第121話 第三の魔法障壁の存在
悠久の息吹を感じさせる古城のエントランスで待つことおよそ三十分ほど。
周辺の緑の香りと天窓から降り注ぐ陽光が温かく、無機質な石造りの中にありながらも不思議な安らぎを得られた。
立ちながら、いまにも寝てしまいそうな程にうつらうつらとしていたところ。
突然――ガシャッと遠くの方から金属音が響く。
いささか場違いな物音に、皆に緊張が走る。
「まさか、魔物か?」
「ここって聖域だろ? その可能性は低いんじゃねぇか?」
ライアと顔を見合わせ音に耳を傾ける。
すると金属音とは別に、今度はカツンといった硬いヒールが床を叩くような音もそれに続いた。その音たちは断続的に響き、こちらへ向かってやってくる。
「この音は、エステルのヒールね」
「お城の中からってことは、あの金属音はアルティア?」
「でもさ、お姫様があんな物々しい音させるかなー?」
確信するソフィアと、小首を傾げ疑問を口にするクロエと楓。
二人の疑問に、大階段を上った先の通路から姿を現したアルティアが、その答えを示した。
結い上げられたプラチナブロンドの髪に宝石のついたティアラ。
レースの施された膝下丈の黒のワンピースドレスと、その上に纏っているのはハッと目を瞠るほど美しい白銀の軽装鎧だ。
手にするのは、豪奢な装飾の施された幅の広い大剣。確かにドワーフたちのものと比べると、いや人間のものと比べてみても、見た目の美しさは比類なく素晴らしい。
およそエルフのイメージにはない装いで、アルティアはわしらの元に戻ってきた。
「アルティア、その格好は一体……」
「それには私が答えましょう。アルティア様はプリンセスでありながら、この聖域の守護者でもある姫騎士を務めておられるのだ」
「騎士? ということは、お前さん戦闘も出来るのか?」
「出来ないこともないけど、あまり実戦経験はないわね」
アルティアは小さく肩をすくめる。
「そんなに立派な剣なのにか?」
「もとよりこの剣は戦闘向きじゃないから。どちらかと言うと儀式剣に近いのよ。祭事に使うことが多いし、そもそもこれがなければ聖域に結界を張れないの」
そう言って剣を持ち上げるアルティア。重そうな感じはなく、扱いに慣れているような印象を受ける。
ほう、とわしがため息をついたのは、なにもそれに感心したからだけではない。
彼女が動くたびに香りたつ花の香り、一層華やかさを増した雰囲気に見惚れてしまったからだ。
やはりいいものだなー、王女やお姫様というものは。
わしが勇者をやっていなかったら、こんなにも色々な女子たちとお近づきにはなれなかっただろう。
久しぶりに境遇に感謝したいものだ。
「アルティア様、そろそろ神殿へ向かいましょう。女王陛下もきっとお待ちです」
「そうね。あんまり遅れるとうるさいから行きましょうか――」
そうして二人に案内され大通りに戻ったわしらは、なだらかな丘陵を登った。
目の前には、古からここに存在する神殿が物静かに佇んでいる。上の世界のディーナ神殿にも似ているが、こちらの方が一回り小さい。
しかし実に堂々としたもので、壁肌など大半がコケに覆われてはいるものの、特に崩れてなどはいなかった。
ハイエルフにとっては最も大切な場所の一つでもあるだろうから、念入りに手入れもされてきたのだろう。
そんな神殿の扉にアルティアが手をかざすと突然縁が輝いた。重々しい音を響かせながら独りでに両側へと開いてゆき、神殿はわしらを中へと誘う。
アルティアを先頭に、祭壇へと一直線に伸びる蝋燭の灯された通路を歩いていく。
その両脇に整然と居並ぶハイエルフたちおよそ三百余名が、わしらを驚きと好奇と嫌悪の目で見てきた。
『あれって人間? どうしてこんなところに……』
『アルティア様が人間を連れて来たわ。一体なにを考えているのかしら』
『見ろ、オルハは少女を背に乗せている』
『エステル様まで一緒なのはどういうことなの……? よく許可されたわね』
方々からヒソヒソ話が聞こえてくる。
やはりわしら人間は、ハイエルフにとって異常なのだ。なんだか身の置き場がない。
体を縮こませながらエステルの後ろをついていたら、急に立ち止まられた。
あわやぶつかりそうになりながらもなんとか踏みとどまり、わしは顔を上げる。
気付けば祭壇前まで来ていて、仲間たちはわしを中心にして横に整列した。
「アルティア、これはどういうことかしら? なぜ人間がこの場にいるの」
棘のように鋭く冷然と告げる女王の声に、自分が怒られたわけでもないのにわしは反射的に肩をすぼめた。
祭壇前の講壇に立つ女王を上目で窺うと、感情の灯っていない瞳と不意に目が合ってしまう。
やはりわしも怒られていた!
