第89話 大団え――新たな脅威?!

 城の外へ出ると、瘴気で曇っていた空はすっかりと晴れ渡っていた。陽はずいぶんと傾き、あと三、四時間もすれば夜が来るだろう。

 崩れた石畳を行くと心地よい風が吹き付け、世界が平和になったのだという実感をわずかながらに感じた。

 女子たちの他愛ない会話に耳を癒されつつ魔王城庭園の噴水まで戻ってくると、相変わらず大人しいクゥーエルの傍でまだ黒いスライムがぷるぷると震えていた。

 わしらの姿を一瞥したスライムは、なにかクゥーエルと話すように視線を交わし、そして背を向けて跳ねながら行ってしまう。


「クゥちゃんよ、いったい何を話していたのだ?」

『クゥ?』


 と小首を傾げ鳴くばかりの聖竜。自分でもよく分かっていないのかもしれん。

 しかし、魔物一匹いなくなったこの魔王城で、あやつは一人で生きていくのか。孤独というものに耐えられるその精神の強さは憧れるところもあるが、やはり同情してしまうものだな。

 クゥーエルも友達になれたのだろうし一緒に連れて行ければ良いが。ふとした時に刺激して一撃必殺をもらっては敵わんからな。ジレンマを抱えたまま旅をするのは皆もキツイだろう。


「――おっさん、早く乗れよ」

「ここにはもう用はありませんわ。早く魔王の脅威が去ったことを報告しに行きましょう」


 声に振り返ると、すでに皆聖竜の背に乗り準備を整えていた。

 竜も翼を広げ、今にも飛び立ちそうなほどの勢いでバサバサと翼を仰ぎ準備運動をしている。

「わ、わしを置いていかんでくれ」と慌てて竜に飛び乗り、わしは先頭に座って手綱を握りしめた。


「勇者さん、まずはどこに行くの?」

「そうだな。正直どうでもよくなったアルノームから行ってみるか。少しは反応も違うかもしれんし」

「アルノームって、オジサンが王様やってた国だっけ?」

「そうだ。そういえば楓は行ったことがなかったな」


 問うと、「楽しみ~」と瞳を輝かせた。……そんな期待されるほど大した国ではないのだが。

 するとリリムが「えっ」と驚きの声を発する。


「おじさまって、元王様だったの?」

「ふふふ、その通り。アルノーム王ワルドとはわしのことだぞっ」

「ごめん、聞いたことない」

「だろうと思ったよ」


 グランフィードの半分以下の領土だし。それ故に、魔物からも侵略対象として見られていなかったのかもしれんが。魔物が町に入ってきたことなどもなかったしな。

 そのおかげでわしは生きていて、いま勇者をやれているのだから、ある意味感謝せねばなるまい。


「まあとにかく急ごうか。日が暮れてしまう」


 皆の了解を得、そしてわしは竜を駆った。

 羽ばたき飛び立ったドラゴンはアルノームを目指して南東へ進路を取ったのだ。



 さすが聖竜といったところだろう。あっという間に海を越えアルノームへと到着した。

 町の周辺で降りすこし歩いてみたが、わしらを見るなりスライムもウサギもビックリしたみたいに逃げ出していった。わしに体当たりしてきたあの生意気なスライムも、膝を何度も蹴られた苦い思い出しかないふざけたウサギもだ。

 偶然見かけたレアモンスター不良ラビットも、『チッ』とまるで舌打ちのように鳴き、背を向けて去っていった。

 わし、やっぱり強くなったのだな。これでもう虐められることもあるまい。

 多少の期待もあっただろう。いい気分のままに町へ入り、そして城門への跳ね橋の前までやってきた。対峙するはいつもの門衛。むっとしていて不愛想な奴だ。

 もう少しくらい愛想よく口角を上げんか、つまらん男め。


「わし、勇者だがここを通し――」

「いま流行りのコスプレか。立ち去るがよい」

「ッ、キィイエエエエエエッ!」

「おっさん落ち着けよ!」

「勇者なら奇声など発せずに堪えてください」

「離せぃ、今日という今日は許さんー!」


 飛び掛かろうとしていたところをライアとソフィアに腕を掴まれて制止させられる。

 鼻息を荒くしながらもなんとか落ち着きを取り戻したわしは、静かな声音で門衛に問うた。


「……ところで一つ聞くが、この国はいま誰が治めているのだ?」

「ゴドウィン元大臣だが?」

「あやつか」


 元、ということはもちろん現在は国王なのだろう。

 まあ、わしが王であった頃もほぼ国の全てを任せていたしな。というか、ゴドウィンなんて名前だったのか。わし同様、大臣としか呼んでいなかったし呼ばれてもいなかったから名前を初めて知ったぞ。

