第145話 玉座の間――そして地下へ

 階段を上がり、かがり火の灯る前室の両脇の扉は無視して、奥にある重厚な扉を開けた。そしてわしらは、ついに玉座の間へと入る。

 部屋の奥。三段上に設えられた玉座を見、突いて出てきた第一声は、


「――やはりおらーん!」


 そんな言葉だった。

 島を覆う黒い霧のせいで薄暗い部屋には、いくつかのかがり火が灯され部屋を明るく照らしている。

 赤い絨毯が玉座へと導き、石の柱に見守られながら奥へと進むが。大きくそして豪華な玉座はやはり空席となっていた。


「案の定というべきか……」


 だが口ではそう言ってみるものの。もしいたらどうしようかと、多少なりと緊張していたのは事実で。しかしいまそれを口にしなくとも良いだろう。わざわざビビリだと自ら露呈していく必要はない。


「しっかし、こうなると怪しいのはあの一階の柱になってくるな」

「引き摺った形跡があったし、なにかあるなら間違いなくあそこでしょうね」

「問題はあの柱が動くとして、どうやって動かすかってことだけど……」

「なんでか知んないけど、物理的に破壊出来ない材質の城だもんねー。攻撃してどうなるってものじゃなさそだし……もしかして詰んだ? 帰る?」

「いや、それを判断するのは奥のタペストリーの下にある、二体の石像を調べてからでも遅くはなかろう」


 わしがそう言うと皆も視線を向けた。

 玉座ばかりに目がいっていたが。よくよく見渡してみると、抽象的な光のような物とドラゴンの紋章が描かれたタペストリーの下に、王の寝室で戦った騎士と魔道士、それらによく似た石像が向かい合わせに安置されていることに気づく。

 玉座が大きいため陰に隠れていて見えなかったのだ。

 武器を掲げている風なポーズをしているが、二体共に得物は所持していない。


「倒した際に手に入れた剣と杖が、ここで役に立ちそうだな」


 試してみるべく、わしらは石像の元へ。

 大きさとしては一メートル八十センチほど。喧嘩していたとは思えないほど、離れていても心は一つだと言わんばかりに、二体から信頼感みたいなものが伝わってくる。

 まるで国のために尽くすことを誓い合う忠臣のように。

 わしは道具袋から剣と杖を取り出し、そこでいったん手を止めた。


「……ところでこれは素直に持たせた方がいいのか、はたまた先のように反対にした方が良いのか」

「試しに戦った時のまま持たせてみたらどうだ?」

「そうだな。理由があってああなっていたのかもしれんし」


 というわけでライアに言われた通り、さっそく左の騎士に杖を、右の魔道士に剣を持たせてみた。

 ところが――特になにも起こらない。


「やはり違和感なく持たせるのでは?」

「ふむ、そのようだな」


 ソフィアが騎士の手元から杖を抜いたので、わしは魔道士から剣を取る。

 そして交換っこ。「――これでどうだ?」息を呑み、その時を待つ。

 ……………しかし何も起こらなかった。


「うーん、なにか別な仕掛けがあるのかもしれないね」

「んじゃ部屋の探索でもしよっか!」


 クロエと楓の言葉に従い、皆で手分けして玉座の間を探すことに。

 特に怪しげだった豪華な玉座周りにおかしな点はなく、かがり火の台座ひとつひとつにも気になる点はない。計六柱ある白い柱にも別段不審な点はなかった。

 もしかしたら石像か? と思ったわしは、なにかおかしいところはないか目を皿のようにして観察する。


「ふーむ……、特になにもないか――」


 わしがそう呟いた時、「おい」とぶっきらぼうに呼ぶ声が入口の方から聞こえてきた。ベルファールだ。


「どうした、なにか見つけたのか?」

「前室にあった両脇の扉、片側だけなら開いたぞ」

「本当か!」


 わしらは急ぎ玉座の間を出て前室へ。ベルファールが開けた西側の扉から中へ入ると、四、五メートルほどの幅の広さの部屋へ出た。奥行きとしては玉座の間の真ん中ほどくらいか。

