第12話 お仕事斡旋所
朝っぱらから石畳の路地に正座させられ、わしは見下ろしてくる二人の鬼を見上げていた。
ぷんすか怒っている顔も実に絵になる、可愛い女子たちだ。
「あたしらは怒ってんだぞ、なんでニヤニヤしてんだ」
「カジノに行くだけならまだしも、全部するとかなにを考えているんです?」
「すみません」
少しばかりきつい口調に頭は垂れる。
仮にも勇者のわしが、なぜこんな往来の視線にさらされて、正座させられねばならんのか。確かにカジノへ行って自分の所持金をゼロにしたのはわしの責任だが。
それでも、初めは勝っていたのだ。……結局、負けたから意味はないが。
「そういえば、私が言った魔物大百科は買ったんですか?」
「いや、鋼の剣の代金を前払いしたら明らかに足りなくなってしまってな」
「いくらあったんです?」
「150Gだが……」
「それだけあれば買えました」
聞けば、120Gで道具屋にて販売されているらしい。
残りの30Gで宿代も払えたと、女剣士に叱られた。ちなみに宿代は女剣士が代わりに払ってくれた。
カジノに行かなければ、こんなにも怒られることはなかっただろうに。
しかし、あの夜に見た光景はすべて眼裏に焼きついている。バニーたちのエロい肢体、ピンクの乳輪、そしてクールな美少女。そのことだけは微塵も後悔していない!
「おっさんはもっと物事を考えて行動しろよ」
「いや、その結果がこれなのだが」
さすがに風俗に行こうとしていたことなど言えるはずもなく。カジノでチップをあげたことなんてさらに火に油だ。
これ以上怒られないためにも、なるべく多くは語らず縮こまる。
「それにしても、どうしていきなりカジノなんです?」
「そ、それは――」
しかしクレリックは、そんなわしになど構わずに問うてきた。なにか訝しむように片眉を上げ、口ごもるわしの言葉を待っている。
女は勘の鋭い生き物です、なんてことを大臣は言っていたが、まさしくその通りだと思った。
「どうしました?」
「いや、それはだな、」
「どうせ風俗行きたくて、ひと山当てようとしたんだろ?」
女剣士の言葉を耳にし、クレリックの目は厳しく細められた。「そうなんですか?」と、じゃっかん低められた声が恐怖心を煽る。
そんなものに使うのなら百科事典を買いなさい、そんな無言の圧力を感じた。
どちらにも言えることだが、本当に怒らせると怖いということは戦闘を見ていれば分かる。木偶人形が木っ端となったシーンが思い出され、股間の辺りがむずむずした。
しかし、それだけではないことは断っておかなければ。
「それもあるが、お前さんたちに触るためにわしも頑張ったのだぞ!」
「どこに一生懸命になってんだ、もっとほかにやる気出すとこあるだろ」
呆れてため息をつく女剣士。
その背後では、通りすがりの人々がこちらを見て、ひそひそと小声で何かを言っていた。くすくす笑っている者もいて、状況と自身の情けない姿に途端に顔が熱くなる。
「とにかく。鋼の剣は明日出来上がるみたいですし、少なくともあと一日はこの町に滞在するので、斡旋所で仕事を探しましょう」
「言っても、小さな町だからな。そこまで依頼数は多くないだろうけど、まあ行くだけ行ってみるか」
そうして、二人に腕を抱えられ斡旋所とやらへ向かう。わしは逃げも隠れもしないというのに。腕を抱くなら、鎧と法衣の上はぜひとも脱いでもらいたいものだな。
布越しでも感じられるやわらかいオパーイ! わざと肩を上下させてみたりなんかして! ……はぁ、本当に、鎧というのは女子が着るとつまらんものだ。固くてゴツゴツで、男としてはまるでありがたみを感じん。
そんな意識を少しでもそらすため。
道すがら、これが小さな町ならアルノームの町は村ではないか、と不満をたれたら、「アルノームは箱庭みたいに気楽だからいいんだよ」と女剣士に返された。
狭いと思ったことはあるが、庭ほど狭いとは思っておらん、失敬な。
宿屋から歩くこと、東へおよそ三分。目的の場所に到着した。
斡旋所の看板を掲げた、青い屋根が特徴的な一階建ての建築物だ。
さっそく足を踏み入れる。フロアには丸テーブルが三つ設置され、奥のカウンター左側には大きな掲示板。申し訳程度の観葉植物たちが、質素な木の内装に彩を添えていた。
掲示板の前では、数人の冒険者が溜まっている。
遠目に見ても、掲示板の大きさの割に白い貼り紙がかなり少ないように思えた。
「こいつは遅かったか?」
諦めたように女剣士。
掲示板まで来てみるも、確認できる依頼書は五枚しかない。
「どうする?」「あの熊強いしなー」「風俗は変な目で見られそうだし」「そうなると、俺たちが出来る依頼は限られてくるな」
隣で冒険者グループだろうか。三人の若者たちがぶつぶつとごちている。
わしはそれを横目にし、一人優越感に浸っていた。わしのパーティーには可愛い女子しかおらん、羨ましかろうと。
おっぱいも尻も、わしのすぐ側に控えているのだ!
