第11話 初めてのカジノ、初めて見たウサギさん
青黒い夜の帳が空を覆う。
町は煌びやかなネオンに包まれ、昼とはまた違った活気、熱気に湧き立っている。
ピンク色の誘蛾灯を前にして、わしは一人項垂れていた。目の前の看板には、『むにむに屋』と書かれている。
それというのも。
魔泉からカーくんの彼女とやらを助け出し町へ帰還したわしら。
鍛冶屋を営んでいるカーくんは大変喜び、ぜひ礼をさせてほしいと申し出た。
礼を拒むほど余裕もないし、武器を作ってくれるというなら断る理由もないということで、申し出を受けることにしたのだが……。
なんとカーくん、代金はちゃんと頂くと言い出したのだ!
しかもこの町最高の「鋼の剣」。
1500G前払いで(それでも200G負けてくれているのだが)、出来上がるのは明後日という話。
倒れていた魔泉のグリズリーからわずかな素材を剥ぎ取り、植物採集をしていたため売って多少金に余裕はあったのだが。前払いとはひどい話だ。
「……おかげで風俗で遊べんではないか」
どうしても乳が揉みたい! そう思い、150Gしか入っていない小銭入れを握りしめ無理やり押し入ったのだが。
どうやら従業員にわしの熱意は伝わらなかったようだ。輝くむにむに屋の看板が恨めしい。
「ふん、わしのリビドーが理解できんとは、惨めなやつだ」
負け犬の遠吠えとはこういうことを言うのだろうか? いと情けなし。
「まあしかし、好みのおっぱいがいなかったことは幸いというべきか」
地下への階段手前に飾られていた乳写真の中に、響くものはなかった。
もしここにパティスちゃんクラスがいたのなら、わしは今ごろ血涙を流していただろう。
「……この所持金では尻も無理か」
――ああ、わしはなんのために旅をしているのだろう。
ゴールドカードを握りしめ、一人涙を拭う。
「仕方ない、宿に戻るか」
呟き、踵を返すと、ひと際ネオンの明るい店が目に飛び込んできた。暗がりに慣れていた目がチカチカし、思わず目を瞑る。
ややあって少しずつ目を開けると、入口の上にはでかでかと『カジノ』の文字が光っていた。
「カジノ、か」
たしかGをコインに替えて、賭け事をする店だったか?
規模としては小さな店舗だが、150Gしかなくても当たれば一攫千金か? 少なくとも、当たればこの町の風俗は堪能できるだろう。もしかしたら次の町も?
ふふ、ふ……。
いままで死にかけたことはあるが死んでいない現状、運は多少なりとあると思うのだ……。
「試してみるか」
わしは期待に胸を膨らませ、足は自然にカジノへ向き、知らずその入口をくぐっていた。
薄暗い通路を抜けると、スモークガラスの扉から音楽が漏れてくる。
扉を押し開け、中へ進入した。
「――のわっ? なんだこの爆音はッ」
店に入ると、いきなり音楽が大きくなり思わず耳をふさぐ。軽妙なテンポを刻む曲は、なんだかノリが良かった踊る木偶人形を思い出させた。
カジノ店内は所狭しと黒い箱が並び、その前に座る者たちはなにやら一喜一憂している。いくつかのテーブルも確認でき、そこではウサギのような耳を着けた女子とカードゲームをしているようだ。
「おぉっ!!」
よく見れば、店内を歩き回っている女子も皆同じ格好をしている。どうやら制服のようだが、それがなんともエロい。
黒い光沢のある生地のレオタードは際どく切れ込んだハイレグになっていて、後ろもほぼ尻がはみ出している状態だ。下半身を覆う黒い網タイツは、むちむちとした女子の脚をより一層エロいものに引き立てている。
しかも、女子たちはみな粒ぞろいで実に可愛らしかった。
これが噂に聞くバニーちゃんというやつだろう。カジノに出没するお姉ちゃんだと、大臣に聞いたことがある。
ウサギには脛を蹴られただけで良い思い出がないが、これならまったく問題ない。
「ここは天国か!」
むにむに屋に行かなくてよかった。素直にそう思える。
鼻息荒く興奮しながら突っ立っていると、わしに気づいた一人の女子が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、ごゆっくりお楽しみください♪」
「わしはお前さんと楽しみたいのだがな」
一瞬なにか分からなそうに目を丸くした女子は、「あっ」と気づいたように声を漏らす。
「もしかして、カジノは初めてですか?」
「うん? ああ、そうだがそうじゃない。わしはお前さんと朝までしっぽりとベッドでだな――」
「ではこちらへどうぞー♪」
最後まで言わせてもらえず、女子に腕を引かれ、わしは受付まで案内された。
「こちらでGをコインに替えてくださいねー。初心者にオススメはスロットです」
「スロット?」
「あの黒い筐体です。コインを入れてレバーを引いて、三つのボタンを押してロールを止めてください。絵柄が縦横斜めで揃えば、コインが出てきます」
「ほう、それはなかなか面白そうだ」
「ある程度貯まったら、こちらの受付で1コイン1Gや景品と交換できますよ♪」
1コイン1Gというのは分かりやすい。無駄に計算しなくてもいいからな。
無理やり感は否めないが、まあ女子が熱心に説明してくれたんだ。ここで遊ばなければ可哀そうなことをしてしまう。
「よし分かった、やってみよう」
「頑張ってくださいね♪」
そうして。わしは適当にスロット台の前に腰かけ、メダルを入れてみた。
なにやら三列ある一番上のラインが横一直線に光り、1BETと表示される。とりあえず試しにレバーを引いてみた。
チャンチャラチャンチャラと音が鳴り回転が始まったので、左から順にボタンを押してみる。
