第122話 ベルファールの急襲
ひとまずはベルファールをどうにかせねば。
そう話をまとめたところで。集まっているハイエルフたちの最後尾に位置する者たちが、にわかにざわつき始めたことに気づく。
なにか気になることでもあるように、皆扉の方へ目を向けている。
するとそれは徐々に中ほどまで広がっていき、ただならぬ空気が全体に波及しかけたその時――
「女王陛下っ!!」
と叫びながら、数名の男性が慌ただしく神殿に飛び込んできた。
皆一様に軽装を鎧っていて、各々が剣に弓、杖などを装備している。おそらく森の警備に当たる者たちだろう。
集まっている者たちは女性しかいない。ということはなるほど、警備隊は男性のハイエルフで主に構成されているらしい。
女王は咎めるような視線を彼らへと向けた。
「なんです騒々しい? 神殿の中では静かになさい」
「も、申し訳ありません。ですが、それどころではないのです! 森の外に……ベルファールが現れました!」
「なんですって!?」
「竜頭で構成された魔物も、ざっと数えたところ二百は下らないと思われます!」
神殿内が騒然とする。
ついに敵の本陣が軍勢を引き連れて聖都を叩きにやってきたのだ。
まさか魔物の製造がこうも早いとは……誤算だ。わしは念のために警備隊の者たちに訊ねた。
「その魔物の大きさは如何ほどだろうか?」
「ほとんどが森を徘徊しているドラゴンソルジャーですが、ひと際大きい体をした個体が小隊を指揮しているようです」
森で見た魔物ということは、雑魚ばかり。単純に攻め滅ぼしに来たというわけではなさそうか? 意外と手堅い攻め方をしてくる。小手調べの可能性もあるな……。
「隊数は?」
エステルが冷静な口調で問う。
「五つです。やつらは森を半円状に囲うように広がっていて、その中央に竜を駆るベルファールの姿がありました!」
「五つ、か。さっそくあたしらの出番なんじゃねえか、おっさん?」
不敵な笑みを口元に浮かべながら、ライアがわしを見る。
くすりと鼻を鳴らすと、拳を握りこみながらソフィアがそれに続いた。
「新しいタイプの魔物もいるようですし、多少手応えもありそうですわ」
「でも今回はベルファールもいるみたいだから、油断は禁物だよ」
緊張感のない二人を窘めるようにクロエが言うと、
「たしかにねー。敵の手の内がわかんない以上、気は引き締めていかなきゃ」
楓も大きく頷いてそれに同意する。
エステルの話によれば、古の暗黒魔法を使うというし。暗黒とわざわざついていることからも、単なる闇属性と同等と判断するのは時期尚早だろう。
危機感を露わにし、ざわつくハイエルフたち。
そんな中、突然アルティアが声を上げた。
「狼狽えるな! 敵はまだ森の外。たとえ森に入られても第二までの魔法障壁が機能している内はやつらは入ってこられない。私は第三魔法障壁を張りにこれより聖樹へと向かう。聖都までは絶対に魔物を近づけさせないことを誓うわ! だから、心配しないで」
勇ましい声、真剣な眼差し。
響くプリンセスの覚悟の言葉に、神殿内は一瞬で静まり返った。
ハイエルフたちの表情を窺うと、惚れ惚れとして見る者、まさかと目を瞠る者、感動し涙を浮かべる者などさまざまな反応が見受けられた。
女王も娘の成長を頼もしそうな顔をして見つめている。
「母様、私はさっそく聖樹の麓へ行くわ」
「アルティア……。その覚悟、たしかに聞き届けました。でもその前に禊の儀式があります、私も共に参りましょう」
女王の言葉に頷いたアルティアは、エステルに視線を転じた。
「エステル。あなたは、」
「分かっています」
そう言って言葉を遮った侍女に、アルティアはわずかに目を見開く。
「私は勇者たちを外へ送り届けます。走るよりも転移させた方が圧倒的に早いですから」
「そう。……気を付けてね」
「はい。アルティア様は、私がいなくても大丈夫ですか? なんならすぐに戻ってきますけど」
「子供じゃないんだから別にいいわよ。たとえ一人ででもやり遂げて見せるわ、この大地のためにね。だから心配しないで。みんなを助けてあげて」
「分かりました」
笑い合う二人の間に、友情以上のもの、親愛の情が見えた気がした。
