第147話 魔王城地下二階
地下二階は、先ほどまでいた城内が恋しくなるほどのただの洞窟だった。
巨人が荒々しく穴掘りでもしたのかというくらい、天井が高く幅も広い地下空間。
広さの割には心許ない光源しかない洞窟に、クロエの魔法で明かりを灯しながら進んでいく。
下りたばかりだというのに空気を読まず、さっそく現れる魔物たちはやはり強さを増していて、いままでに見たことのない個体を多く見るようになってきた。
竜を模したような骨のチャリオットを駆る、鎌を持つ仮面の骸骨道化ルプスクラウン。割と大きめの魔物のくせに動きが速く、得物の鎌は切れ味鋭く剣圧を飛ばせるようで、少々苦戦した。鋭さは遠距離技となっても変わらないらしく、一瞬の油断でダメージを負った。
斬撃技に対しかなりの抵抗を見せる硬い骨だったが、しかし打撃には弱いらしく、ソフィアが強烈な一撃を見舞ってこれを粉砕する。
他には強力な体術に長ける筋骨隆々とした大型のデーモン、ディアブロウや、魔物を召喚する扉型の魔物ロスレムルなんかが出てきた。それはもう大量に吐き出されたわけだが、個々の強さはそこまでではないため大して脅威ではなかった。
だが辛酸を舐めさせられるほどの苦戦はないものの、階層を下がるごとに確実に強くなっていく現状。明らかに城内とはわけが違うようだ。
「地下洞窟へ来た途端に、雑魚が雑魚でなくなった感じがするな」
「まあ、あたしは手応えが増してようやく体が温まってきたけどな」
「そうね。慣らし程度にはなって鈍らずに済むのは助かるわ」
「たしかに。魔物も見たことないのが多いし、退屈はしないかもね」
「中でもさっきのドアみたいなやつ面白かったなー。ウロチョロしながら次々魔物出してんのが滑稽でさ」
「まとめて排除するのは爽快ではあったな……」
「わしと戦った時にも使ったあの魔法か」
じゃっかん頬を引きつらせながら訊ねたわしに、ベルファールはフッと笑みをこぼす。
怨嗟轟く闇の奔流に対象を巻き込む、シュタルフェルマルム。あの時はレブルゼーレが上手いこと避けてくれたため被害を受けずに済んだが。
直撃したらどうなるか、わしは今しがたそれを知った。
魔法抵抗の弱い魔物は、まるで強酸を被ったように腐食し骨となり、抵抗のある魔物でも精気を抜かれるようにやせ細り、どちらも終いには内部から爆散するというなんともえげつない魔法だったのだ。
直撃を免れてよかったと、いまさらレブルゼーレに感謝した次第。
「何はともあれ、地下だろうがなんであろうが、雑魚はまったく問題ないということだな」
そう結論付けて先を急ぐ。
通路を行くと、最初の分岐である十字路に差し掛かった。
真ん中の道の先は光源もないため暗く先を見通せない。左右の道に関してはその先で緩やかに曲がっているようだ。
「おっさん、また左から行くのか?」
「そうだな、やはりここは左しかなかろう」
「好きですね、左」
「ポジションも左寄りだからな!」
「勇者さん、それなんの話?」
「いやいやなんでもないのだ、気にせんでくれ」
「オジサンさぁ……。てか右だったら右から行くわけ?」
「どうだろうな、それでもわしは左に行くと思うぞ!」
結局変わんないじゃん、と背中越しに楓の突っ込みを聞きながら左の道を選択する。
しばらく歩き緩やかに右に曲がると、五十メートルほど先に炎の壁を確認した。
燃え盛る火炎は緞帳のように道いっぱいを覆い、先へ進むことを拒んでいる。
「またなにか仕掛けがあるのだろうな、これは」
「けどよ、この程度なら吹っ飛ばせそうじゃねえか?」
そう言いながら刀を抜いたライアは、高めた闘気を刃に乗せて一気に振り抜いた。並みの魔物ならば一瞬で消し飛ぶであろう技だったが、炎にぶつかった瞬間食い潰されるようにして掻き消される。
「……やっぱ無理か」
「それはそうよ。でなきゃ仕掛けの意味がないもの」
「それもそうだな。しゃーない、探すか」
ということで付近を探索したのだが、これといってなにか仕掛けの解けそうなものは見当たらなかった。
予想では壁なんかにレバーがあったり、なにかスイッチ的なものがあったりと、いままでのダンジョンとそう変わらない仕掛けだと踏んだのだがな……。
「ここはいったん戻って、逆の道の先でも見に行ってみる?」
「それがいいよ、オジサン戻ろ」
「うーむ、そうするか」
