言うまでもないが、船旅疲れもあるだろう。今日はこの町で宿を取ろうと思うのだが、どうだ?」
わしらはともかくとしても、オルフィナは吟遊詩人というだけで普通の人だからな。……ああ、わしも元は普通の人だが、勇者補正とかたぶんそんな感じだろう。証の力、おそるべしだ。
そのことを慮っていることを察してくれたか、女子たちは皆一様に頷いた。
「ああ、それでいいぜ。それに情報収集もしたいところだからな」
「そうね、地図だけでは分からない事情もなにか聞けるかもしれないし」
「わたしも魔法連発し過ぎて少し疲れてるから、ありがたいかな」
「アタシなんか足が棒になっちゃってるからね! 情報収集する力しか残ってないよもう!」
そういう割にはまだまだ元気そうな楓だ。
少し申し訳なさそうな顔をしているオルフィナに、余計な負い目を感じさせまいとする心配りだろう。
その賑やかしい優しさに皆が頬を緩ませていると、オルフィナが小さく頭を下げた。
「悪いわね、私のために気を遣わせて」
「なにを言う、お前さんはもうわしらの仲間ではないか。そのような遠慮は無用だぞ。皆もきっと同じ気持ちのはずだ」
見渡した顔が当然だとでも言うように頷く。
それに、負い目はわしらこそ感じて然るべきだとも思う。危険な旅に同行してもらっているのだから。だがそれは彼女も納得してくれた上での話で、クロエはもちろんのこと、皆の総意でこうなったのだと理解はしているが……。
いや、深くは考えないでおこう。口に出すことなどもはや以ての外だな。
「さて、」と気を取り直し、「では町へ繰り出すか――」そう告げて、アイテムの補充も兼ねて人通りの多そうな商店街へとまず向かったのだ。
わりと綺麗に舗装された通りを歩き、町の中心である広場へとやってきた。
砂場やシーソーなど、子供も遊べる遊具の置いてある広場の手前には、色違いのテントを張った店がいくつも出ていた。
看板から察するに、武器屋は赤色、防具屋は青色、道具屋は緑色、アクセサリー屋は黄色といった具合だ。しかし同じものを扱う店でもじゃっかん色の違うものもあり、なぜかと小首を傾げる。
どんなものが売られているのか、試しに少し店を回ってみてその疑問は解決した。どうやら取り扱う品のグレードによってテントの色を変えているらしい。
例えば武器でいうと低いものを扱う店は赤色、上等の物を扱う店は臙脂の色をしていたのだ。
そんな割かし高級品を扱う店先でライアは一振りの剣を手に取ると、鞘から抜き放ちじっくりと品定めを始めた。
「こいつなんかは結構な代物だけど、売れてないみたいだな」
「そりゃあこんなご時世だからね、わざわざ魔物を倒しに行こうなんて酔狂な冒険者も最近とんと見ないし。それにエイルローグ城が落ちたって話じゃないか。強力な魔物がウロウロしているんじゃあねえ、誰だって明日は我が身とビクビク怯えて過ごしているんだろうさ」
「そのお城について他に知っていることはあるかしら?」
「いや、城が落ちたって噂くらいしか知らないな」
「そう、ありがとう」
とソフィアは早々に話を切り上げる。
その後も出店を回ってみたが、大した情報は得られず……。
やはり情報を得るのならあの場所しかないと、小休止にこの町唯一の酒場へ立ち寄った。
古めかしい木の内装、テーブル席を埋める客、カウンターに座る男女の背中と、その向こうで酒を供するバーテン。酒場へ入るのもずいぶんと久しぶりな気がするな。
残念ながらバニーちゃんのように露出の多いウェイトレスはいなかった。が、給仕する女子と、奥に設置されたピアノを弾く女子はなかなかの美人だ。
うむ、うむと頷きながら、わしらは奥のカウンターへと向かう。
するとわしらに気付いた白髪白髭のバーテンが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「酒の飲めん年頃の女子もいるのでな、適当にジュースをもらおうか」
「かしこまりました」
バーテンは軽く頭を下げると、背後に設えてある樽サーバーのコックを捻りグラスへドリンクを注ぐ。
情報を得ようというのに聞くだけ聞いて店を出るというのも気が引けるしな。ちょうど喉も乾いていることだし、一応な。
空いた席に腰を落ち着けて待っていると、しばらくして六人分のジュースがサービスされた。
「お待たせいたしました」
出された飲み物で喉を潤す。思いのほか乾いていたのか、新鮮なブドウジュースが染み渡るようにして食道を駆け下りていった。
ほっと一息ついてから、わしは早速切り出した。
「少し訊ねたいのだが。グランベル領のエイルローグ城について知っていることがあれば、なんでもいい教えてくれんか?」
老いたバーテンは少しだけ逡巡したのち、重たい口を開いた。
「……エイルローグ城下町は、私の生まれ育った町でした。争いを好まない心優しい王と王妃、そして民を思いやる王女に、誰しもが尊敬と敬愛の念を持っていました。私がこの町へ居着いてからも、あの方たちを忘れた日は一度もありません」
忌々しげに唇を歪めて拳を震わせると、つい二年ほど前に起こった出来事をつらつらと語り出した。
魔王軍がグランベル領へ侵攻し、領内の町や村へ破壊の限りを尽くした。
城には近衛や兵隊がいたがまるで歯が立たず、魔物の侵略を食い止めることが出来ずに城下町への侵入を許してしまう。そうなれば、戦力差から見ていくら籠城を決め込もうとしたとしても、城が落とされるのは時間の問題だ。