 だがあやつが王ならば、まあ悪いことにはならなそうだ。なったらなったでわしが成敗してやればいいだけのこと。


「……ふん、まあ良い。勇者をにべもなくぞんざいに扱ったことは許してやろう。――お前さんたち、行くぞ」


 今度こそ城に背を向けて、勇者の実家のパン屋を一瞥し、ルミナスから変わってしまったゴンザレスの酒場を横目で流して、そして町を出たわしらは再び竜の背に。


「よかったの、勇者さん?」

「なに、未練などサラサラない。あんな小国に戻っても良いことがあるとは思えん。今のわしには、お前さんたちと一緒にいられる方がずっと良いことだしな」

「けっこう小じんまりとしてたけど、アタシは嫌いじゃないけどね」

「ジパングも小さいからな。その辺りに親近感はあるやもしれんな」


 それからお隣のグランフィードの王へ報告へ行った。

 ついでにスラム街はどうなったのか気になり町の外れを見に行ってみると、スラムのスの字も見当たらないほど綺麗になっていた。民のことを思えと説教たれた甲斐があったようだ。あの王もやれば出来るではないか。

 盗みを働いていた者たちも改心し、いまはしっかりとやっているようだった。この国は安心だな。



 海を渡り、ところ変わってロクサリウムはフラムアズール宮殿へ。

 青く壮麗な玉座に腰掛ける、金髪青眼に紫のドレスを身に纏う美しい女王と対面している。銀髪のクロエと並べば姉妹だといわれても信じてしまうくらいに若々しい。これで年頃の娘を持つ母親というのだから本当に信じられないな。


「――まさか本当に魔王を倒すだなんて思いもしませんでした。それ以上にあなたが本当に勇者だったなんて。メルヘンなブロッコリーと言ったことをお詫びしましょう」

「なに、かまわんよ。というか、わし一人ではどうにもならなかったがな。皆がいてくれたから倒せたのだ。それに、クロエもずいぶんと助けてくれたぞ。女王よ、娘を誇るといい」


 わしの隣に立つクロエへ柔和な眼差しを向ける女王。

 気恥ずかしそうに身を捩っていたクロエだったが、一歩進み出て確かな実感を感じさせる声音で言った。


「お母様。わたしたち、成し遂げました」

「ええ、よくやったわクロエ。今日ほどあなたを自慢だと思ったこともないわ。ところで、もう旅は終わったのでしょう? 帰ってくるのよね?」


 安堵するような顔をした女王に問われ、「え、っと」とクロエは視線を泳がせる。


「まだ報告に行かなきゃいけない場所があるから……そうしたら、かな」


 どこか遠慮がちに聞こえる言葉の濁し方だった。

 不意にわしと目が合うと、もの寂しそうに眉を垂れかけた気がしたが――それも一瞬で。次には「あはは」と微妙な顔をして笑って誤魔化す。

 クロエは王女で、魔王を倒すために家出をして、そして魔王を倒したのだ。旅をする理由がなくなったのだから、家に戻るのが筋というやつだろう。

 わしはもっと一緒に旅していたいが、クロエも同じ気持ちであってくれたならと思う次第だ。


「次はイルヴァータだよね。勇者さん、そろそろ行こ」

「ん? ……もういいのか?」

「うん。じゃあお母様、行ってきます」

「ええ、気をつけて」


 なんともあっさりとした報告だが、済ませるのなら早い方がいいだろう。皆も疲弊しているから、早いところ休ませてもやりたいしな。

 娘がようやく帰ってくることを心底喜ぶ女王に見送られ、わしらはロクサリウムを後にする。



 緑豊かになったイルヴァータ。どこを見ても砂漠など見当たらず、平原と森と泉と丘と道路しかない。点々と小さな村々が存在するが、木組みの家は苔むし、やはり自然に溶け込むような在り方をしていた。共存共生とはこういうことをいうのだろう。そこに余計な無粋さは存在せず、そんなものはいらないのだ。イルヴァータはいつまでもそうあって欲しいと、わしは願う。

