第84話 黒き甲冑の門番

 洞窟を出たわしらはクゥーエルの元まで戻り、再びその背に乗って魔王城へ向かった。

 先ほどはクゥーエルが困り顔で留まった堀の外側にやってきても、今度は止まることはなく。そうしてすんなりと堀の内側へ侵入することが出来たのだ。


「どうやら抜けたようだな」


 堀、さらには城壁を越えた先の庭園を中ほどまでやってきて、聖竜はバサバサと翼を扇ぎながら、噴き上がることのない噴水近くへ緩やかに着陸した。

 竜から下り、ざっと庭園を見渡す。

 結界の外から見えた園は緑があるように見えたのだが……実態は違ったようだ。枯れて茶色くなった芝の上にぽつぽつと植わる花木。そのどれもが元気がなさそうに萎れている。水すらまともに与えられていないのだろう。

 くたりと枝垂れた樹木などは見ていて惨めに思うほどだ。庭の面積は広大だが、彩る植物がこれではもったいない。

 世界征服など考えずに庭を美しく保つことだけを考えていれば、これほど世界も荒れることはなかっただろうに。

 そんなことを魔族に諭したところで、聞く耳など持たないだろうがな。

 嘆かわしくため息をついてから、わしは皆に告げた。


「皆、心の準備はよいか」

「いまさらだぜ、おっさん」

「そうですわ。それにまだ、ただの庭ですし」

「それでも油断は出来ないけどね」

「ま、アタシらならヨユーだって」


 心強い女子たちの言葉に「それもそうだな」と頷き返し、城の門へ体を向けた。

 三〇〇メートルほど先に見える四階建ての魔王城。いくつかの尖塔とすすけた灰色の壁肌が、闇夜であったならば不気味さを醸し出すところだろう。

 だが今は昼間だ。上空の瘴気の雲からは陽が差すためさほど暗くなく、ちっとも股座がぞわぞわしない。

 脅かすつもりで建てたのであれば肩透かしもいいところだ。

 きっと悔しかろう魔王の心情を勝手に想像して鼻であしらい、わしは城門へと続く手入れされていない石畳の通路を、一歩踏み出したのだった。


 一直線にただ伸びる通路をしばらく行くと、さっそく魔物を見かけた。

 遭遇したというわけではなく、見かけたと表現したのには理由がある。

 通路から外れた茶色い芝の上。黒くて丸くてぷるぷるとし、先が尖った見慣れたフォルムの魔物が、わしらのことを横目にしていたのだ。

 ふと立ち止まるわしに気付くと、女子たちはどうしたのかと訊ねてくる。


「あれは……スライムか?」


 芝の上に目が釘付けになり呟く。黒いスライムとは初めて見た。魔物百科事典にも載っていないはずだ。

 一時期エッチな絵本ばりに読みまくっていたから、見たならば覚えているはずだからな。覚えていないということは、そういうことなのだろう。

 それにしても、じっとこちらを見つめている姿を眺めていると、なんだか可哀そうな気持ちになってくる。


「うーむ……。そうか、なるほど。これが俗に言う『仲間にしてほしそうにじっとこちらを見ている』というやつか」


 仲間にしなかったらしなかったで、罪悪感を覚えそうだ。

 目を瞬かせて逡巡し、仕方なしに道を逸れようとして足を踏み出した時。

「待ておっさん――」ガッとライアに腕を掴まれた。


「なぜ止めるのだ」

「あいつはただのスライムじゃない。話に聞いたことがあるだけで、本当かどうかは知らねえけど。奴はスライムデスって魔物に違いねえ」

「スライムです? なんだあやつ、名前がすでに自己紹介になっているのか! わはは! そいつは愉快な魔物だな、仲良くできるかもしれん! ――ぐえっ」


 急ぎスタコラと駆け出そうとし、今度はソフィアから強かなラリアットをもらい制止させられる。


「な、なにをする……」

「落ち着いてください勇者様。死にたいのなら止めはしませんけど」

「それはどういう意味だ?」


 わしを解放したソフィアは、こちらを見つめているスライムに目をやった。


「私も又聞きでしか知らないのですが。スライムデスは一撃必殺の技を持っているらしいのです」

「い、一撃必殺……?」


 言い伝えによれば、『黒きスライムに手を出すなかれ、死にたくなければ手を出すなかれ、出遭ったならば逃げるべし、一目散に逃げるべし、死にたいやつはご勝手に、骨は拾ってやらないよ』などという物騒な歌もあるという。


