第7章 旅立ち

1 思い出の場所

第94話 墓石

 母の墓参りが済むと、シャルルもようやく気持ちが落ち着いてきた。女詩人が息を引き取ってからもう十日以上経っている。帽子の男やカムリともあれ以来会っていない。二人とも、どうしているだろうか。シャルルは二人のことが気になり、学校帰りにポート街を訪ねた。

 女詩人の訃報に接した際には煉瓦壁の隠し木戸も力任せに押し開けたが、今日はいつも通り静かに開けた。

 真冬の遠い夕日が切なくポート街を染めていた。こんなに混じり気のない赤く澄んだ夕日を、シャルルは見たことがなかった。女詩人が生きていたらどんなふうにこの光を表現するだろう。そんなことを思った。

「シャルル」

 物思いに耽っていると、カムリの住んでいる廃屋から声がした。二階の窓からカムリが顔を出している。カムリはシャルルと目が合うと窓の奥へ引っ込み、すぐに一階の玄関から出てきた。

「久し振りだな。あれから顔を出さないから心配してたんだぞ。シャルルはもうここへは来ないんじゃないかってな」

「ごめんね。気持ちの整理が全然つかなくて」

「まぁ、そうなんだろうな。仲がよかったって聞いたし」

「お姉さんはどうなったの? ちゃんと弔いはしてもらったんだよね?」

「もちろんだ。彼女はこの奥で眠ってる。――ついてきな」

 そう言われ、カムリの案内でポート街の奥へ向かった。普段は一人で歩く通りをカムリの後について歩くのは不思議な感じがした。

 やがて、女詩人の暮らしていたポート街の最奥に着き、カムリは顎をしゃくった。

「ほら、彼女はここに眠ってる」

 女詩人がいつも座っていた木箱のすぐ脇に、白い墓石が建てられていた。

「役所の方でも彼女の素性を探ったらしいんだが、何しろ手掛かりがほとんどないもんだから、ここへ来る前の経歴は分からなかったみたいだ。あの帽子の兄ちゃんは身寄りのない天涯孤独の子だったんじゃないかって推察してたけどな。それで、行き先がないならここに眠らせてやろうってことになったんだ。彼女もこの場所を気に入ってくれてたみたいだしな」

「……そうだったんだ」

「ここへ来ればあの子に会える。またいつでも会いに来てやりな。彼女も喜ぶよ」

「ありがとう、カムリ」

 シャルルはそう言って墓石の前に立ち、祈りを捧げた。

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