 そんなイルヴァータの神秘の森上空を飛び、エルフの隠れ里のある大樹を目指してクゥーエルを飛ばせる。

 やがて大木にたどり着くと、そのまま里の広場へと着陸するように指示を出す。

 バサバサと大きな羽音をさせながら地上へ降下する最中――


「なに、敵襲かッ!? 女王様をお守りするのだ! リーフヴェイル隊、千本矢構え!」


 懐かしい声の切迫した叫びが聞こえてきた。

 クゥーエルの背からひょっこり顔を出してやると、わしはその人物に声をかける。


「久しぶりだな、レニアよ!」

「モジャ毛! 貴様この期に及んでなにをしに来た!? 男子禁制だと言っただろう!」


 緩やかに翼を仰ぎ、ズズンと重たい体を地上に下ろす竜の背から飛び降りる。そして「ふふん」と胸を張って、葉っぱビキニにシースルーのパレオ姿のレニアを見据えた。


「相変わらずだな、お前さんは。ところで、魔王を倒してもわしはまだモジャ毛のままなのか?」

「当たり前だろう。古今東西、貴様などモジャ毛で十二分だ――って、いまなんて言った?」

「魔王を倒したと言ったのだ。だから報告に来たぞ」

「な、なんだと……ッ、――じょ、女王様!」


 驚愕を顔に張り付けたレニアは急ぎ駆け出し、リーフィアがいるのだろう木やら葦やらで出来た大きな家へと入っていった。

 しばらくし、赤い豪奢なマントに身を包むふわふわ金髪少女を伴って走って戻ってくる。

 わしの前までやってくると膝に手をつき、「はぁはぁ……はぁ」と気息を整えてから顔を上げた。


「……ちょっと、魔王を倒したっていうのは本当なの?」

「リーフィアも久しぶりだな。うむ、それは本当だ。それに、お前さんから譲り受けた赤い宝玉のおかげでほれ、復活した聖竜もあそこに」


 指で示してやると、つられて目を向けるエルフの女王。その目が驚きから真ん丸く見開かれた次の瞬間――「かわいいぃいっ!」と黄色い声を発してクゥーエルへと駆け寄っていく。

 首筋に腕を回して思いっきり抱きついたリーフィアを、いまにも涎が垂れそうなほどだらしない顔をして眺めるレニア。じっとその顔に視線を注ぐわしに気付いたのか、ハッとして咳ばらいをすると体面を繕いつつ言った。


「あ、ああ見えて女王様は可愛いものが好きなのだ」

「お前さんはそんな女王を見るのが好き、というわけだな」

「ば、馬鹿なことを言うなモジャ毛! そのモジャモジャむしり取るぞ!」

「下のモジャモジャなら新しいプレイになるだろうが……いや、さすがに痛いか」

「馬鹿なこと言ってんなよ、おっさん」

「――おふん」


 かなり久しぶりに刀の鞘尻で頬を抉られた。古い刀だからか骨董のにおいがするな。いやしかし懐かしい、……骨董だけにな!


「まあなんだ、おっさんが信じられないってのは分からないでもねえけどよ。言ってることは確かだぜ」

「ええ、魔王は消えたわ」

「だからエルフのみんなも安心していいよ」


 仲間の言葉を聞き、わしに牙を剥いていたレニアは目をぱちくりと瞬かせた。


「お前たちがそういうのなら、それが本当に正しいことなんだろう。分かった、信じよう。魔王は消えたのだと」

「わしではなぜダメなのだ」

「自分の胸にでも聞いてみろ」


 聞いても分からんことを試してもただ滑稽なだけではないか。だからわしはムッとしてから、シュンとした。

 すると、聖竜から体を離したリーフィアがとことこと歩いてきて、キラキラした目をしてすっとわしを見上げる。


「ん? どうしたのだ?」

「それで、あの竜は役目を終えたのよね?」

「えっ? いや、まだ報告に行く場所が残っているからなぁ」

「それが終わったらもういいんでしょ?」

「えっ? いや、どうだろう……女神のペットだという伝説もあるし――」


 なんだろうか。ものすごく期待の眼差しで見つめられている。それはもう物欲しそうにも見えるほどに。これがベッドの上であったならば、わしも興奮しいきり起つというものだが……。あっ、分かったぞ。


「もしかして、クゥーエルのことが欲しいのか?」

「えっ、そそ、そんなわけないじゃない! ただちょっとかわいいなって思っただけで、誰も欲しいなんて思ってないわよ。私は女王よ?」

「気持ちは分からんでもないが。上げる上げないの判断はわしには出来かねるな。本当に女王のペットだったとしたら、もしかしたら怒りを買って世界崩壊なんてことにもなりかねんし」


 そうなったら魔王どころの話では済まんだろう。

 そう伝えると、リーフィアは途端にしゅんとして、眉を垂れてしまった。

 ぞくりと、突然襲われた寒気。刺さるような視線を感じ目を向けると、ぎりぎりと歯ぎしりし血眼になったレニアと目が合ってしまう。『モジャ毛、女王様を傷つけたら矢を万本に増やすぞ』そんな無言の圧力を感じた。

 背筋を冷たい汗がだらだらと伝うが、しかしこればかりはわしにもどうにも出来んのだ。


「まああれだな。もし女神に会ったら聞いてみるから、それまで答えは保留ということで……」


 チラと姿の見えない方々からの殺気を気にしながらも、恐る恐る呟く。

「はぁ」と小さなため息をこぼすと、納得してくれたのか「まあ仕方ないわね」と女王は言った。


「さすがに女神の怒りを被るわけにはいかないから、ひと先ずは諦めるわ」

「――女王様、大丈夫です! その心の空隙は私たちリーフヴェイルが責任をもって埋めますから! 今度アレの大きなぬいぐるみを作りますので!」

「本当? ……レニア、ありがとう」


 少女のように無垢な笑顔の女王から礼を言われたレニアは「はわわ」と顔を赤くすると、次にはキリッとした顔つきで手をかざし、「さっそく材料を調達するのだ! リーフヴェイル隊、散!」と隊長命令を高らかに告げた。

 あちこちで森の梢がざわつき、何人ものエルフ娘たちが我先にと散開していく。気配のほぼなくなった森閑とした森。どうやら里の者はほとんどがリーフヴェイル隊に所属しているようだった。