二列目でチェリーが揃ったが、コインは出てこなかった。
「なるほど。この場合、二枚入れていればよかったのか」
勉強になった。
それからわしは、少しでも回数を稼ぎ当たる確率を上げるため、三枚がけでスロットを回した。さすがに全列八枚は勇気がなかった。
しばらく増えたり減ったりを繰り返す。
しかしそれが功を奏したのか。
「おっ? おおっ!?」
なにやら真ん中の列が『777』を表示し、台が煌びやかに明かりを発したと思ったら、いきなり大音量で音楽が鳴り始めた。
「な、なんだ、どうなっている! ええい静かにせんか! 恥ずかしいだろう!」
衆目を集めていることに羞恥を感じ、身を縮めてしまう。
「あっ、これはすごいですね! 大当たりですよ!」
先ほどのバニーちゃんがわしの背中を叩いて言った。
片手には、黒いケースを携えている。
「そうなのか?」
返事しながらも、わしの視線は前かがみになる女子の胸元へ。
そこまで大きくはないが、実にハリのありそうな良いおっぱいだ。
いい香りも漂ってくるし、このまま顔を突っ込んだらどう反応するのだろうな。
じゅるり――いかんいかん、よだれが垂れそうになってきた。
わしは紳士、わしは紳士だ。
テキパキとコインをケースに収めていくバニーちゃんを見ていると、
「どうされますか? 交換しますか? このまま続けますか?」
「いま吐き出されたのは何枚なのだ?」
「5000枚ですね」
ということは5000G。風俗に通うには足らんし、あの二人の乳と尻もどうにもできん。
ならば、することは決まっているだろう。
「いや、このまま続けてみることにしよう」
「止め時が肝心なんですけど、頑張ってくださいね♪」
「うむ」
そうだ。世話になったウサギさんにチップをあげよう。
「ほれ、これはわしからのほんのお礼だ」
そう言って、わしは箱から500枚ほど両手で掬うと、女子の胸の谷間にそっと注いでやった。
まるで投入口のように、ジャラジャラと音を鳴らしながら谷間に吸い込まれていくコイン。
わしもコインになりたい!
「えっ、あの、こんなに?」
「なになに、わしは運のある男だからな。すぐに取り返せるのだ、かまわんよ」
焦った顔をし、重みでずり下がるカップ部分を必死に上げるウサギさん。
まあ、これが目的でもあったのだが。
いやいや、綺麗なピンク色の乳輪がばっちり見えてしまっている。眼福眼福。ぬふふ。
……いかんいかん、わしは紳士、紳士なのだ。――いや、……やはり。
にやつくスケベ心は抑えられそうにない。にやにやしてしまう!
「あの、じゃあ、頑張ってください!」
「あ、うむ、ではな」
顔を赤くし、急ぎ駆けていき店の奥へ消えた女子を見届けると、わしは交換所で偶然見かけた『バニースーツ』を交換した後、再びスロットに向き直った。
それから三十分。
「なんと、いうことだ……」
3000枚あったはずのコインは、気づけば残り50枚になっていた。当たりが一向に来なくなったのだ。
このままスロットを続ければなくなってしまう。
わしは諦めて台を離れ、カードゲームらしきテーブルへと向かった。
「これはどう遊ぶのだ?」
「いらっしゃい。ここはブラックジャックとポーカー、ハイ&ローが遊べるよ」
ディーラーのウサギさんの説明を受けたが、前者二つはなんだか難しそうだと判断し、わしはハイ&ローで遊ぶことにした。
シャッフルした後、裏返しになった山からカードが一枚抜かれ、テーブルに表向きで置かれる。数字は7だ。
そしてもう一枚が伏せられた状態で置かれた。
この伏せてあるカードの数字が、表のカードより上か下かを当てるのだ。
「さあ、選んで」
テーブルに手をつき、まるで挑発するように少し前のめるバニーちゃん。
ふるふると揺れるオパーイに、もう目は釘付けだ。しかし選ばなければならぬ。乳も尻も堪能するためにはッ!
ふふん、確率は二分の一。わしは50枚すべてを賭けて勝負に出た。
「――ローだ!」
果たして結果は――。
女子がめくったカードは10。わしは、負けた。所持金ゼロ。もうゲームは出来ん。
わしは静かに席を立ち、とぼとぼと通路を歩く。
半分ずつ賭けていれば、あと一回遊べたのに……。
ため息を一つ。と――なにやら視線を感じた。ふとそちらに目をやると、一人のバニーちゃんがわしのことを見ていた。
思わず息をのむ。その美しさに目を奪われたというほかない。
「あんな娘御おったのか……」
見渡した時にはいなかった気がするが。いや、少し後に店入りしたのかもしれん。
しかし。
顔もスタイルも実にいい。白皙の肌に、女剣士とクレリックを足して二で割ったような均整の取れたプロポーション。セミロングの銀髪に、その隙間から覗く切れ長の紫瞳。涼しげで、でも冷たいというようなことを感じさせることなく、じっとわしを見つめていた。
あまりに突発的のことで、わしのマイサンも反応が三拍ほど遅れてしまったではないか。
「――お前さん……っあ」
声をかけに行こうと一歩踏み出すと、女子はそそくさと店の奥へと消えてしまった。残念この上ない。
しかし、カジノで負けたことなどどうでもよくなるくらい、良いものを見たな。なんならチップをあげたバニーちゃんに返してもらおうかとも思っていたが、それすらもどうでもよくなった。
あんな娘御に、ぜひわしのパーティーに加わってほしいものだ。
今夜はいい夢が見られそうだと背中で語り、カジノの扉を押し開けてわしは宿へ戻った。
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