女王はとても美しい。クロエの母親といい勝負かもしれんほどに美人だ。でも怖い!
「ひぃ……い、あ」
なんて情けない声を出したところで、「しっかりしろよ、おっさん」とライアに脇腹を小突かれて注意される。
そうだ、なめられてはいかんのだ。いやしかし、怖いものは怖いぃ。
しかしアルティアはいつものことだとでも言わんばかりに平然とし、一歩進み出る。
「母様、勝手に人間を聖域に入れたことは謝るわ。でも聞いて」
「聞く耳など持つわけがないでしょう。穢れは即刻排除――始末なさい」
問答すら許さず女王が手で合図すると、衛兵と思しき武装したハイエルフが六人、わしらに向かって駆けてきた。
ここで騒動を起こせば、わしらが信用されないどころか、アルティアらの信頼も地、果ては地下まで落ちてしまうだろう。
なにも手は出せん。ただ直立するか仰け反るかしかない状況にただ茫然としていると――。
アルティアが華麗に大剣をひと振りし、振りかぶられたエルフたちの武器を弾き飛ばした。
そのすべてが見事に砕け、武器として使い物にならなくなっている。
それを見て女王は大きく目を見開いた。
「なっ……、アルティア! それをハイエルフの至宝、宝剣ヴェルティーユと知っての行いですか!」
「そんなの当たり前でしょ。だから聞く耳すらもたない母様には多少の荒療治も必要かと思って振るったの」
「このじゃじゃ馬娘……いつもいつも面倒ばかりかけて! 次期女王の自覚が足りないのではなくて?」
「馬の親もまた馬、ということは母様もじゃじゃ馬よね。それに自覚自覚ってそればかり。なった時にでもちゃんとするわよ」
「いつまで経っても口の減らない……ッ――エステル!」
「あぁ、やはり私にも飛び火するのですね……」
アルティアの後ろで影のように隠れていたエステルが、うな垂れながら立ち上がった。
「あなたが付いていながら、なぜこのような者たちを聖域に入れたのです! 侍女でしょう、しっかりおやりなさい!」
「陛下、お言葉を返すようですが。私は付いていなかったのです。アルティア様がお帰りになられるのをじっと待っていただけで」
「待ってないで出て行く時に引き留めなさい! まったく、話にならないわね。そのような態度ならお目付け役を解任しますよ? いいですね?」
「そそ、それだけはお許しください! アルティア様にお説教するのが私の唯一の楽しみなのですお願いしますやめたくないです!」
いままでになく真剣なエステルの声は涙に震えている。
はぁ、と小さくため息をついてアルティアは呆れ顔をした。
「そんなところに楽しみ見出さないでよ……。まあいろいろと突っ込みどころ満載だけど。二人とも、話がずれてるから……。あ、エステルは後ですこーしお話ししましょうね」
笑顔であることが余計に怖い。
アルティアの言葉に頬を引きつらせるエステルとは対照的に、ハッとして咳ばらいをする女王。
「こほん……人間などの前で取り乱すなど我が歴史において最大の汚点……。とにかく、さっさとその者たちをつまみ出しなさい。もしくはエステル、あなたの転移魔法で次元の狭間へ送るか神聖魔法で消し飛ばしなさい!」
「陛下、重ね重ね申し訳ないのですが。さすがに勇者を消し飛ばすわけにはいきません」
「勇者? そんなものがどこにいると言うの?」
進路を開けるように脇へと退いたエステル。
わしはそこへ三歩進み出て胸を張った。
「わしが勇者だ。勇者ワルド、以後お見知りおきを、女王陛下」
丁寧にお辞儀をしてから顔を上げると、女王はいまだどこにいるのかとあっちこっちへ視線をやっていた。
……まあ分かってはいたがな。クロエの母親も初めは取り合わなかったし。
背後ではクスクスと嘲るような笑い声がそこかしこから……。わしだって傷つく時は傷つくのだぞ。
一人しょんぼりと肩を落とすと、その肩にアルティアがポンと手を添えてクスリと微笑んだ。