「みっともなく駄々をこねて悪かったわ。でも、魔王を倒したということは、これで世界も平和になるのね」

「そのはずだ。もうこの自然を脅かす魔物は現れないから、安心して暮らしてくれ」

「ありがとう、女王としてあなたたちに感謝します」


 差し出された手に自分の手を重ね、優しく柔らかな握手を交わす。

 そしてわしは、にこりと人好きのするような笑顔を向けた。


「感謝の言葉より、ハーレムの確約をだな――」

「モジャ毛?」


 女王の斜め後ろから殺気。

 エルフともあろう者が負のオーラを撒き散らかしている。

 わしは臆せず続けた。


「もちろんレニアも入るのだぞ?」

「ははは、入るわけないだろ! いい加減にしろッ」

「いやだ! わしはお前さんたちも欲しいのだ!」


 元王様として今度はわしが駄々をこねてみる。が、「駄々をこねくり回してんじゃねえよ」とライアに首根っこを掴まれ引き戻された。


「ほかにも行くところがあるんですから、そろそろ行きますわよ」

「長居してたら日が暮れちゃうし」

「クゥちゃんがいればまたいつでも来られるんだから。早く行こ、オジサン。次はジパングでしょ」


 ……まあそれも一理あるな。またいつでも来ればいい。

 名残惜しいが、後ろ天パが引かれる思いでクゥーエルに騎乗する。


「また誘いに来るからな! 待っているのだぞ!」

「だから男子禁制だと言っているだろう!」

「レニア、いいわ。……勇者、世界樹の花輪でも編んできたら考えてあげる」

「世界樹? 分かった、絶対だぞ! わしに不可能などないのだ! ちゃんと待っているのだぞー!」


 そうして、手を振り見送る二人にわしらも手を振り返し、そして再び空を行く。


 手綱を握りながら、わしは先の言葉をふと疑問に思い、それが口をついて出ていた。


「しかし、果たして世界樹とはどこにあるのだ?」

「たしか伝説の大樹だろ?」

「言い伝えによると枯れ果てたって聞いたけれど」

「わたしもお母様の書斎で読んだことあるよ。この世界のどこかに生えてたけど、枯れちゃったんだって」

「なに、それでは花輪を編めんではないか……」


 まさか意地悪するために無理難題を押し付けたと?

 大見得切ったのにこれでは、勇者としての威厳が廃れる。いや、もしかしたらどこかにあるのかもしれんし、諦めるのはまだ早いだろう。

 めくるめくハーレムのために!


「――あ、オジサン、ジパング見えてきたよ」


 竜の背から身を乗り出して指をさす楓。

 わしにはある提案があるため、「そうだな、だがジパングは後だ」と告げてさらに東を目指す。


「あれ、なんで?」

「玉藻のところで休ませてもらおうと思っているからな。だから最後にしよう」

「なるほどねー」


 納得した様子の楓に「それだけではないけどな」と呟いて、オーファルダムに進路をとった。



 南オーファルダムの港町フィッシャーマンズ・ドーンへ入り、わしらはジェニファーの姿を探す。

 カウガールの衣装は結構目立つため、すぐに見つかると思ったが。町行く人の数が多くて思った以上に難儀していた。

 と、


「――ちょっとアナタ、ここでは銃弾はもう取り扱ってないのよ」

「あ? ケチケチすんなよ。うちだってようやくちゃんとしたパイレーツってジョブになったんだ。こうして銃まで買ったってのに、弾がなきゃ撃てないだろ。なんだいお嬢ちゃん、もしかして鈍器として銃を使えって言いたいのかい?」

