第107話 朱火との再会

 廃街と化したエイルローグ城下町を出ておよそ二日。

 途中野宿をしながら、朱火がいるであろう北部を目指してひたすら歩いた。野宿中は毎度のことながら、調理の際の火おこしに簡易テントの中での入浴などなど、クロエと楓に頼ることになった。魔法と忍術というのは本当に便利だなとつくづく思う。

 四天王イグニスベインに敗れてからというもの、それを引きずっているかのようにライアの太刀筋には粗さが目立っていた。荒々しいというか、スパッと気持ちよく綺麗に斬れず、斬られた方が可哀そうになるほどの乱雑な剣だ。

 まるでカジノに負けた腹いせをする若者を見ているようで惨めに思えてきたが、ライアからすれば、油断し盗賊に身ぐるみを剥がされそうになった過去以上に辛いことなのかもしれん。力がついてきたと自負はあっただろうからな。なのになにも出来ずに負けたのだから、それは悔しいだろう。

 次から次へと現れる魔物を黙々と斬り捨てるライアの背に、それとなく声をかけた。


「心の乱れは剣を鈍らせると絵本で読んだことがあるが、お前さんでもそうなるのだな」


 倒れた魔物が光の粒子となって消える。血振りをしてから刀を鞘に納めたライアがこちらへ振り返った。


「あたしが奴に斬りかかった時に使った無刀流は、朱火から教わった必殺剣だ。ガキの頃に教わった初歩的な技ではあるけど、それでも今の自分ならかなりの威力は出せるはず。そう思って使ったのにまるで歯が立たなかった。動揺しない方がおかしいだろ」

「そういう考えに至るのは分からないでもないけど、さすがに初歩でどうにかできる相手とは思えないわよ。ただの正拳突き叩き込むようなものでしょ? 応用編のもっと強い技はなかったわけ?」

「アイツはケチな奴だったし、目で盗めって言われたから盗もうとしたんだけどさ。朱火はあたしが見てる前では滅多に技を使わなかったんだよ。だから悔しくて無刀流を封じて、あたしは自分の剣で戦おうって決めたんだ」


 昔語りをするライアの表情は仕方なさそうに見え、けれどどこか懐かしさに頬を緩ませているようにも見えた。


「でも師匠っぽいと言えば聞こえはいいんだろうけど、さすがに使ってくれない技を目で盗めっていうのはちょっとひどいね」

「会ったらその辺きっちり文句言って今度こそ負かしてやる。刀くれるって約束もしてたしな」

「なら急がなきゃだねー。あいつが襲ってくるとは思わないけど、魔物の群れはそうとも限らないからさ」


 去り際に告げた言葉から察して、イグニスベインがそのような指示はしないだろうと皆が思うところではあるが……。気が変わらないとも限らんからな。

 楓の言葉にそれもそうだと頷いて、わしらは北に広がる森へと急いだ。

 地図によると森深くに村があるらしく、おそらくそこにいるだろうと当たりをつけた。村までの道は舗装の行き届いていない林道らしき獣道を進む。

 意外なことにこの辺りは魔物の姿をほとんど見ない。出てこなさ過ぎて倒木を魔物と見間違える始末だ、枯れ尾花だ!

 まだ魔物が出てきた方が驚かなくて済んだのに……。ビビりだとからかわれ、なんともみっともない姿を皆に晒してしまった。

 それからしばらく森を歩き、ついに森林浴は終わりを迎えた。


「――ようやくたどり着いたな」


 その村は森を切り開いて作られていた。

 丸太を水平方向に積み上げた木造の家がいくつも点在し、村の中央には水晶のように透き通る荒削りの謎の石柱が一本立っている。地面に広がる植物の緑が映り込み、遠目にもなにかが刻まれているのが薄っすらと確認できた。


「ここにいるのか……朱火」


 村をあちこち見渡しながら奥へ進む、焦燥を隠せもしていないライアの背について歩く。足音を響かせる来訪者がいるというのに、村人は人っ子一人出てこない。もしかしたら警戒されているのかもしれなかった。