「つまりあやつに手を出したならば死んでしまうということか」

「逆に言えば、こちらから危害を加えなければ大人しい魔物ということですわ」


 なるほどと得心し頷くと、クロエが「でもちょっとかわいそう……」と同情を口にした。


「あのスライムは触れ合いたくても触れ合えないんだね。ずっと一匹で、寂しくないのかな」


 その言葉を聞き、改めてスライムを見てみる。たしかに寂しそうに見えなくもない今にも泣き出しそうな丸い眼をしていた。

 この広大な芝の庭園でただ一匹だけ。わしなら寂しくて、せんずりをかくことさえも忘れてしまいそうだ。


「……ん? ただ一匹……? この広い庭園に?」

「オジサンも気づいた? さっきからあのスライム以外に魔物見当たんないんだよねー」


 楓が方々見渡すので、わしも倣って眺めてみる。

 城壁の方まで広がる芝の上には魔物の姿は一切ない。もちろん空を飛んでいる魔物の姿も見当たらない。

 中ほどまで歩いてきたにもかかわらず、まるで遭遇することもなかった。

 そこでわしは一つの示唆を得る。


「もしや、こやつが庭園にいた全ての魔物をやっつけてしまったのか?」

「その可能性は高いだろうな」


 恐らく魔物の中でもヒエラルキー最底辺だろうスライム。その弱そうな見た目からは反する強さで、襲ってきた魔物たちを返り討ちにしたのだろうことが、得られた情報から想像出来た。


「まあそれならそれで、私たちにとってはありがたいことですけれど」

「余計な手間取られなくて済むし」

「たしかに、消耗しなくて済んだのは楽かもねー」


 女子たちの気楽な言葉に「それもそうだな」と首肯した。

 まあ小屋の老人から一通りのセットを受け取ったから、消耗したらしたでテントで休めばよいのだが。それでも楽に突破できるに越したことはないだろう。


「よし、魔物のいない内に庭園を突破してしまうか。のんびりしていて湧いて出てこんとも限らんしな」


 頷き返す女子たちを背に引き連れて、わしは通路を先へ行く。

 すると見えてきた魔王城の巨大な鉄門。禍々しい紋章のようなものが模られていることが窺えるが、しかしそれは上半分ほどしか確認できなかった。

 なぜならば――


「はっ! 御大層な城には門番くらいいるだろうとは思ってたが、まさか本当にいやがるとはな!」


 嬉々としてライアが童子切の鯉口を切ると、立膝を付き座していたソレはガシャリと音をさせながら立ち上がった。

 見上げるほど大きいソレは黒いフルプレートメイルを着込んだ魔物。体長はおよそ五メートル。

 いままで見てきた地上の魔物の中では最大だ。とげとげしい鎧に、顔をすべて覆う兜の隙間から覗く赤い眼。手にする得物は刀身三メートル近くもある幅広の大剣だった。


「城へ入る前の準備運動としては申し分ないわね」


 グローブをぎゅっと押し下げながら魔物へ睨みを利かすソフィア。

 ライアとともに進み出たのを合図にし、久しぶりにコメットブランチを取り出したクロエ。そしてドーナツのように真ん中が開いた大型の手裏剣を構えた楓に続いて、わしも剣を抜いた。