「そうは言ってないよ。銃は弾を込めて撃つ道具だからネ」

「分かってるじゃないか。大体銃の看板掲げて弾売れないってどういうことなんだよ、ふざけてるのか?」

「ふざけてるのはアナタだよ」


 などと人混みの通りの向こうから、聞きなれた二人の声が口論に白熱していた。

 そちらに向かって歩いていくと、ジェニファーと初めて出会ったあの道具屋の前で、ジェニーとヴァネッサが言い争っているではないか。

 動くたびに震える二人のおぱーいに釘付けになりながら、一石二鳥な状況に運の良さを感じつつも、仲裁に入るためと報告も兼ねて急ぎ二人の間に割って入る。


「久しぶりだな、二人とも!」

「お、オヤジ?!」

「みんな! 久しぶりだネ!」


 表情明るく皆に挨拶するジェニーを、不思議そうな顔をして見るヴァネッサ。

 仲良さそうに言葉を交わす姿に軽く首を傾げた。


「あ? なんだオヤジ、このお嬢ちゃんと知り合いか?」

「うむ。お前さんが伝説の岩礁を探しに行っていた時に知り合った、保安官のジェニファーだ」

「ジェニーって呼んでネ」

「ほ、保安官? おい、うちを捕縛したりしないだろうな?」

「なんで?」

「なんでって、うちは海賊だぞ?」

「海はワタシたちの管轄外だからネ。でも、打ち上がった賊が陸でなにかしたら別だけど」


 言いながら、ジェニーはホルスターの銃に手をかけて見据えるように目を細める。

 言い知れぬ何かを感じたのだろう。危機感に頬を引きつらせたヴァネッサは咄嗟に両手を挙げた。


「な、なにもしねえよ!」

「よろしいよろしい。じゃあワタシたちはもう友達だネ」


 パシパシと肩を叩かれたヴァネッサはホッと安堵の息をつき、「んで?」とわしに向き直る。


「オヤジ、まだ旅の途中だろ。こんなところで暇してていいのか?」

「それなんだがな、さっき魔王を倒してきたのだ」

「はぁ? 本当か? うちだってそこまで馬鹿じゃないぞ、そんな冗談真に受けるわけ――」ヴァネッサがわしらの姿を順繰り見ていく。そして気づいたように目を瞠った。「オヤジのそれ、鎧溶けてるのか……それに剣も盾もない。よく見るとみんな装備にダメージがある。……そうか、嘘じゃないみたいだな」

「それじゃあ、世界は平和になったってこと?」


 目を丸くするジェニーにわしは頷いた。


「これで危険な保安官を辞められるな」

「それは無理だネ。なにせ人を取り締まる仕事だから。魔物は大人しくなるかもしれないけど、人はそうはいかないからネ」

「むぅ、そうか。人間相手だものなあ」


 ブッチャーのような輩はまたいずれ出てくるだろう。その時も助けてやれれば良いが。いつでもここにいるというわけにはいかんし。

 まあ出てきたらその時に考えよう。


「ところで、うちらのところが最後か?」

「いや、まだジパングが残ってる」

「よかったらヴァネッサも来ない?」

「誘いは嬉しいんだけど、やめておくよ。またいずれ誘ってくれ。それに疲れたろ、今日くらいはゆっくり休んでくれ」


 そう労ってくれるヴァネッサに、楓が少し寂しそうな顔をした。


「ヴァネッサのおかげでアタシも助かってたから、お礼したいんだけどなー」

「ありがとよ楓。その気持ちだけありがたく受け取っておく。お師匠さんによろしくな」

「楓ちゃん、別にこれっきりってわけじゃないんだから、元気出して」


 ポンとその背を叩くクロエに、楓は「うん」と残念そうに項垂れる。

 わしも重ねて励ましてやろう。


「そうだぞ楓。クゥーエルで探せばどの海原にいてもすぐ見つけられる。それに、海竜の爪笛もあるしな。ヴァネッサよ、これはわしが預かっていてもいいのだろう?」

「ああ、オヤジたちが持っててくれ。また船旅がしたかったら、いつでも吹いてくれよな」


 ニカッと快活に笑うヴァネッサは、夏空のようにカラリとしていた。

 しばらく会話を交わしたのち、わしらは二人に「また会おう」と別れを告げ、そして港町を後にしたのだ。

 荒野に下ろした聖竜の元へ戻ると、リリムがクゥーエルの背で気持ちよさそうに寝息をたてていた。


「声がしないと思ったら、こんなところで寝ていたのか」

「グランフィードからこんな感じだったよ。勇者さん、気付いてなかったの?」

「序盤ではないか……」


 悪い男に攫われでもしたらどうする、力もないのに。

 これはやはりもうあれだな、安心安全な場所に預けるしかないな、というか放り込む。



 というわけで、ジパングへやってきたぞ。

 まず大江戸城の徳川餅持の元へ報告へ行った。そこで、以前頼んでいて忘れかけていたライアの刀の話が出たのだ。

 餅持の話をまとめると、現在の鍛冶師では童子切を超える刀は打てないらしい。だが、過去に『正宗』なる至高の刀が存在したそうなのだが、それは行方知れずであることを聞かされた。

 魔王はもういないし、童子切で斬れない敵はいまのところあの黒い金属だけなので、さほど心配はいらないという旨を伝えわしらは大江戸を後にする。


 そして京は嵐山。竹林の中にある玉藻のお屋敷へ戻ってきた。陽はもう一時間しない内に沈むだろう黄昏に染まっている。

 さすがに庭に直接下ろすとせっかくの枯山水が吹き飛ぶかもしれんため、竹林のすぐ脇に竜を着陸させた。

 竹林を抜けて屋敷の門を開くと、庭には誰の姿もない。

 しかし少しして、屋敷の中からドタドタと慌ただしく走る足音がし――ガラっ! と勢いよく扉を開いて、血相を変えた女子が外へ飛び出してきた。


「――遅い!」

「ごめんごめん、お師匠ただいまー」

「お帰り、……だが遅い! 私のクマをどうしてくれる!」


 目の下の薄黒いクマさんを指で示す、白い着物姿の玉藻。口調は激しいが、右に左にぶんぶん振られる九尾を見る限り、内心は帰ってきてすごく嬉しいのだと分かる。

 楓が最後にここへ戻ったのはいつだったか。記憶が正しければロスバラスの黄色オーブの時だな。まだ一週間も経っていないのに。やはり強がっていても、玉藻は楓がいないとダメなようだ。

