第58話 京の都の忍者ギャル

 関宿から一日ほど歩き、わしらはようやく京へ到着した。

 街道から見えていたその姿から、かなり大きな町だとは思っていたが。町入りしてさらに驚嘆した。

 高さの揃う整った町並みは美しく、山や川といった自然の景観とも上手く調和していて素晴らしいの一言だ。

 関宿なんかとは比べ物にならないくらい、人々も通りに行き交い笑顔が溢れている。

 まるで焼餅の悪政の影響下にないような賑わいだ。

 町の見物もそこそこに。

 一先ず疲れを癒すために宿を取り、わしらは翌日から京探索を開始することにした。


 次の日の朝。

 とにもかくにも話を聞くため、楓のいるであろうたまも庵をまず探すことにした。

 仕事に精を出す者、会話に花を咲かせる者。少し歩いてみても、やはり町は活気に溢れすれ違う人々もまた楽し気だ。

 わしらは碁盤目と呼ばれる縦横に走る通りをいくつも折れ、店のありそうな場所をひた探す。

 細い路地、立派な家屋の並ぶ通り、賑々しい大通り。

 どこを切り取っても情緒があり絵になる町並みだった。

 ジパングを楽しみにしていたクロエも、都の美しさに目を瞠りため息ばかりをこぼしていた。


「すごいね、京って。こんな都が存在するなんて思わなかったよ」

「クロエはイルヴァータまでしか家出で足を延ばしてなかったんだっけか? なら珍しく映っても仕方ねえか」


 過去にジパングへ来たことがあるライアは、通りを歩きながらクロエにいろいろ教えてあげている。こうして見てみると姉妹に見えないこともない、雰囲気だけ。

 微笑ましく見ていたら、「あら?」となにか気づいたようにソフィアが声をあげた。


「どうやらたまも庵は、この先の十字路を左に折れた先にあるようですわ」


 指さす先には立て看板が。『この先左でちょい行くとたまも庵』と、もうすでに見慣れた汚い字が。

 指示通りわしらは十字路を折れ、幅の広い通りに建ち並ぶ様々な店舗を右に左に眺めながら、先を行くこと数十メートル。

 お馴染みの赤い傘を広げる、たまも庵をついに見つけた。

 が!