「行くぜ」「行くわ」と呟き二人同時に地を蹴って、魁らしくものすごい速さで間合いを詰める。

 その間にクロエが樹の枝を振ると空から小隕石が降り注ぎ、楓の手から放たれた手裏剣は重い風切り音を響かせながら目標へと飛んでいく。

 魔物は赤い眼を細めると咄嗟に剣を両手で握る。そして勢いよく振り上げ――大上段から一気に振り下ろした。

 石畳に叩きつけられた強烈な一撃が爆風を巻き起こし、跳躍しいまにも斬り付け殴りつけようとしていた二人を揃って吹き飛ばす。降り注いだ隕石は砕け、手裏剣も半分で割れた。それだけに留まらず、十数メートルに渡ってまるで畳返しのように通路の石畳をめくり上げたのだ。

 わしは楓によって離脱させられて事なきを得、クロエは自力で芝の方へ飛んで無傷だった。魔物とは距離があったために無事で済んだのだ。

 しかし、


「大丈夫か二人とも!」


 ザザーと砂利が露呈した地面を滑り、体勢を立て直す二人に駆け寄る。


「くっ……なんだあいつ、けっこう強いぜ」

「少なくとも、結界の番をしていたオーガよりも遥かにねッ」

「二人とも、いま回復するから」


 同じく駆け付けたクロエに受けたダメージを回復されながら、いまのは危なかったと吐露する二人。

 しかしその口元に、揃いも揃って好戦的な笑みを浮かべていた。手応えのある魔物に出会えて嬉しいのだろう。

 そんな中、ズシンズシンと大地を揺らしてこちらへ歩いてくる魔物。それに対峙するように、一人歩み出た楓。


「せっかく京で買ってきた風魔手裏剣を壊された恨み、はらさでおくべきかーってね。そんじゃ、試しに同じ術でも使ってみようかなー。小手調べにさ――土遁、鬼泥咬!」


 楓が術を繰り出すと、オーガの時みたく魔物の足元の土が鬼の顔を成す。そして大口を開けてその脚に噛みついた。

 だが、もぐもぐするが歯は立たず。どころか、その進行を抑えることも叶わずに鬼面はあっけなく砕け散った。


「あちゃー、こいつ本当に強いみたい。ちょっとヤバくない?」


 なおも進行を止めない魔物を早々に諦め、わしらの元まで戻ってくると――楓はすっと隣に目をやった。


「でもま、こんな時のクロエちゃんだよね!」


 ポンと肩を叩かれたクロエが小さく息をつく。


「ふぅ、まあいいけどね。でもアレ倒すのに少し時間が欲しいかな」

「その程度造作もねえよ、時間稼ぎはあたしらに任せろ」

「囮は私たちが務めるから、重い一撃用意しておいてね」

「少しでも削っとくから、あとよろしくねー」


 言ってクロエを残し、鉄巨人を取り囲むように扇状に広がる三人。

 しばしぼうっとしていたが、出遅れたことに気づき「わ、わしもやるぞ!」と慌てて端っこに陣取った。


「おっさんは無茶すんなよ、面倒くせえことになりかねないからな」

「危なくなったら先に逃げてくださいね」

「その時は術でふっ飛ばして緊急離脱させてあげるから、だいじょぶだいじょぶ!」

「お前さんたちを守らずに一人で逃げられるかっ。わしなら大丈夫だ、戦える」


 そう告げると、「そうか」とだけ返事が戻ってきた。

 それ以上の言葉はいらない。目の前の魔物をどうにかしなければ城へは入れないのだ。意思を一つに各々武器を構えると、行動を開始する。

 踏み込み、魔物が構える前に素早く懐に潜り込んだソフィアが、握り込んだ拳を「はぁっ!」と強かに甲冑の脚部へ叩き込む。鈍い金属音を響かせたが凹むことはなく、体勢を崩させるには至らない。相当な硬さのようだ。