 村からなんの反応も得られずに、中央の石柱までやってきた時だ。

 突然一軒の民家の扉がキィと鳴いた。

 目を向けると住人らしき女性の姿があった。表情からは警戒の色は見て取れないが、わしらの存在をわずかながら訝しんでいることは窺える。


「あの、どのような御用でしょう?」

「突然の訪問で驚くのも無理はないだろうが、怪しい者ではないから安心するのだ。わしらは勇者の一行でな、訳あってこの村にやってきた」

「勇者っ!?」


 女性の吃驚の声が外に響くと、まるでそれを合図のように家々から人が出てきた。その数およそ三十。

 その内の一人の男が、ライアを見るなり目を瞠る。


「あの、違ったらすみません。あなたはもしかして、ライアさんですか?」

「ん? そうだけど、あたしのこと知ってんのか?」

「こ、こいつは大変だ! おい誰か、急いで朱火様を起こしてこい!」


 男に急かされると、なぜか武器を手にし焦った顔で三人ほどが村の奥へと駆けていく。

 彼の言葉に驚愕を返したのはライアだ。


「朱火様って、朱火は本当に生きてんのかッ?」

「ええ、かなりの傷でしたが奇跡的に一命を取り留め、いまは療養のためにこの村に滞在してもらっています」


 聞けば、イグニスベインに敗れた朱火は命からがら逃げてきて森の外で行き倒れていたらしい。

 出血も酷く、村人が見つけた時はほとんど虫の息、瀕死の状態だったそうだ。

 大昔この辺りにはハイエルフが住んでいたらしく、村には彼らが残した秘薬が保管されていた。村の宝だったその薬を、この近辺に現れた強力な魔物を退治してくれたことのある朱火のため、村人たちはなんの躊躇いもなく使用した。それにより朱火は助かったのだという。

 村人たちは皆、彼女に対して多大な恩義を感じているそうで、傷の癒えたいまも朱火をこの村に置いているそうだ。


「ところで、さっき男の人たちが武器を持っていったけど……起こすのに必要なの?」


 クロエが信じられなさそうな顔をして尋ねると、村人たちが遠慮がちに口にする。


「朱火様は寝相が悪いというかなんというか……」

「あんなもの持っていっても危険は減らないけど、防御するのに役立つ時もたまにあるから……」

「起こしに行って何人ボコられたか……」

「無意識で覚えてないのがタチ悪いよな」


 あれがなければと残念そうな表情を浮かべる村人。

 その様子を見てライアが思い出したように、


「そういえば……。あたしも昔、寝込みにイタズラしてやろうと思って近づいた時に鞘でぶん殴られた覚えがあるな。完全に寝てんのにおかしいなと思って、試しに魔物を二、三引き連れてきたら一瞬で細切れにしやがった。殺気かそうでないかはなんとなく気配で分かるんだろうけど。いまにして思えば化け物じみてるな」


 ライアが肩をすくめたその時、


「――化け物とはずいぶんな言い草だ」


 清流のせせらぎにも似た澄んだ声が響いた。

 声色の懐かしさからか、ライアは時が止まったように固まり、ぎこちなくそちらへ顔を向ける。皆の視線も声の主へ向いた。

 そこには、ジパングでよく見かけた長着に身を包む、ライアと似たようなポニーテイルの女性が立っていた。青みがかった艶めく黒髪、涼しげだが好戦的な印象をも与える力強い眼差し。


「あけ、び……」


 記憶の中の師と重なったのか、吐息をもらすように呟いたライアの声音に嬉しさと戸惑いが滲んでいる。

 まだ眠いのかあくびを噛み殺しながらこちらへ歩いてくると、口角を上げ朱火は柔和な面差しで口を開く。


「そういった言葉は本物の化け物に使うべきだ、どっちにも失礼だろ? ん――誰だ?」

「おい! 久しぶりの再会だからって弟子の顔忘れんな! 十年そこら年食っただけでもう耄碌してんのかよッ」

「なに冗談だからそう目くじら立てるなよ、相変わらず声だけはデカい奴だ……ってお前本当にライアか? なんかいろいろデカい気がする」


 少し見上げる形でたっぱやら、鎧越しの胸囲やらをじろじろと眺める朱火。

 その反応に珍しくドヤ顔をして、ライアは得意げに胸を張った。


「まあ十年だからな、そりゃあ成長もするだろ。ていうかアンタこそ意外と低かったんだな。昔は大きく見えてたんだけど、錯覚だったのか」

「生意気だ……。弟子のくせに師匠の背丈を超えるとかふざけた奴だな。お前に見下ろされる日がくるとは想像してなかったよ」


 チッと悔しそうに舌打ちし朱火が虚空を睨む。

 ライアはパーティーで一番背が高いからな。一七〇くらいのわしより少し低いくらいだから一六九センチくらいか?