 楓の胸をポカスカ叩く子供みたいな玉藻は、「ん?」と気づいたように声を上げると楓の後ろに居並ぶわしらを見た。


「なんじゃお前たち、いたのか」

「ずいぶんな言い草だ、勇者を外野扱いとは……。にしても久しぶりだな、玉藻」

「うむ、久しいが、これはなんの集まりじゃ? 魔王だかの討伐に出ているのじゃろう、こんなところで油を売っていていいのか?」

「ヴァネッサと同じことを言わんでくれ」


 暇人としか思われていないことに肩を落とす。「ん?」と不思議そうに首を傾げる玉藻の肩を楓が叩くと、わしに代わってその事実を告げた。


「お師匠、アタシたちはその魔王を倒したから帰ってきたんだよ」

「なに、ということは旅も終わったのか、それはめでたいのう。これで私も安眠が約束されたわけじゃな」

「お師匠の問題はそこだけなわけ?」


 ジト目で呆れられた玉藻は「仕方ないだろう、寂しかったんだから」と小声でぶつぶつと呟いた。肩をすくめふぅ、と一つため息をこぼすと「まあ立ち話もなんだからのう、入るといい」と皆を屋敷へ通す。

 畳敷きのイグサの匂いが懐かしい、皆で食事をした思い出のある大部屋へと案内され、そこで茶菓子のもてなしを受けた。

 久しぶりの甘味に舌鼓を打ち和む雰囲気の中、わしはおもむろに口を開く。


「玉藻、久しぶりに会ってこんなことを頼むのもいささか気が引けるのだが」

「なんじゃ畏まって。お前と私の仲だろう、遠慮をするな。言ってみろ」

「そこにいるリリムを、お前さんのところで預かってはもらえないだろうか」


「リリム?」とわしの視線をなぞりその姿を認めると、もくもくと茶菓子を食べる魔族の少女と目が合う。


「ああ、見ない顔が一人いるなと思ったら。こやつは人間ではないな。魔族か……なるほど力を失っているようだのう」

「理解が早くて助かる。こんな状態だから危なっかしいだろう? だから誰かに見ていて欲しいのだが」

「お前は面倒を看てやらないのか?」

「わしはあれだ、その、ハーレム城建設の資金集めに行かねばならんし、だな」

「なんじゃまだ忙しいのか。勇者というのも存外大変なのじゃな」


 いや、勇者の使命とは関係ないのだが……なんて言えない。

 感心されている現状を壊したくない思いと、勘違いを正す必要のない理由をわざわざ正して好感度に響いてはという思いが重なり、訂正できないでいた。

 とりあえず、口元を歪め微妙な顔をして明後日の方を向いて誤魔化す。


「まあ一人増えたところで屋敷が狭くなることもないからのう。いいぞ、私が預かってやろう」

「本当か!? よし、これで資金集め――じゃない、世界をパトロール出来るぞ」

「他にもやることがあるとは、勇者は本当に大変じゃな」


 ああ……そんな純粋な眼差しで見つめんでくれい。罪悪感が。

 玉藻の顔をまともに見られずに襖へ視線を移すと、その襖が静かに開かれた。

 たすきで袖をまくった丈の短い浴衣姿の楓が、少しだけ不満そうな顔をして現れる。


「お師匠ー、お風呂掃除終わってお湯も張り終えたよー」

「おお、ご苦労じゃったな楓」

「てかさ、お風呂掃除サボってたっしょ?」

「なにを言う。お前の忍術が鈍らないよう、掃除せず修行として汚れを残しておいてやっただけじゃ」

「物は言いようだよねー。ま、今のアタシにはあの程度じゃ修行になんないけどさ。水遁で一瞬だったし」


 その言葉に立ち上がり、楓の成長を実感したのだろう玉藻が「たしかに強くなったな楓。やはり私の判断は間違ってなかった」そう言って髪を優しく撫でる。

 照れながら首をすくめ、「みんなが見てるし……」と楓はやんわりと断るも、なおも止まらない手にされるがまま。

 ひとしきり撫でた後、満足そうな顔をしてくるりと振り返った玉藻は、「よし、では皆で風呂に入るか。入ったら食事にしよう」そう言って楓の背を押して先に部屋を出て行った。

「また式鬼に作らせてんの? お師匠だらけ過ぎだし……」「私は毛繕いで忙しいのじゃ! 多少手を抜くくらい良いじゃろう」「お師匠の場合、十割手抜きじゃん」「そこまで酷くない」なんて師弟の会話が遠ざかっていく。

 茶を飲み干すと、続くように立ち上がる女子たち。


「さて、んじゃあたしらも行こうぜ」

「そうね、いただきましょう」

「露天風呂、久しぶりだねー。またみんなと入れて嬉しいな! リリムちゃんも行こっ」

「えっ、私もいいの?」

「なに言ってんだ、仲間だろ。裸の付き合いって言葉知らねえか? 魔族だとか敵だったとか、そんな小せぇこと気にすんなって」


 不器用なライアの言葉に二人も同意する。

 しばし目を瞬かせたリリムは「……ありがとう」本当に心のこもった声音で礼を口にした。それを優しい微笑をたたえて見つめる女子たち。

 リリムが立ち上がったタイミングで、「ではわしも」呟き腰を上げようとしたところ――

「おっさんは後だ」いつぞやのように刀の鞘尻で眉間を突かれ、ぐりぐりと押し付けられる。「……はい」そう返事するしかなくなったわしの膝は自然に折れ、知らず正座などをしていた。