 魔物が大剣を振り上げたのを認めると、ソフィアはすぐさま離脱する。

 次いでライアが跳躍し、振りかざされた大剣を持つ手首を斬り付けにかかった。

 強烈な一閃によりわずかに腕が背後へブレはしたが、あまりの膂力によりすぐさま腕は振り戻され、その勢いのままに剣は打ち下ろされる。

 弾かれた反動を利用し大剣の側面を蹴ってさらに上へ跳躍すると、ライアは前宙しながら童子切を兜に叩きつけた。その衝撃により魔物は納得するみたいに何度も首肯を繰り返す。

 しかしわずかに傾ぎながらも、一歩踏み出しただけに留まった魔物の大剣は、地面を直撃するや再び爆風を巻き起こす。

 巻き上がる砂煙。破片が飛び散り鎧にぶつかってはカンカン音を立てる。

 煙る視界の中、不気味に細められた魔物の赤い目。

 次なる行動を予測した楓は機先を制し素早く印を結んだ。


「金属には雷ッ! 落雷に注意しなよー鉄仮面! ――雷遁、白燐轟雷ッ」


 鉄巨人の周囲に突如として現れた、頼りない白い炎。それらは瞬時に霧状に変化すると青白い薄靄となって魔物を囲う。

 と――、夥しい数の青い稲妻が靄を走り、やがて放射状に広がっていたそれらは鉄巨人目がけて一斉に降り注いだ。

 轟雷の名の通り、耳を劈くような轟音だ。絶え間なく降りしきり、その現象は靄が晴れるまで続いた。

 視界が良好になる頃。鉄巨人の鎧に電気が走っているのが確認できたが、どうやらそれはダメージを負っているわけではないようで……。

 次に起こった出来事に、わしらは揃って驚愕した。

 魔物が手にする大剣に、体中の電気が集まり始めたのだ。


「あれは少々不味いのではないか……?」

「おっさん、アダマス構えてクロエを守れ!」

「お前さんたちは――」

「私たちは自力で回避できるから大丈夫ですわ。少しでも標的から逸れるように気を引きますから、早く行ってください!」

「しかし……」

「この中でいま一番火力出せるのはクロエちゃんなんだから、ほらオジサン! アタシも手伝うから行くよッ」


 楓に手を引かれ、詠唱中のクロエの元まで後退する。

 わしはアダマスの盾を構えどっしりと腰を落とし、その後ろに楓とクロエを庇う。

 すぐ背後からは魔力の高まりと、サッサッサと楓が印を結ぶ音が聞こえてきた。

「土遁、狐面防壁!」楓が大地に手を叩きつけると、巨大な土壁がわしらの四方を囲った。

 ライアとソフィアは本当に大丈夫だろうか……向こうが見えん為心配だが、二人を信じるしかない。わしはクロエと楓を何としてでも守るのだ。


「くるぞ!」

「気をつけて!」


 二人の言葉に緊張から唾を飲む。刹那、大地が激しく揺れ、強烈な爆風とともにバリバリッとした雷撃の放出音が聞こえてきた。寸秒足らずでそれはこちらまで届いたようで――「やばっ、壁持たなそう!」楓の声に見上げると、上から徐々に亀裂が入ってくるのが見えたのだ。

 このままでは壁が壊れる、その心配は少しもしない内に現実となった。

 縦半分に割れた壁は荒れ狂う風に流され、左右と後ろを伴って完全に破壊されてしまう。

 暴風に目を細め、アダマスから向こうをわずかに覗くと――鉄巨人が大剣を地面に突き刺しているのが見えた。

 放射状に伸びる雷は周囲を無差別に叩きつけている。

 わしは向かい来る電撃から二人を守るために、アダマスの属性軽減シールドを張り続けた。少しばかり貫通してくるものもあったが、盾自体でなんとか防ぎクロエと楓を守り切ることが出来たのだ。

