第29話 対峙
翌日、サクシードは無気力な体をどうにか動かし、最低限のことを熟しつつ日常生活を送った。食事も摂ったし学校へも行った。
放課後になると取り巻き達も遠ざけて一人で広場へ向かった。広場の周りを取り囲むように露天商が並び、その灯りが夕焼けの中にちらちらと煌めいていた。
サクシードは辺りが暗くなるまで街路灯の柱に寄り掛かり、冷たい風に当たりながら人の流れを見ていた。
「なぁ、そこの兄ちゃん。ちょっと俺の話を聞いてくれないか」
ぼんやりしていると、突然隣から声を掛けられた。肌も髪も身に付けているものも、何一つ清潔感のない中年の男であった。男のそこかしこから無性に貧しさの匂いを感じ取り、サクシードは苛立ちを覚えた。
男は皺だらけの潰れたハンチング帽の下から瞳をぎらつかせ、一枚の紙をサクシードに差し出した。
「これはとある詩人が書いた詩なんだが、買っていかないかい。いい詩なんだぜ」
「……興味ないな」
サクシードは冷たい目で男を見返した。相手も不敵な笑みを浮かべてなかなか引かない。
「そんなつれないこと言うなよ。百テールでいいんだ。評判のいい作品なんだぜ」
そう言って顔を寄せてこようとする男をサクシードは思わず突き飛ばした。
「いい加減にしろよ。興味ないって言ってるだろ。これ以上しつこくするとただじゃ――」
よろめいて倒れた男に向かって咄嗟に拳を振り上げた時だった。サクシードと男との間に一つの人影が割って入った。
「やめろ、サクシード」
両手を広げながら男を庇いに入ったのは、実兄のシャルルだった。
さすがのサクシードも驚いて言葉を失い、一歩後退った。振り上げた拳が下ろせないほど動揺した。
兄は真っ直ぐ自分を見ている。幼い頃は兄の方が背が高かったのに、いつの間にか似たような身長になっていた。
兄の強い瞳は何かを切々と訴えているようにも思えたが、決して言葉を放たず、ただ潤んだ瞳でこちらを見ていた。
喉の奥に石でも詰まったようにサクシードは息苦しくなった。じりじりと後退りし、身を翻してその場を去った。
どくどくと動悸がした。宵の冷たい風も、この動悸を鎮めることはできなかった。
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