第92話 霊園にて

 トムじいさんと墓参りに行く約束をしてから、シャルルは何度かポート街のことを考えた。学校帰りに顔を出そうかとも思ったが、女詩人の死を受け入れる自信がなく、結局一度もポート街へは行かなかった。

 そうこうしている間に週末になり、シャルルは土曜の朝からトムじいさんと一緒に出掛けた。霊園へ行く前に商業区の花屋へ寄り、コーレル家の三人が選んだ花を一つの花束にしてもらった。サクシードはかすみそうを選び、父はゆりを選んだ。シャルルは薔薇にした。

 トムじいさんから墓参りの話を聞いた父は、花代を用意してくれた。

 サクシードは花のことをよく知らなかったので、事前にトムじいさんと一緒に花屋へ行き、気に入った花を見つけておいたとのことだった。サクシードは学校には行っていないので、平日の日中は自由に時間を使える。トムじいさんともちょくちょく会い、今後のことや近況を話すらしかった。

 花屋で作ってもらった花束を抱え、二人は町の南にある霊園に向かった。農業地の広がる平野に木立の植えられた静謐な一角があり、その木立の中に霊園はあった。町から霊園まで、歩いて二十分ほどの距離だった。

 白い墓石の並ぶ霊園には芝生が敷き詰められていて、冬の寒さを耐える芝は金色に染まっていた。

 シャルルは母の墓石の前に立つと、花束を供えた。狙って選んだわけではないが、花束の花はどれも純白だった。

 急に思い立ってこうして墓参りに来たが、いざ墓石の前に立つと、何を思って何を祈ればいいのか分からなかった。

「ねぇ、トムじいさん」

 シャルルは母に語り掛ける代わりにトムじいさんに語り掛けた。

「実はさ、俺、友達を亡くしたんだ。その人は詩を書くのがすごく上手くて、俺、その人の書く詩が大好きだったんだ。ずっと体が悪かったみたいで、初めて会った時から具合が悪そうだったんだけど、この前、雪が降って、その寒さに耐えられなかったみたいで――」

 そう語っているうちに、忘れていた涙の熱さが脳裏に蘇ってきた。

「……息を引き取っちゃって、俺、すごくショックで、どうしたらいいか分からなくて――」

 シャルルは声を震わせながら、下瞼に浮いてきた涙を拭った。

「――そんなことがあったのかね。それはつらかったな」

 トムじいさんはシャルルの背中にそっと手を当て、震えるその背中を優しく撫でた。

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