それ以上の言葉はいらないと頷き合った後、アルティアはわしに体を向ける。
「エステルのこと、お願いするわ」
「うむ、任せよ。魔物もわしらが必ず食い止める故、案ずるでない。それと一つ頼みたいのだが、イルマが一向に起きんのだ。申し訳ないが、面倒を見てやってくれ」
「きっとオルハが見ていてくれるから、大丈夫だと思うわ」
アルティアが伏せをするオルハに目をやると、「ワン!」と気持ちの良い声が返ってきた。なにも心配しなくてもよさそうだ。
「わしらがなんとかするまで、お前さんには試練だろうが。なるべく早く決着させるべく尽力する。だから、アルティアも頑張ってくれ」
「ええ。たとえ瀕死になっても気を張るわ。じゃじゃ馬呼ばわりされるプリンセスの力、見せつけてやるんだから」
そう言って笑みをこぼして、わしらに背を向けたアルティア。
姫騎士として、また次期女王としての覚悟を背負ったその背中は頼もしく、広くそして大きく見えた。
「母様、行きましょう」
「ええ」
厳かな雰囲気を纏い、そうして二人は神殿の奥へと消えていった。
「よし、ではわしらも急ごう。エステル、森の外まで頼んでよいか?」
「任せろ。ではみんな、私に触れてくれ」
ライア、ソフィア、クロエ、楓。それぞれの手がエステルの肩、腕に触れた。
……触れる。わしはどこを……やはり、おっぱいに触りたいが――いやいやそれは不味いな。こんなところで理不尽だ。
思い直し、わしはエステルの背後に回ってなんとはなしにその背中に触れた。
瞬間、彼女はビクッと体を跳ねさせる。
「――ひぅ!」
「えっ」
ちょっとずれてしまい撫でるような手つきになってしまったが、思わぬ反応が返ってきたことに驚く。
「ばばばバカ! 誰が背中に触れろと言ったんだ!」
「ん? もしかしてお前さん、背中が弱いのか?」
「だったらなんだ! 勝手に触るな! お前は腰を掴めっ!」
「こ、腰でいいのか……?」
「早くしろ!」
鬼の形相で急かされ、わしは渋々を装って遠慮がちに腰を掴む。
薄いローブ越しに確かな熱を感じ、女体独特の柔らかさとくびれた腰元に、思わず妄想が膨らみかけた。仕方ないだろう、久しぶりに触ったのだから……。
「よ、よし。少し取り乱したが準備は万端だ。で、では行こう――」
少し焦りながらも、エステルは床に魔方陣を展開し短い詠唱を終えた。
しかし背中が弱いとはなぁ。腰も触れたし、二重の僥倖だ、いや極まっとるな!
突如視界が輝きだしたのは、わしの目がランランとしているからではないようだ。床から立ち上る光が視界を埋め尽くしたかと思えば、肌で感じる周囲の空気が一変した。
今までいた神殿内の、静謐でいて少しひんやりとした空気ではない。
風音とともに運ばれてくるのは若い草花のにおい。
視界を覆う光が地面に吸い込まれるようにして収まると、気づいた時にはわしらは草原に立っていた。
その事実に驚くよりもまず、目の前の光景に驚愕する。
「――のわぁあああ! て、敵が、……近いッ!」
その距離およそ百メートル。
警備隊の言っていた通り、五つの小隊をそれぞれ指揮しているのはひときわ大きな竜頭の魔物だ。比較して倍以上はある。
だがなにより目を引いたのは。そんな彼らの頭上でバッサバッサと羽ばたく巨大なドラゴン。
聖竜クゥーエルよりも一回りほど大きな黒い巨躯、赤い瞳。口から漏れ出る赤黒い煙霧は、いまにもブレスを吐き出さんばかりにカッカと燃えている。
その竜の背に、褐色肌をした一人の女性が立っていた。
なびく長い銀髪から覗く、憎悪を塗り固めたように昏い琥珀の瞳。ハイエルフよりも豊満な体を包む深いスリット入りの漆黒のドレスは、鳩尾の辺りから腰元にかけてひし形に空いており、おへそがお目見えしている。肉付きのいい太ももを覆う白いガーターストッキングがこれまた艶めかしい。
思わず鼻の下を伸ばしかけたところで、ライアが気づいたように声を上げた。
「あいつ、魔法使うんじゃねえのか? 剣持ってやがるぞ」
たしかに暗黒魔法の使い手と聞いていたから、てっきり杖を持っているかと思いきや。手にしているのは、どす黒いオーラを発する禍々しい至極色の剣だった。
「ベルファールは剣技にも長けているんだ」
「へぇ、そいつはぜひ手合わせしてみたいもんだな」
