第42話 笑顔

 警戒心を解いたダリアの微笑みを、シャルルは初めて見たような気がした。ただ、その笑顔は儚く、ダリアはすぐに思い詰めた顔をした。

「わたくしはもっと早く、みんなの心遣いに気付くべきでした。お兄様もお母様もお祖父様も、ずっとわたくしを見ていてくださったのに。――でも、わたくしは失敗が怖いのです。深い穴に落ちて、助からなかったらどうしようと、いつも思うのです」

「君を助けてくれる人はたくさんいると思うよ。今回のことで分かっただろ? 失敗しても穴に落ちても、みんな君を助けてくれる。見捨てたりしない」

「……そうですね。きっとそうなのだろうと思います。でも、穴に落ちた時、周りに誰もいなかったら、助けてはもらえません。一人でどうにかできるように強くならなくてはと思うのです。――シャルル、あなたはどうしてそんなに強いの? わたくしはあなたが取り乱したところを見たことがありません。なぜですか?」

「なぜと訊かれても困るけど、俺にはもう母さんもいないし、父さんも仕事で家に帰らないし、サクシードもいたから。母さんがいなくなった後はサクシードを守りたい一心だった。執事のみんなは優しかったけれど、自分でどうにかするしかない環境だったような気がする。感情的になっても辛いだけだから冷静にやっていくしかなかった」

「……そうでしたわね。あなたのお家も大変だったものね。無神経なことを訊いてしまいました」

「それは別にいいけど、怖くなったらすぐに誰かに頼った方がいいよ。ダリアが苦しんでいるところなんて誰も見たくないと思う。ダリアは思い詰めた顔よりも、笑顔の方が似合うよ」

 ダリアは一瞬言葉を詰まらせて視線を逸した後、また遠慮がちにシャルルを見た。

「……そうでしょうか?」

「うん。俺はそう思うよ」

 そう言って微笑むとダリアも柔らかく微笑み、

「あなたの笑顔も素敵よ、シャルル」

 と言った。不安を打ち明けて楽になったのか、普段通りの元気が戻ったようだった。

「ありがと」

 そう返事をして、二人はノートの見直しに戻った。

 その後一時間ほどダリアの部屋に滞在し、シャルルは家に帰った。長い一日が終わり、すぐに睡魔に襲われた。

 ダリアとのやり取りが微睡みの中で思い返された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る