 部屋の中にはいくつかの机とテーブルが置かれ、木製の書棚がずらりと並んでいる。

 背表紙を見るに、世界の歴史書とか種族ごとに分けられた魔物辞典だとか、建築、地形、気候に民族、学問などなどありとあらゆる書物がコンパクトにまとめられていた。


「どうやらただの書斎のようだな?」

「訊ねてんのはなにか疑問に思うところがあるからだろ?」

「うむ。さっきベルファールが片側だけ開くと言っていたが、つまりは東の扉はまだ開かないわけだ。とすると、なにもなさげなこの部屋に何かがある可能性は高い」

「ざっと見る限り、何かがあるようには見えませんけど。なにかを隠すなら埋もれさせるのは定石」

「つまり本棚か本の中ってことになるね」

「これは骨が折れる仕事だねー」


 わしらは再び手分けをして、棚から本を出していく。

 すべて出し終えるまで作業は続くかに思われたが、一分も経たない内に「――レバーがあったわ」とソフィアから声が上がったのだ。こんなところに労力を使わずに済んで胸を撫でおろす。

 本を片付けてからソフィアの元へ駆け寄り棚を確認。四角く切り抜かれた棚の奥、石の壁に埋まるようにして赤い取っ手付きのレバーが存在した。

 わしはレバーを押し下げる。すると、ゴゴゴゴ、と下の階でも聞いた壁が釣り上げられるような音が聞こえた。


「扉が開いたわけではなさそうだな……」

「玉座の間の方から聞こえたね、行ってみよう」


 そうして玉座まで戻ったところ、先ほどまではただの壁だった魔道士側の右の壁面が開いていた。

 さっそく中を確認してみる。そこは小さな部屋で、本棚、チェスト、クローゼットが一つずつと小さなテーブル、そしてベッドが置かれた簡易的な寝室のようだった。寝室? いや仮眠室か何かだろうか? だとしても釣り上げ式の壁の中にある意味が分からんが……。

 部屋の中にも同じレバーを見つけたので試しに上げ下げしてみると、壁が上下動した。ここから出られるようにはなっているらしい。当たり前か。

 だがここもぱっと見、なにもなさそうではあるが。部屋を物色し、チェストの引き出しを探していくと、両手程の大きさの宝石箱を発見する。開けてみたところ、手のひら大の大きな鍵が入っていた。