エステルの言葉に、ライアは好戦的な笑みを浮かべる。
「でもあの剣、以前勇者様が持っていた魔神剣ネヴュラスに雰囲気が似てるわね」
「たしかに、禍々しさは近いものを感じるかも?」
「兄弟剣だったりしてねー」
憶測を口にする女子たちに、エステルが答えた。
「あれは宝剣ヴェルティーユと対なる魔剣レギスベリオン。守護するための光の聖剣として生み出された宝剣の副産物として生まれた、いわば影だ。その性能面も守護ではなく破壊を司っている。古の時代、かの地に封印されたと伝え聞くが、ベルファールはその場所を探し出し、封を破って手にしたんだろう」
「そっちの兄弟剣だったか……。ところで呪われてはおらんのか?」
「あれは呪いなどという生易しいものじゃない。所有者の負の感情を糧として魔力に転換し、手にする者へ延々と還元し続ける魔剣中の魔剣だ。やつの憎悪が消えない限り無尽蔵の魔力を手にできる特性を持っている」
そこまでの代物とは……。上の世界の魔王城で手に入れたネヴュラスがしょぼく思えるな。魔神剣などと強そうな冠がついているのに情けない。
それをドヤって振るっていたわしはもっと恥ずかしい……。
しかし扱いきれなかった魔王エルムは、やはり大したことなかったな。
眼下のわしらを見下すように睨んでいたベルファールが、静かに口を開いた。
「ふん、貴様らが勇者の一行か?」
「そうだ。ちなみに勇者はわしだ!」
ずずいと一歩進み出て負けじとわしも睨め上げると、ベルファールはそれを無視してエステルを見る。
……眼中にないだと?!
「せっかく出向いてやったのに。見たところ、アルティアの姿がないようだが。温室育ちの平和ボケプリンセスはどこだ?」
「アルティア様を侮辱するな。あのお方は聖樹の麓だ。お前を迎え撃つのに姫様の力をお借りするまでもない」
「聖樹の? そうか、噂に聞く第三魔法障壁……」
「発動すれば、お前の軍勢の魔物などたちまちに消し飛ぶだろう。瘴気もまた然り。森への進行など意味を成さない。それ以前に、森への侵入など私が許さないッ」
強く睨みつけてエステルが杖を構えた。
そんな威勢のいい彼女の姿を見て、ベルファールは「くくっ」と小馬鹿にするように肩を震わす。
「なにか勘違いをしているようだな。誰も聖都へ進軍しようとなど思っていない。今日は貴様らを試しに来ただけだ」
言われてみれば、たしかに。
ベルファールが森の外にいるという報告を受けてからしばらく時間があった。にも拘わらず、彼女どころか配下の魔物たちもここで待機していたように整然と並んでいる。
「試す、だと?」
「そう、ただのお遊びだよ。だからそうムキになるな、堅物な腰巾着」
「あくまで私を愚弄するか!」
唾棄するように言ったエステルの瞳が怒りに塗れている。白光が噴き出すようにオーラとなって全身を取り巻いた。
彼女らしくなく、冷静さを欠いているようだ。
「……遊びだと言うならばいいだろう、付き合ってやる……無駄な時間への対価はお前の命だッ――アルディネイトハーレー!」
「――サディスティックメルギス」
二人は同時に魔法を唱えた。
わずかに速かったエステルは宙に複数の魔方陣を展開し、先に小さな鳥の形を模した光弾を無数に射出する。
ベルファールも似たような魔法で、こちらは闇色の小さな竜だった。
驚いたことに、どちらも詠唱をしていない。
どうやら神聖と暗黒の魔法に関しては詠唱が不要のようだ。
ズドドド! と飛び交う双方の魔法は、啄ばみ、また食い千切っては相殺しながら砕け散る。
その都度、光と闇が弾け草原を輝きで彩った。
ほぼ互角かと思われたが。口端に余裕の笑みを浮かべたベルファールが魔力を高めると、一気に形勢が変わる。
光の鳥たちは次々破壊され、ベルファールの魔法がエステルを襲う。
わしはすかさず飛び出して盾を構えた。
「やらせはせん! これしきのことでわしらをどうにか出来ると思うでない!」
セヴェルグの魔法障壁を展開し、魔法に備える。と、闇色の竜は魔法の力場に阻まれ弾けるようにして消えていく。しかし、中にはしぶといやつもいたりして、粘った挙句貫通してきおった! そいつはわしの盾目がけて飛んできて、小さいが鋭い牙を剥きだして襲い来る。