「休業中、だと」


 小屋は閉め切られ、表には『しばらく休業するからごめん』と看板と同じ筆跡で書かれた張り紙がされていた。


「ここまで来て情報を聞ける奴が不在とか。出鼻挫かれた気分だな」

「なにか事情があるんだろうし、いないのは仕方がないわよ」

「そうだね。他を当たるしかなさそうかな」


 女子たちが落胆に肩を落としている。

 こんな時に励ますのが良いのか、そっと肩を抱いてやるのが良いのか、はたまた宿に誘うのが良いのか悩むところだ。

 三人もいるのだ。わしの腕は二本しかない。肩を抱いてやろうにも一人あふれてしまう。それは可哀想というものだろう。

 宿屋にインなら三人でも八人でも十五人でも相手してやれる精力と気合は持っているが……さてどうしたものか。

 なんてことを真剣に考えていたところ。

 ライアが「それより、ずっと気になってたことがあるんだけどさ」と唐突に口にすると、

 ソフィアも「奇遇ね。私も気がかりがあるわ」と同調し、

 さらにはクロエまで「わたしも不信感を持ってることがあるよ」と告げた。

 背筋が少しだけ冷える。


「な、なんのことだ? わしは別にお前さんたちを今どうこうしようなどと考えていたわけではないぞっ?!」

「あ? いきなりなんの話だよ」

「勇者様はまたいやらしいことを考えていたのですか?」

「やっぱりエッチだね……」


 訝しむ視線と呆れと若干の軽蔑の視線が刺さる。

 どうやらわしの思考が読まれていたわけではなかったらしい。ほっと安堵の息をつき、咳払いで体裁を繕いつつも「それで、何の話なのだ?」と真面目顔で訊ねた。

 女子たちはチラリと方々に目配せし、


「あたしら、ずっと尾けられてるぜ」

「尾けられるとは、尾行のことか? それにしてもずっととはどういう……」

「ずっと、というのはずっとですわ。津島港辺りから薄々気配はあったのですが」


 ソフィアの言に、「え?」と年甲斐もなく大きな声が出てしまう。


「津島からというと、最初からではないか。なぜわしに教えてくれなかったのだ?」


 もしかしたら女子たちに危険が及ぶかもしれないのに、黙っているなんて……。と思いはしたが。考えてみれば一番危険なのはわしだな、どう考えても。情けない話だが。

 微妙な気分になり苦虫を噛み潰す。

 すると、背後を気にしていたクロエがこちらへ向くなり言った。


「殺気がないから大丈夫かなって思ってたんだ」

「そうなのか? それではなんのために尾行なんてしているのだろうな」

「別に殺すだけじゃないだろ、尾けんのは。なんていうかそうだな、あたしが感じたのは観察してるって感覚だ」

「観察……」

「かなり上手く隠れているんでしょうね。私には姿までは見つけられませんわ。クロエはどう?」


 ソフィアに振られたクロエは、手にしていたコメットブランチをわずかに揺さぶりなにかの魔法を唱えた。杖先がパアッと輝いただけで、なにも起こらない。


「探知の魔法を使ってみたんだけど、引っかかる者は誰もいないね。もし魔法で隠れてるんだとしたら分かるんだけど。術とかだったら無理かもしれない」


 術……。というと、陰陽師とやらが思い当たるが。わしらを尾行する理由はなんだろうか。

 それに楓のことも気がかりだし。しかし、なにか知っていそうな当人は店にはいない。

 とすると……あっ。

 もしかしたら、もしかするかも?

 確信はないのだがな――と、わしは真剣な顔をして皆に告げる。


「その尾行している者とやらは、もしかしたらわしのファンかもしれんぞ?」

「おっさん、それは寝言か?」

「起きながら寝言を言うとは、勇者様は器用な方ですね」

「いや、わしは可能性の一つとしてだな――」

「ねえよ」


 即断じられ、続く言葉は喉奥に引っ込んでしまった。

 最近、女子たちがわしに冷たい気がする。……いや、もとからこんな感じか。

 ま、遠慮のないことは良いことだと思うがな。

 股を濡らした女子を期待したのだが、残念この上ない。

 わしはため息を一つこぼし、気持ちを切り替える。


「とにかく、楓を見つけんことにはなにも始まらん。少しここで待ってみるか?」

「それは一理あるけどさ、日が暮れても来なかったらどうするんだ?」

「その時はその時だ。わしはあの太ももを拝むまで待ち続けるぞ!」


 ミニ丈の着物から伸びる健康的な太もも! スベスベなのは見れば分かる瑞々しい肌! いや、あれは眼福だった。また見たいのだ、わしはッ!


「勇者様の戯言はさておいて。確かにあの娘に聞きたいことはいろいろありますね。待ってみる価値はあるかと」

「それに、尾行している人もボロを出すかもしれないし。わたしも賛成かな」

「ま、それもそうだな」


 女子たちの同意も得たところで、わしらは長椅子に腰かけて楓を待つことに。

 途中、わしは軽食を買いに席を立った。

 その際、わしに注がれる強い視線を感じたが、目を向けた先には目立った人などはいなかった。

 おにぎりと茶を買って戻り、食べながら待つこと十分、二十分、三十分が経過する頃――


「……ん?」

「どうしたんだ、おっさん?」

「わしを見つめる熱視線を感じる」


 わしは探していることを気づかれぬよう、視線だけを泳がせて方々に目を配る。

 すると真向かいの店から二件ほどずれた店舗と店舗の間の路地に、微かな気配を感じた。女子の気配だ! やはりわしのファンかと心躍らせて、勢いよく席を立った!


「うわっ、なんだいきなり立ち上がって。ビックリしただろ」

「やはりわしのファンはおったのだ!」

「だから気のせいだっつってんだろ」

「したらば!」


 わしは勢いよく駆け出し、路地に挟まりに向かう。

 人目を忍ばなければ会えないというのなら、わしは進んで女子の思いを受け止めよう。熱い視線を注ぐほどわしのことが好きなのだ。少しくらいのオイタなら許されるかもしれんしな、うはははは!