「大丈夫、私に任せて――オルハ」
なぜかオルハに声をかけたアルティア。次の瞬間、「バウッ!」と返事したオルハは大口を開けて背後からわしに覆いかぶさってきた。
くわえたのはもちろん、わしの頭だ。
ああ、またわしの天パが涎でデロデロに……。
「母様、これを見てもまだ害のない人間だと信じてくれないの?」
アルティアの声が神殿に響き渡る。
女王の目がまともにわしを向いた途端、女王は目をひん剥いて驚愕した。
「ひぃいい! お、オルハ、早くそのような物体から口を離しなさい! 穢れるでしょう!」
「アウアウ」
「オルハよ、あんまりアジアジしないでくれると助かるのだが……」
「アウ?」
これは言っていることを理解しているだろうな。
もはや、わざとではないかと思うほどに疑わしい。
そういえばクゥーエルにも腕を甘噛みされたことがあるな。わしはそんなにも味わい甲斐のある人間なのだろうか……まるで干物だな。
「陛下、どうか進言をお許しください」
「エステル……き、聞きましょう」
女王は怒りを飲み込むようにグッと堪えながら言った。
「私も最初はこの者たちを疑いました。ですが、オルハがここまで懐いていること、そしてなにより女神の神託があったために、私も疑うことを止めたのです」
「女神の神託? それは本当なの?」
「はい。聞くところによると、上の世界を救った上に、四天王も三人倒しているとか」
「上の世界……四天王……」
エステルの話を、どこか怪訝顔で聞いていた女王だったが。
わしと戯れるオルハを見、真剣な顔をするアルティアとエステルを見て、綺麗な顎に手を添えて深く思案しだした。
考え込む顔も実に美しい。
冷徹な眼差しが少しでもやわらかくなってくれればさらに良い。
そんな一縷の望みをエステルの言葉に託す。
すると、ゆっくりと目を開けた女王は小さくため息をついた。
「はぁ。エステルが受けたという神託ならば、信じるほかないわね。オルハが人間に懐くなど、歴史的に見ても前代未聞でしょうし」
「では――」
「いいでしょう、ひと先ず信じることにします。ですが、おかしな真似をしたら即消すのでそのつもりで」
「うむ、それでいい」
これでようやく一安心だ。
女王が場にいるハイエルフたちにもそのことを宣言すると、まだ半信半疑ながらも仕方なさそうに皆が頷く。
とりあえず発言権を得られたようなので、わしはさっそく切り出した。
「ところで。聖樹に関する話をするために皆をここへ集めたとエステルから聞いたが。わしらにも詳しい話を聞かせてくれんか?」
問うと、女王は深いシワとして眉間に憂慮を刻んだ。そして重たい口をゆっくりと開く。
「……聖樹の根を監視する者たちより報告があったのです。地下に瘴気溜まりが見つかったと」
「瘴気溜まり?! それは本当ですか陛下!」
「ええ。根を保護する魔法はかけ続けているけれど、それすらも徐々に侵食され始めているそうよ。まだ範囲としては大したことはないようだけど、このままだと危ないわ。いずれ瘴気が根を腐らせてしまうでしょうね」
「地下の瘴気溜まり……」
なにか思い出すように呟き、クロエが続けた。
「憶測にすぎないけど、森に送り込まれたあの魔物たちの残滓が地下に滲みたのかも?」
「そういやあいつら、頭の骨以外は瘴気になって消えてたな」
「倒した後、水溜まりみたいになっていたけど。それを考えるとクロエが言うことも一理ありそうね」
「もしかしてそれが目的だったりして?」
女子たちの推察を聞いていたアルティアは、まさかといった顔をして目を丸くする。
「森にはトラップを多く仕掛けてあるわ。あの程度の魔物なら問題なく始末できるくらいには強力な魔法トラップも中にはある。まさかそこを突かれたの? 雑魚を次々に送り込んで、地下に瘴気を浸透させるために罠が利用されたのだとしたら……」
「我々が仕掛けた罠が、逆に仇になった……と?」