「これぜったい東側の扉の鍵だよ、オジサン!」

「おそらくそうだろうな、戻ってみよう!」


 前室へ戻って東の扉の鍵穴に鍵を差し込んでみる。捻ると確かに回った。

 ガチャッと重そうな音を立てて閂が外れる。

 部屋の中は西側と同じ広さだ。しかしここには剣や鎧が置かれ、有事の際の保管庫のような印象を受けた。

 整然と並ぶ鎧兜の中、一領だけこちらに背を向けているものがある。


「ここは直してみるか?」

「一着だけというのも気になりますね」


 ソフィアに頷き返し、わしは鎧を正しい向きに揃えてやる。

 すると困ったことに、なぜか別の位置にある四つがくるりと回転し、同じように背を向けてしまった。


「んんっ??」

「なんだよこの仕掛け、ふざけてんのか」


 文句を口にしながらライアが回転した鎧を直す。ソフィアとクロエもそれを手伝い、すべてが正位置に戻った。途端、今度はわしが直した鎧がまた回転する。

「なぜ……?」と小首を傾げていると、腕を組んで考え込んでいた楓がぽつりと言った。


「ちょっと気になることがあるんだけどさ」

「どうしたのだ?」

「全部が前向いてる時にね、一瞬だけ床の方で音がしてたんだよねー」

「音?」

「うん。なんか蓋が開きかけるみたいなカコッて音」

「それは気になるな……。その音とやらは、すべてが前を向いている時で間違いはないか?」

「うん、間違いないと思う」

「ならば試してみるか。お前さんたちも手伝ってくれ」


 そしてわしは、鎧が動かないように押さえていてもらい、再び背を向けている鎧を正位置に戻す。

 すると、楓が言ったように、石の床材の一部が突出し、なにやら押しボタンのようなものがせり上がってきた。


「楓よ、お手柄だな」

「えへへー」


 とハニカム楓に微笑み返し、わしは出てきたスイッチを押す。

 するとまた、玉座の間の方で壁が釣り上げられる音がした。

 またまた戻って確かめると、今度は騎士側の西の壁面が開いていた。

「ようやくか?」と辟易しながら中へ入ると、個室の中には宝箱が五つと、壁面にレバーが設置されていたのだ。

 なにが入っているのか気になり開けてみる。すると五つとも空だった。


「なんという思わせぶりな……」

「面倒くせえことさせられた割に空っぽとか萎えるな」

「特に驚きはしないけどね。この城自体が変だし」

「でも、これでやっと何か起きそうな気配あるよね」

「オジサン、早く下げてみよ」

「そうだな、気を取り直していかねば」


 箱の中が空なのは残念だが、なにもお宝欲しさにここへ来たわけではない。金塊だけでも十分嬉しい誤算だ。

 わしは一つ息をつき、レバーを下げる。と、近場の壁が大きく動く音がした。

 まだあるのかと思い玉座の方へ戻ると、タペストリーの下の壁が大きく開いていた。

 玉座の間から差し込む、かがり火の橙色だけが光源の仄暗い部屋の中。

 手の込んだ彫刻が見事な石造りの台座の上に、抱えられる程の大きさのドラゴンを模した黄金の像が置かれている。

 クゥーエルがいた神殿でも見たような形だな。ドラゴンはなにかに手を置いているようなポーズを取り、その真下には丸い形の窪みが見て取れた。


「そうか。三階で手に入れたあの水晶玉はここに嵌める物か」


 ふと思い出したわしは、さっそく道具袋から球体を取り出す。

 そしてドラゴンの手の下に置いてみた。

 寸分違わずカチリと収まった水晶玉は、突然ぼんやりと輝き始める。

 その時だ。

 ゴゴゴゴゴ――と城全体が震えるくらいの地震が起こった。それは三十秒もしない内に治まる。


「どうやら階下で変化が起きたようですね」

「これは間違いなくあの柱が動いたみたい」


 ソフィア、クロエの言葉に同意し、皆が確信した表情で頷き合う。

 そうと決まればこのような場所にもう用はない。

 わしらは玉座の間を出て階段を下りた。

 ……しかしあの騎士と魔道士の魔物。もしかしたら、自分の得物を相手が持っていることに怒って喧嘩していたのかもしれんな。玉座の間を出る際、最後に一瞥した二つの像が正しく武器を構えているのを見て、ふとそんなことを思った――。



 三階に下りると、つい先刻までとは様相が打って変わっていた。

 いままでは魔物の存在などほとんどなかったが、どこから湧いて出てきたのか。廊下を塞ぐように無数に蔓延っていたのだ。


「はっ、ようやくお出ましかよ。いい加減退屈すぎて飽き飽きしてるとこだったぜ」

「きっと地下から出てきた連中でしょうね。今までの魔物とは強さが違うみたいだし、いい準備運動にはなりそうね」

「でもあまり無茶して消耗するのは避けたいよね。女神様から結界晶石を貰ってるとはいえ、この先なにがあるか分からないし」

「温存しつつ暴れまくる! みんな最上位のクラスなんだし、MP消費量減ってるからヨユーっしょ!」

「ふん、憂さ晴らしにはまた丁度いい」


 ……厚遇とは言わないまでも、俗に言う捕虜としてはわりと優遇している方だと思うが。彼女にとっては不自由な立場だからか、ベルファールは最後にそんな一言を付け足した。

 城の外でも憂さ晴らししていただろうに。

 とまあそれはさておき。ここからは、わしもより気を引き締めねばな。


「よし、では蹴散らしながら一階へ戻ろう!」


 三階の魔物は主に死霊系だ。

 骸骨に憑依している不気味な霊体だったり、神出鬼没な火の玉は無数に分裂したりした。他には骨で出来たカゴからグロテスクな肉塊を投げつけてくる腐乱した魔物もいたりして、見たことのないものが多い。