 こみ上げる笑いも止められずに、わしはその路地へ突撃した。

 するとそこには、見慣れた赤い着物に身を包む見慣れた茶髪の少女がいたのだ。

 髪留めはピンクのヘアピン。


「お前さんは、楓ではないか!」

「あ、しまった! お団子食べるのに夢中で気づかなかった!」


 見れば口元には餡子がついていて、手には餅がへばりついた空の串を二本持っている。どうやら串団子を食べていたようだ。


「しまったではないぞ。わしのファンなら最初からそう言えば良いではないか」

「ファン? 誰が、……アタシが?」

「ずっと見ていたのだろう?」

「なんでバレてるし?!」

「――やっぱお前だったのか」


 背後からライアの声が聞こえたので振り返ると、クロエも側に立っていた。しかしソフィアの姿はない。

 茶屋の長椅子付近を探していると、「なんとなく怪しいとは思ってたのよね」と今度は背後から声がした。また振り向くと、ソフィアはいつの間にやら楓の後ろにいた。

 なぜかわしらは楓を挟む形をとっている。まるで逃がすまいとしているかのように……。


「お前さんたち、楓に失礼であろう。せっかく戻ってきてくれたというのに。それにわしのファン一号だぞ、」


 言いながらも、わしの視線は楓の太もも辺りで縫い止められる。見えそうで見えないミニ丈の裾付近は、特にえっちな感じだ。やはり女体はいいものだなー。

 ニヤニヤしていると、ライアの刀の柄頭が久しぶりにわしの頬を抉った。


「痛いではないか」

「なに言ってんだおっさん。最初に失礼なことをしたのは楓だぞ? 尾行なんて真似しやがって」


 一瞬、ライアが何を言っているのか分からなかった。……尾行と言ったのか?


「おいおい、なにを言い出すかと思ったら――」

「初めからおかしいとは思ってたのよね。真新しい立て看板に書きなぐった案内文字。行く先々で偶然にある茶店。そして極めつけはあの小鬼の件。関宿にいたのもあなたでしょ?」


 ソフィアの言葉に驚愕した。

 今まで疑問に思ってきたことのすべてが、この女子の仕業だと……?


「なっ!? 関宿の女子も楓だったのか?」

「ヘアピン同じのしてたしね」

「あれは制服だと言っていたが」

「おっさんに指摘されて慌ててたろ」


 そういえばそうだった。楓みたいだと思っていたが、まさかまさかして……。


「本当に楓だったのか?」


 先ほどから口を噤む楓に訊ねると、なにやらしゃがんでもぞもぞしていた。

 見れば、串団子の残りをせっせと頬張り、ごっくんと飲み込んでから立ち上がる。


「ま、バレたんなら尾行もここまでってことかなー。端からここで終わらせるつもりだったんだけどさ」


 飄々と言ってのけ、ぺろりと舌を出して口元にわずかに付いていた餡子を舐めとると、にこっと人好きのする笑顔を見せた。

 思わず絆されそうになる。やっぱり可愛いのだ、楓も。

 軽くめくれていた着物の裾を直すと、「白状するよ」と一言こぼし、そしておもむろに着物の襟元を掴んだ。

 次の瞬間、着物を引っぺがした楓がそれを投げたことにより視界が一瞬塞がれる。

 着物が地に落ち、視界が開け――なんと目の前にいた楓の衣装が変わっていた!