 周囲を見渡すと茶色い芝はところどころ焼け焦げ、地面に点々と穴が開いていた。

 ライアとソフィアはどうなったのかと見てみると。ライアの黒い鎧、獅子が模られた左の肩部に焦げ付きが見て取れた。そこに寄り添うソフィアはまったくの無傷だ。


「私のことを庇う暇があるなら必死で避けなさいよ」

「うるせえ、言ってもお前服だろ。まだ鎧着てるあたしの方がダメージは軽微だから庇ってやったまでだ」

「最悪残像を残して回避は出来たわ、あんまり無茶なことしないで。足手まといになられても困るだけなのよ」

「しょうがねえだろ、勝手に体が動いたんだからよ。それに腕がもげても足手まといになんてならねえから安心しろ。んなことより礼くらい言ったらどうだ」

「それはどうもありがとう」

「棒読みじゃねえかッ」


 口喧嘩する様子を眺め、わしはほっと安堵の息をついた。その余裕があるということは、大したダメージではないということだ。

 しかし、安堵してばかりもいられん。

 地面から剣を引き抜くと、再び鉄巨人が動き始めたのだ。

 帯電していた剣はすっかり元に戻ってはいるが。殴っても斬っても、術でもダメということは、やはり魔法しかないのか。

 皆の期待の眼差しがクロエに注がれる。

 それに頷き返すと、「みんな、離れて!」と退避を促した。

 ソフィアはライアを伴ってその場から遠く離れると、わしと楓もクロエの後ろへ下がる。

 大地を揺らしながらデカい図体が歩いてくる。

 皆が巻き込まれない位置まで鉄巨人を歩かせると、


「グラウンドラヴァ……」クロエが静かに呟く。すると魔物の足元に、突然直径三十メートルほどの真っ赤な魔法陣が出現し、「――ブレイズ!」強く言葉を発した瞬間、赤熱した地面が隆起し大爆発を起こす。

 それはまるで火山の噴火のようで、吹き飛んだ噴石は意思を持つかのように、燃え上がりながら鉄巨人へと降り注ぐ。

 魔法陣の中だけで起こる出来事にしばし傍観していると、赤い煙の中で魔物が蠢いているのが見えた。

 不気味に輝くその瞳と不意に目が合う。ぞくりと背筋を悪寒が撫であげる。

 クロエの魔法が収まると、鉄巨人は大きく抉れたクレーターの中。ドロドロした溶岩の中で膝を付いていた。

 魔物に動きはない。ダメージはある、と思われる。というよりなければ困る。

 クロエの魔法なのだ、これで倒せていれば良いのだが。

 そんな希望的観測は瞬時に掻き消えた。次の瞬間には膝を起こして立ち上がろうとしていたのだ。


「これでもダメなのか……」

「おいおい、つうかまだ城の中に足も踏み入れてないってのによ」

「物理もダメ、術も魔法も効果が薄い……これはお手上げかしら?」

「ごめんね、みんな期待してくれたのに」

「クロエちゃんが謝ることじゃないよ。アタシたちもあんまり役に立てなかったし……」


 ライアとソフィアも戻ってきては、落胆を口にしている。

 ここは勇者であるわしが活路を切り開かねばならん場面だろう。それは理解しているつもりだ。絵本の中の主人公であったならば、こんな時こそ力を発揮するものなのだから。

 しかし。わしよりも強いであろう女子たちでもダメだったのだ。わしに何が出来る。このまま戦っていてもジリ貧になって負けてしまうかもしれない。

 しかし、こやつを倒さなければ城へは入れんだろう。

 どうするどうすると一人焦り、意味もなく辺りを見渡す。すると、先ほどの黒いスライムが目に入った。相変わらず寂しそうな眼差しでこちらを見つめている。

 鉄巨人に目をやると、すっかり立ち上がりこちらへ向かって歩を進めていた。

 迷っている暇はなさそうだ。


「……一か八か、か」

「どうしたおっさん?」

「なにを考えているのですか?」

「勇者さん、なにか良案が浮かんだの?」

「また隙ありワルドブレイクでもぶちかます? アタシ手伝うよ」

「いや、お前さんたちは出来る限り離れているのだ。なにが起こるか分からんからな」


 言いながら、わしは数歩進み出た。

 そして魔法剣ブランフェイムを逆手に構える。


「いまからあやつの標的をわし一人に絞る。誰も手を出すんじゃないぞ。といっても、先ほど目が合ったからな。向こうもそのつもりなのかもしれんが」ググッと腕を後方へ回し、そして「ワルドストラッシュ!」腕を振り抜き光の刃を飛ばした。