「――わ、わぁあああ! バカもんさっさと消えんか!」
わしは咄嗟に気をまとわせた剣で斬り払い、なんとか消し飛ばす。
ようやっと魔法が収まったところで、障壁を張りつつほっと息をつく。
「ま、まさかわしの魔法障壁が突破されるとは……」
危なげないことなどなく、何とか紙一重で凌げたが。あのまま魔法が続いていたら、被弾は免れなかっただろう。
まだぜんぜん余裕そうに笑っているベルファールを見て、わしはわずかに恐怖心を抱く。手を抜いたのではと疑うほどに……。
背後にかばっていたエステルに目を向けると、信じられなさそうに呆然としていた。
「ふっ、その程度の魔力でよくもまあ命が対価とのたまったものだな」
皮肉っぽく吐き捨てベルファールは鼻で笑う。しかしすぐさま、わしへと冷視を向けてきた。
「だがその障壁は厄介だな、無視できない程度には……。しかしまだ不完全か……。これ以上の防御力を得られる前にここで潰しておくか」
ん? いま不完全と言ったのか? このセヴェルグが? まさかそんなはずがないだろう、ドワーフ王が魂を込めて造ったのだから。
戦闘中だというのに、ついベルファールの言葉に少考していると。
「――フェルゲルトギルティ」
再び上空で魔法名が呟かれた。
わしは油断なく周囲に気を配る。しかしベルファールの周辺ではなにも変化がない。魔方陣の展開もなければ、魔力の発生も起きていない。
まさか不発か? そう小首を傾げかけた刹那――
「バカ、避けろ! ハルシオンッ!」
「えっ」
エステルの声がした。と思ったら、いきなり圧縮したような風に背中を叩きつけられ、気づいたら吹っ飛ばされていた。
錐揉みしながら地面を転がる最中。今しがたわしが居た場所がふと視界に入る。
血のように赤熱した無数の魔力槍が、大地を破り地上に突き出ていた。
あのまま留まっていたら、今ごろ串刺しだ。
仕留め損なったことを悔いるように、ベルファールは小さく舌打ちをした。
「チッ、しくじったか。だがこの程度ならば焦る必要もないな。イグニスベインを殺った勇者だというからどんなものかと思ったら、魔力の発生も予知出来んとは……。まあ捨て置いても脅威ではないか。ならば私は当初の計画を進めよう――」
彼女がそう零すと、ドラゴンは羽ばたきさらに高度を上げる。
一つ訂正しておくと、イグニスベインを倒したのはライアなのだがな……。勘違いされていて、忸怩たるものが内から心をつっつく。
エステルは地上からベルファールを睨みつけた。
「逃げるのかッ」
「端から遊びだと言ってるだろ。それに、貴様たちの相手ならそいつらがしてくれる。余興に前哨戦でも楽しむがいい」
嘲りながらそれだけ告げると、ベルファールはドラゴンとともに東の方へと行ってしまった。
終始馬鹿にされたことにエステルは肩を震わせる。全身から噴き上がるオーラで、怒りの度合いが目に見えるようだ……。
魔物どもが揃って戦闘準備に入るのを見とがめて、わしは彼女に遠慮気味に声をかけた。
「エ、エステル? やつらが武器を構えたが――」
「ッ、ふざけるなよ」
そう吐き捨て、エステルは杖を大地に突き立てた。
青い宝珠に黄金の円環が取り巻くと、玉を抱いていた枝が自然に解けていく。
宝珠は宙に浮かび上がって、円環を広げながら空へと昇る。
やがて多重円の巨大な魔方陣が天に現れた。
「なにが余興だ、バカにして……。所詮は魔剣の力だろう。私があんなやつに後れを取るわけがない! ストラクトゥ・ファルステラッ!!」
ありったけの怒気を言葉と紫瞳に込めて、エステルは魔法名を言い放った。
黄金の魔方陣が輝くと同時、まるで隕石のように大きな光弾を無数に降らせる。
地上にいた魔物どもは着弾時の爆発に巻き込まれ、瘴気ごと蒸発していく。竜頭の魔物は頭部すら残さずに、跡形もなく消え去った。
青い宝珠は杖の先に納まり、再び老木の枝に抱かれる。
雑魚とはいえ、一撃で広範囲にわたる二百余りの魔物を一掃し尽くすとは……神聖魔法恐るべし。
大地に空いた大穴は、クロエと楓が土魔法と土遁で地均し元に戻した。
「おいおい、あたしら何のために外まで来たんだよ」
「たしかにね。あの大きなやつは殴ってみたかったんだけど……」
がっくしと肩を落とすライアとソフィア。