死にゆく人々の断末魔を聞き、そして焼け落ちる城を見て、王と王妃は民を見捨てられないと国と亡ぶことを選んだそうだ。
「ん? 話の腰を折るようで悪いが。王と王妃が国と亡んだのなら、王女はどうなったのだ? まさかまだあの城にいたり?」
訊ねると、クロエが固唾を飲んだ音が聞こえた。
バーテンは周りに聞こえないようこちらへ顔を近づけて声を潜める。
「皆さんは魔王軍に反旗を翻そうとしている冒険者と見ました。あなた方を信じてお話しします。はっきりとしたことは私にも分からないのですが、聞いた話によると王女は地下のドワーフに匿われているそうです」
「ドワーフ? あの屈強で低身長のずんぐりとした種族か? いやしかし、それ以前になぜお前さんがそんなことを知っておるのだ?」
「城が陥落したあの日、満身創痍で命からがら逃げ延びたという女騎士から聞いたのです。王と王妃が秘密の地下通路から王女だけを逃がしたと」
「ということは、王女は生きていると?」
「はい、恐らく」
ふとクロエに目をやると、肩を震わせて俯いていた。
不意にパタタとテーブルへ水滴が落ちる。「……よかった、王女様、生きてて……本当によかった」
涙声で呟くその背中を楓が労わるようにさする。
その涙を見て、皆の想いは一つにまとまったことだろう。何としても四天王を倒し、この地に平和をもたらそうと。
そんな折。グラスを傾け一気にジュースを飲み干したライアが「そういえば」と切り出した。
「その女騎士ってのはまだ生きてんのか?」
「ええ、私にそれを伝えた後、王女様の護衛をするとすぐに旅立っていかれました」
「その匿われてるって場所は?」
「すみません。そこまでは私も聞いておりません。お役に立てず申し訳ない」
頭を深々と垂れたバーテンに、「いや、情報が聞けただけでもありがたいからな」と顔を上げるよう促す。
「でもそうなると、私たちで探すしかないってわけね」
「けどさ、貴重な話が聞けたねー。城のどこかに隠し通路があるって。これはアタシの隠密が火を吹くね!」
「火吹かせたら隠密どころじゃねえだろ。まあどの道四天王の面は拝みに行くからな、そのついでに地下通路を探しに行くか」
「見つからなければ、わたしが魔法で吹き飛ばすから大丈夫だよ」
「そん時はアタシも手伝うしっ」
手段を選ばないようなクロエと楓の発言に、オルフィナが「はぁ」と小さく息をついた。
「それだとただの破壊よ。手段は選んだ方がいいわ。あなたが焦る気持ちは分からないでもないけど、今は目の前のことを一つ一つ着実にこなしていくことを考えたら」
その一言で目が覚めたように目を瞬かせると、二人はそれもそうだねと頷き合う。
「お前さんはなかなかどうして、冷静沈着なのだな」
「顔に似合わず頭に血が上りやすい性格の子が多いのは、短い付き合いだけれどなんとなく見ていて分かったから。というか、こういう時はあなたが止めるべきなんじゃないかしら、勇者でしょ?」
「はい、すみません」
……はっ! なんでわしは年下に説教されて頭を下げているのだ。いや、問答の余地がありそうな感じはなかったし、なんというかお姉さん染みた雰囲気に従わざるを得なかったというかなんというか。
この魔性の赤い瞳もまずいのかもしれん。わしはドMではないが、なんだかおかしな性癖に目覚めてしまいそうだぞ。
皆の前で情けない姿を晒したと反省しつつ、咳ばらいを一つ。
「おほん! とにかくだ、次の目的地はラゴスより西に位置するエイルローグ城だ。四天王を倒す英気を養うため、皆、今夜は気を入れて休むぞ!」
「気張ってたら寝付けないだろ。おっさんはとにかくなにも考えずに休め、いい年なんだからよ」
「戦闘中にうたたねされては困りますし。寝付きにくいのなら私が眠らせてあげてもいいですけど」
その言葉についに夜伽か! とテンションが上がりかけたが。手刀で切るような仕草からそうではないのだと知り、丁重にお断りした。
三人で旅に出た頃、夜伽がどうの言っていた気がしたが、夢幻だったようだな……。だがわしは諦めんぞ! ハーレムを築くまではッ!
「勇者さん、そんなに興奮してたら眠れないよ。なんならわたしがスリープの魔法かけてあげてもいいけど」
「だいじょぶだいじょぶ! 楓ちゃんお手製の安眠枕貸したげるからさ!」
「それだとこの人、余計に血眼になって興奮しそうだけど……」
それは、楓の匂いに包まれて眠れるのか! と鼻息荒く口にしようとした矢先のことだった。
オルフィナも短い付き合いでずいぶんとわしらのことを観察したものだと、褒めてやるのはやぶさかではない。もう少し別な角度で観察されたかったが。
素直に褒めてもらうには、もっとわしも頑張る必要があるのだろう。
……わし頑張っとるつもりなのだがな。四天王を二人やっつけたというのに技も魔法も覚えんとは。まさかこの程度で限界に達したとは思いたくはないが。……次の相手に期待するしかないか。
談笑に賑わう女子たちが料理を頼み始めたので、夕食はここで食べるものと思い、わしもここで済ませることにした。
明日はいよいよ四天王と対峙する日か。四天王と連戦とは珍しいが、油断はない。どれだけ相手が強かろうが、力を合わせれば勝てん相手などいないのだからな!
決意を胸に刻んだところでちょうど運ばれてきた数々の料理に、皆で舌鼓を打ち、そうして夜は更けていったのだった。
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