そうして来た道を戻り、十字路の右、つまりは東の道へ入る。
左右対称のようになっている角を曲がると、今度もまた五十メートル先に壁があった。しかしこちら側の壁は氷で出来ている。
「この氷さ、クロエちゃんとかベルファールの炎で溶かせたりしないの?」
「たぶん無理なんじゃないかな? ライアと同じ結果になりそうだけど」
「じゃあ禁術とかでドカーンとさ」
「こんな狭いところで使ったらさすがにみんな巻き込んじゃうし、MP空になっちゃうのはまだ避けたいかな」
「そっかー、まあ諦めて探すしかないねー」
よく分からない仕掛けに辟易するように肩を落とす楓。わしも同じ気分だが、気を取り直してとにかく怪しい場所はないかを探す。
だがここでも何も見つからなかった。
しかし諦めるのはまだ早い、まだ見ていない道があるからな。
「ここにないということは、十字路の北の道にあるかもしれん」
「んじゃサクサク戻るか」
ちょくちょく現れる魔物を適宜排除しながら道を戻り、今度は北の通路へ入る。
すると、百メートルほど行ったところで行き止まりに突き当たった。
行き止まりは扉になっており、その手前には腰ほどの高さのある二つの黒い台座が、左右離れた場所に設置されていた。
「二台ってことは、それぞれの仕掛けってことだよな?」
「なんだか見たことのある形に窪んでいますね」
「これは外苑の崖でも見た、結晶型の窪みだな」
というわけで、さっそく道具袋から手のひら大の結晶を取り出し、台座の縁に並べてみる。縦に並んだ窪みは二つ。
「さて、果たしてどれが正解か」
「見てきた壁は炎と氷だけど、そのまま当てはめれば赤と青の結晶だね」
「でもそんなに単純かしら?」
「まあ試してみれば早いじゃん?」
そうだなと頷き、わしはまず左の台座の窪みに赤を。右の台座には青の結晶を嵌めてみた。
とそこで気づく。
「しかし、いちいち戻って確認しに行くのは少々面倒だな」
「なら私と楓で見てきましょうか?」
「この中で移動に長けてるのは二人だしな、頼んだ方がいいんじゃねえか?」
「ふむ、それは一理あるが。二人で大丈夫か? というか別々の道を見に行くつもりならば、もう一人ずつくらい付いて行ってもらうが?」
「そんな心配しなくても大丈夫だってオジサン。戦闘が面倒ならアタシは隠密あるし」
「私は叩き潰しますから問題はないですわ」
そこまで多大な心配はしとらんが、万が一ということもあるし。……だがしかし二人が問題ないと言っているのなら信じてやることも大切だろう。
そういうことならと、わしは一つ大きく頷いた。
「んじゃチャッチャと行ってくるから、待っててねー」
「行ってきます――」
そう告げて、あっという間に姿を消した二人。素早さ自慢なだけはある。
それから三分もしない内に戻ってきた二人は、揃って首を横に振った。
「アタシ火の方見てきたんだけどさ、なんか炎の勢い増してたよ?」
「私の方は氷の壁が針状に突出していました」
「どっちも強力になってるってことは、結晶の色からして反属性か、もしくは四属性においての弱点とかなのかな?」
「では試しに逆にしてみるか」
結晶を交換し、またソフィアと楓にそれぞれの壁を見てきてもらった。
すると、今度は炎が消え、氷側は元の状態から変化なしときた。
「ちなみに左の方は先にまた壁があって、こっちも氷の壁だったよ」
「結晶は四属性それぞれ一種のみ。ってことは、片側をまず解除していくしかねえってことだな」
「反属性ではないということは、弱点属性ということか。ええと確か四属性においての水の弱点は……絵本で読んだはずなのだがな?」
「土だよ、勇者さん」
「そうだそうだ、土だった」
水ではなく氷の壁ではあるが、四属性の結晶に当てはめるのならば青を解除するのは黄の結晶だ。
わしは左の台座に嵌めた青の結晶の上の窪みへ、黄色の結晶を置いた。
おそらく間違いはないだろうということで、全員で道の先を確認しに行く。
炎の壁があったところは問題なく進め、左に曲がった道の先、楓によると氷の壁があったとされる場所も壁は綺麗に消えていた。
そこから北へ進み、しばらく奥へ向かって歩いて行くと――
「これはスイッチだな」
袋小路の行き止まり、その中央。彫刻などで装飾された石床の真ん中に、大きなボタンが設置されていたのだ。
