第93話 役目
「俺、母さんがいなくなった時、全然泣いた記憶がなくてさ、身内が亡くなった時ですら泣かなかったのに、今回はどうしてこんなに胸が痛くて悲しいんだろうって、少し不思議なんだ。どっちも大切な人で、失いたくなかったのに」
「母上が亡くなられた時はシャル坊も幼かったからな」
「でも、俺より小さかったサクシードは毎日泣いてたよ」
「シャル坊は家族を守ることに必死だった。サク坊は家族の悲しみを一手に背負った。二人ともそれぞれ、大切な役目を担っていたのだよ。悲しみに呑まれそうになるサク坊を、シャル坊が守っていたんだ。大変な役目だったことを、母上も分かってくださっているよ。シャル坊がこんなに強くて真っ直ぐな子に育って、きっと喜んでいらっしゃる。友達の死を悼む真心も、母上には伝わっているよ。もっと長く生きて、君達二人を目一杯、撫でたり抱きしめたりしたかっただろうにな。二人を置いて天に召されてしまって、本当に無念だっただろうと思う」
トムじいさんの言葉を聞いているうちに、また目頭が熱くなった。
「……トムじいさん、ありがとう」
そう言ってシャルルは体格のいいトムじいさんの胸に凭れ、静かに涙を落とした。トムじいさんもシャルルを抱き止め、背中を撫でた。
「ねぇ、トムじいさん、母さんは、俺達二人のこと、好きだったかな」
シャルルが訊ねると、トムじいさんは力強く頷いた。
「もちろんだとも。世界で一番の宝物だ」
「今でも俺達のこと、見ててくれてるのかな」
「ああ、見てくださっているよ」
シャルルはそれを聞くとほっとして微笑んだ。
墓参りを済ませると、二人は霊園を出て冬の農業平野をゆっくり歩いた。平野の東を流れるユーゼル川に定期船の走る音がかすかに聞こえ、二人はその音に誘われるように、ユーゼル川の堤防の方へ回り道をした。静かな帰り道で、シャルルは自分の気持ちを確かめていた。
町へ戻るとトムじいさんが行きつけのカフェで昼食をご馳走してくれた。頼んだ卵サンドと紅茶を味わいながら、シャルルは礼を言った。
「トムじいさん、今日はありがとう。トムじいさんが一緒に来てくれて、本当に助かったよ」
トムじいさんは紅茶を飲みながら、微笑みを浮かべて頷いた。
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