「ふふ、ふ、ふはは――」
「笑ってないで早くしろよ、なくなるぞ」
もう一息で気持ちよく笑えそうなところを、無粋にも遮られてしまった。
おかげで本来の目的を思い出し、わしは渋々ながら掲示板を眺める。
「どれどれ」
一枚ずつ順に確認していく。
・パンフィルのウェイトレス 一名募集――報酬150G。
・魔泉のグリズリーの毛皮を持ってくる――500G。
・ウェンネルソン周辺の魔物を一定数討伐――200G。
・カジノの清掃 一名募集――350G。
・むにむに屋の清掃 一名募集――300G。
「これは剥がして持っていけばよいのか?」
「ん? ああ、そうだけど。決まったのか?」
「……ふむ」
わしは迷うことなく急いで二枚を引っぺがし、受付に持っていこうとしたのだが。依頼書を持つ手を女剣士に素早くつかまれて制される。
「待て、なんでその二枚なんだ」
なんでって、それは……。思わず目が泳ぐ。
もしかしたら従業員割引なんかもあるかもしれんし、閉店時間後に特別に触らせてもらえるかもしれん。そう考えたらこの選択は必然と言えるだろう。
クレリックの冷ややかな視線が、これから口にするであろう言葉を容易に想像させた。
「下心ですか?」
「うむ。正直に言うと、それしかない」
「聞くだけ無駄だったな」
言うが早いか。
女剣士は二枚の紙をわしから引ったくり、掲示板へと貼り直す。
新しく一枚剥がすと、それを軽快な足取りで受付へと持っていった。
「この依頼を受けるぜ」
「パーティーは三名ですね。依頼はどなたか一人になりますが」
「おっさん……ああ、勇者で頼むよ」
「かしこまりました」
そういって恭しく礼をする受付嬢。
わしは掲示板に残された四枚の紙を順繰り確認していく。
なくなっている紙を認め、思わず顔を顰めてしまった。
受付に目をやると、こちらへ振り返り、悪戯そうに口角を上げ犬歯を見せて笑う女剣士と目が合う。
わしは平静を繕い、なるべく普段通りに振る舞った。
「ウェイトレスとは女子のことを言うのだろう? わしは男だし、行っても門前払いではないのか?」
「そこらへんの融通くらいは利かせてくれるだろ」
「なんの融通だ。それにわし、接客などしたことないぞ」
「これも経験だおっさん。楽しみにしてるぜ」
それだけ言うと、女剣士は受付嬢と小声でなにやら話をしている様子。
なんだか嫌な予感しかしないのだが。
「勇者様、楽しみにしていますね」
そう言って肩を叩いてくるクレリック。
――お前さんの楽しみというのはどちらの話をしているのだ。
そう不満を口にしたかったが、依頼書にハンコが押される音を耳にし、ついには声とならなかった。
わしは恨みがましい目を、二人に向けることしか出来なかった。
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