第15話 ゴブリンの巣
ウェンネルソンの町からひた歩き、なんとか斜陽の昇る内に村へ到着した。
コリン村。
グランフィード西方のハロル山の麓にある、小さな集落だ。
茅葺の平屋の近辺には畑がそこかしこに点在し、青々とした野菜たちはみな生き生きとし艶めいていた。村の外には広い柵で囲われた牧草地があり、羊や牛の姿なんかも見える。
ここの住民は農業で生計を立てているのだろう。
ヤーゴよりかは大きいが、それでも所詮は村。石造りの綺麗なウェンネルソンから来た身としては、ひどくつまらないものに見えてしまう。
「とりあえずは宿だな」
ガッシャガッシャと鎧を鳴らし、ライアは右に左に宿屋の看板を探す。
村も中ほどまで歩いてくると、その看板が見えてきた。
ふと、ライアが立ち止まる。
すぐ後ろを歩いていたわしは咄嗟なことに対応出来ず、ボヨンと太鼓腹を鎧にぶつけた。
眼前に迫るポニーテイルを前にし、つい出来心で顔を突っ込む。そしてシャンプーの残り香を鼻から思いっきり吸い込んだ。
「なにしてんだ変態」
「はぁーー。……む、ついな」
首を振り、背中越しにわしをジトッとねめつけてくるライア。まるで見返り美人の絵画のようだ。
「しかし、いきなりどうした? まさか宿が閉まっとるなんてことじゃなかろうな」
「勇者様、どうやらその通りのようですよ」
背後からソフィアに声をかけられ、名残惜しいがわしはライアから少しばかり体をずらす。
すると前方に見える宿の看板に、『CLOSED』の張り紙がされていた。
「これはどういうことだ?」
宿なのに休みだと? 少なからず冒険者が立ち寄る村なのに?
これでは野宿するしかないではないか。まあ、わしはそれもいろんな意味でやぶさかではないのだが、この二人はきっと嫌だろう。女子だしな。
「さっきから思っていたんですけど、この村、妙に静かすぎませんか?」
「それはあたしも気づいた。人の気配がないんだ」
「まさか魔物によって全滅させられたのではないか?」
「いや、それはないだろ。野菜や外の家畜が無事なところを見ると、人だけ襲われてるってことは考えにくい。それが魔物であれ人であれ、な」
人はもちろんのこと、魔物も肉や野菜を食べることは百科事典で読んだが。
しかし不気味だな、人の気配がないとは。……まあわしには感じられないのだがな。それを聞くと、どうにもそら寒い感じがしてくるというもの。
わしもどうにかして気配を探ろうと、二人の真似事であちこち視線を這わせていたら――
「待て、いまなにか聞こえなかったか?」
「わ、わしはすかしておらんぞ?」
「おっさんのサル並みのおならのことじゃねえよ」
「確かに聞こえたわね、村の奥の方から」
「行くぞ」
こやつらの耳はどれだけ良いのだ。……いや、本当に屁はこいておらんぞ?
わしは二人に遅れる形で駆け出し、その後を付いていった。
村の奥には黒い人だかりが出来ていた。黒い理由は一つだろう。皆喪服に身を包んでいるのだから。
どうやら葬式のようで十数本立っている十字架に、いまからまた一つ、そこに眠る者を増やそうとしているようだ。
皆暗い顔をし、うつむいている。
その中で唯一法衣を着ている神父が、わしらに気づいて聖書から顔を上げた。
「旅のお方ですか?」
「ああ。大変な時に来ちゃって悪いね」
「いいえ、いいのです」
ライアが詫びると、神父は力なく首を左右に振った。
棺桶の周りでは、家族だろうか――「なんて惨い!」「あいつらさえいなければ!」などと口々に悲痛な怨嗟の声が聞こえてくる。
「この村でなにかあったのですか?」
ソフィアの優しい声音に、痛ましい表情を見せた神父は静かに口を開いた。
「ゴブリンが、現れたのです」
「ゴブリン……」
百科事典によると、体長は一メートルほどの醜悪な顔をした小柄な魔物、だそうだ。武器なんかも使用し、金品の略奪や女を攫うこともあると書かれている。中には人語を話す個体もいるそうな。
神父の話では、ある日突然ゴブリンが現れ、村を襲いに来たのだという。
最初は野菜や家畜を奪いに来ていたが、次第に金、そして村娘へと変遷したそうだ。傭兵を雇って追い払っていたこともあったが、この村では雇うための資金の捻出が難しく、やがて傭兵を雇えなくなってしまった。
村娘を助けようと外へ逃がすと、ゴブリンたちは今度は老人や男たちを殺し始めたのだという。
そんな現状を嘆きなんとかしようと、正義感の強い村娘が村へと帰ってきて、自分が貢物になるからと一週間前に連れていかれたらしい。
その娘はさんざん性的暴行を受け、飽きたからといって殺されたそうだ。いまから埋葬される棺桶がその娘のものだと神父は話す。
「……この村に来たばかりのあなた方にお頼みすることは無理も承知なのですが、どうか、ゴブリンを退治していただけないでしょうか?」
沈痛な面持ちの神父を前にし、わしらは顔を見合わせた。二人とも真剣そのものな目をしている。もちろん、わしもだ。
未来ある娘御を亡き者にした魔物を許せるわけがなかろう!