それを励ますかのように、クロエが言った。
「ま、まああの程度って思えば、倒しても大して経験値の足しにはならなかったんじゃないかな?」
「おー、クロエちゃんが珍しく二人みたいなこと言ってる」
その発言内容に関心する楓に、クロエは渋面を浮かべた。
平衡を保つために間に挟まれる立場は辛いものがあるな。
エステルはというと、申し訳なさそうに肩をすぼめた。
「すまない、ついカッとなって……」
「なに、わしらのことなら気にするでない。それにわしらが来た意味ならあった。ベルファールの魔法を間近で見られたし、竜を駆ることも魔剣のことも知れた。そして何より、わしはエステルを守れたからな」
「ま、たしかにおっさんがいなけりゃやばそうだったが」
「そうね、それを思えば来た甲斐はあったんでしょうけど」
納得はしたが、し切れていない。そんな複雑そうに唇を歪める二人に、わしはやわらかく告げる。
「二人とも。ベルファールは前哨戦だと言っていた。あやつの計画とやらがなんなのか分らんが、なにわしらの出番はこれからだ」
わしの目を真っすぐに見返して、ライアがふっと笑う。
「なにいっちょ前にかっこつけてんだよ。障壁突破されて焦ってやがったくせに」
「そそ、それは少しビックリしてだな……」
「それに勇者様、気づいてます? その剣」
「剣? 剣がどうし――」
ソフィアに言われて剣を確認する。いままで気づかなかったが、なんと
魔法を斬り払った部分がわずかに腐食していたのだ。
「たぁあああ! わしの剣が!」
両刃であるから、片側だけに留まっていることは不幸中の幸いではあるが。
「これじゃまともに戦えないね」
「ワルドストラッシュも本気で撃てないかもねー」
わしの代名詞のような技が撃てない……なんという悲劇か。
目の前が暗くなりかけた時、エステルが口を開く。
「その剣……その武骨さ……まさかドワーフ」
そういえば、町に入る前に剣はしまっておけとアルティアに言われてから、初めて出したから……エステルは事情を知らんのだな。
また説明するのも面倒くさいが、これだけは伝えておかねばドワーフ王に怒られる。
「エステルよ。たしかにこの剣はドワーフから譲られたものだが、お前さんを守ったこの盾も、ドワーフの王が鍛えてくれたものなのだ」
「その盾を……ドワーフ王が?」
やはり信じられないというように目を瞠る。
ドワーフがこのように美しい盾を鍛えるとは思いもよらないのだろう。
みっともないと揶揄されるかと思いきや。
しかしエステルは神妙な顔をして、顎に手を添え思案した。
「どうしたのだ?」
「……お前のその剣。見るからに、この先も戦い続けるには心許ない状態だ」
「たしかにわしもそう思うが。……ならばお前さんたちの武器を譲ってくれんか?」
「いや、私たちの武器ではベルファールとは戦えない。上等とはいえ、それよりも数段上というだけで大差というほどのものはない武器レベルだ」
ハイエルフのプライドという奴だろうか。この剣と同レベルとは言いたくないらしい。そりゃあ互いに相容れない種族だろうな。
「ではどうしようもないではないか。このまま戦い続けるほかない」
うーんと唸るエステルは、どこか言いだすことを躊躇しているようにも見える。
「お前さんになにか考えがあるのなら聞くが?」
「……これは私の一存では決められない。女王陛下の許可を仰がなければ」
「それほどの一大事か?」
「前代未聞だ。それどころか空前絶後だ。オルハが人に懐く以上のな」
「そ、そうか」
それがどれほどの一大事なのか、いまいちピンとこない。なにせあのわんこを例に出されてはな……。
しかし口にするのを躊躇うほどのことだ。その案とやらに少し期待は持てる。
「とにかく、ここは一先ず聖都へ戻ろう。ベルファールの計画がどこまで進んでいるのか、それがなんなのか知れない
「そうだな、陛下を説得しなければならない――」
森へと目を向けたエステルの表情は、少しだけ緊張に強張っていた。
来た時と同様、皆でエステルの体に触れ、そうしてわしらは転移魔法で聖都へと戻ったのだ。
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