4 川辺の語らい

第9話 逃げ出した先に

 サクシードから受けた顔の傷はまだ生々しい痛みを持っていた。朝起きたら一番にガーゼを変える。鏡を見る度溜め息が漏れた。

 昨日の日曜日、散歩に出掛けた先で折り悪くクラスメイトのアイシスに会い、左頬をガーゼで覆った姿を見られてしまった。アイシスは心配してくれたが、怪我の経緯をどう説明したらいいのか分からず、ずっと黙っていた。アイシスは高等学校に通うサクレット家の子息と一緒にいたようで、遠くのベンチに彼の姿が見えた。二人が親交を重ねていることくらいパルも知っている。だが、こうして二人でいる所を実際見てしまうと、胸がずきんと痛んだ。アイシスが何かを手渡そうとしてくれたが、「ごめん」と一言言って、受け取らずに逃げ出した。

 そうやって昨日は逃げられたが、同級のアイシスはパルの隣の席に座っているので学校では逃げ場がない。失態に失態を重ねて逃げられなくなるくらいなら、最初から堂々と彼女と向き合っていれば良かったのかもしれない。頬の傷と相俟って気分が優れなかった。

 白く遠く儚い朝日が通学路を照らしていた。他の生徒達も学校に向かって歩いている。金曜の夕方はこの道をシャルルに担がれて帰ったのだ。寮を出て一人俯き加減で歩いていると、背後から「パル」と声を掛けられた。アイシスの声だった。

「おはよう」

 と、彼女は早足でパルに追い付き、右隣に並んだ。左隣に来なかったのは傷付いたパルを気遣ったからだろうか。パルはどんな顔をしたらいいのか分からず、視線を逸しながら「おはよう」と小声で挨拶をした。

「うん、昨日はありがとう。具合はどう? ……顔色が良くないけれど、大丈夫?」

 アイシスは優しく声を掛けてくれるが、人と接することに慣れていないパルは返答に困って言葉を詰まらせることが多かった。

「平気……大丈夫……ごめん、僕、少し急ぐから、先に行くね」

 そんな言い訳をしてもアイシスは気にする風でもなく、

「うん。また後でね。気を付けて」

 と、言ってくれる。

 そうして優しくされる度にパルは自分の至らなさを思い知らされて胸が痛んだ。

 アイシスから離れようと小走りに駆けて学校に着き、校門を潜った時、

「パル?」

 と、今度はシャルルから声を掛けられた。

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