というわけで、わしはさっそく踏んでみる。するとどこかでガンッ! と大きな物音がした。おそらく扉が開いたのだろう。
が、わしが足をどけた瞬間にボタンが戻り、再び大きな物音が。
「……まさかこれは、ずっと踏んでいないとダメなやつだろうか?」
「それなら誰かが残るしかねえな」
「だったら私が残っていてやる」
「ベルファールが? 率先して協力するなんて、珍しいこともあるものね」
「まぁ暇だからな」
「ではここは頼むことにしよう。なるべく早く済ませてくるから待っていてくれ」
分かったの返事もなくスイッチを踏ん付けたベルファールを残して、わしらはいったん台座まで戻る。案の定、第一の扉は開いていて、奥には第二の扉が行く手を阻んでいた。
わしは左の台座から青と黄の結晶を外し、今度は右の台座にまず黄色を嵌める。氷の壁の奥にはなにが立ち塞がっているのか分からないため、またソフィアに見に行ってもらった。
「氷の次はまた火でしたよ」との話だったので、上の窪みに青色を嵌め込む。
また十字路まで戻ったわしらは、東の通路を奥へと進んだ。
西側と同じように氷の壁はなくなっており、話にあった炎の壁も問題なく消えている。
するとその奥でもまた、袋小路の真ん中にスイッチを見つけた。
「さて、今度は誰が残ろうか……」
「あたしが残ってもいいが」
ライアがそう口にした時、楓が思い出したように「あっ」と声を上げた。
「そういえば、お師匠からもらった凶鬼の式札まだ試してなかったからさ、お試しに使ってみてもいい?」
「しかし、式札というものは使い捨てではないのか? こんな序盤に消費してはもったいないと思うのだが」
「その心配ならいらないよ。これ式札って言っても変化じゃなくて召喚式だからさ」
「つまり、壊れない限り何度でも使えるってわけか」
「そういうことー」
どこかうきうきした声音でライアに頷くと、楓は式札をさっと取り出した。ペラペラの紙のように見えるが、どうやら玉藻が妖気を纏わせた白木の樹皮で出来ているらしい。そこに複雑でいて禍々しい紋様と呪文のようなものが彫り込まれ、漆だろうか黒と赤で色付けされている。
楓は指に挟んだ式札へなにかを小さく呟き、「――陰陽傀儡操術・召喚式
体長は二メートル五十は軽く超えている。さすがにあの酒呑童子よりは小さいが、それでも額から生える角はあやつよりも立派だ。全身を鎧で覆い、巨大な刀剣を携える姿は恐ろしくもあり雄壮でもあった。
「んじゃあキミにはそのスイッチの上に立っててもらおっかなー。解った?」
楓の要求に、凶鬼はうんうんと大きく頷いてスイッチを踏んだ。見た目の割には従順で素直だ。
「ずいぶんと手懐けておるが、最初からこんなものなのか?」
「さすがに中忍の時だったら舐められてただろうけど……ってかそもそも召喚すら出来なかっただろうし。けど今は上忍だからね、アタシも成長してるんだよオジサン」
「それは間違いなくそうだろうな」
近くで見ていたからこそ分かる。一時は悩んだりしたこともあったが、それでも楓は前を向き、皆のために頑張っていた。ひた向きで健気で一途。玉藻が楓を溺愛する理由が痛いほど感じられるのだ。
親でもないのに親のような心持になるのは、父性という奴の芽生えだろうかなぁ? それよりもわしは嫁に欲しいのだが……。
そんなこんなで再び台座の場所まで戻ったわしらは、一応結晶を回収しつつ開け放たれた第二の扉の奥へと進む。
するとこれまた拓けた袋小路、その深奥に地下三階への階段を見つけた。同時に、手前には一匹の魔物が仁王立つ。
崩れた竜の頭骨を被り、全身を骨の鎧で固めた……なんだあれは、オーガか? 凶鬼に比べると体格も角も牙もショボい、とにかく青色の体表をした変な魔物だ。
「我はフロアボス、オーガ・ズヴァーリン」
「見た目もつまらなければ名前もつまらんとは、お前さん終わっておるな」
「そういう貴様はワルドだろう、さらにつまらん」
「だが勇者だ」
「我はオーガだ」
「別に聞いとらんが……」
呆れてため息をつくと、ライアが肩をコツンと叩いてきた。
「おい、なに魔物と低レベルな口論してんだよ。ベルファール待たせてんだぞ」
「む、すまんすまん、ついな――」
そう頭を掻いて謝った時だ。
わしらの背後から聞き覚えのあるガラガラといった、なにかを曳く音が聞こえてきた。例のチャリオットの魔物、ルプスクラウンだろう。