 しかしそのすべてが、ワルドストラッシュ一発分だけの剣気で容易く吹き飛ぶような弱さだった。

 それは他の女子たちも同様だ。


 二階の魔物は獣系が多かった。

 血に飢えたオオカミに大型のサル、角の大きすぎる牛、爪の長いネズミ。

 特に腕だけが異様に発達した人虎に、同じように脚部が発達した人狼。この二匹は同時に相手することも多く、共に素早さが高いためわしなんかは苦戦した。ストラッシュとブレイクを当てられないこともあったがしかし、わしらはパーティーだ。

 フォローし合ったりして問題なく処理していく。

 中でも、回廊を埋め尽くしていた魔物どもを、ライアが灰塵斬禍かいじんざんかという技で焼却したのは気持ちがよかった。斬り抜けると同時に紅の剣閃が一筋宙に引かれたかと思ったら、魔物が真っ二つに裂けた刹那に灰色の炎がその身を焼き尽くしたのだ。

 朱火との修行で会得した技の一つだそうで、洗練された技術は美しいと呼ぶにふさわしい。


 襲い来る魔物を駆逐しながら、わしらはついに一階へと下りた。

 魔物の強さも段々と増している。一発分のストラッシュでは倒しきれないものも多くなってきたのだ。

 そんな一階に出現する魔物は混成だ。

 真っ黒なゴブリン、金色の巨大なスライム、体術に長けたデーモン、毒をまき散らす動くキノコなどなど。


「――やはり馴染みのない魔物が多いな。新鮮である意味楽しい」

「ここまででけっこう経験値も得てるしな。レベルも上がってるから、楽しめるくらい戦闘に関して余裕が出てきたのかもしれねえぜ」

「動きも軽く感じるのだ……わし、なんだか少し痩せたような気がする」

「その勘違いは鏡を見てから落胆することになりますよ」


 回廊の窓ガラスに映る自分をふと見てみた時、さして見た目に変化がないことに気が付いた。一朝一夕で痩せられる程、中年メタボは甘くはないということか。

 軽く落ち込んだりもするが、しかし! 女子たちの抱き枕になるのならば、これくらい丸い方が気持ちがよいかもしれん。

 そう思い込むことで気持ちを上げていく。そうだ、わしはこれで良いのだ!

 皆とともに廊下を駆け抜け、そして柱のあった部屋へ飛び込んだ。

 部屋の中には魔物が十数匹。わしは剣気を二発分チャージさせたワルドストラッシュを「――だぁーらっしゃあぁああ!」と放ちそれらを一掃する。

 掃除を終えた部屋で、やはり太い柱が動いていたことを認めた。


「ついに地下だ。絵本でいうところのラストダンジョンというやつだな。おそらく魔物の強さは地上階に勝るだろう。お前さんたち、準備はよいか?」

「消耗もそこまでしてねえし、まだ結界晶石使うまでもねえ。余裕だ」

「心の準備ならば、城に入る前にすでに済ませてありますし」

「わたしも問題ないよ。燃費もよくなってるし、ぜんぜん大丈夫」

「アタシもアタシもー! ってか、そういうオジサンは大丈夫なの?」

「もちろん大丈夫だ、わしもまだ回復は必要ないぞ」


 自分の成長が恐ろしく感じるな。女神には晩成型だと言われたが、ようやくかといったところだ。

 得意げに言ったところで、わしはベルファールに目をやった。


「ベルファール、お前さんも――」

「心配は無用だ。足手まといにはならん」

「その心配はしとらんが。しかしまあ、頼んだぞ」


 信頼を告げると、彼女は「ふん」と少しだけ照れ臭そうに顔を背ける。

 なにも案ずることはないな。


「では、行くか!」


 そうしてわしらは、闇い口を開ける地下への階段を下りた。

 魔物の体内へ侵入するかの如く不気味さだが、なにも恐れることはない。心強い仲間がいればな!

 待っていろ、大魔王某……と胸の内で呟くも――ふと名前をど忘れしてしまったことは内緒だ。

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