 朱火はそれよりも七センチほどは低い。


「昔は毎日、泣きべそかきながら私の後ろをついて歩いてたのにな。あの頃のお前は鬱陶しくも可愛かった」

「そそ、それは最初の一週間くらいだけだろ! ていうか鬱陶しかったのかよッ。くそっ、自分のこと棚に上げやがって……そういうアンタこそ料理できなくて半泣きだったろうが!」

「うるさい、なにが悲しくて孤児の世話なんかしなきゃならないって思ってただけだ。べべ別に料理できなくて泣いてたわけじゃないッ!」


 なんというか、ライアは朱火をリスペクトして髪型を真似ていたそうだが……やはり師弟というのは中身も似てくるのか?

 言い合う様子はまるで姉妹と言われても信じてしまうほどだ。

 喧嘩なのかじゃれているだけなのか分からない二人を遠巻きに眺めていると、不意に朱火の目がわしを向いた。

 これはもしかすると今宵の祝宴におけるダンスにでも誘われるのかもしれん! と、ない襟を正そうとしたところ――


「なあ、さっきから気になってたんだけど、そこの太ましくて丸いクリクリ天パは誰だ?」


 などと言葉とは裏腹に、さほど気にしている様子もない表情で訊ねられた。

 まあ分かっていたがな。わしなど眼中にないのだろう、自分よりも弱い男などにはな。わしだってきっともう少ししたら強くなれるのだ、そのはずなのだ、勇者だからな……きっとな!

 内心ちょっぴり傷つきながらも気を取り直し、わしは一歩前へ出た。


「お初にお目にかかる。わしはワルド、勇者ワルドだ、以後よろしく」


 ぺこりと頭を下げたところ、「勇者?」と訝しむ声。

 これは信じられないと切って捨てるパターンかと思いきや……しかしすぐさま「ふぅーん」と軽く流し、納得したのかしていないのかよく分からん顔をする。


「あんたが勇者か。らしからないけど、まあ見た目なんかはどうでもいいか。上の世界の魔王を倒したんだろ? なら私は信じるだけだな」

「うむ、今までで一番理解が早い。助かるよ、どうもありがとう」


 差し出してきた朱火の手を握り、友好の握手を交わす。

 朱火の手は、ライアの師であることを忘れるくらいにたおやかだった。これで強いのだから信じられんな、最近の女子は。


「それはそうと朱火、アンタがこっちの世界に来た経緯についてはなんとなく知ってるけどよ。よくあの穴から落っこちて無事だったな、普通死ぬだろ」

「ああそれなら――」


 そういって笑い、九死に一生を得た時のことを朱火は楽しげに語る。

 油断して崖から落ちた彼女も死を覚悟したそうだ。足場がないのだから誰しもがそう思うだろう。しかし穴の終わり、光が漏れていることに気付いた朱火は、抜けた先のこの大地を目にし、同時に上の世界では見ることのなかった伝説の魔物の姿に目を瞠った。ドラゴンだ。


「昔ライアがよく読んでただろ、ドラゴンが出てくる絵本。あれこっそり私も読んだことがあったから知ってたんだよ」


 肉食であることを思い出した朱火は、持っていた干し肉やら骨付き肉を道具袋から取り出して、ついでに自傷し血を流してドラゴンをおびき寄せた。

 作戦は成功。血と肉のにおいに釣られたドラゴンは朱火を襲った。だが身を翻し上手いことドラゴンの背に乗った朱火は、適当に翼を斬りつけ飛行能力を適度に削いで地上に降下させたのだ。

 その落ちた先がダムネシア地方と聞き、わしはふと思い出した。


「もしかして、わしらが降り立ったあの場所に転がっていた魔物の骨は、その時のドラゴンの物か?」

「なんだ、同じところに落ちたのか。たぶんそうだろうな、あの後胃袋に納めてやったから」

「朱火、まさかアンタ、ドラゴンを食ったのか?」

「ああ、正直美味しくはなかったけどな。肉は硬いし血も独特なにおいで、あれは完全に人を選ぶ食材だ。一流の料理人なら上手いこと調理できるんだろうけど、焼いて食べるだけじゃあな。調味料もなかったし……」