互いに頷き合い、考えが同じであることを確認した。
「わかった、わしらでなんとかしよう」
「本当ですか! ありがとうございます」
「で、そのゴブリンってのはどこにいるんだい?」
「村はずれの坑道です」
わしらは村人たちの期待を背負い、その坑道へと向かう。
そこは、いまはもう使われていない銀坑道だった。昔は盛んだったそうだが、地震で内部が崩落し、危険だということで放棄された場所だ。
「この中か……」
「おっさん、張り切るのはいいけど気をつけろよ」
「ゴブリンは単体では大して強くはありませんが――」
「群れると厄介なのであろう?」
わしの言葉にソフィアが目を瞠る。まさか本当に勉強しているとは――そんな感情がひしひしと伝わってくる。
といっても、次に向かう土地周辺に出てくる魔物くらいだが。
それにしても、ゴブリンはこの辺りには記載されていなかったはずだがな……。
なのになぜ知っているかというと、ゴブリンは基本形態の一覧に、スライム、脱兎ラビットの次に記されていたから、たまたまそれを見ていたためだ。
「安心せい。わしも鋼の装備を手にしておる。上手いことやればやられはせんだろう」
「危なくなったらすぐ引けよ」
「その前に、私が粉々にふっ飛ばしますけどね」
「じゃああたしは、なます切りだ」
「なら私は捻じ切るわ」
実に頼もしい女子たちだ。本当に心強い。
しかし、わしも今度ばかりは気持ちの上で譲る気はない。実際はそう上手くいかないとは思うが、一匹くらいは倒してみせる!
「では、行くか――」
そうしてゴブリンの巣へと侵入した。
坑道は光源が一切なく真っ暗だったが、ソフィアが松明を灯してくれたため視界は良好。さくさく進む。
と、急に先頭のライアが狭く細い道の角で足を止めた。
「いたぞ。あの二匹はたぶん見張りだが、仲間を呼ばれると厄介だ。あたしが魁るッ!」
「あ、待ちなさ――」
ソフィアの制止も聞かず、先行した女剣士。
「ギャギャギャ! ナンギャオマエ!?」
「ナカマヨブギャ――」
「させるかよ! 疾風剣!」
十メートルほどの距離を一瞬にして詰めると、二匹並ぶ間を突きの構えで駆け抜けた。刹那――銀色をした無数の剣閃が宙に刻まれる。
「「ギャギャギャ――」」
ピタリと動きを止めたゴブリンたちは、女剣士の血振りの動作の後――それを合図のように細切れとなって絶命した。手にしていた棍棒と剣だけが残された。
突きだと思ったそれは、一瞬にして無数に切り刻む技だったようだ。
「あなた、いつの間にそんな技を」
「へへっ、グリズリー倒してる時に閃いたんだ。これでお前ばかりに先制は取らせねえよ」
あれが相当悔しかったのだろう。ようやくバトラーの素早さに追いつく技を手にし、ライアは嬉しそうに笑っている。
……いまソフィアはクレリックのはずなのだがな。
まあ細かいことはどうでもよい。今は奥を目指さねば。
それからわしらは出会うゴブリンその全てを倒していった。二人が競い……わしはほとんど突っ立ったままだったが。
村から奪った金品を取り返し、ゴブリンからの戦利品を袋に納めていく。
途中二本に分岐していた道を右へ入ると、その先は行き止まりとなっていた。奥には鉄格子の檻が見える。その中には一つだけ宝箱があった。
「おお、お宝があるぞ!」
「おっさん、あんまり近づくな。ミミックかもしれないだろ」
「壺やら宝箱なんかに化けている魔物だな」
宝を目の前にして指をくわえることしか出来んとは、なんだか悔しい。
「あれは本物で間違いないわよ」
「なんで分かるんだよ」
「元盗賊の観察眼をなめないでよね」
「なるほど」
ソフィアは鍵のかかる檻を素手で破壊し(破砕撃という技を使ったのだが……ぐしゃぐしゃにひしゃげた檻の残骸を見て震えあがった)、率先して宝箱の元へ。そしてしゃがみ込み――
「あら、これ盗賊の鍵が使われてるわ」
「なんだそれは?」
「盗賊たちが好んで使った錠前です。専用の鍵じゃないと開けられないようになっています」
「じゃあわしらには開けられないということか?」
ソフィアはくすりと鼻を鳴らすと、「心配ご無用ですわ」そう言って、法衣のポケットから鍵を取り出した。
「こんなこともあろうかと、ジャルノスからちょろまかしてきたんです」
「用意がいいな」
「旅に物は入用ですので」
感心するわしに笑むと、ソフィアは慣れた手つきで錠前を開ける。
と、中からは手のひらサイズの青い玉が出てきた。
わしは思わず股間をまさぐる。大丈夫だ、ちゃんと付いていた。
「金玉、ではないな。青いし」
「なわけないだろ。こんなデカいのに」
「村の宝玉かもしれませんね。これはあとで返しましょうか」
そういうことで落ち着き、わしらは来た道を戻り分岐点を左へ入りなおす。