 魔物の甲冑に直撃し爆発したが、大してダメージはなさそうに見える。

 やはりあのスライムに掛けるしかない。

 鉄巨人はひと際赤い眼を輝かせると、大剣を担ぎ歩くスピードを上げた。


「おいおっさん、なにするつもりだ! 一人じゃ危ねえぞ」

「なに、わしなら大丈夫だ。お前さんたちとハーレムで暮らしてもいないのにこんなところで死ねんよ。心配するでない、きっとあやつを倒してみせよう!」


 口々に不安がる女子たちにそう言い残し、わしは背を向けて芝の上を駆けた。

 ズシンズシンと重たい足音を響かせながら魔物が追いかけてくる。

 必死で逃げるわし。黒いスライムが徐々に近づいてくる。

 鉄巨人の得物の長さ、そして爆発を考慮しスライムとの距離およそ五メートルのところで急停止する。これ以上近づいて必殺されては敵わんからな。

 わしはおもむろに振り返り、魔物を待ち受ける。立ち止まる鉄巨人。互いの距離およそ三メートル。

 鉄巨人は担いでいた剣を一度下ろすと、両手で持ち大上段に振り上げた。あの攻撃だ。

 内心ほくそ笑みながら、振り下ろされる瞬間を見極めわしは側転し、芝の上を転げた。

 刹那、打ち下ろされた大剣が大地を叩きつけ爆発が起きる。わしは爆風でさらに転がる速度を上げながら離脱する。この時ほど体が丸くて良かったと思ったことはない。

 予想を裏切らないのであればこの後……。

 みっともなく転げ回った後、爆発が収まった先の場所へ目を向けた。

 すると、十数メートルに渡って芝が抉れた大地の上。黒いスライムが目を真っ赤に充血させ、ズモモモと見る間に膨れ上がっていく。瞬時にその形を変えると、まるで死神のような容姿となって鉄巨人と相対した。

 その手に持つ黒い鎌が振り下ろされた瞬間、兜から覗いていた赤い眼が色を失い、甲冑はバラバラになって崩れ落ちたのだった。



「――やったな、おっさん」

「勇者様にしては珍しくキレてましたね」

「あんな方法があったなんて、思いつかなかったよ」

「さっすがオジサン、勇者だねー!」


 門の前まで戻ってくると、女子たちからそんな賞賛を受けた。わしは気持ちよくなって鼻高々で胸を張る。

 これほど褒められることが嬉しいこともなかったかもしれんな。

 なおも感心を口にする女子たちから視線を転じ、わしは黒いスライムを見た。相変わらず丸い目をして、こちらを寂しそうに眺めている。

 利用したみたいになってしまったことを詫びるとともに、魔物を倒してくれたことへ感謝を表するため、黙したままで頭を下げた。

 魔物に対しそんな気持ちなど伝わらないだろう。そう思いながら顔を上げると、スライムは口をモゴモゴさせながら背を向けて、跳ねながらどこかへ行ってしまった。


「――おっさん、そろそろ行こうぜ」

「けっこう時間かかりましたけど、この先も気を引き締めていかないといけませんわ」

「なにが待ち受けてるか、分からないからね」

「またこんな敵がいたら嫌だなー」


 口々に言う女子たちへ、「……そうだな、行こう」と言葉を返し、わしは魔王城の門の前へ立った。すると勝手に両開き、わしらを飲み込まんとする闇が出迎える。

 皆と顔を見合わせると、互いに頷き合い――そうして魔王城へと突入したのだった。

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