煩わしそうなため息を一つこぼしたソフィアが、無言で踵を返すと――地を蹴った瞬間に消えるような速度で一気に間合いを詰め、火力を増したドラグーンフィストの一撃のもと粉々に破砕した。
洞内にカランカランとわずかな骨を散乱させたのち、ルプスクラウンは光となって消える。
それを見届けてから、わしは振り返りざまに剣を抜いた。
すると、青いオーガは鼻水を垂らしながら、顔色の悪い顔をこちらへ向けていたのだ。
「なんだお前さん、顔が青白いぞ」
「ほほ、放っておけ元からだ」
「もしかして、いまの技を見てビビっておるのか?」
「あん? そんなわけないだろう! このオーガ・ズヴァーリン、メスの前でビビるとかあり得ねえ!」
「いまならば見逃してやらんこともないがな」
「貴様こそ斧の錆になりたくないならメスを置いてさっさと消えろ」
「女子を置いて逃げるなど男の風上にも置けんだろう。しかしそうか、ならば武器を取れ。その無駄にデカいだけの大斧をな」
「さっきから我を馬鹿にしやがって、いまに目に物見せてやる。その後できっちりメスはいただいていくぞ! 交尾だ交尾!」
さっきからわしを挑発しているのは自分だということに気づかんとは、なんとも間抜けな魔物だな。逆鱗に触れていることに気づきもしないとは。
女子たちをメス呼ばわりした挙句もらっていく、さらには交尾と来た。
呆れてワルドストラッシュしか出んよ、嘆かわしい。
わしは無言で三発分ほど剣気をチャージしたアールヴェルクを構えた。こいつは直接叩き込んでやらんと気が済まんな。
おそらくソフィアの技で相当ビビっているだろうが、このような輩に同情の余地はない。
オーガは大斧を重たそうに持ち上げて、ズシズシと駆けてくる。一撃にすべてをかけるパワータイプか。魔物の系統としては、旅の序盤に上の世界で戦ったゴブリンキングもどきと同じだろうな。
見栄ばかりが先行して実力が伴わないタイプだ。あの時の結局はぬか喜びだったことを思い出して、ますますもってイライラする。
振りかぶられた大斧を盾でガイン! と受け止めて、わしは横に往なしながら逆手に構えた剣をオーガの胴部へ思いっきり叩き込む。
研ぎ澄まされたオーラは斬り付けた部分から爆発的に発光し、終いにはオーガの体を盛大に吹き飛ばした!
爆風で飛ばされた竜の頭骨が階段を転げ落ち、楽器のように音を奏でる。
余韻に浸るようなものでもない。
「フロアボスとは名ばかりだったな、他愛もない」
「ま、見た感じからして弱いしな」
「間違いなく言えることは、あのルプスクラウンよりも弱いということですわ」「だからソフィアはイラついてたんだね」
「あーなるほど、虎の威を借る狐ってやつね」
「ちょっと違わないかそれ?」
「いーのいーの細かいことはさ! ほらオジサン、変なスイッチあるから押してみなよ」
「ん?」と楓の指さした方を見てみると、階段の奥の壁際にまたスイッチがあった。予想が外れていなければそういうことだろうと思い、躊躇なく踏む。今度は足をどけてもスイッチはもとに戻らなかった。
楓は凶鬼の召喚を解き、そしてわしらはベルファールを迎えに行く。
腕を組んでつまらなそうにしていた彼女は、わしらを見るなり状況を察したのか「――遅かったな、そんなにも手こずったのか?」とこちらへ歩き出しながら訊ねてきた。
「いや、少々フロアボスとやらと口論してしまってな、無駄にロスしてしまった。待たせてしまってすまん」
「魔物どもの処理にも飽きてきたところだったからな、ちょうどよかった」
「そうか……。それはそうと。ありがとうな、ベアトリスよ」
「気にするな、暇だったから手伝ってやったまでだ」
そう告げる彼女の横顔は、わずかながら口元へ微笑を浮かべている、そんな気がした。
ベルファールを連れて、わしらは地下三階への階段まで戻る。
フロアボスと名乗る輩が地下二階にいた、ということは、これより下にもいるかもしれないと思っていた方がいいだろうな。たまたま今回は弱かっただけの話と思い、新たに気を引き締めていくべきだ。
間違いなく雑魚のレベルも上がるだろうし……。
出来れば面倒くさくない仕掛けで、さくさく進ませてほしいものだと願いながら、わしは地下への階段を下りたのだ。
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