 きゃっきゃうふふと会話に華を咲かせる女子たちの声が遠ざかっていく。


「……一緒にお風呂イベントは、わしにはまだ早いということか……」


 項垂れ、枕でなく座卓を涙で濡らしたのだ。


 皆が風呂に入っている間、大してすることもないので、わしは一人屋敷を出る。月明かり差す竹林を抜け、外で待つクゥーエルの元へ向かった。

 月光に照らされた聖竜の白い体は、鱗に光が乱反射して白銀に輝いていた。

 やはり美しいドラゴンだ。

 わしの足音に気付いたか。クゥーエルは首をもたげ、青くつぶらな瞳を向けてきた。そっと歩み寄り、わしはその首筋を撫でてやる。


「……お前さん、寂しくないか? こんなところで一人で。いや、今はわしがいるからそうでもないか?」

『クゥ?』

「わしか? わしが一人でいるのは皆が風呂に入っているからだ。ひどいと思わんか、わし勇者なのに。皆と一緒に風呂も入れんとは」

『クゥ』

「そうかそうか、クゥちゃんもわしと同じ気持ちか……」


 はぁ。なにを一人で分かった気になっているのだろうな、わしは。少し虚しくなってきたぞ。

 はぁ、ともう一つため息をこぼし、おもむろに夜空を見上げた。

 雲一つない快晴の月夜だ。満月でないのが残念でならんが。それでも、浩々としながらもやわらかな光を浴びていると、気持ちがスッと落ち着いていく感じがする。

 月とは不思議なものだな。

 時も忘れて見入っていると、『……ますか……者よ、……聞こえますか?』と突然脳内に声が響いた。

 ひどく懐かしい声音に、わしのテンションがわずかに上がる。


「この声は、お前さんは女神! ずいぶんと久しぶりではないか。そういえば、楓の時は仲間になった云々を発しなかったな、わしは覚えておるぞ。いつの間にやら戦闘中の解説なんかもやめていたし。サボりすぎではないのか?」

『いまはそれどころではありません』


 ピシャリ。にべもなく切り捨てられる。

 まあ、女神が話しかけてくること自体めずらしいことだし。冷たい態度にいちいち怒っていては、小さい男と思われかねんから気にしないでおくが…………というか、


「会話が成立しているぞ! わしいま女神と話しているのかっ!? いつもは無視されたりため息つかれたりしていたのに?」

『それどころではないと言ったのですが、あなたの耳は飾りですか?』

「すまん、おふざけが過ぎたようだ。それで、わしに何用か?」

『上の世界を救っていい気になっているところ悪いのですが、』

「別にそこまでいい気になってはいないがな。お前さん、なぜわしに冷たいのだ? いや、まあ良い。先を」

『大魔王が、復活してしまいました』

「……大魔王?」


 魔王は倒したはずなのだが。どういうことだ? 世界は平和になったのではないのか。それに魔王に『大』などが付くのは絵本の中だけの話じゃ……。


『大魔王ゼルード。下の世界を混沌に陥れている、魔族の王の中の王です』

「ゼルード? それに下の世界とは……?」

『あなたたちがいる世界が上の世界『アストリオン』。そして、始まりの世界である下の世界、それが『アルドベルガ』です』

「アルドベルガ……そこはいま、危険な状況なのか」

『強力な魔物の侵攻により、壊滅する町も少なくありません。訳あってゼルードの封印が弱まってしまい復活を許したせいで、日増しに勢力を強めています』


 こいつは大変なことになった。

 あの女神がわざわざ、わしと会話してまでそれを伝えているのだ。どうやら嘘ではないだろう。


『……あなたとの交信する力も、……日に日に弱く……』

「女神よ、どうしたのだ!?」

『魔王……気付かれ……した。……急ぎなさい……妹が……幽閉……』


 聞き取りにくい言葉の中で、わしの耳は耳聡くそのワードを拾った。


「お前さん、妹がいるのか!?」

『ル……スを……助け…………ッ』

「女神、女神よ! しっかりするのだッ!」

『……………………』


 最後までまともに聞き取れず、そこで女神との交信は途絶えた。

 下の世界、大魔王、魔物の侵攻、女神の妹が幽閉……。

 これはうかうかしていられん!