 淡い色で花の刺繡が施された青紫の鮮やかな着物はこれも丈が短く、腰回りなんかは布が少ないため見ていてなんだか心許ない。動けばおパンツがチラチラしてしまうだろう。……男としては嬉しいことこの上ないが。

 さらになんといっても極めつけは、籠手や脚絆などの防具が装着されているところだ。背中側には四角い鍔をした刀も見える。

 アクセサリーもお馴染みのヘアピンだけに留まらず、腰元には銀色のもふもふした尻尾がぶら下がっているし。

 なんとも見事な早着替えだ。

 似たような格好は絵本で見たことがあった。たしかこれは――


「お前さん、まさか忍者なのか?」

「そ! アタシは忍者。けど、ただの忍者じゃないよ、オジサン」

「では一体なんだというのだ?」


 問うと、「ふっふっふ……」と、もったいぶるように少し間を置く。

 わしはごくりと喉を鳴らし、なにが飛び出すのかと期待の眼差しを注いだ。

 すると楓はバンッ! と自分の胸を強く叩いて啖呵を切った。


「ある時は茶屋の看板娘、またある時も茶屋の看板娘。しかしてその実態は……。京の都のギャル忍者楓ちゃんとは、このアタシのことだッ!」

「なんだ。ただ頭に『ギャル』と付いただけではないか。少し期待して損した気分だぞ」


 期待外れの落胆を思わず口に出すと、「チッチッチ」と楓は舌を鳴らした。


「分かってないなーオジサンは。ギャルだから意味があるんじゃん? これがもし『オバサン忍者』とか『ババア忍者』とかだったらどうなの? ぜんぜんイケてないし」

「むぅ、確かに。捕まえて悪戯してやろうとは思わんな」

「でしょ?」

「でしょ? じゃねえよ。なんだ、アホの子なのか? つうか傍から見てると、バカとアホの競演にしか見えねえぜ」


 ライアの酷い物言いに、『失礼な!』とわしと楓の声が被った。

 楓とはなんだか気が合いそうな気がする。


「それにしてもお前さん、忍者なのにまったく忍んでないな」

「地味なカッコしてギャルやる意味あんの?」

「そういうものなのか?」

「そういうもんだよ」

「それ以前に忍者では……?」


 そう言って嘆息するソフィアの呆れ顔が視界に入った。

 なんというか、じゃっかん疲れた顔をしているな。きっと楓が、今まで出会ったことがない変わった娘だからだろう。

 わしは楽しいが。

 改めて楓の姿を眺めていると、「ところで、」と珍しくクロエが口火を切った。


「わたしたちを尾けていた理由ってなにかな?」


 訊ねられた楓は、一つ柏手を打ち思い出したように、


「あ、そうそう。それなんだけどさ。ここじゃ言いにくいから、アタシに付いてきてくんないかな?」

「理由も言えない相手を信じて、付いていけってか?」


 ライアは怪訝な顔をして楓を見た。

 楓は普段と変わらぬ様子でけろりとし、訝しむ視線を軽くいなしている。

 確かに怪しい。今までのことを振り返ってみても怪しさしかないだろう。

 小鬼のことも否定しなかったということは、間違いなく関係しているのだろうし。

 しかし、別にわしらに被害があったわけではない。小鬼も攻撃してこなかったことを考えると、人を喰っていたとは考えにくい。

 それらを除けば、家に泊めてくれたり、おはぎをくれたり。親切な部分が目立つではないか。

 十二分の信用は出来ないかもしれないが、なにか理由があるのだろうし……。


「――楓について行ってみんか?」


 わしは熟考した上で出した答えを皆に告げる。

 初めこそ否定的な言葉も出ていたが。尾行されていた時に殺気は感じなかったこと、そしてパーティーのリーダーはわしだからといういつものパターンで帰結した。


「なにかあったら責任取れよな」

「もちろん。お前さんたちはなにがなんでも、わしのハーレムに入れるから安心するのだ!」

「安心とかの問題ですか、それは」

「またそういう恥ずかしいこと……」


 呆れと照れ。いつも通りのやり取り、反応がやはり落ち着く。

 アダマスも手にしている。女子たちを守ることだけは手を抜かないからなと、心の中で呟いた。

 それに前に進むためには、時に進んで未知に足を踏み出さなければならない時があるというものだ。

 悪いことにもなりかねないだろうが、この場合楓だからな。少しくらいならそれも良しと思える不思議。やはり女子って素晴らしい!


「話はまとまったみたいだねー。んじゃあ案内するよ。アタシのお師匠のところまで、ね――」


 そうしてわしらは楓に案内され、京の郊外にあるという嵐山のお屋敷とやらへ向かうことになった。

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