危惧を孕んだ険しい顔をして、エステルはアルティアを見た。
言葉なく、焦燥を露わにする互いの顔を見つめ合う二人。
それは決して無駄なことではないと、わしは首を横に振る。
「しかし、罠がなければ今ごろ簡単に攻め入られていることを忘れてはいかん。罠があったからこそ、いきなり本陣が突撃してくるような事態になっていないのだからな。少なくとも必要な処置だったことは言うまでもないだろう」
「それでも、いまこうしている間にもきっと雑魚は罠で死んでるわ。早くなにか手を打たないと……」
焦りのあまり歯噛みするアルティアに、女王は静かに告げた。
「第三魔法障壁なら、あるいは……」
「第三っ!? 陛下、お言葉ですがアルティア様にはまだ荷が重すぎます!」
「それでも、このまま手をこまねいて聖樹を枯らすわけにはいかないの。いまの内に手を打っておかなければ、取り返しがつかなくなるわ」
「理解は、出来ますが……」
「母様、エステル? 第三魔法障壁って?」
問われ、エステルは口にし辛そうに床に目を落としながら言った。
「第一が外の石柱の結界、第二が神殿の祭壇にて行う祭事であることはアルティア様もご存知の通りです」
「それで、第三っていうのは?」
「第三は……、聖樹の麓にある台座にて行う、人柱です」
「人柱?」
穏やかではない言葉に、アルティアも、そしてわしらも目を瞠った。
「はい……。第二魔法障壁は、聖剣ヴェルティーユに触れている間に溜めたアルティア様の魔力を、神殿にて開放することで聖域すべてを覆う結界が張られます。ですが第三魔法障壁は、台座に剣を突き刺し、その剣に絶えず魔力を注ぎ続け聖樹へ力を与えなければいけません。それにより聖樹は過去、この大陸全土を覆っていた瘴気を浄化した時と同様、活力を漲らせ、地下の瘴気溜まりも自らの糧として力強く吸い尽くすことが出来るようになるのです」
「そんなことでいいなら簡単じゃない」
「ですがそのためには、魔力を生成し続ける強靭な精神力と、張り続けることを耐え抜く体力が必要です。言いたくありませんが。残念ながら、いまのあなたにそこまでの力はない」
エステルからの手厳しい一言に、アルティアは苛立ったように目を怒らせる。
「放任主義の侍女がよくもまあ好きに言ってくれるじゃないの。私に力がない? そんなのやってみなけりゃ分かんないでしょ。それで? その人柱ってのは私が死ぬまで続くわけ?」
「……いえ。聖域守護の姫騎士を欠くことなどあってはなりません。ですので、この件が決着すれば、第二魔法障壁へ移行させられますが……」
「なら余裕よ余裕。期間限定で人柱でもなんでもやってやろうじゃない。聖樹の応援くらい私一人でこなしてみせるわよ」
「覚悟がおありですか?」
「なければ最初から口にしないわ」
真剣な眼差しを交換し合う二人。
なんだかんだで、言い合っているところを見ていても、互いに信頼し合っていることは傍目にも窺える。
きっと大丈夫だろう、そう思った通り。
ややあって、先にフッと相好を崩したのはエステルだった。
「陛下、ご安心ください。アルティア様はちゃんと成長しておられます」
「言うだけならなんとでも、というものでないことを祈りたいけれど。ひとまず、聖樹はアルティアに任せることにしましょう。外の件に関しては――」
女王は講壇を離れ、階段を下りてわしらの元までやってきた。
すると少しだけ気まずそうに目をそらしながら、
「勇者と言えど、あれだけ忌み嫌っていた人間に頼まねばならないことを悔しくも思いますが。あなたたちにベルファールの討伐を、お願いしてもいいですか?」
「うむ、四天王の件はわしらに任せよ。出来るだけ早く解決できるよう尽力する」
そう言って一つ頷いてみせると、女王はほっと安堵するように息をついた。
