第90話 写真
屋敷に帰ると使用人が心配顔でシャルルを迎えてくれた。
「シャルル様、傘をお持ちにならなかったのですね。気が付かなくて申し訳ありません」
「俺の方こそ、ちゃんと声を掛けてくれたのに持っていくの忘れちゃって、ごめん」
「食事の前にシャワーにしましょう。すぐ用意いたしますので。濡れたお召し物も乾かしましょう」
「うん、ありがとう」
そう言って雨粒を吸ったコートを脱いでいると、玄関横の棚に見慣れない写真立てが置いてあるのが見えた。
「あれ、これは?」
「ああ、これは、今日メイド達が片付けをしている時にアルバムを見つけたようで、この写真がとても素敵だからと旦那様に許可をいただいて飾ったようです。シャルル様もお小さいですね」
使用人はそう笑った。
「こんな写真があったなんて、知らなかったよ」
それは、写真館で撮ったらしい家族写真だった。右には赤ん坊のサクシードを膝に乗せた母が椅子に座っていて、その左奥に父が背筋を伸ばして立ち、父の前には幼いシャルルが立っていた。三歳くらいの頃だろうか。子供用のフォーマルベストを着てこちらを見ている。
普段、写真を見る習慣のないシャルルにとって、昔の家族写真を見るのは不思議な感じがした。今はもういない母が写真の中では微笑んでいて、父は若く、シャルルとサクシードは幼い。かつて目の前にあったはずの家族の姿がそこにはあった。
「母さんって、こんな顔してたんだね。ちゃんと覚えてるつもりだったけど、改めて見ると、何だか印象が違う気がするな」
そう言いながらシャルルは写真を見つめ、ふと、母の棺を見送った時のことを思い出した。寒い冬の日、自分の隣に立っていたサクシードは悲しみを押し殺していた。シャルルは悲しみよりもサクシードを守ることで頭がいっぱいだった。大好きな母が他界したのに、なぜか涙は一滴も出なかった。その分、サクシードが毎日たくさん泣いた。シャルルの分まで涙を背負っているようだった。
女詩人の死に接した今、母を失った時のサクシードの悲しみとつらさが、ようやく分かったような気がした。サクシードもきっと、こんな気持ちだったのだろうなと思った。
――母さんの、墓参りに行きたいな。
シャルルはふとそう思い立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます