第8話 セルシオとパル

 ベンチに腰を下ろして飲み物を飲みながら、セルシオは藁半紙を見つめた。詩を隠すように紙は二つ折りにされている。

 ポート街は元々小さな商業区だったが、そこにあった店が利便性を求めて段々東に移り、やがて廃墟となった場所に浮浪者が集まった。それがポート街の始まりなのだとセルシオも小耳に挟んだことがあった。その貧民街に作詩の資質を持つ人がいるなら興味深いことだった。

 紙を広げて詩を読もうとした時、アイシスがあっと声を上げて立ち上がった。

「先輩、ごめんなさい。知り合いがいるので挨拶してきますね」

 アイシスはそう言って飲み物を持ったまま広場の芝生へ駆けて行った。彼女の向かう先に一人の少年が歩いていた。

 アイシスは彼に話し掛けると、少し雑談をした後、鞄から例の菓子の小包を出し、手渡そうとした。彼は首を横に振って受け取らない。

 遠くから眺めているだけなのでよく分からないが、あの少年はアイシスのクラスメイトのパルではないか。個人的親交はないが、名前も顔も知っている。

 その彼が、セルシオに気付いてこちらを見た。冷えた蝋のように固まって塾視している。どこか孤独で悲しげな瞳だった。

 ふと柔らかな風が吹き、まるで何かを訴えるように、セルシオの手の中で藁半紙がかさりと揺れた。



今年も大振りの林檎がなった。


形の悪い林檎はないか。

色の悪い林檎はないか。


太陽の光が注ぐ。

雨が降る。

大地はひどく強かだ。


強敵は、烈風と害虫。


枝から落ちた林檎は、林檎でなくなる。

虫に食われた林檎も、林檎でなくなる。


人の手に抱かれるのは、美しい林檎だけだ。

だから我々は、林檎でないのだ。

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