「が、その前に一つ聞かせてほしいことがある。お前さんたちハイエルフと、ダークエルフの関係についてだ。なぜベルファールはお前さんたちにそこまでの敵対心を抱いているのだ? ベルファールはダークエルフ唯一の生き残りだとも聞いたが」
女王は眉を曇らせた。聞かれたくないことを聞かれたとでもいうように。
そんな女王を痛ましそうに見ていたエステルが、わしに振り向く。
「それについては私から話そう」
そう言って、滔々と語り始めたエステルの話を聞いて、わしらは驚きと共に合点がいった。
ベルファールは敵対心などという生易しい感情ではなく、本気でハイエルフを駆逐しようと動いていることを知ったのだ。
過去、ハイエルフはダークエルフを差別し、迫害し、種を地の果てへと追いやった。その地は強いドラゴンが住む地域で、多くのダークエルフは餌食となったそうだ。自分たちにも土地を分け与えて欲しい、そう懇願してきたダークエルフと口論の末、関係はより拗れ、長きに亘る戦争へと突入する。
だが戦力差は歴然。ハイエルフとの戦いに敗れたダークエルフたちは元の地へ戻り、そこでほとんどが力尽き死に絶えた。
ただ一人。強力な魔力を有していた一人の少女を残して。
それが四天王ベルファールなのだという。
「彼女は憎悪を魔力に転換したり、屠ったドラゴンを手駒として転生させる術を持っている。私の神聖魔法とは逆の、古代暗黒魔法の使い手だ。そして同時に、転移魔法を発現している唯一のダークエルフでもある」
「転移魔法?」
「簡潔に言うと、物体を離れた場所に瞬時に移動させる魔法のことだ。ただ、聖域の中まではその力が及ばないため、まだ森までしか進入を許してはいないが。より強力な竜種の魔物を作り出されたら分からない」
「なるほど」
わしはふむと頷く。
あの雑魚どもは小手調べと瘴気を地下へ浸透させることを目的にしているだけ。所詮はお遊びだ。だが、というか恐らく。いまはより強力なドラゴンを生み出すために大人しくしていると考えるのが無難だろう。
魔物を生み出すのにも時間がかかるというわけだ。
とすれば、次に襲ってくる連中はより強いモノたちである可能性が高い。
わしらも、チンタラしておれん。
しかし、わしの心の中にはわずかなわだかまりが生まれていた。
このままで本当に良いのだろうか、と。
「勇者とその仲間たち。このユグドラシルの大地のためにも、どうかベルファールの討伐をお願いしたい」
深々と頭を下げるエステル。
「ああ、あたしらに任せとけよ」
「大地も、この地に住まうすべての者たちも、必ず救ってみせるわ」
「わたしたちがきっとなんとかするから、待ってて」
「こんなところで足踏みしてらんないしね!」
頼まれずとも端からそのつもりだという女子たちの言葉に、女王を始め神殿にいるハイエルフたちも表情を明るくした。
仲間たちとアルティア、そしてエステルの目がわしを向く。
ひたむきで素直でまっすぐな瞳。前を向く希望に満ち満ちた面差しだ。
そんな彼女らに、もちろんだと、わしも強く首肯する。
「この大地の脅威はわしらが排除する。だから待っていてくれ」
「……ありがとう、勇者らしからぬ人」
女王の一言に、思わずズコーっとこけかけたが。
姿勢を正して、わしは皆に微笑を浮かべた。
この場では、わし一人の浅い考えを発言するなど場違いにもほどがあるだろう。そのような権利があるわけでもない。古から連綿と続いてきた不和は、そう簡単に改善し拭いきれるものではないだろうし。
だがわしは、心の片隅で想うのだ。
たった一人で生き抜いてきた、そのダークエルフを。他を信じることも出来ず、一人ぼっちでいまもいる、ベルファールという女性のことを。
敵に対して同情を抱くなど、わしは甘っちょろいだろうか……。
皆に笑顔を見せる裏で、わしはふとそんなことを考えていた――。
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