第7話 セルシオと詩売り
町の広場は賑やかだった。家族連れや若者、大人、老人、たくさんの人が集まって週末の午後を楽しんでいた。露天商も広場を囲むようにずらりと並んで店を出している。広場の東には大型客船や商船が通る雄大なユーゼル川が流れ、その向こうに商業観光都市・ラッフルの町が小さく見えた。
アイシスとセルシオは二人で並んで川沿いの遊歩道を歩き、ふと足を止めて川向こうの景色を眺めた。ちょうど小型の定期船が二人の目の前を通り、川面に柔らかな波を立てて去っていった。午後の日差しを浴び、水は煌めいていた。
「綺麗だね」
「はい」
川を見ながらそう話していると、突然、背後から声を掛けられた。
「お二人さん、詩を買わないかい?」
驚いて振り返ると、そこには痩せ細った中年の男が立っていた。着ているシャツも被っているハンチング帽も皺だらけで汚れていて、無精髭も伸び放題、帽子から飛び出る髪も乱れていた。
突然のことに戸惑うアイシスを庇い、セルシオが一歩前に出た。
「失礼ですが、あなたは?」
セルシオがそう訊ねると男は素直に素性を明かした。
「俺はポート街の詩売りさ。カムリの詩を売ってんのさ」
ポート街の詩売りの噂はセルシオも聞いたことがあった。カムリという詩人の詩をひっそりと売るのだという。話には聞いていたが、実際に会うのは初めてだった。男はセルシオに肩を寄せ、小声で売り込みを続けた。
「カムリというのはいい詩を書くんでさ。一つ買っていかないかい。百テールでいいんだ」
「……私も文学は好きですよ。そんなにいい詩人がいるのならぜひ作品を拝見したいですね」
セルシオは躊躇なく硬貨を出し、男から詩を買った。こうした怪しい商売が上手くいくことは滅多にないのだろう。男はあっさり詩が売れたことに満足したらしく、嬉しそうに笑みを浮かべて詩の書かれた紙を渡した。
「ありがとよ。あんた、いい人だな」
男はそう言うと風のようにさっと二人から離れ、人混みに紛れた。セルシオの手に、一枚の藁半紙が残った。
セルシオはアイシスの方を振り向いた。
「びっくりしたね。飲み物でも買って休憩しようか」
アイシスは緊張が解けない様子で、ぎこちなく頷いた。
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