 と、突然クゥーエルが上体を起こすと『グォオオオオオオオ!』と雄々しい咆哮を上げた。

 その時だ。

 月光が陰ったので見上げると、月に重なるように黒い影が現れた。二本の角を持つ凶悪な悪魔面をした魔物だ。それはニタリと不気味に口角を上げて地上を見下ろした。


『――余は、大魔王ゼルード。アルドベルガを支配せし王の中の王である。アストリオンに住み着く矮小な虫けらどもよ。仮初の平和は享受できたか? だがそれも直に終わる。余はいずれ、貴様たちの世界をも支配するため魔族の大軍団を送り込むつもりだ。今は女神の力により叶わぬが、その時が来たならば覚悟することだ。これを見ているか、勇者よ。低俗な魔王を倒したからとていい気になるなよ。世界を真に救いたければ余を倒すことだ、貴様には無理だろうがな。グハハハハハ!』


 それだけ告げると、影は徐々に消えていく。地の底から響くような低く耳障りな哄笑だけが夜空に長く響き渡り、それは月が正常に戻っても、わしの耳にいつまでも木霊していた。


 焦るように翼を仰ぎ、鼻息荒く地団太を踏むクゥーエルを宥めてから、わしは屋敷へと戻った。

 大部屋の襖を開けると、そこには浴衣姿の仲間たちが玉藻を除いて勢揃いしていた。皆一様に深刻そうな顔をしている。


「お前さんたち、聞いていたか」

「ああ。大魔王だと? ふざけんなよ。世界は平和になったんじゃねえのかよ」

「それにアルドベルガを支配するって言っていたわね。私たちの世界をアストリオンとも」

「それについてだが、先ほど女神と話をしてきた」


 つい先刻の会話を包み隠さず全てを皆に打ち明けた。

 わしらの世界がアストリオンと呼ばれ、下の世界アルドベルガが始まりの世界であること。そして魔族の侵攻により壊滅する町も出ていること。女神の妹が幽閉されてしまっていること。


「町が壊滅……それに女神様の妹が幽閉って。危機的状況にあるみたいだね」

「オジサン、アタシたちも早く行こう! そのアルなんたらに!」

「しかし、下の世界にはどうやって行くのだろうな?」


 問いに、うーんと皆は頭を悩ます。

 いきなりこんなことを聞かれても、上とか下とかも初めて知る事実だし、意味が分からないだろうと思うが。

 すると「それに関してだけど」とリリムが唐突に口火を切った。


「ネウロガンドの大穴は、魔王が開けたって話をまおーさまから聞いたことがあるの」

「魔王?」

「うん。でもまおーさまはあんなだし、さすがに開けられないでしょってバカにしたら怒られたんだけど。今にして思えば、大魔王が開けたってことなら合点がいくのかなーって」


 なるほどと、皆得心がいったのか首肯した。


「ってことは、あの穴の下にアルドベルガがあるってわけか」

「クゥちゃんは女神のペットらしいし、行くとしたらあの子に連れて行ってもらうしかなさそうね」

「せっかく手に入れた平和を仮初になんてさせない。勇者さん、わたしたちの旅はまだ終わりじゃないよ!」

「オジサン、ご飯食べたら行こう!」


 昂り、気持ち勇む女子たち。その熱さに触発され、わしも「おお!」と声を上げようとしたところ。

 料理を配膳するため部屋に次々入ってくる式鬼に続いて、玉藻が静かに入ってきた。


「待てお前たち。逸る気持ちは分からないでもないが、一晩くらいゆっくりしていけ」

「お師匠、いま下の世界は大変なことになってるんだよ!」

「知ってる。だがお前たちも消耗してるじゃろう。焦って突っ込んで、思いのほか魔物が強かったらどうするつもりじゃ? やられてしまっては元も子もない。だから万全を期してから行けと言っているのじゃ」


 もっともな言い分に、楓は返す言葉が見つからないようだった。

 わしもそのつもりだったから気持ちは分かるが、確かに玉藻の言うとおりだ。このまま休まずに突っ込んではわしが皆を守り切れん。それに盾がないしな。まあ、魔王城で手に入れた魔神剣ネヴュラスでなんとか凌ぐしかないか。幸いなことに呪われていないし、変わった固有技もあるようだしな。

 説き伏せられた楓はしばらく「う~」と唸るだけだったが、やがて玉藻の視線に根負けしたのか「はい」と素直にうなずいたのだ。


「なら食事にしよう。いっぱいあるから存分に食べてゆくがいいぞ!」


 そしてわしらは晩餐に舌鼓を打った。

 初めてジパングの料理を食べるリリムも、「おいしい!」と感激しながら箸を進めていた。

 楽しい食事の時間はあっという間に過ぎ。

 わしは一人風呂に入ってから一人寂しく部屋で床に就いた。そして考え事に耽る。

 皆との懐かしい平和なひと時に、新たな脅威を一瞬忘れそうになったが。女神が口にした最後の言葉は、どこか焦りを感じさせるものだった。

 女神、妹。……女神というのは美しいものだ。その妹も、やはり美しいのだろう。

 これは勇者であるわしがなんとかするしかない! というか、わしらにしか出来ないことなのだ!

 目覚めて明日になれば、新たな旅立ちがわしらを待っている。

 下の世界アルドベルガ、か。

 待っていろ……わしが必ず……救ってやるから……な――――



     ~to be continued~

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