道中のゴブリンはだんだんと少なくなり、やがて、拓けた場所に出た。
スコップや槌、ピッケルなどの掘削のための道具が並び、台車がそこかしこに転がっている。
Gが散乱する中、奥には割かし豪華な椅子があった。そこに座っているモノを見咎めて、わしは声をあげた。
「お前がここのボスか?」
「アア? なんダお前たちは?」
「勇者一行だ!」
「勇者ダ? 魔王様が言っていた奴ギャ。小汚いデブが勇者を名乗っている、好き勝手に叩き潰せって言われてんダ。容赦はしないゾ」
「誰が小汚い変態オヤジだ! ふん、貴様なぞわし一人で十分だ」
「変態なんて言ってないギャ? ……お前変態かギャ?」
変態を連呼するゴブリンの言葉に憤り露わにし、わしは一歩踏み出した。鋼の盾を構え、鋼の剣を抜き放つ。
いまにも駆け出そうとしていたところを、ライアに襟をつかまれ引き戻された。
「なぜ止めるのだ」
「おっさん、冷静になってあいつの頭の上を見てみろ。ただのゴブリンじゃないみたいだぞ」
言われた通り、呼吸を整えてゴブリンの頭上を見やる。そこには、わしと同じように王冠を戴いていた。
「あやつはもしかして、ゴブリンの王なのか?」
「いまさら気づいたギャ。前の王が死んだからオレが王になったんだギャ!」
「新米か、わしよりも浅いではないか」
「よく見たらお前も王だギャ? これはサシでやるしかないギャ!」
「ほれ、ああ言っとるぞ」
「でも危険です、勇者様」
ああ、女子たちがわしを心配してくれておる。その心遣いだけでわしは感涙してしまいそうだった。しかし――
「王と王、いまわしは勇者だが。男には、やらねばならん時が訪れるものだ。そこでやらねば、わしは一生後悔するだろう。だから――」
わしはライアの手を振り切って駆け出す!
「危なくなったら助けてくれい!」
「結局他力かよ」
「その時が来たらだ!」
【エンカウント
ゴブリンキング三世?! が現れたッ!】
おっ? 久しぶりの声だ。しかし、なんだかエキサイトしているような?
……気のせいか。
「おっさん、前を見ろ!」
「わかっておる!」
腰を低くし、わしは盾を構えた。
そこへゴブリンが飛び上がり、釘が無数に打ち付けられた歪な棍棒を振り下ろしてきた。
ガィンン! 鋼の盾はなんなくそれをはじき返す。
ゴブリンキングといえど新米、体長は一般的なやつとさほど変わりない。力もそれほど強くないだろう。
今までのやつらの行動パターンを思い返してみるに、上から振り下ろすくらいしかしてこなかった。なので、振り下ろされたものをそのまま押し返せば、こちらは無傷で戦えるのだ!
「次はわしの番だ! くらえ!」
初めてまともな相手に剣を振るうことに高揚している。
その剣速は決して早くはなかったが、仰け反り態勢の整わないゴブリンキングの左腕に斬り付けることが出来た。
「ギャギャギャ! 痛いギャッ!」
「村の人間たちは、もっと痛みを抱えておるのだ! 害なす魔物はここで朽ち果てい!」
怯んだ隙をつき、わしは渾身の回転切りを見舞う。
鋼の盾の重さがいい感じの安定した遠心力を生み、剣先が下がってはいたものの、運よくゴブリンキングの胴部を切り裂いた。血が吹きこぼれ、「ギャギャ、ギャー!」と断末魔をあげて魔物は倒れた。
「お、おお! わし一人でボス倒せたぞ!」
「やるじゃないか、おっさん」
「見直しましたわ、勇者様」
二人が口々にわしを称える。なかなか良い気分だ。好感度も上がっていることだろう。こうした小さな積み重ねが、やがて大きな夢となるやもしれん! 頑張らねば!
シュワシュワと光の粒子となって消える魔物。トゲトゲの棍棒とゴブリンの王冠が残された。
やはりキングになり立てだったか。キングと名乗る割には体格も小さいしな。しかし勝ちは勝ちだ。
【魔物を倒しました! 役に立たない勇者もたまには役に立つものです!】
いや、興奮しているのは分からんでもないが、言っていることが酷いのはどうにかならんものか……。
せっかく勝ったのに、なんだか微妙な気持ちになった――。
討伐したことを知らせるため、わしらは村に戻る。
坑道を出ると、そこには心配そうな顔をした神父と村人たちがいた。
黄昏の空が、長かった戦いの時間を静かに物語っている。
「ゴブリンたちは倒したぞ、これで村にも平和が訪れるだろう」
「ありがとうございます、勇者様! 今夜は村の宿にお泊りください。もちろん宿代はサービスさせていただきます」
そうして弔いの意味も込めた宴を開いてもらい、わしらは疲れた体をコリン村で癒したのだった。
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