 もう竜肉はこりごりだとでも言わんばかりに顔をしかめた朱火だったが、「でもいいこともあったよ」と言って続けた。


「竜の肉を食べた後、ステータスが上がったんだ。特に私は力と敏捷性が著しく上昇した」

「へぇ~、ドラゴンにそんな効果がね。良薬口に苦し的なアレかなー?」

「たぶんな。……おっ? いま気づいたけどなんだお前、忍の者か?」

「そうだよー、伊賀出身でいまは京でお師匠と二人暮らししてるギャル忍者。楓っていうんだ、よろしくね」

「ああ、こっちこそ。にしても、まさかジパング出身の奴に会えるとは、こいつは珍しい。私は京の出でな」


 同郷同士話が合うのか、二人はしばらく京の話で盛り上がった。あそこの抹茶と団子が美味いとか、馴染みの定食屋が一緒だとか、好物はお汁粉だとか、湯葉が好きだとか。


「まあ積もる話もあるだろうし立ち話もなんだ。私が借りてる家に来いよ、美味い水出してやるから」

「茶じゃなくて水かよ、相変わらずケチだな」

「この辺りの水をあまりなめない方がいいぞ? なにせハイエルフが住んでたくらいだ、私も初めて飲んだ時は驚いたものさ」


 そうして案内されたのは、村の奥まった場所にある二階建てのログハウス。

 リビングへと通されたわしらはテーブル椅子に腰かけた。椅子が足りなかったため、わしだけ地べたに座ることになったが……。

 供された水を口に含み、それが喉を通った瞬間、不満やら不安が消し飛ぶような爽快感を味わった。脳内がクリアになるというか、なんだか負の感情を拭い去ってくれるような、そんな感覚だ。


「これ本当に水か?」

「たしかに、いままでに飲んだことがない美味しさね」

「ハイエルフがここに住んでたのも頷けるかも」

「すっきりしてるねー。お師匠なら酒造りにいいとか言い出しそうだな~」

「ほんと、いろいろ浄化されるような感じがするわね。この森に魔物どころか鎮魂が必要な魂が少ないのも頷けるわ」


 感想を言い合う女子たちの中、オルフィナがそんなことをこぼす。

 なるほど、森の中に瘴気が見当たらなかったことも頷ける話だ。

 自前なのだろう杯を一気に呷って、朱火はふぅと息をついた。


「この不思議な水のおかげで私も救われたよ。奴に負けた悔しさでどうにかなりそうだったけど、狂わずに済んだ。それに諦めと同時に期待も持てるようになったしね」


 そう口にし、朱火はライアを見つめる。


「私はあいつに勝てなかった。けど、ライアならってね。お前たちも戦ったんだろ? そして負けた」

「ああ。……でもあたしはいまでも、アンタが負けたなんて信じられない。それに、傷が癒えたならなんでアイツに戦いを挑まないんだ。昔のアンタなら、勝つことにこだわったはずだろ」

「負けたんだよ。私はイグニスべインに負けたんだ。刀も折られてもう戦う術がない」


 その言葉を耳にし、ライアは椅子を倒して立ち上がった。


「刀を、折られた……? じゃあ、あたしとの約束は――」

「私に勝ったら刀をくれてやるってあの約束か。お前、よく覚えてたな」

「当たり前だ! あたしは何がなんでもアンタに勝ちたかった。憧れだったアンタに、あたし自身の技で、その全てをぶつけて。……その証の刀をもらうことだって、ずっと夢見てきたんだッ。そのためだけに自分の剣を磨いてきた!」

「憧れか。お前の口からそんな言葉を聞くことになるとは、これもまた想像すらしてなかった。そうか、憧れられてたのか、私は」


 互いに言葉を失くして押し黙る。場に満ちる沈黙が気まずい。

 皆の死角から四つん這いでこっそりと家の外へ逃げ出したくなったが、くすりと鼻を鳴らして笑った朱火がそれを許してくれなかった。


「でもま、刀のことなら心配するな。お前にあげるはずだったあの刀は確かに折られたけど、もう一振り二階に保管してある」

「もう一振り、だと……」

「そうだ。話したことはなかったけど、私の実家は神社でね。親に聞いた話。大昔、先祖は祀る神に奉納するための刀を鍛冶師に依頼したそうだ。刀匠は何本か鍛えるんだが。その中で一番出来のいいやつを真打、その他を影打っていって、出来のいい真打を奉納するんだよ。私が使っていたのは影打だ。旅に出る際、親が御神刀として真打を持たせてくれたんだけどな、私にはもったいなくて使えなかったっていう話さ。ここまで言えば理解できるだろ」

「つまり、二階に保管してあるっていう刀は、真打?」


 そういうことだ、と朱火が頷く。

 しかしライアはどこか怪訝顔をして訊ねた。


「話は分かったけどよ、真打と影打って言うほど違うもんなのか?」

「当たり前田の利家だ。神への奉納だからと刀と真剣に向き合って作っても、余計な雑念が入ってるとそれが刀にも表れてくる。例え精魂込めたとしてもな。けど真打っていうのは純粋なんだ。熟練した刀匠が無心で火と鉄と魂と向き合って初めて生まれる、真剣の中の真剣だ。お粗末とは言わないまでも、影打とはまるで出来が違うんだよ」

