4 旅立ち
第102話 旅立ち
一月最後の日の夕方に発つと事前に知らせを受けていたので、シャルルは帽子の男を見送りにポート街へ向かった。
彼は夕日に打たれる女詩人の墓石の前に立っていた。背の高いすらりとした姿だった。その脇にカムリがしゃがみ込んで墓石を眺めていた。墓石の前には花が供えられている。帽子の男が供えたのだろうか。訊ねてみたかったが、無闇に人の心に立ち入るのはポート街ではご法度だ。分からないのなら分からないままでいい。いつか心を開いてくれる時が来たら、教えてもらえるのだろう。
憎まれ口を叩き合った悪友のような人ともこれでお別れなのだと思うと名残惜しかった。明日も明後日も、ここへ来ればどこからともなく彼が現れ、いつものように問答をしてくれるような気がした。
シャルルは帽子の男に言った。
「お兄さん、今までありがとう。何だかんだ、お兄さんとの問答は楽しかったよ。もうあの会話ができなくなるのだと思うと寂しい」
帽子の男は広い鍔の下からシャルルを見下ろした。
「俺もお前との会話は楽しませてもらった。なかなか忘れがたい経験になった」
帽子の男はカムリにも声を掛けた。
「カムリにも世話になった。流れ者の俺を受け入れてくれて感謝してる」
「なに、いいってことよ。また旅の途中で寄ってくれよ」
帽子の男は頷いた。荷物は一抱えほどある布製の袋一つだけだった。それを肩に引っ掛けながら彼は言った。
「そろそろ発つ。見送りはここでいい」
「ああ、気を付けて行けよ」
と、カムリは言った。
シャルルは帽子の男に手を差し出した。
「お兄さん、元気でね」
帽子の男もシャルルの手を握った。いつだったかこうやって手を取って、座り込んでいたところを立たせてもらったことがあったなと、シャルルは思い出した。
「お前もな。娘のことは任せた」
シャルルは頷いた。
「じゃあな」
帽子の男はシャルルの手を離すと、ロングコートを翻し、帽子を押さえながら二人に背を向けた。
夕日に染まる赤い一本道を、帽子の男は歩いていった。一度もこちらを振り向くことはなかった。
「行っちまったな」
と、カムリは呟いた。
彼の去った道を、シャルルはいつまでも見つめていた。
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