「……その刀を、あたしのために取っておいたってのか、自分が死ぬかもしれないのに?」

「約束したからな、生意気な弟子と――」


 視線をそらさず、互いに見つめ合う二人。

 ふとライアに目をやると、その目に薄っすらと涙が浮かんでいた。

 約束にこだわらず、自分がその刀を使っていれば、もしかしたらイグニスべインに勝てたかもしれない。けれど朱火はそうせずに、ライアとの約束を守るためにあえて出来のいい真打を残したのだ。

 温かな師弟愛に、思わずわしも涙がちょちょぎれそうだった。


「……アンタは馬鹿だよ」

「お前の師匠にふさわしいくらいにはね。けど、あの時に約束した通りだ。私に勝たない限り刀は譲らない。――お前に死ぬ覚悟はあるか?」


 柔和な表情から一変。いまにも視線という刃で人を殺せそうなほど真剣な顔をした朱火。

 わずかに浮いた涙をぬぐい、その目を真っ向から睨み返してライアが口を開いた。


「もとよりその覚悟だ。アンタ相手に無事で済むとは思ってないさ」

「そうか……。でもま、私は刀を失ったから、木刀でやろうな!」


 急に相好を崩してお道化る朱火に、皆がずっこけた。


「そういうところも相変わらずだなアンタ」

「さすがにお前にやる刀でやり合ったら、その童子切が折れてしまうからな。せっかくの名刀だ、もったいないだろ」

「そんなに凄いのか、その刀は」

「ああ。そこの勇者が持ってる剣なんかもう触れただけで斬れ……ん?」


 そこで、なにかに気付いたように朱火はわしを見た。

 具体的には、わしが床に横たえている魔神剣ネビュラスだが。


「お前、その禍々しい剣……」

「ん? 上の魔王城の宝で手に入れたのだが、この剣がどうかしたのか? あ、もしかしてお前さん、わしの剣を貸せとか言うんじゃなかろうな?」

「違う。ちょっと抜いてみろ」


 一瞬別な意味に変換されかけたがなんとか自制し、言われた通り“剣”を取る。いや、ある意味男にとってソレは剣なのかもしれんが……いやいまは置いておこう。

 鞘から抜いた瞬間に怪しい黒っぽいオーラが刀身にまとわりついた。


「やっぱり。お前その剣呪われてるぞ?」


 一瞬言われた意味が分からずに、思わず目を瞬かせた。


「…………なにッ!? それは本当かっ?」

「ああ。なにか身体に異常を来したりとかしてないのか?」


 訊かれ、思い当たることといえば一つしかない。わしの成長が著しく遅くなってしまったことだ。それを伝えると、朱火は「おそらくその剣のせいだろうな」と残念そうに告げた。


「呪いを解く方法とかって分からない? わたしのクラスじゃ解呪までは出来ないから」

「残念だが私は知らない。けど、地下のドワーフなら上手いこと破壊してくれるかもしれないな」

「ドワーフ! それならついでに王女にも会えるかもしれん!」


 わしが声を上げると、朱火は思い出したように「王女か……」と呟く。


「そういえば私がこの辺りを旅してた時に、東の岬にある岩場の陰に扉があるのを見つけてね。開けて覗いたらドワーフが焦った顔して飛び出してきて、王女を匿ってるからこの扉のことは黙っててくれって口止めされたことがある」

「その扉の先にドワーフの住み家があるのね?」

「ああ、行けばすぐに見つかると思う。隠れてはいるけど隠す気はないくらい当たり前にそこにあるからな」

「勇者さん、行こう。その岩場に、扉の先に!」


 うむとクロエに返事し、わしはライアへ視線を転じた。


「ライアはどうする?」

「あたしはここに残るよ。いい機会だし、朱火に剣を習うってのもいいかもしれねえしな」

「そうか。きっと次に会う時は強くなっているのだろうな。……朱火よ、ライアのことをよろしく頼んだ」

「任せておけ、私は師匠だからね。仕方がないから弟子の面倒を見てやるよ」


 その言葉に頼もしさと心強さを感じた。長らく離れていた二人だが、そこには確かに信頼と親愛が存在しているのだ。

 そして再びわしらはパーティーを分けることになった、ライアを一人残して。

 少し寂しい気もするが、皆それぞれに強くなろうとしている。

 わしもこの呪われた魔神剣を早いところドワーフに壊してもらい、新たな自分への第一歩を踏み出そうと心を強く持ったのだった。

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